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空の広さ

フローライト第六十三話

もう行くことはないと本気で思っていたのに、何故か明希からまた連絡が来た。「もうほとんどいいんだけど・・・」とは言うがやっぱり来てほしそうだ。


(やっぱり明希さん、ちょっと様子が変・・・)と咲良は思う。


しかも夜に出かけると言う。それでも「いいですよ」と咲良は出かけて行った。着くとちょうど出ようとしていた明希と玄関で会う。


「あ、ごめんね。ご飯作ってあるの。咲良さんも利成と一緒に食べて」と明希が言う。やはり今日も思いっきりおしゃれをしている。


「はい、ありがとうございます。行ってらっしゃい」と咲良は言った。


部屋に入るとリビングに利成がいてパソコンに向かっていた。手許には楽譜のようなものがある。


「あ、ご苦労様」と利成が言う。


「・・・お疲れ様。仕事?」


「うん、まあね」


「足は?」


「もうだいぶいいからほんとは咲良が来なくても大丈夫だったんだけどね・・・明希がダメだっていうから」


「そうだよ。無理したらダメだよ」


「・・・ん、そうだね」


 


一緒に利成と食事をする。二人で食事はいつぶりだろう?そうだ、あの二人でレストランに言った時以来だなと、あの日の帰り道の雨を思い出した。


食べ終わってから後片付けをして時計を見ると、夜の七時半だった。


(明希さん、仕事とは言ってたけど・・・)


こんな夜に?と首を傾げた。利成はさっき仕事をするのに一階のいつもの部屋に入っている。


利成の部屋のドアをノックすると「どうぞ」と利成の声がすぐに聞こえた。


「今って忙しいよね・」と遠慮がちに咲良が言うと「そんなことないよ。そこに座って」と言われる。咲良はベッドの上に座ってパソコンに向かっている利成の横顔を見つめた。


「ちょっと待って。もうすぐ終わるから」と利成が言う。


「いいよ、私のことは気にしないで」とベッドの脇にあった本を手に取る。


(ん?何だか英語なんですけど?)


咲良は本を元に戻した。利成の横顔を見つめているうちに何となく眠くなってしまい、横になってさっきの本を広げて見た。どうやら物語らしくところどころに挿絵があった。


(そう言えば利成も奏空も絵がうまかったよね・・・利成なんて個展開いたりしてたんだもんね・・・)


「咲良」と急にすごく近くに利成の声が聞こえてびっくりする。


「眠いの?」と聞かれて顔を上げるとすぐ横に利成がいる。どうやら無意識にウトウトしていたようだ。


「あ、ごめん。寝てた?」


「寝てたよ」と利成が笑顔で言う。


「何か昨日眠れなかったんだよね」


「そんなに奏空って激しいの?」とからかい口調の利成。


「は?違うって」と咲良が起き上がろうとすると、そのまま利成に押さえつけれた。


──  多分次行ったら利成さんに負けるよ 。


急に奏空の言葉を思い出す。


(どうしよう・・・そうかも・・・)


利成が口づけてきた。そのキスは奏空とは違う。体中が感じるような深いキスだ。


「ここで寝るってそういう意味でしょ?」と利成に言われる。


(ああ、そうなのかな・・・)と咲良は利成を見つめた。


するといきなり激しいキスに胸をわしづかみにされて咲良はあっという間に意識が飛んでしまった。身体は完全に利成を求めていた。


あっという間に上半身を脱がされる。昔ホテルで抱き合った時のように利成が激しい欲をぶつけてきた。履いていたズボンも下着も取られて利成の唇が下半身に移動した。


「まだ動かせないから咲良が上になって」と言われて咲良は起き上がって利成の上に乗った。


咲良の身体が利成を憶えていてまるでスイッチが入ったかのように、すべてのことは忘れて快感にハマった。奏空とのセックスでは感じないものだ。利成が少し呻いて「咲良、もう出るから離れて」と言った。咲良は離れられずそのまま利成を受け止めてしまった。


