4-6:物々交換と、新たな種
マルクが快復に向かい、ソフィアが「森の薬師様」として村に受け入れられてから、数週間が過ぎた。
ソフィアの生活は、劇的に変化していた。
アトリエの入り口には、もはや見張りは立っていない。代わりに、村の子供たちが、交代で「薬師様のお手伝い」と称して、ソフィアの元を訪れるようになっていた。
もちろん、マルクの姿もそこにあった。彼の腕の傷は、ソフィアの軟膏のおかげで、驚異的な速さで完治し、今では元気に森(ただし、アトリエ周辺の安全な場所だけ)を駆け回っている。
「ソフィア様! これ、ばあちゃんが、この前の咳止めのハーブティーのお礼だって!」
マルクが、小さなカゴいっぱいの、黒々とした土がついたジャガイモを持ってきた。
「まあ、ありがとう、マルク。これは助かるわ」
「こっちは、俺が見つけたんだ! 変な匂いのするキノコ!」
別の子供が、得意げにバスケットを差し出す。
ソフィアがそれに触れると、インターフェイスが起動した。
『名称:ヒラタケ(酷似種)。食用:可(美味)』
(……食材、ゲットね)
ソフィアは、子供たちを「情報収集部隊」として、巧みに利用(教育)していた。
「この赤い実(毒)は、絶対にダメ。でも、こっちの紫の実(食用ベリー)は、見つけたら持ってきてちょうだい」
「この匂いのする草は、薬になるから、場所を覚えてきて」
子供たちは、宝探しゲームのように、ソフィアの「お願い」を競い合った。
その見返りは、ソフィアが作る「お菓子」だった。
採取したベリーと、村からもらった小麦粉、そして森で偶然見つけた野生の蜂の巣から採取した蜂蜜(もちろん、子供たちに牙猪用の煙幕で蜂を追い払う手伝いをさせた)で作った、即席のハーブクッキーだ。
王宮のパティシエが作る繊細な焼き菓子とは比べ物にならない、素朴で、少し焦げたクッキー。だが、甘いものに飢えていた子供たちにとっては、それこそが「魔法の食べ物」だった。
村長との「物々交換」も、軌道に乗っていた。
週に一度、村長のハンス(マルクの父親)が、アトリエを訪れる。
「薬師様。今週分の、塩と、小麦粉だ。それと、これは……古い毛布だが、まだ使えるだろう」
「ありがとう存じます、ハンスさん。では、こちらが今週分の『薬』ですわ」
ソフィアが差し出すのは、彼女が開発した「製品」だった。
『安眠ハーブティー(カモミール&ラベンダーブレンド)』
『万能軟膏Lv.1(傷・火傷・虫刺され用。スギナとタイム精油を配合)』
『健胃・整腸薬(ペパーミントとセリの乾燥粉末)』
村人たちの、細かな「悩み」……「夜、眠れない」「農作業で怪我が絶えない」「子供が腹痛を起こしやすい」といった症状をヒアリングし、それに対応した薬を、ピンポイントで提供していたのだ。
ソフィアの薬は、村の生活レベルを劇的に改善した。
「薬師様のおかげで、ばあちゃんがぐっすり眠れるようになった」
「この軟膏、すげえよ! あんなに膿んでた傷が、すぐ治った!」
村人たちのソフィアへの信頼は、もはや「尊敬」や、ある種の「信仰」に変わりつつあった。
(順調だわ。あまりにも順調すぎる)
ソフィアは、ハンスが置いていった小麦粉の袋を、アトリEの貯蔵庫(元・物置)に運びながら、満足のため息をついた。
食料と、生活物資が安定したことで、彼女はついに、本格的な「研究」に没頭できる時間を手に入れた。
(ハーブ園も、順調に育っている。村のジャガイモを分けてもらったから、これで食料も安泰。簡易蒸留器も、ハンスに頼んで、壊れていた部分を鍛冶屋(村の)で直してもらったおかげで、純度が上がってきた)
彼女のアトリエは、もはや「Lv.1」ではなく、「Lv.2」と呼んでもいいほどに充実しつつあった。
(次に開発すべきは……やはり、ポーションね)
軟膏やハーブティーではない、より強力な、「即効性」のある回復薬。
(牙猪の体液……あるいは、あの『ファング・キャップ』の毒性を中和する成分。それと、薬効をブーストする、何らかの「魔力触媒」が必要だわ)
ソフィアの思考は、すでに次のステップへと進んでいた。
彼女は、村から手に入れた新しい羊皮紙(薬草のスケッチと交換した)に、新しい研究計画を書き込もうと、ペン(自作の羽ペン)を取った。
その時だった。
「——誰か! 誰か、助けてくれえええ!」
森の静寂を切り裂く、切羽詰まった男の叫び声。
それは、アトリエの方向ではなく、森の入り口、麓の村の方角から聞こえてきた。
(!)
ソフィアは、ペンを取り落とした。
(今の声……村の人間じゃない。もっと、よそ行きの発音……)
彼女がアトリEから飛び出すと、村の方角が、にわかに騒がしくなっているのが分かった。
マルクたちも、何事かと、村の方を指差している。
「薬師様! なんか、すごい馬車が……!」
ソフィアは、顔をしかめた。
(馬車……?)
彼女が、この森で最も警戒しているもの。
それは、魔物でも、村人でもない。
あの、虚飾と権力に満ちた「王都」からやってくる、招かれざる訪問者だった。
(アルベルト殿下が、私を連れ戻しに? まさか。……だとしたら、一体、誰が?)
ソフィアは、腰のナイフを確かめると、村へと続く道を、慎重に、しかし速足で下り始めた。
面倒ごとは、ごめんだった。
だが、その騒動が、自分の研究生活を脅かすものであるならば、先手を打って対処するしかなかった。




