空翔ぶ少女
小学二年生の少女アルカは強くなりたかった。
コミックを読めばヒーローたちはみんな共通して強いものであるからして
それにあこがれたのだ。
ただアルカの親はそれに困った。
あこがれるのは結構だけれども、それになろうとして
パパの脛をけってみたり、ママの髪を引っ張ったりするのは
彼らにとってはごめんこうむりたい事実なのだ。
彼らはそれとなくアルカに魔法少女物の女児アニメを進めるも
アルカはそれを気に入らなかった。
そしてアルカの行動はどんどんエスカレートしていき、ついに弟の頭にたんこぶを作って
しまうとアルカの両親は強引にでもそのコミックを読ませるのをやめさせないわけには
いかなくなってしまった。
結果としてアルカはどこへ隠してもコミックを見つけ、それを読みながらヒーローの技の
練習をし始めるので、コミックは燃やされることとなった。
その事実はアルカと両親の間に深い溝を作る事態となり、またアルカは
ロミオとジュリエット効果でアルカはより一層ヒーローへのあこがれ
を強めていった。
ある日のこと、アルカはいつもの通りママの作ったご飯はわざと半分残したり
パパには挨拶を返さないといった両親への反抗をしていたが不意にその
両親への反発心によるとても良い提案を思いついた。
今のアルカにとってママがいつも言ってくる食べ物を残さずに食べなさいというお小言や
お使いに行きなさいと言ったものを無視したりすることが格別の娯楽としてなっていた。
その愉悦感と言ったら!
アルカの脳みそには確実にドーパミンが抽出されていた。
ので半ば脳内物質の中毒者状態に陥っていたのだが、小学二年生の少女にそんなことは
知りようもない。
無意識ではあるが募りに募った親の憎しみにより、
アルカはとうとう自分ができる親への最大の犯行とは何か、
その答えを探りあてたのである。
それは無断で一人で外出、そして裏山に遊びに行くことであった。
その二つをコンボにしてみたらどうなるだろう・・・
アルカは想像しただけで身もだえする思いだった。
コミックでは山がよく修業の場として使われているためなんで今までそれを思いつか
なかったのか!と自分に酔って自虐してしまう始末だった。
裏山にはクマがいて、それはとっても強くて怖いから近づいちゃダメ。
というのが今までさんざん言われていたことだった。
だが今のコミックで勇気がついていたアルカにとっては
むしろ好都合。
なんせ強くて怖い相手と戦えば、自分がもっと強くなるということだから。
弟が生まれてからママやパパが自分をかまってくれないと知っていたので
もうこの日の明るいうちに行っても全然気づかれないだろうと
思い立ったが吉日といったようにアルカは家を飛び出した。
裏山は今まで訪れたところで一番素敵な場所だった。
空気がおいしいし、すごい水が流れているところもある。
アルカはまたしても両親への憎しみを募らせた。
なぜこんな素敵な場所につれてきてくれなかったのか、と。
そしてアルカはクマを求め散々歩き回っていくうちに山のようにそびえる木を
見つけた。
大きい木だなと圧巻されるのと同時にむくむくと別の感情も湧き上がってきた。
この木をけり倒せたら、世界一の強さを手に入れられるかもしれないというのが。
アルカはさっそく蹴りをし始めた。
しかし一向に木は倒れなかった。
しばし休憩を取りつつ、アルカは黙々と木に向かって蹴りを入れ続けた。
元々地元民からはこのアルカのいる裏山はクマがいるということでめっぽう
近寄られない場所であり、一人で黙々とアルカは木に向かって蹴りを入れていようと
誰も何もいわない・・・はずだった。
「お嬢ちゃん、いい蹴りだね」
とアルカが両手足でも数えられないくらいに蹴りを木に喰らわせていた最中だった。
アルカよりも高い位置から汗をたらしながら、過呼吸気味な得体のしれない老人が
アルカに話しかけていた。
その様子はとてもじゃないが正常とはいえず、興奮状態と呼ぶ以外の何物でもなかった。
しかし視力も察しも悪いアルカはそんなことは気にしなかった。
アルカも木に蹴りを入れ続けていて興奮状態だったからかもしれない。
さらにアルカはそんな老人の様子よりも、別のことに気を取られていたのだ。
それは老人のひげ。
そのひげはまるでヒーローに修行をつける仙人の特徴そのもので、アルカにとっては
「本物」が来たとしか思えなかったのだ。
アルカは鼻息荒く
「あなたは仙人!?」
と問うた。
すると仙人は少し間を置いたのちに
「うむ」
と答え、また懐からピストルを取り出しそれを構え、アルカのほうへ打ち下ろした。
すごい銃声音だった。
アルカもびっくりして腰を抜かしてしまった。
しかしその数秒後、アルカはもっと腰を抜かすことになった。
アルカは倒れこんだ時についた手を見て、自分の髪の毛じゃない
茶色くて長い毛があることに気づいた。
そして地面に倒れこんだのにクッションのような感触が背中にあった。
その二つの違和感を払拭するためにアルカは振り返ると
なんとそこにはクマがいた。
アルカの心境、驚天動地、極めけり。
あの両親が強いと言っていたクマを一撃でやっつける!
