10 不知火とサッカーで勝負
夏休みに入って、すぐの土曜日だった。
朝からグラウンドの砂が焼けるように熱くて、立っているだけで汗が首の後ろを伝ってくる。
僕はユニフォームの裾を握りしめて、向かいのチームに立っている不知火圭一を見た。
鼻で笑われた。
不知火だけじゃない。その隣にいるのも、僕がサッカー部に入ったとき笑ってた奴だ。
走り込みの一番最初に僕がへたばった時は
「ざまぁないな」と囁いてきた。
パス練習のときだって、わざと僕のところにボールを回さなかった奴らだ。
「今日もすぐへばるんじゃねーの? 東京帰れば?」
不知火が近づいてきて、僕の肩を小突いた。
熱い汗が急に冷たくなった。だけど、胸のうちが燃え上がった。
見せてやる。
「すぐ分かるだろ」
僕はそれだけ言った。その時、首の辺りがチリっとした。
試合が始まった瞬間、不知火とそいつの友達が僕にべったりついてきた。
パスなんか繋ぐ気なんてなくて、試合するんじゃなくて、僕を削って来る。ボールを取るふりして僕の足を止めようとする。
スパイクが脛にかすって、痛い。でも倒れたら終わりだ。
『お前を助けてやろう』
夢の中であの侍が言った言葉が、ふっと頭に浮かんだ。
僕は頼んだんだ。あの夜、ベッドで天井を見ながら涙が止まらなかった夜に。
だから今、僕の足は止まらない。
相手チームが回し損なったボールが、僕らの方へ流れてきた。僕は相手の足を横目で見て、少しだけ外に開いてかわした。
不知火が背中から押してきたけど、身体をずらして受け流す。
背中のゼッケンが汗で張りつくのも気にならない。
ボールが僕の方へ転がってきた。逃さない!!
フィールドの向こうがガラ空きだ。そりゃそうだ。ここに集まってるんだから・・・
僕はボールを足でキープした瞬間、自分が通る道筋が見えた。驚くくらい自然に足が動いた。
誰かの声が飛んでくる。「航平、走れ!」
走る。東京でやってたときより、グラウンドは広い気がする。
でも、怖くない。不知火の怒鳴り声が後ろで遠ざかっていく。
「止めろ!潰せ!」
潰されるか。
潰される前に、僕が決めてやる。
ゴール前、キーパーと目が合った。角度が浅い。ボールが浮いてる。心臓がドクンと跳ねた。
大丈夫。僕の足にはボールが吸い付いてる。
一歩、踏み込んだ。
スパイクの内側にボールを乗せて、少しだけ巻く。
「それーー!」
無意識に声が出た。
ゴールネットが揺れた瞬間、全部の音が一回消えた気がした。
誰かの声、砂の匂い、遠くの空の青さ。
全部が僕の中で一つになって、胸の奥に落ちてくる。
「よし!」
思わず拳を握った。
振り返ると、不知火が信じられないって顔をしてた。
あの鼻で笑ってた顔が、ちょっと引きつってる。
そいつの横にいた奴も、口が半開きで何も言えないみたいだ。
僕は胸で息を整えながら、ゆっくりと自分の胸に手を置いた。
『助けてやろう』
侍の声がする気がした。
でも、今は必要ない。いつも助けが必要なわけじゃない。
僕はちゃんと走った。足を止めなかった。
パスを貰う位置を見つけて、不知火をかわした。
夢の中の侍も、きっと笑ってるだろう。
『山本航平』って名前でここに立ってるのは、僕だ。
「まだ、これからだろ」
小さく声に出して笑った。
額から垂れる汗を、手の甲で拭った。
遠くで笛の音が響いて、また試合が動き出す。
不知火が悔しそうに僕を睨んでる。でも、もう怖くない。
僕は何度でも走ってやる。何度でも、あいつらを抜いてやる。
誰にも、僕のサッカーを馬鹿にさせない。
空は真夏の色をしていた。
砂の熱も、声も、全部が僕の味方みたいに思えた。
まだ終わりじゃない。終わりになんかしない。
僕はボールを追う。何度でも。
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