69カースゴーレムの素焼き
ゴーレムを調理するための薬液の量はあまり多くない。ベルコットが使った残りはせいぜい一食分ほど。失敗することができない中、イレイナは考えた。
自分の料理であれば――魔力による性質変化を用いれば、薬なしで金属ゴーレムの体を食べられるものに変えられるのではないかと。
例えば、液状化する。あるいは粉末にして料理に鉄分を加えるイメージ。
カースゴーレムに手を触れたイレイナは、その手のひらから両断された巨体の片割れに魔力を送り込む。
瞬く間にカースゴーレムの体の一部を犯したイレイナの魔力が、そのイメージに導かれるようにして光を帯びる。キーンと甲高い音が鳴り始める。それは、激しい微細振動を始めた証拠。
次の瞬間、ゴーレムの体の一部は莫大な熱量へと変化し、大気を燃やし、空に火柱を立ち上らせた。
炎によって、イレイナの髪の毛先の一部が焦げる。硫黄が燃える鼻につくにおいが広がり、少しだけ顔をしかめる。
「……灰、でもない?」
カースドラゴンの体の一部、粉末状になったそれを拾い上げたイレイナは、少しを指ですくってなめとる。手触りは灰に似ているものの、味は全くしない。
「でもまあ、ゴーレムの灰ってことで」
続けて、イレイナは複数の方向性でゴーレムの加工を試みる。液状化させれば、先ほどのカースゴーレムの背中に生えていた異形の植物を思わせる蔓が体から伸びてイレイナに襲い掛かる。疲れたような吐息を漏らしながら解体して失敗作を処分する。
単純にゴーレムをナイフで刻むだけでは食べられるものにはならなかった。
微粒子に変えたらどうなるか――そう考えながら空中でゴーレムをみじん切りにすれば、気づけばゴーレムの体は気化して、危険な色合いの煙となって空へと延びる。わずかに目に感じる刺激に、イレイナは煙を手で振り払う。
生み出したカースゴーレムの加工品は、その多くが一応は食べれるものにはなっていた。もっとも、常人であれば決して手を付けようとはしない味やにおいをしていたが。
「……なるほど、カースゴーレムの呪いは死してなお健在、と」
先ほどからやけにゴーレムを魔力で変質させやすいと思っていたイレイナは、そう結論を下した。
イレイナの料理は、薬効や毒性などを有する成分の性質をゆがめることで最悪な味を生み出し、その代わりに方向性を持たせれば犠牲にした薬効が大きいほど効果の高い不思議な食べ物を作ることができる。
たとえばマンドラゴラを腐敗レベルの代物に変えれば、その代償によって超回復効果のある薬に変貌を遂げる――マンドラゴラのラペのように。
性質を変化させやすいということは、変化させられる薬効あるいは毒成分が多いということ。カースゴーレムにおいては、その体内に変化させうる呪いがまだ残っているものと思われた。
呪い。それはともすればマンドラゴラなどが有する神性と対をなすような強力な代物。それを加工すれば、更なる優秀な効果を有する料理を生み出せるかもしれなかった。
そんな期待を胸に、イレイナは調理を続ける。
料理において発揮される致命的な不器用によって手を切り落としそうになったり、加熱時に火柱を立ち上らせてフライパンを熔かしてしまったりしながらも、イレイナは料理を完成させた。
戻ってきたイレイナの手の中にあるものを見て、ネストはいつになく遠い目をして言った。
「……イレイナ、それは?」
「カースゴーレムの素焼き。ちょっと変わった見た目をしてるけれど、食べられるはず。」
どこからツッコミを入れればいいのか――そう思いながらネストはイレイナの手の中で動くそれを見る。
