07 中間考査
僕はこの町に来てから、毎日がずっと走っているみたいだ。
月曜日も火曜日も水曜日も木曜日も、放課後はサッカー部の練習がする。校庭の土の匂いとボールを蹴る音、それだけは東京にいた頃と同じはずなのに、どこか違う。
こっちの奴らはすごく上手い。ドリブル一つでも、声の掛け方でも、僕は全然ついていけない。
それでも、ユニフォームを着てボールを追いかけるときだけは、東京の僕と繋がってる気がして、足が止められなかった。
金曜日は弓道部に行く。的は遠いし、弓は重いし、ちっとも当たらないのに、聖一郎さんに言われた「武士のたしなみだから」という言葉が頭に残っていて、どうしてもやめられない。歴史好きとしては、やめられないのだと言う言葉が頭を横切るが・・・なんかそれとは違うんだ。何か駆り立てられるんだ。
それに時々、首の後ろに視線を感じる。振り向いても誰も見てない。当たり前だ。振り向く前に目をそらせばいいのだから。
道場の板の床を裸足で歩くと、木目がひんやりして気持ちいい。弦を引いて離す瞬間のピンとした音が、好きだ。
だけど、好きなのと上手くなるのは全然違う。それはもう、胸を張って言える。
土日は聖一郎さんから剣道を習う。
竹刀を握って素振りをしていると、腕が震えて息が切れる。打ち込みだって、後で足がふらつく。
防具の下は汗だくだ。自分の面が臭い。
放課後、グラウンドで汗を流して、道場で弦を引いて、週末は竹刀を振る。
そして夜は机に向かうんだから、体が足りない。
そうして迎えた中間テストの結果は、散々だった。
家に帰って、聖一郎さんにテストを見せたときの顔は今も忘れられない。
怒られたわけじゃない。ただ静かに「努力は見ている」と言われた。それだけだった。
光子さんは「無理をしてない?」と小さなお茶菓子を出してくれた。
僕は首を振って笑ったけど、本当に悔しかった。
だって、クラスの皆はケロッとした顔で高い点数を取ってる。黒川美鈴なんて、「社会はもう少しだった」って言いながら僕よりずっと上の点数を取ってた。
皆、涼しい顔をしてる。僕はなりふり構わずガリガリやってる。なのに・・・
その夜、机に向かっていた僕は、ついに教科書を閉じてベッドに倒れ込んだ。
天井を見ていたら、勝手に涙がこぼれた。
母さんと一緒に暮らしてたマンションの小さな机で、僕はもっと賢かった気がする。
東京の学校では、ここまで落ちこぼれじゃなかった。
悔しくて、でも眠くて、気づいたら夢を見ていた。
侍が、またそこにいた。
ちょんまげの髪を揺らして、刀の鞘を片手で撫でている。
肩口のほつれた着物は、別のほつれていない着物に代わっている。
「来たな」と侍は言った。
僕は布団の中の声で、夢の中の自分に言った。
「もう、疲れたよ」
侍は笑わなかった。ただ黙って僕を見ている。
前は「助けてやろう」と言われても、絶対に嫌だって思った。
誰かに頼ったら、母さんと離れて暮らす意味がなくなる気がして。
だけど今は
「手伝って」
自分でも驚くくらい小さい声だった。
でも、侍にはちゃんと聞こえたみたいだ。
刀の鞘がカチリと鳴って、あの人は目を細めて笑った。
「まかせろ」
低い声が、夜の空気に溶けていった。
目が覚めたとき、外はまだ暗かった。
本棚の前に立って、一番好きな戦国武将の本を手に取ってみる。
ページをめくると、昔読んだはずの場所に新しい線が引いてあった気がした。
ページを閉じて、僕は小さく息をついた。
月曜日になれば、またサッカーの練習がある。
火曜日も水曜日も木曜日も。
金曜日は弓道、土日は剣道。
毎日毎日、くたくただ。でも、それでも。
侍に頼んだからって、僕が何か急に変わるわけじゃない。
だが、やったことが凄く身に付く。弓を引く姿勢が決まった。
サッカーのボールが足に吸い付いてくる。出したパスが相手の足元に確実に転がる。
今までの練習が実った?
この町の空気が、僕を試している。
本棚に並んだ本たちが、僕に何かを語りかけている。
それを全部受け止めた。・・・つもりだ。
僕はこの町で、『山本航平』で生きていく。
侍の笑い声が、夢の奥から聞こえてきた。刀の鞘が、またカチリと鳴った。
問題集を開いて、もう一度英単語を書き始めた。
しっかりと覚えるんだ。
助けは借りた。だが、僕は全部やってやる。勉強も、サッカーも弓も剣も・・・お茶も足があまり痺れなくなった。
そうだ。僕は、山本航平だ。
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