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呪われし料理音痴イレイナの挑戦  作者: 雨足怜


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74奥の手

 これまで、イレイナたちは魔王軍の強者たちと連戦を続けてきた。

 樹木の精霊、アダマンゴーレム、そしてイヴィルドラゴン。そのどれもが、負けていてもおかしくない激戦だった。とりわけ樹木の精霊との戦いでは、精霊エルフィードの協力なしには勝利は厳しかった。

 アダマンゴーレム――あるいはカースゴーレム、そしてイヴィルドラゴンとの戦いだって、勝利できたのが奇跡だと思えるような綱渡りだった。

 それらの戦いを辛くも勝利できたのは、イレイナの料理があったおかげだった。

 些細な衝撃で爆発する料理。吐かずにはいられないほど不味い代わりに瞬時に骨折を直し、臓器を癒す料理。料理をしているという認識と、求める効果のイメージ、そして魔力によって、イレイナは万能とも呼べる力を手に入れた。

 けれど、そんな性質変化の力があっても辛勝。この状態を変える必要があるとイレイナは考える。

 現在、料理はその場で求める効果にゆがめることで形にしている。特にドラゴンにおいてはドラゴン肉を料理したいというイレイナの強い思いが、魔力を多く込められたナイフで翼膜を指すだけで爆発させるというとてつもない攻撃を生み出した。

 それでも、足りなかった。もっとできることがあったはずだった。この呪いのような力をもっと戦闘に生かさないと勝利は見えない――だから、イレイナは料理をする。

 ベルコットの指示により、イレイナは町の外、昨日町の住民とともにドラゴン肉パーティーを行った竈で、イレイナは料理を始める。

 使うのはドラゴンの肉、臓器、骨、干したマンドラゴラ、笑い(ワライダケ)を始めとした猛毒を有するキノコ、毒草の花弁、キラーネペンテスの溶解液、各種薬草。

 それらを素材に作るのは、魔女に教わった薬。

 薬研に入れた薬草や乾燥キノコをすりつぶす。ドラゴンの骨はハンマーで砕いてから、昨日の経験を思い出しながら液体に帰る。肉や臓器は燃やし尽くして灰に変える。

 それらの素材を混ぜ合わせ、煮詰めていく。イメージは狂戦士が可能とする肉体の強化。肉体に作用する魔法の一種だと考えられているそれを、薬で再現する。肉体が自壊するレベルの強化、そして同時に肉体を回復させることで、痛みを伴いはするものの限界を超えた力を発揮できるような薬。

 ブクブクと泡立ち、けれど煙が出ることはない。すべての成分を望む効果に変えるために、イレイナは全神経を注いで加工を続ける。

 再び降り始めた雪が鍋の中に入る。冷たい風が吹いて焚火が音を立てる。

「……よし」

 完全に煮詰まった鍋の中身はコールタールのように強い粘性を持った黒色の物体で、けれど一切の光を吸収して見せる底なしの闇色をしていた。それを丸め、直径一センチほど丸薬を作る。

 続いて、イレイナは荷物から無色透明の液体を取り出す。これは料理ではないと言い聞かせながら、狂薬の魔女が作ったそれに丸薬を浸し、取り出して板の上に並べる。粘性のある透明の液体は、空気にさらされることで急速に乾燥していく。

 そうして、イレイナ手製の丸薬が完成した。

「……よし」

 満足げにうなずいたイレイナは、乾燥したカプセルを回収して瓶に詰める。

 それから、イレイナはほかにも、もはや料理とも言い難い料理を作り、勝利のための準備を進めた。


 口元を引きつらせるネストが呆れたようにイレイナを見つめる。その視線の先にあるのは、町を覆う外壁の砕けた部分を包み込むゲル。

 流動するそれは、近づいてくる虫に触手を伸ばして叩き潰す。

「……何をしたらこんな状況になるの?」

「何って、料理?」

 ぼんやりとした様子で告げるイレイナは首をかしげながらゲルに手を伸ばす。スライムのような黒色のそれは小さく体を揺らす。まるで完熟した果実を触っているような柔らかさをしている。

