80人類連合軍
街を飛び回って魔物の討伐を続けていたイレイナは、真っ先にその存在に気付いた。
いつの間にか自分に並走するように走っていた小柄な人物。黄色の頭巾をかぶった女性の存在に、胸に熱いものがこみ上げる。
「……ハシュラ師匠」
「いぇーい」
感情の乗っていない声とともにピースサインをするのは、全身が白い毛皮に包まれた赤い目の女性。
獣人・兎人族のハシュラ。先代勇者キグナスのパーティメンバーの一人であり、斥候を務めていた、イレイナの一番の師匠は、再会を喜びながらも恐ろしいほどの的確さをもって魔族を弓矢で仕留めていく。
ひくひくと鼻を動かし、ひげを軽く揺らしては、建物の間を飛び越える一瞬で弓を引き絞り、空中で矢を放つ。
まっすぐとんだ矢は、今にも倒れこんだ人を燃やそうとしていたゴブリンメイジの眼に突き刺さる。
短弓でありながら二百メートルは優に超える精密射撃に、イレイナは小さく息をのむ。風魔法によるサポートがあってこそだが、その腕にはいささかの衰えも見えなかった。
「……イレイナ、腕にぶった?」
「……まさか」
挑発されたイレイナは、小さく息を吐いて一層意識を研ぎ澄ます。フリスビーのように投げたがれきが、五十メートル先にいた魔族の首をへし折る。
「残念、足りない」
イレイナの攻撃に倒れた魔族は、けれど高速で再生を始める。ハイトロル。その再生能力をもってすれば首の骨折など数秒で癒える。だが、耳の穴から脳を蹂躙するハシュラの弓によって息絶える。
「…………やっぱり、腕が落ちたね?」
「言ってくれるのね」
「事実」
これだけ煽られては戦闘狂でも己の戦いの腕に強い自負心を持っているわけでもないイレイナとて、黙っていいように言われているわけにはいかない。現役で戦い続けた身として、何よりハシュラの地獄のトレーニングを回避するために、イレイナは倍速のごとき速度で街を駆け抜ける。
「……うん、いいね」
小さくうなづいたハシュラはその小さな手に複数の矢を握って弓につがえる。斜め上へと引き絞られた矢は、山なりに街の各地へと飛んで魔族たちを殺していく。
炎の光を浴びて空をかける矢じりは、死に神の手を思わせる精度をしていた。
元勇者キグナスとともにライオネス領都にやってきた戦士はハシュラだけではない。むしろ、キグナスのパーティメンバーなど全体のコンマ一パーセントにも満たない。
「行くぞオオオオオオオッ」
「「オオオオオオオオオオ」」
暑苦しい掛け声とともに、全身鎧に身をまとったずんぐりとした矮躯の男たちが、盾と槍を手にして一列になって街を走る。立ちはだかる魔族を軒並み押し込み、貫き、踏みつぶす。
「進め進め進めェ!我らが武威を今こそ英雄に示すぞォォォォ!」
「ウォォォォォォォォッ」
銀の甲冑軍団。それはドワーフたちが誇るファランクス部隊。
鍛冶や冶金、ほかにもあらゆる生産活動に先天的な才能を有するドワーフたち。かつては人間の奴隷として搾取されてきた彼らは地底にひっそりと隠れ潜んでいた。そんな彼らのもとにも魔族は襲撃を仕掛け、滅びの中にあったドワーフは、救いを求めた反人間連盟でエルフ経由にて勇者キグナスに救われた。
ドワーフたちは種族の恩人たるキグナスたちパーティにおけるあらゆるアイテムの製造を無償で請け負ったが、恩を返すには不十分だった。
そんな中でキグナスから「孫娘に手出した魔族どもを滅ぼす」と告げられ、ドワーフたちはこれ幸いと魔王軍との戦いに踏み切る決断をした。
これまでの消極的なサポートから一転、ドワーフたちは地底で磨き続けてきた職人技と肉体をもってして次々と魔族を打ち破っていく。
魔族の攻撃はドワーフの重厚な鎧に阻まれる。鍛冶をはじめとする加工作業によって鍛え上げた筋肉に包まれた肉体は、魔族の攻撃を受けても小動もしない。
自身のように地鳴りを響かせて、ドワーフ部隊は街を進む。
