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首狩りの赤銅  作者: 星屑アート
プロローグ
5/11

4話

 自宅に戻り、当面はアイテム屋の跡取り息子としての日常を過ごす。男は川から村へと戻るため森の中を歩いていた。

「(不思議だ。初めて歩く道なのに身体が覚えている。)」

 木漏れ日が差すなか、土と枯れ葉が踏み固められただけの道を歩く。足裏から伝わる感覚はアスファルトで舗装された道ばかりを歩いていた男にとって久しく忘れていたものだった。

「(こんなに歩いたのに息も上がらない。これは若さとか日頃の運動量とかは全然関係なくて、この世界の法則である数値のおかげなんだろうな。)」

男は元の世界で力仕事に就いておらず、身体を激しく動かすような趣味や習慣を持っていなかった。にもかかわらず、心臓の鼓動や息に乱れがないのは老い始めていた元の身体と比較して若く高性能な肉体を少年から譲り受けたからだろう。

 男は歩きながら、これからのことについて思案する。

「(日常か。全て初めてする作業だな…。)」

 ベアリン国の南東の端。辺境の開拓村の十三歳の少年の日常とはつまり、労働である。本人の才能、村での後継問題、家業という三つの要素が重なった結果、この少年は村の狩人とアイテム屋という二つの役職を引き継ぐことが決まっている。森に住まう魔物の脅威から村を守り、森の恵みを持ち帰る狩人。唯一のアイテム屋として、村の需要を一手に引き受け雑多な商品の売買を行なうアイテム屋。課される仕事は農作業という名の単純な肉体労働ではない。狩人として村を囲む森に住まう魔物の間引きを含む、森の管理。村の森の薬草の採取や回復薬や解毒薬などのアイテム作成と、村人や行商人との取引。成人を二年後に控えた肉体の持ち主であった少年は、見習いとして剣術、弓術、植物学、薬学、算術、経営といった幅広い分野の知識を蓄え、作業をこなしていた。

 肉体から引き継いだ知識と技術(スキル)の補助があるとはいえ、これまで通りに仕事こなさせるかと言われれば不安が残る。

「(この辺は考えても仕方ない。今までの専門分野とは微妙に畑が違うのが、これまたもどかしいな。)」 

 少年の日常を乗っ取るために男にできることといえば脳内でのシミュレーションが精々で、ぶっつけ本番で少年と遜色ない技量を発揮することに賭けるしかない。

 「(それにしても変な世界だな...。)」

 いつもの道を歩く男は気持ちを切り替えると、道に沿って並ぶ樹々を新鮮な気持ちで植物を観察する。手で触れた時の触感や木漏れ日や、風で揺れる葉が擦れる音は元の世界と変わりなく感じるが、樹皮の模様や葉の形、葉脈のパターンが明らかに異なっていた。

 「(元の世界で見たことがない植生だから違和感を感じるのは当然だが、それを差し引いても何か変だな。)」

 森全体を見渡した時に感じる違和感。

 これまでの常識が通じない世界であること。肉体が変わったこと。いわゆる補償(チート)スキルによって空間把握能力が向上していること。これらを踏まえても、言いようのない違和感は消えず、静かな森の道を進むに連れて違和感は強くなるばかりであった。

 違和感の正体が明らかになったのは、村の手前までやって来た時のことだった。

「(これは...死臭。)」

 村から風に乗って森の中に流れ込む異物。嗅覚が異物の正体を解き明かす。それは、血と排泄物と木材が燃える煙の臭いが混ざった悪臭だった。この悪臭を嗅ぎ取った瞬間、男は逸る身体に身を任せて駆け出していた。

「(...そういうことか?)」

 手にしたばかりのチートスキルと、呼応して覚醒した空間把握能力は既に違和感の答えを告げている。不安で強張る身体とは裏腹に冷静な男の思考もまたスキルと同様の結論を出している。それでも男は自身の眼で確かめるために村へと走る。男にはこの世界の法則とそれによって得たスキルというものへの、不信感を持っていた。

 森の木々に覆われた道を抜け視界が晴れる。男の眼前に広がった光景は、死体が散乱する滅びた村だった。


 「(本当に異世界に来てしまったんだな...。)」

 都会を離れて自然豊かな森をハイキングしているかのような充足感は気分は消え失せていた。男はこみ上げる偽りの悲しみを押し殺しながら、力ない足取りで廃村に近づく。

 偽りの悲しみが生む脱力感で倒れてしまわないよう、男は村を囲む木製の柵に腕をのせると計画を根底から覆す光景をただただ呆然と眺める。

 男が通った道は、衣服や食材を洗う婦人や川に遊びに行く子供たちに常日頃から利用されていた。にも関わらず、男は村と川を繋ぐこの道で誰ともすれ違わなかったし、川でも村人に起こされて意識を取り戻したのではなかった。さらには、村に来るまでの間に村の男衆による捜索隊の気配もなかった。つまり、村の子供が一人、行方を眩ますなどという些細な問題とは比較にならない、大きな問題が起きていたのだ。

 村は酷い有り様だった。村の建物一つ一つが丁寧に徹底的に破壊され、畑は荒らされ、家畜と村人は等しく殺されていた。家畜や村人の数は正確に把握しているわけではないので、逃げ延びた人もいるかもしれないが村に生者の気配はない。

「(これからどうするか...。孤児院が模範解答なんだろうが。)」

 道中の違和感の正体など、既に男にとってどうでもいいことだった。

 村を出るとは言ったが、今すぐにという話ではない。村の生活水準に耐えられないとは言ったが、滅んで欲しいなどとは微塵も思っていなかった。怒りや憎しみの感情はない。たいして面白くなかった映画の聖地が想像よりもしょぼかった程度の感傷だった。

 明日の衣食住の全てがままならない状況に陥った男は、周囲を警戒しつつも、廃村を眺めながら0から身の振り方を再考する。

「(いや待て。父親が逃げ延びているかもしれないし、今後使ったり換金したりできそうな道具が山ほど転がっているだろうから、まずは廃村の確認だ。)」

 男は身の振り方を考え直すには、前提として必要な情報が少なすぎると判断する。そして、腕をのせていた柵を飛び越えると、滅びた村の肉体の実家へと向かい始める。地獄のような光景の中へと歩く男は取り乱すこともなく、迷いのない足取りで滅びた村を探索し始めたのだった。

 

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