 イレイナに続いてネストも手を伸ばすが、その手は触手によって叩き落される。

「…………イレイナ?」

「……」

 イレイナが軽く表面を撫でれば、喜びをあらわにするように小さく揺れる。それによって、崩壊しかかっていた外壁の一部が崩れる。

 怪物にしか見えないスライムもどきを前に、町の住民はただぽかんと口を開いて立ち尽くしていた。


 結局、イレイナはスライムを切り刻んで動けなくして解決を図った。反撃を試みたゲルは瞬く間に細切れにされ、粘性のある液体が大地にまき散らされた。

 粘り気のある液体を浴びたイレイナはぶるりと体を震わせる。

 お湯で濡らしたタオルで体をきれいにして、イレイナはネストたちが集まる部屋へと向かった。

「……これが、今日作っていた料理かぁ」

「料理というか、薬ですよね?」

 瓶詰された丸薬をはじめとする物体をネストたちは不思議そうに眺める。それらはこれまでのイレイナの料理とは違い、ぱっと見た限りでは何の変哲もない代物だった。真っ黒な丸薬、白い粉、黄色っぽい液体。ほかにもいろいろと並んでいたが、それらは少なくとも勝手に動いたり、おかしな煙が噴き出したりすることはなかった。

「それで、どんな効果があるの?」

「栄養補給と肉体の強化、衝撃で爆発、少し吸い込むだけで体が動かなくなる麻痺毒、体温を奪う冷却剤……」

 順に指さされていく料理の内容に、ネストたちは次第に頬を引きつらせていく。その果てに触れるだけで呪われて骨が液化するなどというような危険物が示され、ベルコットは料理が並ぶ机から限界まで遠ざかって壁に背中を預ける。

 それはスラシャやネストも同様だった。ただアレインだけは興味深そうに比較的安全そうな瓶を手にしてじっと中身を見ていた。

「……ちなみに、どれくらいの効果がありそう?」

「試した限りそれなりに強い魔物にも普通に効果はある。ただ、魔族とか魔王を相手にするとなると効果が出るかは怪しいくらいね」

「それでも戦力獲得につながるなら十分だよ」

「ああ、私からもみんなに渡しておくものがあります」

 イレイナに料理を片付けさせてから、ベルコットもまた今日の成果を並べる。

 薪不足が懸念される中、イレイナは鍛冶場に入り浸っていた。そうして作っていたのは防具の数々。致命傷を防ぐためのアダマンタイト合金やドラゴンのうろこを使った防具、ナイフや刀。そして、ベルコットは厳重に包んだ一振りのナイフをイレイナに突き出す。

「これは?」

 開けてみてください、と視線で促され、イレイナは慎重な手つきで包みを開く。

 果たして、布の中から現れたのは、刃から柄まですべてが真っ黒なナイフだった。

 刃渡りは三十センチほどとやや長め。肉厚な刃からは異様な気配が放たれていた。

「ドラゴンの爪で作ったナイフです。素材のせいか、魔法具のようなナイフになりました」

「魔法具のようなナイフ……?」

「魔力を注ぎ込むことによって魔法を使えます」

 こんな風に――言いながらベルコットが触れたナイフに魔力を送り込む。すると、ナイフの刃が伸びた。

「……ああ、闇魔法」

 一メートル近く刃が伸びたように見えるナイフだが、その実、ドラゴンが使っていた闇魔法で作られた刃による見せかけのものである。けれどその闇の刃は十二分に上部なものだった。

 イレイナは軽く振りながら魔力をナイフに流して刃渡りをこまめに切り替える。まるで距離感をつかませないナイフをひとしきり振って、イレイナは満足そうにうなずいた。

「それで、どうしてこのナイフは布に包んであったの?」

「大気中に存在する微弱な魔力を吸うことで、時々勝手に魔法が発動して刃を覆うように闇が生じてしまうからです。そのせいで鞘を作っても内側から破壊されてあり抜けなかったりします」