これを仙人と言わずしてなんだろうか。
アルカは途端に仙人のいるもとへ駆け込んだ。
仙人は慌てながら銃を構え、下へ打ち下ろした。
その弾は時折アルカにかすることもあったがほとんどが下のクマの死体に命中した。
そしてアルカはとうとう仙人のもとへたどり着き
「さすがです!仙人様!」
と言って仙人に抱き着いた。
「せ・・・仙人?」
仙人はとても狼狽していた。
「仙人様!私を強くしてください!」
アルカは一生のお願いと言わんばかりに目を輝かせ、そうねだった。
すると仙人は途端に笑い出し
「ふぉっふぉっふぉ!それならお・・・わしにまかせんかい!」
と胸をたたきながら堂々と言った。
しかし途端に驚いた様子を見せた仙人はアルカを振り切って走り出してしまった。
「どこ行くんですか!」
とアルカは慌てていった。すると仙人は
「これくらいのスピードもついてこれないようじゃいかん!」
といって走り去っていった。
途方に暮れてあたりを見渡してみる。
もう夕暮れだった。
おなかもすいてきた。
そうしてアルカは一瞬、帰るべきか迷ったが
「あるかぁー!どこにいるのぉー!もう帰るわよー!}
と突然下からなじみのある声を耳にする。
下を見てみるとなんとそこにはアルカの母がいた。
アルカと母は目が合った。
「アルカッ!そんなところにいたの!もう暗いし帰るわよ!」
と叱咤するような声。
だがその声には角ついたものではなく、母親が子を見つけたときの安堵の声色が混じっていた。
しかし反抗期であるアルカにはその母の声は叱咤の声色、一色しか聞き取れなかった。
加えてアルカはその母の声によって戻るべきか仙人のもとへ行くべきか
決心がついた。
アルカは母に背を向け、仙人のもとへ登り始める。
「アルカッ!どこへ行くのっ!アルカッ!」
その後を追う母。
しかしその道中、クマの死体を目撃し
「キャッ!?」
と一言言わずにはいられず、加えて腰を抜かさざるを得なかった。
一瞬母の悲鳴により振り返ったアルカだったが、仙人の姿が見えなくなろうとしていたので
一度後ろを垣間見て、何もなかったことを知ったのちに、アルカはまた山の深くに上りに行った。
そのわが子の後姿を見て、母は腰を抜かしていたのでふがいなくも何も言う言葉が見当たらなかった。
髪の毛がのみの乗る船と化し、靴は元の色がわからないくらいにボロボロ、そして泥んこ
まみれになり、虫刺されにより、肌がニホンザルの尻とそん色のないくらいにまで
ひたすら登り続けてもはや三時間ちょっとが立つ時分、アルカは、月光のもとで
息を切らしようやくにして立ち止まった仙人に追いついた。
仙人はその傍らにあるスコップとこんもりと盛り上がった土の山を見つめ、
ただただ空虚な目をさらしていたが、いずれ後ろについてくるものがいると知ると
懐に手を忍ばせ、焦りのはらんだとんでもない形相をアルカにさらした。
懐から銃を取り出し、迷いのない手口で銃口をアルカに向かって引くも、
アルカには素っ頓狂とさせるような豆鉄砲のみしか喰らわせることはできなかった。
アルカは笑って
「仙人様、もうその銃には何も入ってないよ」
といった。
仙人は苦笑いしながら、
「そうだ・・・じゃな。そうじゃったな」
と言ってその銃を草むらに投げ捨てた。
そしてスコップの取っ手を杖のようにして使い、呼吸を整えつつ、盛り上がった土に腰を下ろして、仙人は
アルカを見つめた。
その目は猛禽類が獲物を狙うような目だったが、アルカはひるむことなく
逆にその鋭い眼光に目を輝かせた。
そのガン飛ばしが効いていないと仙人は知ると驚き、違う攻めをしようとした。
「おま・・・おぬし。何しにここにやってきた」
厚みのある声でゆっくりと話しかける仙人。
アルカは混じりっ気のない声で
「仙人様のもとで強くなりたいのです」
と答えた。
「強くなってどうする?」
と仙人。
「ヒーローになりたいんです」
とアルカ。
「ヒーロー?かっかっか!そりゃあいいな!」
と仙人は膝をたたいて笑い始めた。
つられてアルカも笑う。
笑いが収まった仙人は真顔になった。
その顔の真剣さには少しアルカもたじろいだ。
そして仙人はとても深みのある声で言った。
「いいか、お嬢ちゃん、この世にはヒーローなんてものはいねえ。そして仙人なんてものも
いねえ。ただ強さはある。そう、強さだ」
一言一言が重みがあり、その情報を処理する際に小学二年生のアルカにとっては荷が重すぎた。
