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首狩りの赤銅  作者: 星屑アート
プロローグ
3/11

裏1話

 魔法盤(ボード)位階レベル数値(ステータス)技術(スキル)が確認できる世界。迷宮(ダンジョン)と魔物が人々の安寧を脅やかし、多様な人々が剣と魔法で立ち向かう。そんな世界に興ったベアリン王国の南東の端。森に囲まれ孤立したように存在する辺境の開拓村。風が強く冬が戻って来たかのような寒さの、とある春の夜のことだった。厚い雲に覆われた空の下、村をぐるりと囲む木柵。粗末な柵に灯された松明は風に吹かれて絶え間なく揺れ続け、森の魔物に対する最初で最後の防衛線は一層頼りなく見える。村を囲む未開の森は夜になると、経験豊富な狩人ですら滅多に入ることはない。しかし、そんな夜の森の中を村の反対方向へと進む人影が一つ。

 森の奥へと進む影の正体は村に住むとある少年だった。一本の短剣といくつかのポーチを腰に備え付けてただけの軽装の少年は、人目を忍ぶために松明を掲げることもせず、未熟な技量の夜目を頼りに危険な夜の森を歩いていた。

 実家の家業の都合上、父や村の狩人に連れられて明るい時間帯の森に足を踏み入れた経験がある少年は、昼間の森の姿の記憶を頼りに迷いのない足取りで真っ暗な森を進む。少年が夜の森に1人で入るという暴挙に出たのは、この森の奥深くにしか自生しないと言われている薬草、緑雫草を持ち帰るためだった。長い旅の果てにこの村に婿入りした元傭兵の父や森に詳しい狩人ですら見聞がなく、この村の開拓に貢献した母方の先祖の手記にのみ記録が残されている幻の植物。もはや迷信に近い薬草の存在を村の大人たちは信じていなかった。しかし、十年にわたって床に臥せている母を治す治療薬の素材として、この薬草を切望する少年は幻の植物の存在を妄信していた。その結果、少年は大人たちの目を欺き、単身無謀な行動に出たのだった。

 やがて少年を囲む森の雰囲気が変わる。林道が徐々に細く、柔らかくなる。林道に沿って立つ樹木に付けられていた傷やロープの目印が現れなくなる。これまでの森の浅い領域は、村が興って以降、狩人を始めとする人々によって手入れが続けられたことで生まれた平穏に満ちていた。一方で、少年が突き進む森の深部は、人間が入植する遥か以前から魔物の絶妙な力の均衡によって保たれている調和に満ちている。いわば、森の奥へと突き進む少年は人の縄張りから魔物の縄張りへ侵入し、渡り歩くようなものだった。そして、縄張りの主である魔物が少年を見つければ、命がけの奪い合いの末に得た縄張りを我が物顔で闊歩する矮小な侵入者にどのような処罰を下すかは語るまでもない。

 ここから先は、先人が踏みならした林道も、先人が刻んできた道標もなかった。少年は自身の位置と実家で読んだ手記の記憶から緑雫草の生息地を脳裏に思い浮かべ、進むべき方向を設定する。少年が手記を頼りに思い描いた地図は漠然としていて、あまりにも無謀な探索であった。しかし、未知の深い森を進む勇気と、緑雫草の生息地に辿り着き採取できるという自信が、半人前の少年の足を前に突き動かす。

 森の気配の変化に気づくことなく、薄氷の道をひたすらに突き進む少年。村を抜け出してからどれほどの時間が経っただろうか。いつの間にか風は弱まり、空を覆う薄い雲からは月明かりがこぼれている。少年は運よく縄張りの主に見つかることなく進んでいるが、長い行軍によって疲労が蓄積していた。森に入ったばかりの頃と比べると、息は荒く足取りは重い。そして、疲労と未だ目的地の見えない道のりは未熟な少年の不安を駆り立てていた。道は間違っていないだろうか?生息地に辿り着いたとして本当に緑雫草が生えているだろうか?大人たちの言っていた通り、緑雫草なんて実在しないのではないだろうか?募る不安は少年の勇気を蝕み、足取りをさらに重くする。

