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呪われし料理音痴イレイナの挑戦  作者: 雨足怜


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74/127

67信頼

「ッ、ぅぁあ――」

 喉から漏れる悲鳴を噛み殺し、イレイナは爪を立てて地面をつかむ。痛む体に鞭うって、そばにあった岩を支えに立ち上がる。

 荒野を吹きすさぶ風は黄金のきらめきを内包し、イレイナの頬を撫でて通り過ぎていく。

 砂埃の消えた先、黒々とした二つの山が雲の切れ間からのぞく陽光を反射して怪しくきらめいていた。その表面にはもう、浮き出た血管が脈動するような赤黒い輝きの明滅はない。

 大地を砕くような振動も、空を覆うような巨体が動くこともない。

 真っ二つに切り裂かれたカースゴーレムはついにその動きを止め、ただの躯として姿をさらしていた。

 死してなおその威容は他者を圧倒する。

 自分はこれほどの強大な怪物と戦って勝利したのか――次第に強まる実感をかみしめながら、イレイナはどこか焦点の合わない目で空を見上げた。

 強い風のせいか、千々にちぎれた鱗雲が広がる空は青白い。その雲の中、星々のようにきらめく黄金の輝きに目を細める。まるで、役目を終えて柄まですべてが砕け散った聖剣の成れの果て、神授の金属とうたわれるオリハルコンが役割を終えて神のもとへと帰ろうとしているようだと思った。

 ズキリと、体の奥が軋む。

 痛む足を引きずりながら、イレイナは引き寄せられるようにカースゴーレムのもとへと歩き出す。それに、何か理由があるわけではなかった。ただ何となく、その遺体のもとへと歩いていた。

 近づくほどに巨大さがはっきりとするそれを目前に、イレイナは足をもつれさせる。

 伸ばした手は、黒々としたその表面に触れることはかなわず、大地に爪を立てるにとどまる。

 全身に満ちる疲労と痛みに、イレイナは静かに意識を闇に沈めた。


 芳醇な香りがした。

 一瞬にして微睡みから意識が覚醒し、イレイナは跳ね起きるように目を覚まして。

「う、ぁっ!?」

 全身を襲う激痛に、今度こそ声を殺しきれずに悲鳴を漏らす。

「起きた!?大丈夫!?痛いところは!?」

 近くで座り込んでいたネストが、足を引きずりながらも必死にイレイナへと歩み寄る。けれどその体はともすればイレイナ以上に深刻な状況で。折れた足に走る激痛のせいで全身の制御に失敗し、もつれるように前に倒れこんだ。

 それでも這い進み、ネストはイレイナのもとへとたどり着く。

「大丈夫?どこが痛い?軽く応急処置はしてあるけれど、それでも満身創痍だったんだからね!?」

 そんなイレイナよりもあちこちに包帯やガーゼを身に着けているネストのほうが、イレイナよりもよほど重傷で痛々しく見えた。

 それもそのはず。ネストはブレスによる礫の弾丸を剣で受け止めたことによって全身に走った衝撃で臓器に深刻なダメージがあり、呪いに体のあちこちがむしばまれ、礫を背中に受け、さらにその状態で吹き飛ばされて大地を転がったのだから。

「……ネスト殿、絶対安静だと言っただろう?」

 あきれをにじませたアレインの声はネストには届いていない。イレイナの頬を触り、彼女が生きていることをかみしめて居るネストは頬を涙で濡らす。

「あぁ、本当に生きてる……無事だった……」

「……痛い」

 ネストに強く抱きしめられたイレイナが文句を言う。

 僕も痛いと告げたネストが、そっとイレイナから体を離す。けれどその手は固くつながれたまま。指を絡め。持ち上げた手の存在を確かめるように、イレイナの手を頬にあてる。

「……ああ、あぁ」

 全身を震わせる激しい感動に、もはや言葉も失い、ネストはただただ泣き続けた。

「……そんな姿を見せつけられたら何も言えないじゃないですか」

 手持無沙汰な状態で、座ったまま調理をしていたベルコットがネストを見つめてぼやく。苦笑を漏らすアレインはスラシャの応急処置を終えて額の汗をぬぐう。

「お似合いな二人だな」

「間に割って入ろうと画策している者としては何とも言えませんよ」

「……さて、本当にベルコット殿はイレイナ殿とネスト殿の間に入ることができていないのだろうか?」

「私は、二人にとっての特別になれているように見えますか?」

「特別という表現をするのであればもちろん、と返そう。私の目から見る限り、ベルコット殿は、イレイナ殿たちと強い信頼の糸で結ばれている。でなければ先ほどの一瞬、イレイナ殿はすべてをなげうつように聖剣に手を伸ばすことはできなかったはずだ。ネスト殿とて、ベルコット殿をその身を挺して守ろうとしたのだ。強い信頼がなければできないことだろう?」

