23 その夜 2
地面に倒れていた奴らを、僕は次々に蹴りつけた。怒りが止まらなかった。裏切られた。卑怯な手を使われた。高志郎さんの左手も、こんな奴らに奪われたんだ。
許せない。絶対に・・・は?
急に胸に酸素が入って来た。今まで僕は呼吸してなかったのか?
「・・・あれ?僕。何やってるんだ」
目の前でうずくまって呻く不知火の顔。倒れて動かない体。その隣にも・・・
「なんだよ、これ・・・」
刀が手から落ちた。
僕は、勝った。全員倒した。でも、これは僕がやりたかったことなのか?
徳川秀忠だったらこんな戦い方はしない!秀忠なら、こんなことはしない。敵の言い分も味方の言い分も聞いて、恨みが残らないように収めるはずだ。僕は真逆のことをした。
「話し合うべきなんだ・・・少なくとも相手と顔を合わせて・・・」
僕は刀を拾い鞘に収めた。刀は重みを増した。呼吸を整えながら、前を向く。
そのとき、闇の中からひとつの影が現れた。
「あなたは?」
「航平殿。市役所広場に行きなさい。わたしも双方をそこに集める」
威厳がある声。厳しくもホッとするその響き。
「私は、徳川秀忠公と共にある者。秀忠様はこの地に遺された争いを、気にかけておられた。今晩、介入できた。和睦の話し合いをいたそう」
「・・・」
僕は頷いた。ゆっくりと歩き出す。
「皆を、市役所広場に」
そこからのことは、覚えているが、夢なのか現実なのか定かではない。
そして、絶対に、絶対に忘れたくない時間だ。
先ず、集まった全員を秀忠公は叱った。いつまで、このようなことをしているのかと・・・
その言葉はあの侍のような存在に向けて言われているようだった。
重ねて秀忠公が
「子孫を不幸に巻き込むとは武士に」と言い出した時、武士が一人姿を表した。
「名誉と正義は大切だ」と声を荒げると
「お前が正義を語るな」と食ってかかったのも侍の姿をしていた。
僕もだが、他の人たちの誰も驚いた風がなかった。皆、手伝って貰っていたんだな。
「そもそも真相を知っているのか?あの兄弟の気持ちを知っているのか?」と秀忠公が問われた。
「無念であられた。闇討ちで命を失くされるなど・・・当主になられていたら・・・」と答えた侍は最後まで言えなかった。泣き伏したからだ。
「何を言う。我らのお方こそ当主に相応しい。ふざけたことを言うな」
「ふざけているのはその方だ」
「我らのお方様のことを知らぬその方らは黙っておれ」
「双方とも、次代様のことを知らぬようだな」と秀忠公が言うと言い合っていた両方が黙った。
しばらく、口をつぐみ、お互いに顔を見合わせていたが
「いえ、よく存じております。よくお声をかけていただきました」
「はい、よくわたくしを話し相手になさっておいででございました」とまた双方が喋り出した。
「そうか、その方らはそう思っているんだな」と秀忠公が静かに言った。
「これを見せよう」と秀忠公は片手を振った。
文字が浮かび上がった。何もない空中に浮かび上がった。
これって超最新の技術なのでは??
「当時之状況ヲ観ルニ、両子共ニ家督ヲ望マズ、互ヒニ譲ル心アリ。然レドモ、家臣ノ一部、我欲ニ走リ、対立ヲ煽ル。是、実ニ藩ノ為ニ非ズ。内乱ノ遠因、此処ニ存ス」
「討たれし長子、正室方ヲ咎メズ。遺言ニ曰ク、“弟ヲ頼ム。此ノ地ヲ守レ”。然ルニ、其ノ言葉、伝ハラズ」
この町にいた『公儀隠密』が送ってきた文だ。もちろん、この時代はこの秀忠は死んでおる。この文は徳川の資料に埋もれておる。と秀忠公が言ってる・・・探しに行きたい!
この頃、幕末で徳川家は、お家騒動どころではなかったんだな。
「なんと言うことだ」
「知らなかった。そう言えば、海の向こう、空の彼方。とよくおっしゃっていた」
「漢字ばっかり・・・」
「なんと言うことだ。情けないことを」
「読めないし意味不明」
なんだか、とんでもない言葉も聞こえる。不知火の辺りにいるバカどもだ。
僕だって読めないけど黙っているし・・・秀忠公がお話ししておられるのだ。黙って聞け!
「読めないとは・・・」と秀忠公は呆れた口調で呟いた。そしてちょっと考えると手を振った。
「そのときのようすを見ると、兄も弟も、自分が家を継ごうとは思っていなかった。むしろ、おたがいに譲ろうとしていたんだ。でも、家来たちの一部が自分の都合で勝手に動いて、わざとケンカを起こさせた。これは、自分たちのためであって、藩のためじゃない。つまり、この内乱の原因は、そういう家来たちの行動にあったんだ。」
「討たれてしまった長男は、正室(本妻)の味方を責めたりしなかった。遺言には『弟にまかせる。この土地を守ってくれ』と書いてあった。でも、その言葉はうまく伝わらなかったんだ。」
笑えるくらい優しい文章になっている。幼稚園か?でもよく理解できた。
「兄弟はお互いを理解してお互いの能力を正しく評価しておった。今のお前たちのやっていることは二人をがっかりさせることだ」
「・・・」言葉にならない詫びを言いながら侍の一人が両手をついた。すぐに続くものがいた。
気がついたら生きている者、死んでいる者、全てが両手をついていた。もちろん僕も・・・
侍が両手をついた姿勢のまま、一人、二人と消えて行った。
ふっと目が覚めた。自分のベッドだった。全部夢?あちこち痛い。痛みは現実。ベッドのそばにジャージが脱ぎ捨ててある。
破れていてと少し血が・・・床に砂が落ちている・・・
戦ったのは現実?
あの難しい手紙は?
そして、そして・・・僕秀忠公と話した?なま秀忠公!
僕は目を閉じた。
闇の中から現れた影。交わされた刀。誰かの叫び声。そして、秀忠公の声。
夢だった。そう言われればそうかもしれない。けれど、僕の中では、もう夢じゃなかった。
ゆっくりと机に近づいた。
そこにはいつものように、僕の『雫野原郷土史調査ノート』が置かれていた。
その隣にあの書き付けが置いてあった。
よく読めないけど、こんな感じだったと思う。
窓の外では鳥が鳴いていた。
柔らかな朝の光が、机の上に差し込んでいる。
僕は書き残そう。僕が見たこと、聞いたこと、知りたいと思ったこと、全部、ここに残すんだ。
夢だったかどうかなんて、もうどうでもよかった。
僕はもう、始めてしまっているんだ。始めようとする僕がここにいる。それで充分だ。
これが、僕の歴史になる。
それでいい。そう思えた朝だった。
誰かが、どこかで笑っている気がした。
「まかせろ」って、また聞こえた気がするけど、声がなんとなく・・・
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