利成が息を切らしている。咲良もそのまま利成の上に倒れこんだ。ぼんやりとした意識の中で咲良は奏空も明希も裏切っちゃったなと思った。今度こそ田舎に帰り時だろう。それでも何故か後悔していなかった。自分はずっと利成に抱かれたかったのだ。身体は長い間利成を欲していた。


顔を上げて自分から利成に口づけた。好きとかそんな理屈じゃなくて・・・ほんとにそうだ、ただそうしたいがあるだけだ。


咲良は起き上がって下着をつけた。服を着ながらこのまま今日は帰れないなと考えていた。奏空が自分を見ればすぐにわかってしまうのだ。


利成も起き上がったので咲良は下着とズボンを利成に渡した。


「もう帰れなくなっちゃった」と咲良は言った。


「ここにいていいよ」と利成が言った。


「アハハ・・・変な冗談だよ、それ」


咲良は自嘲気味に笑った。


「帰らないでどうする?」


「んー・・・本気で田舎に帰るよ。奏空にはそう言っておいて」


「・・・奏空はもうわかってるよ。知っててわざとここに来させたんだよ」


「それはないよ。だってここに来ること言ってないもの」


「・・・そう・・・でも、知ってるよきっと」


変なこと言うなと咲良は思う。見たらわかると言う奏空だが、さすがに見てもないのにそこまでわからないだろうと思う。それならほんとに予知能力だ。


利成の部屋を出るとギクッとした。明希がもうリビングのソファに座っていたからだ。


(もしかして聞かれたかも・・・)


思いっきり今日は乱れてしまった。もしいたのなら声が聞こえてしまったかもしれない。


「あ、咲良さん。ごめんね。利成は?」と普通の顔で聞かれて咲良は少しホッとした。


「あ、何か休んでます」と咲良は答えた。


「そう?咲良さん。もう遅いから奏空に迎えに来てもらって」


「いいえ、大丈夫です。帰ります」と咲良はバッグを手にした。


「そう?」と明希が玄関まで一緒に来た。


「咲良さん、奏空をよろしくね」と急に改まって明希に言われる。振り返ると明希がすごく寂しそうな顔をしていた。


「はい・・・」と咲良は答えてから頭を下げて表に出た。


(明希さん、元気がなかったな・・・)


咲良はそう思いながらどうしようかな・・・と考えた。もうあのマンションには帰れない。そんな予感もあって今日はお金を多めに持って出ていた。通帳やカードも持っている。


(このまま実家に帰ろう・・・奏空、ごめんね)


どの道結婚なんて無理だったしね・・・と咲良はまず電車で空港の方向に向かおうと思ってスマホを広げた。


(私の彼氏はすべてお見通しだもんね・・・)


夜の九時半・・・電車は・・・と咲良が調べているといきなりヘッドライトに照らされた。


(あ・・・)と咲良は道のはじに寄ってから顔を背けた。車が一旦咲良を通越してから止まってバッグをしてきた。


(万事休す・・・だな・・・)


それは奏空の車だった。早くタクシーにでも乗れば良かったと咲良は後悔した。


「咲良!どこ行く気?」と車の窓を開けて奏空が言う。


「え・・・えーと、帰るところ」とごまかした。


「じゃあ、乗って!」と言われる。


(あー仕方ない・・・)と咲良は車の助手席に乗った。


「良かった。行き違いになるところだったね」


「そうだね・・・何でわかったの?」


「明希から連絡きたから」


「明希さんから?いつ?」


「九時頃にラインが入ってたよ」


「九時頃?」


(利成の部屋を出たのって・・・もっとその後だよね・・・)