アダマンタイトの黒い輝きを秘めたそれは、丈夫な外殻を有する節足動物――ダンゴムシの見た目をしていた。大きさはイレイナの掌の半分ほど。わしゃわしゃと小さな足を動かしてはい回るそれは、本当に生きている生物のように見えた。それこそ、金属の外殻に身を包んだ魔物という可能性も捨てきれなくて、ネストは心の中で祈りをささげていた。
だが、その可能性はあっけらかんと告げるイレイナによって否定された。
料理名をつけるのであれば「カースゴーレムの素焼き・ピルバグモドキ」とでもなるだろうか。
相変わらず小さな手足を懸命に動かしてイレイナの掌の上で動き続ける金属ダンゴムシは、域チエルようにしか見えない。この疑似生命の異様な完成度の高さのすごさを理解できるのは、この場ではベルコット一人だった。
興味深げに眺めるスラシャ、顔をひきつらせてダンゴムシから遠ざかるスラシャ、恐々としながらも諦めたように笑みを浮かべるネスト、自慢げに胸を張るイレイナ。四人を見つめるベルコットは、ツッコミを入れたい気持ちを殺して天を仰いだ。突っ込んだところでどうせ大した意味はない。せいぜい喉を痛め、呼吸が荒くなる程度。
そんなことのためにこれ以上疲労を蓄積させたくはなかった。
「……それ、本当に食べるの?というか、食べられるの?」
「多分?」
ネストに首をかしげながら答えてから、イレイナはダンゴムシの姿をしたカースゴーレムの素焼きの足を引きちぎって口に運ぶ。
スラシャの顔が青ざめ、腰が抜ける。倒れこみそうになる彼女の背中に腕を回してとっさに倒れるのを阻止したアレインは、不思議そうな視線でじっとイレイナを見ていた。
「美味しいのか?」
「…………固い」
味などするはずがなかった。そもそも不思議な特性を持った魔力のごり押しによってかろうじて食べられるものに変えただけでまともな味付けがされているわけでもない。もとはただの金属だった以上、まっとうな味があるわけがなかった。
「食べる?」
「少しもらおう」
早速手を伸ばすアレインを、スラシャは正気を疑うような目で見る。蝶よ花よと育てられた貴族の娘であるスラシャにとって、虫は食べ物ではない。しかも赤子のこぶしほどの大きさのダンゴムシを食べようなど、まっとうな精神をしていては決してあり得ないと考えていた。
だが、辺境の村で育ち、各地を渡り歩いてきたイレイナとネストはもちろん、戦いの場に身を置いていたアレインも、この手の虫で飢えをしのぐのはそれほどおかしいことではなかった。だからネストも戦々恐々としながらダンゴムシへと手を伸ばす。
そんな三人を遠巻きに見ていたベルコットはすがるような眼を向けてくるスラシャを目を合わせ、心から安どの笑みを浮かべた。
おかしいのは私たちじゃない――過半数を占めるおかしな人間たちの中で、ベルコットは必死に「自分は真っ当だ」と心の中で繰り返した。
カースゴーレムの素焼きは、味のないせんべいのようなものだった。イレイナの魔力によるものか、金属から食用の謎の物体に変わったダンゴムシ――カースゴーレムの素焼きは、そのパリッとした触感が不思議と癖になる不思議なものだった。
何より、イレイナにしては突き抜けた不味さも強烈な悪臭もないダンゴムシ姿のそれは、食事としてはだいぶ真っ当な部類だった。
そんなカースゴーレム料理に口直しとしてベルコットの料理をさらえた五人は、話し合いの末に一度近くの町に戻って体勢を整えることに決めた。
疲労はピークに達しているものの、魔王軍の支配下にある北の土地でのんびり体を休めることはできそうになかった。
そのため、イレイナたちはグリフォンを呼び寄せて近くの町へとひと飛びに移動した。
向かうのはスラシャの父、ライオネス侯爵が治める最前線の町。
グリフォンが吊り下げる籠の中で激しく揺さぶられながら、スラシャは目前に迫った家族や家臣との無事の再会を願い続けた。




