87同行志望
イレイナたちがライオネス侯爵領の都に滞在して早くも二週間が過ぎようとしていた。
あっという間に日々は過ぎ去り、人々は少しずつ生活に慣れ始める。
そんな中、イレイナ達は再び魔王討伐の旅に出るための準備を始めていた。
「……同行者?」
「ああ。血の気が多い一部、一人だけでもいいから引き取ってもらえないかと思ってな」
今回もまた早々に戦力外通告を受けたイレイナは食料の用意から外され、すっかり手持ち無沙汰になっていた。そんなイレイナに声をかけたキグナスは、一人の男を呼び寄せる。
灰色の毛皮が特徴的な狼の獣人。歴戦の風格を漂わせる彼は、真っ黒な皮装備に身を包み、ギラギラとした目でイレイナをじっと見降ろす。
「初めまして、イレイナよ」
「ああ。俺はガウェインガウルだ。ガウルでいい」
低く、唸るような声で告げたガウルが手を伸ばす。握手と同時に全力で握るガウルだが、イレイナは何の反応もしない。
「……なるほど。やはりいいな」
「ええと?」
「ああ、イレイナは知らないか。獣人……とりわけこいつら狼獣人たちは力を尊ぶ。それで、出会いがしらにまずは互いの手を握り合うわけだ」
「なるほど。私は合格?」
「もちろんだ。……ッ、十分だ!」
次第に力を込めていくイレイナによってぎりぎりと手のひらを締め上げられ、ガウルが焦燥をあらわに叫ぶ。晴れ上がったように熱を帯びた手を軽くさすりながらため息を漏らす。
ため息をつきたいのはイレイナのほうだった。挨拶替わりの能力調査だというから力を込めて握ったのに不平を漏らされてはたまらない。
「ガウルって、強いの?」
ふと脳裏をよぎった言葉を口にする。一瞬ガウルが完全に動きを止める。
うつむきがちに小さく肩を震わせていたガウルががばりと顔を上げ、牙をむき出しにして唸る。怒りのせいで金色の瞳が赤みを帯びる。全身の毛が逆立ち、体が一回り大きくなったように錯覚する。
とはいえ、その気迫にのまれるほどイレイナは弱くない。
「この俺が、弱いだと!?」
「だって、その筋力だと下手をするとベルコット以下だし」
「ベルコット……ああ、彼女か」
イレイナとともに行動していたという一人。どこか素朴さを感じらせる少女のことを思い出しながら、キグナスは「耄碌したか?」と首をひねる。少なくとも彼には、ベルコットがそれほど強いようには見えなかった。
彼の洞察力は高い。事実、単純な戦闘能力で言えば、ベルコットはさほど強くない。ただ、イレイナの料理というブーストを受けた状態で魔物と戦わされ続けてきたベルコットは、身体能力自体はかなり高くなっていた。
つまり、駆け引きだとか技だとかは点で身についておらず、それでも人並み外れた膂力を有しているという何ともちぐはぐな状態だった。
ガウルもまたベルコットのことをぼんやりと思い出しながら、イレイナのことを下方修正する。少なくとも、こいつには人を見る目がないと。
ガウルには自分がベルコットよりも力が弱いとは到底思えなかった。
「そういうのであればそのベルコットとの模擬戦を申し込む。俺が狩ったら、俺をそいつの代わりにパーティに入れろ」
「……非戦闘員、武器の手入れを中心に受け持つベルコットを倒せたとして、それで満足?」
少しもベルコットが負けるとは思っていなさそうなイレイナを前にして、ガウルは一層強い怒りにさいなまれる。無意識のうちに煽っていることに、イレイナはまだ気づかない。
こういったバトルジャンキーな相手との交流がほとんどなかったイレイナは、ガウルとの距離をつかみかねていた。
「…………まあいい。ひとまずはベルコットを相手に俺の力を見せてやる」
鼻息荒く告げるガウルは、ベルコットが弱いとただのんきに考えていた。
――イレイナたちの旅についていけている時点で、すでに常人とはかけ離れているという事実には彼はまだ気づいていなかった。
「ええと、何がどうしてこうなったんです?」
ライオネス侯爵家騎士駐屯地。訓練場の中心でガウェインガウルと向き合いながらベルコットはしきりに首をひねる。
いきなりイレイナに呼び出されたかと思ったらあっという間に防具を身につけさせられ、刃をつぶした武器を渡されたうえで訓練場まで引っ張られてきたのだ。
何が起こっているか理解できないベルコットを前に、ガウルは落胆を隠せずにいた。
こうして対峙してもやはり、ガウルにはベルコットが強いようには思えなかった。その立ち居振る舞いには戦士としての気配がうかがえない。素人丸出しの立ち姿を見せるベルコットが自分よりも「強い」と告げるイレイナに目に物を見せてやろうと、ガウルは牙をむき出しにする。
その獰猛な笑みにベルコットは顔を青ざめさせる。助けを求めるように立ち会うネストへ視線を向けるも、帰ってくるのは苦笑ばかり。
がんばって――パクパクと口を動かして届けられるエールにがっくりと肩を落とし、ベルコットはガウルと向かい合う。
「あの、私はどうすればいいんですか?」
「あ?ただ本気で戦ってくれればいいんだよ。俺が力を見せてイレイナ達のパーティに加わる。これはそのための試練だ」