じゃあやっぱり?と血の気が引いた。だからあんな寂しそうな顔を?これはもうこれ以上は奏空とつきあうのは無理だと判断した。


「奏空?ごめん。私、明日にでも田舎に帰るから。ほんとごめん。もう私のことは忘れて欲しいの」


「・・・・・・」


奏空が無言でいる。そして大きな通りに出て信号待ちで車が止まるまで奏空はずっと黙っていた。


「今日、利成さんのところに行くの知ってて行かせたんだよ」


「え?知ってたって・・・言ってないよね?」


「うん、明希から聞いたから」


「明希さんから?いつ?」


「昨日」


「昨日って・・・何で言わなかったの?」


「咲良が言わなかったからだよ。それにもう仕方がなかったからね」


「・・・・・・」


信号がまた変わり、奏空が車を発進させた。


「お腹すかない?」と急に奏空が言う。


「食べたからさっき・・・でも、奏空が空いてるでしょ?」


「ん、どこかで食べようよ」


「それはやだよ。奏空だけ行きなよ」


「何でさ」


「目立つから」


「目立っていいんだよ。もう結婚するんだから」


「結婚なんてしないから」


「・・・するよ」


奏空はそう言ってから後は無言でマンションまで車を走らせた。部屋に入ると途中のコンビニで奏空だけが店に入って、適当に食べれそうなものを見繕ってきたもをテーブルに並べている。


「食べよ?俺がお茶入れてあげる」とキッチンに向かって行く奏空。


「もういいよ、奏空」と咲良はいたたまれなくなって言った。


「何が?」と奏空がポットに水を入れながらのんびりとした声で言った。


「ほんとにいいから。私は平気だよ。一人でも」


「・・・俺は平気じゃないっ」と急に奏空が吐き出すように言ったので、咲良は口をつぐんだ。


「咲良?田舎には戻る必要ないからね。今日は俺がわざと行かせたんだよ」


「その意味がわからない」


「咲良は利成さんに思いが残っててね。それは思いを果たすしかなかったんだよ」


「どういう意味?」


「・・・セックスしてはらすしかなかったんだよ。恨みより憎しみより咲良はそうされたがってたから」


「・・・・・・」


「だから気にしないでよ」


「気にするよ。わざとか知らないけど・・・明希さんにはわかっちゃったよ」


「・・・明希もきっとわかってたよ」


「何でそんなことわかるのよ」


「何となくだけどね。いいから食べよ」と奏空が沸いたお湯でお茶を入れている。


リビングのテーブルで咲良はお茶を飲みながら何だか気持ちが中途半端でわけがわからなかった。明希がわかってたとしたら何で私に頼んだの?奏空はなんでわざと自分を行かせたの?