 少年の心が不安に塗りつぶされそうな時のことだった。少年の眼前に5mほどの壁が現れる。正しくは壁ではなく断層なのだが、今この場では些細なことである。少年はどこまでも広がる大きな壁を見上げると、歓喜の表情を浮かべる。少年を阻むようにそびえるこの壁こそが、先祖の手記に記されていた数少ない手がかりだったのだ。手記に記された手がかりの壁が実在したことで、少年は幻の薬草の存在を確信する。そして、進路を左に変えると、これまでの不安はどこに行ったのかと疑うほどの軽い足取りで壁に沿って再び歩き始める。

 ついに少年は辿り着く。月明かりが差し込み、少年の眼前に浮かび上がったのは滝だった。平坦な森の中を流れる河川が、断層の形成によって途切れたことで断層の上段から下段へと勢いよく流れ落ちる滝となったのだろう。平坦な土地が多いこの国では、たとえ5メートルであっても滝はとても珍しい地形である。

「...あった。」滝のすぐ側の崖に、その薬草は生えていた。崖に剝き出しになった木の根から芽を出し、滝の飛沫に浴びて天に向かって力強く花を咲かせるその植物は、月の緑光を浴びて淡く輝いていた。緑雫草。自身の人生を大きく変えてくれると期待してやまない薬草が手の届く所まで少年はやって来たのだ。

 緑雫草を見つけた少年は断層の崖に駆け寄ると、すぐさま壁をよじ登る。土壁に生える雑草を掻き分けると、顔を覗かせた太い木の根を掴み、崖を登ることおよそ4メートル。水飛沫で濡れて滑る足場は少々厄介ではあったものの、位階と数値を少し上げている狩人見習いの少年とって、そう時間のかかることではなかった。

「わぁ!」

 緑雫草を目の前にした少年はその植物の美しさに、逸る心も忘れて感動の声を上げた。しかし、すぐに我に返ると採取に取り掛かる。緑零草が生えている木の根の両端、茎から数十センチほどの所を短剣を用いて切り取る。一本、二本、三本。少年は村の大人たちの誰もが成しえなかった偉業を達成したという喜びに支配され、月明りの下で夢中になって緑雫草を採取する。

 順調に採取が進み、手が緑雫草で埋まるまであと少しという時だった。ふと、少年と緑零草に影が差す。視界の急激な変化によって我に返った少年は、貯蔵分も含めて十分な量の採取ができただろうと考えながら、ふと空を見上げる。

 月を隠したのは狼だった。少年の三倍以上の体高を誇る巨躯を持ち、森の緑に紛れるには鮮やかな碧色の体毛に覆われ、凛々しい双角が額から生えた狼が崖の上から静かに少年を見下ろしていた。

「ひっ...。」魔物に不意に遭遇した驚きと、崖上の角狼の堂々たる佇まいへの恐怖。少年は不安定な足場に立っているのも忘れて、無表情で見つめる狼から遠ざかるようにして仰け反ってしまう。そして、バランスを崩した少年は受け身も取ることもできず、崖の下へ落下する。

「ぐっ。」

 受け身を取ることもできず仰向けに着地した少年は、すぐさま身体を起こして崖上の狼の様子を窺う。幸運なことに、狼は興味がなさそうに首をこちらに向けるだけで、少年を襲う気配はなかった。遭遇した魔物に襲われないという幸運に内心で胸をなでおろすと、未だ手に握りしめていた薬草をポーチにしまい、短剣も鞘に納める。そして、その場で立ち上がると、そそくさと退散する為に帰路に目を向ける。

 薄氷の道は崩れ去っていた。少年が来た道を塞ぐように狼が五匹、横一列に並んでいたのだ。少年の背丈と同等の体高を持ち、崖上の狼よりも淡い碧色の体毛に覆われ、コブ程度の短い双角が額から生えた狼が少年を睨みつけていた。崖上の狼が少年に興味がないのは、縄張りを荒らす矮小な侵入者に訪れる結末を確信しているからなのだろう。

 五匹の幼狼が牙を剝き出し、唸り声を上げながら少年にじりじりと近づく。一方で、少年は狩人見習いとして鹿や兎を追い立てた経験はあるものの、追い立てられた経験はなかった。幼狼が放つ殺気に気圧された少年は活路を見いだせないまま後退することしかできなかった。

