第3話 真実
記事は、血の匂いがする。
事件が起きるたびに、編集部の空気が変わる。
コーヒーの香りが、獣の匂いに変わる。
誰もが獲物を探している。
私もそうだ。
でも違う。
私は、真実を伝えたいだけだ。
そう信じていた。
あの少女のニュースを最初に見たとき、
画面の中の彼女が、助けを求めているように見えた。
けれど、声は届かない。
だから私は、彼女の代わりに叫んだ。
「少女、医師による
【慈悲の処置】で死亡」
強い言葉ほど、注目を集める。
その見出しで、私の原稿は朝刊の一面に載った。
社内で拍手が起きた。
デスクが微笑んだ。
「君はよくやった」
でも、夜。
記事を読み返していたら、
彼女の目が思い浮かんだ。
ベランダで泣いていた、あの目。
誰が撮った写真なのかも知らない。
だけど、レンズ越しに見つめられている気がして、
指が震えた。
翌朝、匿名の手紙が届いた。
『あなたが記事にした子の父親は、生きています。あなたの真実は誰かの嘘です。』
それを読んだとき、
なぜか笑ってしまった。
どんな嘘も、誰かに信じられれば真実になる。
それを教えてくれたのは、
この仕事だ。
私は、彼女を救ったのだろうか。
それとも、二度殺したのだろうか。
どちらでもいい。
彼女の物語は、私の手で永遠になった。
記事の下に、自分の名前が印字されているのを見るたび、
胸が焼けるように熱くなる。
誰かの死が、私を生かしている。
その夜、教会の鐘が鳴った。
祈る声がした。
「あの子は救われたのよ」
笑ってしまった。
まだ、誰も救われてなんかいない。