「奏空、やっぱり意味がわからないし、すごくモヤモヤする」


「そう?」と奏空は関心ないようにテレビを見ている。


「説明して。わざと行かせたって何?」


「・・・んー・・・さっき言ったじゃない?」


「セックスしてはらすって話し?」


「そうだよ」


「そんなのおかしいよ。私のしたことはただの浮気なんだから」


「浮気ってこと自体おかしな表現だからさ・・・まずそれは置いときなよ」


「わかった。置いとくけど説明はして」


「んー・・・ちょっと面倒なんだけどな・・・」


「面倒でもして」


咲良がそう言うと奏空が少し目を見開いてから諦めたかのように話し始めた。


「・・・人って結局思いが晴れるまではずっとモヤモヤし続けるんだよね。それはわかる?」


「わかるよ」


「ん、それで咲良は復讐できなかったでしょ?まあ、ある程度は俺がしたけど・・・それは利成さんをやりこめたけど、咲良の気持ちがすっきりしたわけじゃないからね」


「・・・・・・」


「明希もね、長い間元カレに気持ちがいってたのは、咲良と同じなんだよ」


「え?どういう意味?」


「んー・・・執着って思いっきりする前に急に失っちゃうとしちゃうでしょ?後悔って一種の執着だから」


「そうだね・・・」


「不意に奪われたらどんなものでも価値があったかのように思ってしまって囚われるんだよ。俺も今咲良がいなくなったらそうなるよ」


「・・・私がいつまでも利成に囚われていたっていうのはわかるけど・・・明希さんは?」


「明希のトラウマと関わってるからな・・・」と奏空が考えるような顔をしている。


「・・・まあ、セックスに思いが残ってたんだよ。明希も」


「そうなの?」


「そう。元カレと事情合あってできなくて・・・それがすごく心残りになったんだよね」


「そうなんだ・・・」


「咲良の復讐したいも執着で、裏返せば「愛されたい」なんだよ」


「・・・・・・」


「愛されたでしょ?今日」


「・・・そんなのひどい・・・」


「・・・・・・」


「わかっててわざとだなんて・・・愛されてなんかないし・・・」


「違うよ。愛されたんだよ。咲良は」


「愛されてなんかないよ。弄ばれただけだよ。利成とそして奏空にもね!」と咲良は立ち上がって玄関の方に向かった。


「咲良!」と奏空が追いかけて来る。咲良はバッグを持つと玄関まで走った。


「咲良!待ってって!最後まで話し聞いてよ」


「いいよ!もう」と咲良が靴を履こうとすると、奏空に強い力で腕をつかまれた。


「最後まで人の話し聞いて!咲良が説明してって言ったんだよ?」


「じゃあ、もういいよ。説明なんて!」と奏空の腕を振り払おうとしたが、がっちりつかまれてて振り払えなかった。


「咲良って、ちゃんと聞かないと」


「もういいって!」


「ちゃんと聞いて!もう次はないんだから少し整理して」


「次はないって?」


「もう俺利成さんには渡さないよ」


「・・・・・・」


「咲良が利成さんをどんなに好きでも渡さないから・・・だからちゃんと気持ち整理つけようよ」


「・・・・・・」


「そんなんで田舎に帰っても、ただ悶々と日々を送るだけだよ」


奏空の言葉に咲良はうつむいた。その通りだと思ったのだ。咲良は靴を脱いでもう一度部屋に上がった。奏空が後ろからついてくる。


リビングのソファに座ると「じゃあ、続き話して」と奏空の顔を睨んだ。奏空が咲良の向かい側の床に座る。


「・・・残ってるエネルギーって出さないと消えないんだよ。味わいきるか、もういらないと手放すかしないと永遠に残ってる」


「味わいきってなんてないよ」


「そうか・・・じゃあ、残りは手放そう?」


「手放すっていうか、そんなのないから」


「それは意識ができないだけであるんだよ」


「無いと思う」


「んー・・・俺にははっきり見えるからな・・・」と奏空がまた考えるような顔をしている。


奏空には自分が見えて、でも自分には奏空が見えない・・・。


「ねえ、不公平じゃない?」


「何が?」


「奏空ばかりに私が見えて、私には奏空が見えないんだよ?今後、私が何かしても奏空にはまるわかりだけど、奏空が浮気しても私はわからない」


「そうだね。だから”信じる”なんて言葉があるんじゃない?」


「私は信じたりできない。どの人も信用できないもの」


「そうか・・・それが元になってるね」


「元って?」


「考えって何でもある物差しが必要で、咲良が”誰も信用に値しない”って考えをベースに、そこに積み立てたところでその考えは最初の”信用できない”に最終的には戻ってくるんだよ」


「・・・・・・」


「俺のことは安心してよ。絶対ないから」


「そんなことわからないでしょ?奏空はまだまだ若いんだよ?」


「年は関係ないよ。若くても年寄りでも」


「若いっていうのはね、まだ経験が浅いってことだよ。つまりそのうち私に飽きて他の人とつきあいたくなるってことだよ」


「・・・経験が浅いはその通りだよ。他の人とつきあいたくなるもあり得ることだとは認めるよ」


「そうでしょ?やっぱり」


「”気持ち”はころころ変わるからそういう気持ちになるかもしれないけど、そこは自分で”決める”ことが重要」


「意志を強くってこと?」


「そうだね。でもそれとも少し違うかな・・・。利成さんは「今」の自分の気持ちに忠実でそこにいつもフォーカスしてるけど、それは自分の欲望に対しても忠実ってことだから、一見何も考えてないように見えるよね?」