そんなドワーフたちとは対照的に、街のあちこちの建物の上から、各地の魔物に魔法や矢が雨となって振る。
屋根の上から魔族の殲滅及び消火活動にあたっているのは見目麗しい種族。
長い耳と森を思わせる新緑または深緑の髪や瞳をしたエルフたちは、己の相棒たる杖や弓矢を手にして頭上を取る。
森の木々の上で培ったバランス感覚によって、エルフたちはわずかな隙間を足場に、揺らぐことなく遠距離攻撃を放つ。
闇夜を切り裂く矢の雨が、魔族を串刺しにする。雨のように降る水魔法が火災の勢いを弱める。
「ドワーフどもに送れるんじゃないわよ!」
「わかってるさ!」
森を切り開き、鉱毒で自然を破壊するドワーフ。犬猿の仲であるドワーフに遅れてたまるかと鼓舞する指揮官の声に威勢よく叫んだエルフたちはさらに苛烈に魔族たちに攻撃を浴びせていく。
矢を引き絞った体勢で一瞬だけ息を止める。その瞬間、魔族が盾にしていた人影が姿を消す。
放たれた紫電の乗った矢は理解の追い付かない魔族の頭蓋を貫く。
俊足をもって魔族から住民の少年を救ったのは、二足歩行の狼。毛深い外見をした彼らは獣人。
かつて魔族と勘違いされて人間に迫害され続けていた獣人は、他種族の中でもとりわけ人間に対する強い恨みを持っていた。
エルフのように愛玩として扱われるわけでもなく、ドワーフのように厳しい環境で奴隷として生産活動をさせ続けられるわけでもなく、ただ嫌悪をもって殺され、供物にされ、呪術の道具にされてきた獣人という種族全体に広がる恨みは消えてなどいない。
けれどキグナスという英雄のためであれば、彼らは立ち上がる。
その昔、魔王軍四天王に国を滅ぼされようとする中でキグナスに救われた恩を彼らは忘れてなどいなかった。
毛深い獣人たちは普通の人間では考えられない身体能力をもって、縦横無尽に街を駆け抜ける。
その真価は目にもとまらぬ速度での肉弾戦にある。
魔族の攻撃は獣人には届かず、獣人はその鋭い爪や牙をもって魔族の体をずたずたに引き裂く。
毛皮を血に染めて咆哮する血に飢えた戦狂いの獣人たちは、ともすれば魔族以上に魔族らしい。けれど、彼らの姿に人々が恐怖することはなく、多くはただ力強い造園だという希望に満ちた視線が向けられていた。――一部は血濡れた彼らの姿に恐怖していたが。
「俺様に続けえええええ!」
「殺せ殺せ殺せ!魔族はすべて殺せ!」
かつて魔族の王とも呼ぶべき個体に国を滅ぼされかけた獣人の、魔族に対する殺意はひとしおだった。ともすれば、種族として恨んでいる人間に対するそれよりも激しい怒気を燃やして攻撃する。
苛烈な攻撃に、一体、また一体と魔族が倒れていく。
歌が響く。
呪術を得意とする亜人――海人族。セイレーンとも呼ばれる彼女らの中に一定する存在する、呪いによってヒレから二足歩行に姿を変えた地上での活動が可能な個体。
彼ら彼女らはそののどに魔力を籠め、街中に美しい声を、旋律を響かせる。
傷つき倒れた者には癒しを、魔族には破滅を。
発狂した魔族が、近くにいた魔族へと襲い掛かる。あるいは狂ったようにおのれの顔をかきむしり、自らの手で首の骨をへし折る。
喜悦の表情を浮かべながら、セイレーンは、歌い、踊り、楽器を演奏する。
その楽曲はダメ押しとばかりに魔族の殲滅を加速させる。
それは、剣聖キグナス・リシェントが繋いだ輪。
人間を恐れ、嫌い、憎み、手を取り合うことなど考えられなかった「亜人」と呼ばれた人種。彼らは今、過去には決して見られなかった共闘をしていた。
人間と、ドワーフと、エルフと、獣人と、セイレーンと。他にも希少種族の個体はキグナスの要請を受けてライオネスの領都で獅子奮迅の活躍を見せていた。
魔族はあっという間にその数を減らし、燃え盛っていた火災はわずかな煙がくすぶるまでに戻る。
だが、まだ戦いは終わっていない。この戦いは、ただ一体を斃すその瞬間まで終わらない。
そして、ソレは、じっと奇襲のタイミングを待ち続けていた。