そして仙人は続ける。
「強いものが弱いものを助ける。これもない。ただあるのは一つ、弱肉強食だ。
俺は食う方、つまり強いやつってことだな」
と自虐的に仙人は笑う。
その最後の言葉だけはアルカには理解できたようで、はしゃぎながら
「じゃあその強い力を教えてください」
とせがんだ。
「・・・」
仙人はうつむいて答えなかった。
しかしアルカはめげずにせがんだ。
「教えてください」
「・・・」
仙人は何も応じなかった。
アルカは憤怒した。
出し惜しみをする仙人に対して。
なのでゆすぶってみたり、大声を耳元で言ってみたり、時には頬をぺちぺち叩いてみたりした。
だがいずれも仙人は反応しなかった。
せっかく山奥まで来たのに、何も成果なしとはこれいかに。
そうやって明け暮れていたところにオオカミの遠吠えが聞こえてきた。
嗚呼、もう夜。
そう感じさせられないわけにはいかなかったその鳴き声にアルカはもう帰ろうかとも
思ってきた。
すると途端にぐーっと腹の音がした。
アルカのものだった。
これには仙人もノーリアクションではいられずに笑いだしてしまった。
「くっくっく。腹が減っては戦はできないともいう。ほら、帰れ。
できることなら・・・そう、もう帰った方がいい。今が引き際だぞ」
仙人は念を押してそう言った。
しかしアルカは今更引き返せなかった。
「仙人様!わたしを強くしてください!」
「・・・」
仙人は無言だったが、その目はとても悲しそうな目だった。
まだ駄目か、とアルカは落胆しかけたが
「いいだろう」
とその声をアルカに背を向けながらとぼとぼと歩く老人が発したとわかると、途端に息
を巻いて
「何をしますか?」
といった。
仙人は黙ってスコップに指をさす。
アルカは解したようにスコップを手に取った。
それを確認した仙人はこういった。
「ここに穴を掘れ、深く、深く、な」
「はいっ!」
アルカは威勢よく答え、そして穴を掘った。
掘って、掘って、掘って、とにかく堀った。
その山の上の土の固さと言ったらとんでもないものだったが、それも強さにつながるための
試練だと思い、アルカは堀った。
そして丁度奇跡的に木の根があたらないところを選んだのだろう、アルカは自分の身長より
も深い穴を掘っていた。
仙人が
「もういいぞ」
というまでアルカの手は動き続けていた。
そしてアルカは見上げて指示を待った。
仙人はそれに応じた。
「この試練はな、とてもつらい、が空を飛べるようになる試練だ。心してかかれ」
「はい!」
とアルカ。
そして仙人は言った。
「ではそこで座禅を組め。そして目を閉じろ」
「座禅ってなんですか?」
とアルカ。
「胡坐になって座ることだ。そして目をつむる」
「はい!わかりました!」
アルカは素直に従った。
しばらくの間静寂が訪れた。
しかしそれというのもアルカが耳を澄ましていなかったからであり、
またしばらくしてみるとアルカの耳にもちゃんと
虫の泣く音、オオカミの遠吠え、フクロウのさえずりが届いた。
アルカは夜の音楽界の傍聴者の一人として山の地面の中にいた。
思わず寝ちゃいそうだと思ってしまうくらいで、
アルカは必死に寝ないように気を付けた。
その時だった。
上で何か音がしているなと思ったのは。
なんだろう、と疑問を呈した刹那、肩の部分になにか粉上のものが落ちてきたのが分かった。
これは・・・土?
なんでまた、と思って上を見上げるとそこには仙人の顔があった。
なので尋ねてみた。
「仙人様。なんか土が落ちてきました。なんでですか?」
すると仙人はものすごい形相でかつ大きな声で言った。
「馬鹿者っ!この土は気になってもいかんし、その疑問を声に出してもだめだっ!
これは俺がお前に対して集中力が磨かれているかどうかの試練なんだ!
いいか、次、声を出したり、身動きをとってみろ。二度と空は飛べないと思え」
半ば脅し口調で終わったその言葉はアルカにとって効き目は抜群だった。
なるほど、試練。
自分はなんてうかつだったのだろう、と。
アルカはそれ以降何もしゃべらず、黙っていた。
土が自分の下半身を覆っても黙ってる。
土が自分の目の下全部を支配しても黙っている。
土が自分のすべてを覆っても黙っている。
黙っている。
黙っている。
黙っている。
黙っている・・・・。
そうこれは試練。
アルカにとってこれは試練だった。
そしてアルカは土の試練を耐えて
耐えて、耐えて、耐えて、耐えたのち、
空へ翔んだ。