「そうだね。実際そうでしょ?」


「アハハ・・・確かにそういうところはあるけどね。利成さんは一方でそんな自分を冷静に客観視できるんだよ」


「自分で自分がわかってるってこと?」


「そう。欲望には逆らわないのは逆らってもいいことないからって知ってるからだけど、社会的にはそれだとあまりにも節操がないわけじゃん」


「そうだね。私には利成がそう見えるよ」


「アハハ・・・もう笑わせないでよ、咲良。そこで自分に自分がブレーキかけてくるシステムがあるわけ。でもそれもその人の機能によるから、できない人も一定数いるんだよね」


「そうだね。それが利成でしょ?それと私もだけど」


「アハハ・・・ほんと咲良って面白い・・・」


「ちょっと親子して人のことバカにするのやめてくれる?」


「バカに何かしてないよ。咲良はすごく真っすぐで気持ちがいいんだよ。そう言う意味」


「そういうところはあるけど、色々それで失敗してるし」


「んー・・・”失敗”なんてないんだけどね。今はまあ、そこは置いておいて。例えば・・・自分の身体って単に機械のようなもので、それを自分が運転してるって考えてみて」


「ロボットだと思えってこと?」


「まあ、そういう感じ。このロボットは全員が同じ機能じゃないでしょ?」


「そうだね」


「そう。見た目はもちろん、得意不得意、考え方、好み、身体的な問題、癖やなんかすべて一人一人違うわけだよ」


「そうだね」


「なのに一緒になろうとして悩んだりしてる。身体が単なる自分が操るロボットだとしたら・・・ある程度の改善は可能だけど、他のロボットと比べて羨んだり、まったく一緒になろうとするのは最初からおかしなことだってわかる?」


「まあ、そうだね。自分でそのロボットを選んだんならおかしいよね」


「そうそう。さすが咲良。”自分で選んできた”は重要箇所だよ」


「でもじゃあなんでもっと私は美人だったり、才能あふれるボディを選んでこなかったんだろう?それもおかしな話でしょ?」


「アハハ・・・そうか、そうだね。でも、ちょっとゲームを思い出してみて」


「ゲーム?」


「そう。RPGみたいなゲームで、自分をどのキャラにするか選べるのもあるでしょ?そしてそのキャラにはそれぞれ特徴がある。魔法使いだったり、戦いが得意だったり、機能だけでなくそのキャラを使うことによって、ストーリーも変わる場合もある」


「うん」


「あらかじめその辺はわかってて選ぶよね?でもわざと不細工なキャラを選ぶ場合もある。それはそれがゲームだってわかってるからで、そのキャラを使っての独特の展開があるなら、それも見てみたいとゲームをやる人なら思うわけ」


「そうだね」


「つまりそれはゲーム内のキャラで自分ではない、自分はプレイヤーの方だからね。この身体が自分自身だったらそれこそ不公平だし、おまけに機能があらかじめそうつけられているのを人は欠点だと思い込むから悩みもつきない」


「まあ・・・そうか・・・」


「だけどゲームだと最初からそのストーリーを楽しむために自分でキャラを選んでくる。ついでにいうと、皆それぞれの違うゲームをしてるから、他人のゲームを見て羨むのも変な話しになる。自分でそのストーリーを選んでキャラを選んでそのゲームをしてるんだし、別なゲームのキャラを引っ張ってくるなんてできないよね」


「うん、まあ」


「で、利成さんの話に戻るけど、利成さんはキャラとしての自分から飛び出てプレイヤーの方の意識にもなれるんだよ」


「ん?意味わからない」


「んー・・・ほとんどの人はこの身体をつまりゲームで言うならゲーム内のキャラの方を自分自身だと思い込んでるから、なかなか自分には気づけないんだよね。まあ、それも含めて設定なんだけど、実際は”プレイヤー”の方こそ自分。それがわからないとゲーム内で起こる様々な出来事をすべて本当だと思うから、そりゃあ人生は困難で苦しみに満ちたことになるよね」


