19 蔵の中には
蔵の中は、思っていたよりずっと広かった。重たい扉が軋んで開いた瞬間、空気がひんやりと変わった。中には、古い甲冑や槍、刀がきちんと並んでいて、どれもぴかぴかに手入れされていた。
僕は息を呑んだ。
まるで時代劇のセットみたいだった。でもこれは、本物だ。昔、本の中で読んだ武士たちが、実際に使っていた。そんな気配がした。
その中で、ひと振りの刀に目が吸い寄せられた。
まるで僕を見ているみたいだった。銀色の刃が鞘からほんの少しだけのぞいていて、柄には細かな模様が刻まれていた。名前なんて知らない。でも、なぜか懐かしい気がして、手を伸ばしそうになった。
そのとき、背中に冷たい汗がにじんだ。
なんでか分からないけど、僕はその刀から目を逸らして、一歩引いた。
「触っていいんですか」とは言えなかった。僕は、意識して遠ざかった。
聖一郎さんは、黙っていた。何も言わずに、奥の方から大きな紙を持ってきた。床に広げられたそれは、昔の戦略図みたいな感じで、きちんとした四角い字で名前がずらりと並んでいた。知ってる苗字がいくつもあった。
「これは、分かりやすく敵と味方に色分けしてある」
聖一郎さんの声が静かに響く。
僕は紙の上のある苗字を見た瞬間、頭の中にいくつもの顔が浮かんだ。不知火。神宮寺。紫苑。黒川。全部、僕の周りにいる名前だ。
なんで、あいつらが僕に・・・なんで、サッカーで削ってきたり、弓道場でわざと邪魔するように動くのか・・・そんなことをするのか。
「あいつら、敵方だったんだ」
僕は口の中でつぶやいた。
お家騒動は、過去の話じゃない。今も続いてるんだ。
聖一郎さんは次に、木箱から、何枚もの古い書き付けを取り出した。どれも古びた紙に、びっしりと墨で書かれていて、墨の色が少し褪せているけど、それでも文字はくっきりしていた。
「記録は、残っている」
そう言って渡された一枚を手に取って、僕は絶句した。
「な、なにこれ・・・」
全部、くねくねとした続け字だった。昔の人の字だ。こんな字があるのは知ってる。秀忠の手紙の写真とか・・・読めない。ほんのひと文字も分からなかった。
「そうか、航平は読めないのだな」
聖一郎さんは笑った。優しいけど、ちょっとだけ悔しいような笑い方だった。
普通、読めないだろう!
僕は一瞬、「読んでください」と言いかけた。でも、言えなかった。ぐっと唇をかんで、首を横に振った。
「僕、自分で読めるようになりたいです」
その言葉が、自分の口から出てきたとき、胸の中の火が大きくなったみたいだった。
聖一郎さんは少し驚いた顔をして、それから頷いた。
「分かった。書道も教えよう」
それから、僕の習い事はもうひとつ増えた。
最初は筆の持ち方からだった。墨をする時間も含めて、一文字書くのにものすごく集中しないといけない。弓道や剣道と同じで、姿勢が大事だって言われた。途中で手が震えて、半紙が墨で真っ黒になってしまう日もあった。
あれが読めるようになるのはいつだろうか?今、僕が習っているのは楷書だ。これをみみずにするのにどれくらい・・・・
でも、書いていると気持ちが落ち着いた。
ただ、不思議なことに書き付けをじっと見ていると、分かる漢字があったりする。その漢字を探して書き付けを見ていると、同じ字を見つけられるようになった。みみずの区別がつくようになってきた。
もしかしたら、手伝ってくれているのかも知れない。それでもいい。あれは僕であり、先生だ。
自分の歴史の本を開いたが、すぐに閉じた。
今、僕は書かれなかった歴史。それを調べている。歴史に関わっている。どっぷりとはまっている。
夢で侍がまた出てきたら、今度はこう言うのだ。
「手伝ってくれてありがとう」
でも、なんというか、その、もうちょっとたくさん手伝ってくれてもいいような気がする。
いつも読んでいただきありがとうございます!
誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。
とても助かっております。
楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★をよろしくお願いします。
それからもう一つ、ページの下部にあります、「ポイントを入れて作者を応援しよう」より、ポイントを入れていただけると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。