まあ試練と呼ぶにはいささかハードルが低いがな――あざけるようにガウルが告げる。
その言葉にかちんときたベルコットは、こめかみに青筋を浮かべながら強く剣を握る。刃をつぶしてあるとはいえ鉄の剣はそれ自体が鈍器だ。本気でぶつけようものなら骨折は免れない。そのことを心配する気は、すでにベルコットにはなかった。
「双方、用意はいいな?」
審判を務めるキグナスが二人に声をかける。視線を逸らすことなくうなずいたのを確認したキグナスが手を空へと伸ばす。
「即死となる攻撃は避けること。危険だと判断した場合には止めに入る――それでは、始め!」
腕が振り下ろされる。それと同時に、ベルコットは全力で地面をけって、愚直なまでにまっすぐガウルへととびかかった。
大地を揺らすほどの踏み込みを見せるベルコットは一瞬にしてガウルの懐に飛び込む。
「なぁ!?」
突然の事態を前に、ガウルは慌てて回避行動に入る。ベルコットはそのまま、ただ愚直に剣を前へと突き出す。
剣が、ガウルの脇を捉える。強烈な衝撃にこみあげるものを必死でこらえ、ガウルは背後に飛ぶことでその衝撃を殺す。
口の中に広がる血の味に顔をゆがめながら、ガウルは無意識のうちに獰猛に笑っていた。
「はぁ!」
再び、ベルコットが愚直なまでに剣を振るう。そもそも、ベルコットの普段の武器はメイスだ。金属製の非常に思いそれを軽く振り回し、質量によって相手に一撃で深刻なダメージをあたる。さすがにそれを模擬戦でそのまま使用するのははばかられたため、今は剣を使っているが、少々扱いづらい鈍器であることに変わりはなかった。
一振りすることに風が暴れる。巻き込まれた毛皮がぶちぶちと引きちぎれる。一つでもまっとうに比べばその時点で戦闘終了になりかねない凶悪な攻撃の連続。
ガウルはようやくイレイナの言葉が事実であったことを理解した。
重い鉄剣を木の枝のように軽やかに振るうベルコットを前にして、これ以上誤解を押し通そうとするほどガウルは無能ではない。
迫る鉄剣は確かに危険だ。けれど、その剣筋は素人そのもの。それに気づいてしまえば回避は容易だった。
時々剣に流されるようになりながら、ベルコットは攻撃を続ける。だが、最初の一撃以外ガウルには当たらない。
そのうちにベルコットの攻撃に慣れてきたガウルが攻撃を開始する。
鋭い爪による斬撃と、拳と蹴り。徒手空拳で放たれるそれは、五月雨のような超インファイト。迫る拳のすべてを対処するにはベルコットの技量は足りない。
それでも、ベルコットは前に出る。
彼女の心には怒りがあった。突然戦いに駆り出されて、その相手はといえば自分を軽視している。攻撃は当たらず、戦いは次第に相手に流れが行く。その状況を打開すべく、ベルコットは手札を切る。
「死なないでくださいよ!」
言いながら、ベルコットは祈りをささげる。攻撃を回避しながらそれは、とてもではないがまっとうに祈れたとはいいがたい。けれど、それで問題ないくらいには、ベルコットは関係を構築していた。
「不死鳥様、どうか力をお貸しください!」
その言葉と同時に、ベルコットが握る剣を炎が包み込む。
魔法剣――そう考えたガウルは、あくまでも剣を回避すればいいだけのことだと高をくくって。
けれどすぐに、獣としての研ぎ澄まされた感覚が激しく警鐘を鳴らし始める。
剣を包む炎は橙から白へ、そうして青みを帯びる。
周囲の雪を解かす熱波を前に、キグナスは頬を引きつらせる。
「あれは、まさか不死鳥の炎か!」
さすがは精霊とも交流のあるキグナス。すぐに答えにたどり着いた彼は焦りとともにベルコットを止めようとして。
振り上げたベルコットの剣が、ガウルへと迫る。その剣は、けれどガウルよりも一メートルほど手前で止められる。
「これで終わりよ」
折れた聖剣の切っ先を握ってベルコットの剣を防いだイレイナが告げる。それと同時に、ガウルは腰からその場に崩れ落ちた。
どっと全身から汗が噴き出す。いまだに剣を包んでいる炎から目が離せない。
「どうなってんだよ……」
「ベルコット、少しやりすぎじゃない?」
「だって頭にきたんですもん!」
ぷんすか、と頬を膨らませて怒りをあらわにする。すべてが突然で、すべてがベルコットのあずかり知らぬところで決まっていて、怒らないわけがなかった。
ベルコットの怒りの正当性を感じるイレイナは、さすがに少しばかり罰が悪そうな顔をして謝る。
「……まあ、いいですけど」
完全に納得は言っていなさそうだが、それでもベルコットは少しだけ留飲を下げた。
「俺も悪かった。外見から弱いと勝手に判断していた」
「別にいいですよ。イレイナ達と比べれば弱いというのは事実ですから」
それで、そもそも何があったのかと、やや冷静になったらしいガウルに事の次第を問う。果たして、どうして自分が戦うことになったのか、その一部始終を聞いたベルコットはにっこりと笑みを浮かべて。
「却下」
すがすがしい笑みを浮かべて、ガウルのパーティ参加を拒否した。