「んー・・・確かに」


「簡単に言うと自分を客観視できるかって感じかな・・・まあ、それとも少し違う部分はあるけど、利成さんはキャラに埋没するのも意識的にそうしてるところもあってね」


「・・・・・・」


「そこはコントロールしながらロボットを動かしてる感じかな」


「わかっててわざとってこと?」


「そうだね、どこまではっきり意識してるかは人によりけりだろうけど、気づいている部分があるかないかでは人生のとらえ方がまったく変わってくるから」


「じゃあ、奏空は?利成と一緒な感じってこと?」


「アハハ・・違うよ」


「どう違うの?」


「んー・・・どう説明したらいいか・・・」と奏空はまた考えるような顔をした。


(意味がわかるようなわからないような・・・?)


「つまり奏空は私とも違うし、利成とも違うってことだよね?」


「そうだね・・・さっきのプレイヤーとしての意識が百パーセントだとここにいられなくなるし・・・バランスがね・・・」


「・・・・・・」


「中学の時かな・・・急に何も見えなくなったことがあって・・・意識が飛んじゃったことがあるんだよ」


「え?見えなくって・・・?」


「んー・・・何もないの。俺の身体もね」


「どういうこと?眩暈とか?」


「ハハ・・・そう病院でも聞かれたけど・・・」


「病院に行ったの?」


「うん、あ、見えなくなったからじゃなくて、その間にどうやら身体だけは動いてたらしくて怪我しちゃったんだよ」


「どういうこと?」


「幽体離脱って知ってる?」


「知ってるけど・・・それになったの?」


「それとも違うけどね・・・近いのかな・・・いや、違うか・・・」


「もう!意味わかんない。単刀直入に言えないの?」


そう言ったら奏空が笑いだした。


「何?」と咲良が憮然として聞くと「ごめん、ごめん」と奏空が笑いながら謝っている。


「そういうとこ、利成にそっくりなんですけど?」と咲良は更に憮然とした。


「ん・・・ごめん。咲良っていいね」


「・・・それも利成がよく言う言葉」


「そうなんだ?じゃあ、利成さんと俺も同じ気持ちかも?」と奏空がまだ笑っている。


「もう!いいから早く結論言ってよ」


「結論?」


「そう!私は田舎に帰ろうと思ってるんだよ。今のところ奏空はそれを阻止するようなこと説明してないよ。それに・・・明希さんにはもう顔向けできないよ」


「明希?」


「そう。今日のことバレちゃってるもの・・・聞こえたかもしれないし・・・」


「・・・そうだねぇ・・・」と奏空がまた考える顔をする。


「今回は俺がわざとそうしたからなぁ・・・」と奏空がまたわけのわからないことを呟いている。それから咲良の方に向き直った。


「明希のことは利成さんが何とかするよ。あの人たちもう何十年もああやってるんだから、ある意味好きでやってるところも無きにしも非ずだよ」


「好きでって・・・利成はそうかもしれないけど、明希さんは?苦しんでるでしょ?利成の女性関係には」


「そうだね、苦しんではいるようだね」


「だって一人や二人じゃないよ?しかも本人はまったく罪悪感を持ってないみたいだし・・・。私ならぶん殴って離婚届突きつけてやるけど」


「アハハ・・・もう、咲良って最高」と奏空がまた笑いだした。


(まったく親子共々ぶん殴ろうか?)と心の中で思う。


「利成さんは利成さんの物語があるからなぁ・・・でも、今回咲良と出会って少し変わったんだと思うよ」


「変わった?何も変わってないよ?明希さんが好きなら何で家で・・・」と言って咲良は口をつぐんだ。結局自分が悪い気がしてきたからだ。わざと奏空が利成のところに行かせたとしても、そうしたのは自分だ。それは”そうしない”こともできたはずだと思うからだ。


奏空が黙っている。奏空だって許せないはずだ。少なくとも自分なら絶対に許さないだろう。


(あー私って最低・・・)


「咲良はきっと利成さんとは縁が深いんだね」と奏空が言った。


「縁って?」


「この世のカルマだよ」


「カルマ?」


(また難しい言葉を・・・)


