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呪われし料理音痴イレイナの挑戦  作者: 雨足怜


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88交渉

「この通りだ、頼む」

「嫌です」

「これだけ頭を下げているのにか」

「頼んではいますけど、ガウルの頭が下がっているところを私は見てないんですけど?」

 じっとりとした視線を向けられて、ガウルはそっと視線を逸らす。

 ベルコットの戦闘を終えてからしばらく、ガウルはベルコットに張り付いていた。パーティ参加を頼み込む彼を、ベルコットはすげなくあしらう。

 ガウルとうまくやっていける気がしないということ、戦闘狂にかかわりたくないこと、頼みながらも決して頭を下げようともしないところ。いろいろな不平不満をため込むベルコとは、苦笑するネストをギラリとにらむ。

「ネストさんも何か言ってくださいよ。さっきからこの人、すごく迷惑なんですよ!」

「個人的には戦力増強は賛成なんだよね。アレインさんはスラシャさんと一緒にこの街に残るっていうし、ガウルがパーティに入ってくれるのはありがたいことだよ」

「こんな血の気の多い人を入れたところで突っ走って迷惑をこうむるのが落ちですよ。やっぱりやめましょう?」

「俺が迷惑なんてかけるわけないだろ。ボスの命令には忠実に、だ」

「ボス……イレイナからも何か言ってくださいよ」

「…………」

 拗ねているイレイナは膝を抱えて、つーんとふてくされてそっぽを向く。それというのも、ベルコットは売り言葉に買い言葉という形でガウルと戦うことになったと知った。その原因であるイレイナに、ベルコットは師匠という立場を利用して、怒りのままにしばらく料理をすることを禁止した。

 理由は、魔王軍の領域に入れば、料理で煮炊きすることで敵をおびき寄せることにつながりかねないから。支配領域に入る前から料理を禁止するのは、体に強烈なにおいがしみ込んだまま侵入せずに済むように。理にかなった言葉であっただけに、ネストは賛成の立場に回り、そのことに一層イレイナは傷ついていた。

 そうして、自分の思いに気づいて愕然とした。ネストだけはずっと自分の味方だと何の根拠もなく思っていたこと。それは無意識のうちにネストにすがっていたようなもので。少しの羞恥に体を振るわせ、時々ちらちらとネストを見る。

 ネストもまた、自分のことを意識しているようなイレイナを前にしてまんざらでもない様子だった。

「……はぁ」

 広がる甘い空気に、思わずベルコットはため息を漏らす。目をしばたたかせるガウルがイレイナとネストを交互に見て唸る。

(つがい)か?」

「その生々しい表現、やめてくれませんか?」

「……しかも、お前も懸想しているのか」

 少し不機嫌そうに鼻を鳴らすガウルに、ベルコットはきょとんと眼をしばたたかせる。一体何が気に障ったのか、まさか自分を意識しているわけではないだろうし――答えは、すぐに彼の口から告げられることになる。

「あいつは、ボスよりも強いのか?」

「ボスというのがイレイナのことだったら違うよ。ネストさんも強いですけれど、一番強いはイレイナですよ」

「弱者でありながら強者を従える……それほどの甲斐性があるというのか!?」

 驚天動地の事実だと叫ぶガウルの言葉にベルコットは頭痛を覚える。気づけば自分の周りから常識人が消えていた。自分がおかしくなるような違和感と、三人にこれから引っ張りまわされる可能性を思うとさらに頭痛がひどくなる。

「……はぁ。ネストさんの甲斐性はガウルの比じゃありませんよ」

 八つ当たりのように告げて旅立ちの最後の準備に取り掛かる。

 ベルコットの背後で、ガウルはただ茫然と立ち尽くしていた。


 頬を引きつらせながら、ネストは目の前にいるガウルを見下ろす。その彼はといえば、床に額をこすりつけていた。

「ええと……もう一回言ってもらってもいい?」

「兄貴、どうか俺を鍛えてくれ。俺には甲斐性が、懐の大きさが、器が足りないんだ」

 万斛の思いを込めて叫ぶガウルの言葉に、ネストは頭を抱える。その姿は、少し前のベルコットにそっくりだった。

「とりあえず話にくいから顔を上げて……それで、ええと、甲斐性?」

 こくりとうなずいたガウルは己の種族のことを話し始める。

 ガウルたち狼獣人、その中でも灰狼族と呼ばれる一族は、強者であるオスが複数の女性とハーレムという群れを形成するのが普通だった。

 現在ガウルは15歳。灰狼族の成人は16歳。あと一年で力を手に入れられなければ、ガウルはハーレムの主の立場を奪うことができず、群れから追い出されて一人で力を磨きながら生きていくことになる。

 だからガウルは力を求めた。キグナスとともにいれば強くなれると考え、真っ先に魔王軍との戦いに志願した。

 すべてはハーレム形成のため。

 けれど目の前のネストは、自分より強いイレイナをモノにしていた。その光景を前に、ガウルは激しい衝撃を感じていた。力だけがハーレム形成の方法ではないのかもしれない――その答えを手にするべく、ガウルはあっさりとネストに頭を下げた。

 ちなみに、ガウルが頭を下げるのは群れのボスと、格上と認めた同性だけ。ゆえに、ガウルはベルコットに頭を下げない。たとえ、実質的にガウルの敗北で模擬戦が終わったとしても、ガウルがベルコットの下につくことはない。それは、灰狼族の男としての意地だった。

 それはともかく、獣人族の厳しい恋愛の一端を知ったネストは、困った顔で首を横に振る。

「少なくとも僕に教えられることはないよ。仮に君が甲斐性を手にしたとしても、それを相手の女性が認めてくれなければ意味がないからね。そもそも、僕は自分が優れた人間だとは思ってないし」

「イレイナを虜にしているのにか?」

「んん!その表現はやめようか……そもそも、イレイナだってようやくを意識してくれたばかりなんだよ。ここまで来るのに一体どれくらいかかったか――」

 始まるネストの苦労話を、ガウルはすぐに右から左へと聞き流し始める。

「……なるほど。大変だったのな」

「たったそれだけで話をまとめることなんてできないくらいにはね」

 荒い呼吸を落ちつけながら、ネストはどこか疲れ切った笑みを浮かべた。

 ふぅん、と気のない返事をしたガウルは少しばかり思案するそぶりを見せ、腕を組んで首をひねる。

「…………ままいいか。それはさておき、何かアドバイスのようなものはないか?」

「アドバイスっていうと、強くなる方法?」

「そんな都合のいいものがあるのか?」

「あるよ」

 さらりと告げるネストにガウルはいぶかしげな眼を向ける。そう簡単に強くなれる方法があってたまるものかと、自分をだますつもりかと、険しい視線を向ける。

 ネストの姿に、言葉巧みに自分たち一族をだまそうとした人間の商人の姿が重なり、怒りがこみ上げる。

 そんなガウルの内心を知らないネストは不思議そうに首をひねりながらも、自分が強くなった方法をガウルに伝授する。

 すなわち――

「大事なのは吐かずに飲み込むことだよ」

 それだけ告げて、ネストは荷物を詰める作業に戻る。冬に旅をするという無茶をやっている以上荷物が増えるのは当然で、けれどできるだけ軽くしなければ歩くだけで疲弊してしまう。それでは魔王討伐など夢のまた夢だ。

「……吐かずに、飲み込む?」

 弱音をか?――その言葉は、集中するネストに届くことはなかった。


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