 ふと、少年はお互いの息遣いを掻き消す轟音の存在を思い出す。少年の背後で川の水が轟々と打ち付けられている。少年は滝下の滝壺に飛び込むことができれば、彼らの追跡を振り切ることができるのではないかと思い至る。さらに、運が良ければこの滝が村近くの川まで続いていて、川に流されればそのまま村まで帰ることができるかもしれない。

 残された猶予は少なかった。少年は決意を固めると幼狼たちに背を向けて走り出す。そこには、読みあいもなければ、牽制もなかった。

 幼狼たちの対応は早い。捕食者である彼らにとって獲物が突然逃げ出すことなどよくあることなのだろう。真ん中に佇む一回り身体の小さい幼狼の短い角が淡く光りだす。そして、四肢に力を籠め、踏ん張りを利かせると素早く頭を振り下ろす。

 滝壺に向かって駆け出してすぐ、背後の殺気が強くなったことに気付いた少年は、すぐさま飛び込むようにして地面に臥せようとした。しかし、捕食者の攻撃が地面に臥せるより早く背中に当たる。少年は受け身を取ることもままならず、攻撃の衝撃で地面を転がり倒れ伏す。

「ああ?ああああああ!」

 悲鳴が森に響き渡る。幼狼が放ったのは風の魔法、風刃。高速で飛来した刃は少年の背中を広く、深く切り裂いていた。咄嗟の回避行動によって、わずかではあるが攻撃は逸れていた。それでも、背中に受けた傷は即死は免れたものの、彼我の位階と数値の差も相まって致命傷だった。

 短い人生で味わったことのない激痛に悶える少年。口からは呻き声が止まらず、目からは涙が溢れだす。それでも、圧倒的な戦力差を痛感してなお、その目は意志に燃えていた。何としてでも緑零草を持ち帰り、母の病気を治す。今後の人生の幸せを考えた時、少年はこの探索を何としてでも成功させなければならなかった。少年は仰向けになって体を起こすと、幼狼たちの方へ向き直る。彼らは痛みに苦しむ脆弱な獲物を嘲笑いながらゆっくりと近づいて来ていた。少年は涙でぼやけた目で、間合いを詰める幼狼たちを牽制しながら、滝壺に向かって後退る。

 少年が滝壺の間際まで近づいた時、すでに涙は止まっていた。にもかかわらず、視界は未だぼやけていて、長い強行軍の疲労が出てきたのか身体が重く感じ始めていた。幼狼が致命傷を受けてなお足掻く獲物に襲い掛かる。ぼやけた視界で幼狼が迫るのを感じ取った少年は、力を振り絞って腰の短剣を幼狼に突き立てる。ガキン。幸か不幸か、少年がやみくもに振るった短剣は、首筋に嚙みつこうと大きく開かれた幼狼の口内に吸い込まれる。そして、少年の幼狼は突進の勢いそのままに、揉み合いながら滝壺へと落下する。

 ドボン。川に落ちた少年を雪解けの冷たい水が出迎える。冷水は背中の傷を抉るように突き刺し、背中の痛みはますます強くなる。川の奔流に転がされ、上下もわからない暗くぼやけた視界。痛みと寒さ包まれた少年はますます重くなった鉛の身体を動かすことさえできず、ただただ川の流れに身を任せる。

「(お母さんの病気は絶対に治す。)」

 そして、少年は最期まで意志を抱いたまま、川の中で眠るように息を引き取ったのだった。

魔法盤(ボード)の一例


名前:フリードリヒ=スーザツ 種族:只人 性別:男 年齢:13

レベル:10 状態:死亡


ステータス

【生命力】0/100

【持久力】10/100

【魔力量】120/120

【物理攻撃】110

【物理防御】90

【魔法攻撃】100

【魔法防御】90

【敏捷】110


スキル

【直剣術】Lv1【短剣術】Lv1【弓術】Lv1【解体術】Lv1【採取】Lv1【隠密】Lv1【気配探知】Lv1【暗視】Lv1 etc...

加護


称号

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