「なるほど。だから布……布で包んで腰に下げていればいいかな」

 素早く布を織り、ナイフの刃を包み込んで腰に引っ掛ける。一度目はきつくしすぎてすぐに布が切れてしまったが、二度目は問題なくできた。

 そうして新たな装備に身を包むながら、スラシャは手渡された防具をじっと見つめていた。

「あの、これ、お返しします」

 手に持っていた黒いレザーアーマーをベルコットに突き出す。どういうことかと視線で問いながらも、ベルコットは自作した防具を受け取る。

 瞳をわずかに揺らしながら、スラシャは胸元でこぶしを握って自分の選択を告げる。

「私はこの町に残ります。これまでもただ足手まといにしかなれていませんでしたが、この町でなら私にもできることがあると思っています」

「……そうか。この最前線の町を守り続けることを選んだわけか。……ふむ、それでは私もこの町に残ろう」

 アレインの宣言にスラシャはぎょっと目をむく。顔を見合わせるイレイナやネストをよそに、スラシャは睨むようにアレインを見る。

「アレイン様が残られては、魔王との戦いはどうするのですか?」

「何、正直、それだけの薬をうまく扱えれば、イレイナ殿一人でも魔王は敵ではないと思う。ただ、この町はその限りではない。ここは魔王軍との戦いの最前線で、大きな町を防衛するためにはいくら人出があっても足りるということはないはずだ。私はここに残ることで守れる命がある」

「でも、アレイン様でしたら魔王との戦いでもご活躍できますよね?」

「それでも、私とて力不足だ。イレイナ殿とネスト殿、そしてベルコット殿には届かない」

「私もですか?」

「そうだ。ベルコット殿がいるからこそバランスの良い集団になっている。それに、その気になれば不死鳥の祝福を武力として行使できるのだろう?」

 ベルコットは自分を弱いと判断している。少なくとも、剣聖の孫娘として武器を手に育ってきたアレインにも遠く及ばないと考えていた。

 けれど、ベルコットは強いとアレインは断じる。本気で戦おうとすれば、自分はベルコットには勝てないという確信がアレインにはあった。

 それこそが不死鳥の力の行使。何もないところから不死鳥の炎を呼び出すことが可能なベルコットは、その気になればすべてを燃やす炎を攻撃として用いて相手を焼き殺すことができる。

「……三人で魔王と戦うというのは少し厳しくないかな?」

「さぁ?やってみないとわからないわ。そもそも魔王の詳細も何一つわかっていないわけけだし」

 嘆息しながらも、イレイナたちは三人で行動することをすでに決めていた。もとよりスラシャが同行していた理由はこの町に帰還し、ライオネス侯爵令嬢として町を守って生きていくためだ。その目的は、イレイナたちとは違う。

 真剣な顔で勝利の方法を模索するイレイナたちを眺めながら、スラシャはこれでいいのだと心の中で繰り返していた。

 それでも、自分は逃げただけではないかと、そんな感情が心の中でぐるぐると回り続けていた。


 ――が、そんなまじめな、あるいは憂鬱な気分も、イレイナを前にすると一瞬で吹き飛んでしまう。

「イレイナ、それは何をやっているんですか?」

 これ以上の議論は意味がないと判断したイレイナは、おもむろにカバンから取り出した黄金の箔を机に広げる。

 それはベルコットが作り出したオリハルコンホイル。薄く引き伸ばされたそれは、つい先ほどまでイレイナが素材入れに用いていたガラス容器にまかれていたもの。

 イレイナの魔力をはじく素材として、食材が魔力によって変質してしまうのを防いでいたそれはお役御免になって、けれど使いまわしのために丁寧に伸ばされていく。

 ただ、やはり一度くしゃくしゃになったホイルが完全に元通りの美しさを取り戻すことはない。無数のしわが寄ったオリハルコンホイルは、ともすればそのほうが乱反射によって美しく見えるが、イレイナはそれでもなおホイルを伸ばす作業を続ける。

「……それ、そんなにきちんと伸ばす必要あります?」

「しまっておくときにきれいに伸ばしておきたくならない?」

「わからなくはないですけど、それ以上は時間の無駄ですよね」

 無駄だとそう言われ、イレイナはしぶしぶオリハルコンを触るのをやめる。

「……どうしよう」

 せっかく伸ばしたホイルも、そのままカバンに仕舞ってはすぐにしわくちゃになる。小首をかしげるイレイナは思考停止に陥っているのか、まっとうなアイデアが思いつかない。

「懐にでも丁寧にしまっておいたらどうですか?」

 ベルコットもまた、その艶のある輝きに目を奪われながら上の空で返事をした。

 いそいそと新しい防具の内側にオリハルコンホイルをしまうイレイナを見ながら、ネストは「何をやっているんだろう」と首をかしげる。

 宝石だとか貴金属だとか、そういった美しさに魅了される感覚が、ネストにはいまいち理解できていなかった。


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