「ん・・・カルマは原因と結果の法則だね。この法則の中に人はいるというか・・・」


「何か難しい話しだよね?今日、利成の部屋に英語の本があったけど・・・そんな感じだよね?」


「え?英語の本?何てやつ?」


「さあ?英語だもん、わかんないよ。だけど子供向けのお話しのような感じだったけど・・・挿絵がところどころあってそんな感じだったから」


「それ、多分俺のだよ」


「え?奏空の?」


「そう。麻美さんから貰った本・・・あ、麻美さんって利成さんのお母さんね」


「奏空のおばあちゃんってこと?」


「そう。英語ペラペラなんだよ。それで俺にも英語教えてくれてさ、だから小学校の時には普通に英語で麻美さんと会話できたから」


「え、すごい。じゃあ、今も?」


「まあ、一応。・・・利成さん、何で俺の本を?しかも利成さんは英語ダメなんだよ」


「えーそうなの?そのおばあちゃんには教わらなかったの?」


「多分ね。利成さんが子供の頃はあまり家にいなかったらしいよ。いてもピアノの教師してたからそれで忙しかったらしいし」


「そうなんだ」


「そう。・・・で、まだ田舎に帰るって気持ち阻止で来てない?」


「できてないね。難しい話ばかりだもの」


「えー・・・だから、説明が難しいんだよ。とにかく、今日のことはそれはそれでいいから。俺としてはもちろん嫌な気持ちはあるけど、咲良がいつまでもその思いを抱えたまま俺といても、いつかはそうなるのが見えてたから・・・囲碁で言うなら、わざと自分の白石の陣地を利成さんにとらせたって感じだよ」


「私で勝負するのやめてくれない?何だか自分ってコマみたいじゃん」


「アハハ・・・ある意味、全員そうだよ」


「どういうことよ?あ、やっぱいいわ、説明は。もう疲れた」


「アハハ・・・そう?」


「コマなのかロボットなのかわからないけど、本当のところ私も利成と一緒でサイテーな奴なのよ。だって今日のこと後悔してないんだから」


「それでいいよ。咲良は明希とは違うから。感傷は捨てて前へ行こうよ」


「奏空ってほんとに空みたいな人だね」


「空ってあの空?」と奏空が天井を指さした。


「そう。心が広いっていうか広すぎ」


「アハハ・・・広くないよ。ただ・・・例えば囲碁や将棋の棋士みたいに何手先まで読めるっていうか、ここでこうすると次はこうなってってだいたいのところがわかるだけなんだよ」


「それは予知じゃなくて?」


「棋士たちは予知してるんじゃないでしょ?ある程度定石があるから、それにそって考えればわかるだけだよね。それと一緒で人のパターンってものがあるんだよ」


「パターン?」


「そう。みんな自分で考えたり思ったりしてると思ってるけど、そうじゃなくてある価値観の物差しで測って判断してるだけなんだよ」


「でもそれぞれみんな価値観が違うじゃない?だから物差しも違うんじゃない?」


「その通りだよ。だけど社会的価値観の中にすべての人がいるから、個人の価値観もその枠内で測られてるものが多いからね。大体予想はできるってわけ」


「そんなのでもわかりづらいよ」


「んー・・・そう?じゃあ、社会の枠組みから考えてみたらいいよ。どんな教育を学校や親から受けて来たか?それが簡単なところの社会の価値観だよ」


「うーん・・・」


「俺はね、子供の頃店のものをよく勝手に持ってきてたの」


「え?何?子供って・・・いつ頃の話?」


「幼稚園くらいまではあったかな。要するに他の子はそれがいけないことだってとっくにわかってる頃も、俺はそういうことしてたわけ」


「えー・・・わざと?」


「ほんとに小さい頃はわざとじゃないよ。わかんなかったからでもない。自分と他人ってわけ目があまりなかったっていうか・・・むしろ何で持ってきたらダメなの?って疑問だったんだよ」


