21 わたしはわたし
その夜。吐く息が白く立ちのぼり、あたりはひたすらに冷えていた。
わたしは、父と兄と共に、山の上にある菩提寺へと向かっていた。
道の脇に灯りはほとんどない。頼れるのは月明かりと、足元の感覚だけ。
手袋の中の指先が冷えていたけれど、それ以上に、胸の内の方が冷たく沈んでいた。
山本航平はここには来ない。当たり前だ。
山本くんは三千院。三千院の血を引いていないが、あの家の者とみなされている。
「さすが三千院だ」とか、「やっぱり違う」とか。
笑いたくもなる。
でも、そう思ってしまう自分自身に、何より苛立っていた。
山本くんが努力家で、真っ直ぐで、時にその素直さが眩しいほどだということは、もう十分に知っていた。
認めたくなかった。でも認めざるを得なかった。だから悔しかった。
何度も見た、その顔。ボールを追って走るときも、弓を引くときも、彼はただの「山本航平」だった。
それなのに、なぜだか、誰よりも選ばれているように見えた。
「三千院だから」という言葉で片づけるのは、もうやめよう。
それを言い訳にするのは、卑怯だ。
石段を登りきると、境内には多くの人が集まっていた。父や兄に丁寧に頭を下げる人々。
わたしも同じように頭を下げる。誰も、わたしに声はかけてこない。
構わなかった。今夜は、そういう夜だと分かっていたから。
もし、わたしがこの家の娘でなかったら。
山本くんと挨拶を交わしていたかもしれない。
隣で話をしていたかもしれない。
そんなことを思ってしまう自分を、笑ってしまう。
お家騒動なんて、もう終わればいい。誰が正しくて誰が間違っているかなんて、今となってはもうどうでもいい。
斬り合い、傷つけあい、恨みだけが残る。
それでも、もし今夜、山本航平に会ったら、わたしは戦う。
そう決めた。
そうしなければ、わたしはわたしでいられなくなるから。
これはわたしの意地。
彼が「山本」であるなら、わたしもまた、この苗字として生きている。
山本航平はきっと、三千院高志郎のために戦う。
そんな彼は、強いに違いない。でも、わたしも負けない。
誰かの娘としてでも、家の名前の代表としてでもなく、
ただの「わたし」が、山本航平に立ち向かうのだ。
寺の奥で、鐘の音が響いた。出発の合図。列が静かに動き出す。
わたしは刀を握り、弓の重みを背に感じた。
もう、戻れない。彼とわたしの道は交わらない。だけど今夜のことを、わたしはきっと忘れない。
忘れるなんて出来ないだろう。
わたしが彼と同じ戦場に立つことを、彼は予想しているだろうか?
彼と会ったら、戦う前に、ひとつ微笑みかけよう。
そして、名も家も捨てて、ただの「わたし」として向き合う。
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