「・・・・・・」


「小学生の低学年の頃は一応ルールを守ってみたんだけどね。ルールがあまりにもあほらしくなってきた高学年の頃は、あえて破りまくって明希が先生にまた呼び出されてたよ」と奏空が笑った。


「えーどんなルールを破ってたの?」


「例えば授業中でも平気で何か食べたり、勝手に席を立ってみたり、一番嫌がられたのは先生への突っ込みかなぁ・・・?」


「ちょっと、酷い子だね。言っちゃあ悪いけど精神障害でもあるかと思われるよ」


「ハハ・・・そうだね。でも、そうは言われなかったよ。わかってるくせにあえてやってる感があったからだろうね。つまり反抗的態度ってわけ。中学の頃になると先生の言葉にかなり突っ込みいれてみたり、納得できないってわざわざ職員室まで抗議に行ったり、授業乗っ取ったこともあったな・・・」


「は?何それ?」


「音楽の時間、合唱の練習でちんたらみんなやってるから、勝手に指揮者になったりピアノひいて俺の授業やっちゃったら、めっちゃ怒られたよ」


「アハハ・・・何それ。私もその奏空の授業出たかったな」


「アハハ・・・そう?出る杭は打たれるっていうけど、俺の場合それで出すぎちゃって誰ももう何も言ってくる奴がいなくなったよ」


「それまでは言われてたの?」


「言われてたよ。何せ利成さんの息子ってことで、学校中の奴が見にきたからね。利成さん目当てで女子にも色々言われたし・・・だけど、そういや女子の悩み相談も途中からやってたっけ・・・」


「悩み相談?奏空が?」


「うん、何だか知らないけど最初は利成さん目当てだった女子が、だんだん自分の悩みを言ってくるようになったの。それで今みたく色々話ししてたら口コミで広がったらしい」と奏空は笑った。


(奏空がぶっ飛んでいるとは思っていたけど、ここまでとはと咲良は少し唖然とする。


「明希さん、大変だったろうね」


「ハハ・・・そうだね。明希はいつもね、俺にパターンなことしか言ってこないから聞く耳持たないでいたら、必ず利成さんに助けを求めるからさ、それもパターン」


「それはあまりにも奏空が明希さんのことをバカにして言うことを聞かなかったせいだよ」


「何で明希の言うこと聞かなきゃならないのさ?その方がおかしいよ」


「は?奏空の方がおかしいよ?親に対してそういう言い方って」


「そう?親か・・・ま、そうだね」と全く納得してない風に奏空が言う。


「あ、もうこんな時間」


咲良が時計を見るともう夜中の一時を過ぎていた。


「じゃあ、咲良。これで田舎行きは無くなったでしょ?」


「無くなってないよ。何一つわからないかったもの」と咲良が言うと奏空がいきなり「プッ」と吹き出してから笑い出した。


(もう?また?)


憮然としながら奏空の顔を睨んでいたら、奏空が気が付いて「ごめん、ごめん」と言った。それから「だって結構長々と説明したからさ、でも一つもわからなかったって言われたら笑うしかないでしょ」と面白そうに言った。


「・・・もう、寝る」と咲良は立ち上がって寝室に行こうとしたら、奏空も立ち上がってきて腕をつかまれた。そしてそのままその場で抱きしめられる。


「一緒にいて」


奏空がそう言って腕に力をこめてくる。


「・・・・・・」


「勝手に田舎に帰らないで」


「・・・・・・」


黙っていたら奏空が身体を離して咲良の顔を見つめてきた。


「何とか言ってよ」と奏空が切なそうな表情を作った。


「・・・帰る時は帰るよ」


「帰らせない」


「だって・・・」


奏空といると楽しくて・・・・


「だって・・・何よ?」


「いいよ、もう」と離れようとしたら奏空が口づけてきた。ひとしきり口づけてきてから唇を離す。


「とにかくそういうことで。寝ようか?」と奏空が笑顔になる。


長々と話したわりには、全然わからなかったなと咲良は思いつつ、やっぱり奏空の不思議さに魅せられてしまうのだった。

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