「……ネストさんたちなら、信頼していなくても誰かのために体を張れますよ。だからこそ、二人は勇者パーティにいたんじゃないですか?見ず知らずの人のために、人類のために、立ち上がることができたんじゃないですかね?」

 互いの無事を分かち合う二人をまぶしそうに見つめながらつぶやく。ベルコットの視線の先、つぼみが開くようにイレイナが柔らかい笑みを浮かべる。わずかに赤みを帯びたその頬に、うるんだ瞳に、ベルコットの心臓が小さく痛む。

 二人と自分は違う――そう言い聞かせようとするベルコットとは違って、アレインは少しばかり懐疑的に目を細める。その目はイレイナたちを見ているようで、あるいは二人の過去を見ていた。

 アレインは記憶のほとんどを失っている。けれどその時泡沫のごとく浮かんだ、祖父である剣聖――イレイナたちの師匠から伝え聞いた話をかみしめるように話す。それはカースゴーレムの呪いによって、魂が刺激されたことによる偶然。

「イレイナ殿たちは運命に流される子どもだったそうだ」

「……運命に、流される?」

「そうだ。……勇者の才能を見出されたレオニード殿も、勇者殿と旅をすることを決めたイレイナ殿もネスト殿も、旅立ちのその時にあってなお、その心に正義があったわけではない、そう祖父は話していた。三人は、ただ勇者とその仲間として求められていたから、そのように動いたに過ぎないと」

 遠く、雲の向こうで存在を主張する太陽に目を細め、アレインはスラシャのそばに座って小さく息を吐く。

「人類などという形のないもののために戦える人間などいない。誰もが、誰かを守るために戦っているだけだ。家族を、友人を、知人を、村の仲間を、見知った相手のために、あるいは自分のために剣をふるう。何かをなすためには、ただ一歩を踏み出せばいいんだろうな。例えば、ネスト殿とイレイナ殿に並ぶために、がむしゃらに手を伸ばして、ついにはその頂きに這い上がって見せたベルコット殿のように、な」

「……私は、二人に並べていますか?」

「はは、おかしなことを聞くのだな?あの呪いの中で、呪いに侵されながらもただ一人動き続けた者の言葉とは思えん」

 言いながら、アレインは無事だった荷物の中にあるイレイナ手製の料理を口に入れる。大根ラペは、甘くてすっぱくて、けれど深く、体の奥底までしみこむようだった。

 鍋の中をお玉でかき混ぜていたベルコットは味見ののち、少しの香草を追加する。

 鍋の隣にフライパンを置き、小麦粉で練った生地を油で焼いていく。

 ジュワ、という音とともに何とも言えない不思議な香りが周囲に広がる。

 きゅるる、とイレイナの頬が鳴る。恥ずかし気にうつむいたイレイナに腕を貸したネストが、二人並んでベルコットのところへと移動する。腕を貸しているといっても、その実ネストのほうがイレイナに支えてもらっているような状態だったが。

「……ベルコットは体はもう大丈夫なの?」

「はい。私のほうは祖母の薬が効きました。幼いころから魔女とともにいて薬草に触れていれば、今の自分に最適な薬くらいは容易できますよ」

 なんてことないように告げて、ベルコットはフライパンの中身を器に取り出す。

「イレイナ、スラシャさんの治療をお願いします」

「……悶絶しない?」

「…………そこまで最悪な味になりそうなの?」

 たぶん、と微妙そうな顔で告げる。イレイナには、それくらい味を改悪させなければスラシャの傷を癒すような料理にはならないように見えた。

 性質変化。味や触感、見た目など、およそ料理に求められるすべてを犠牲にして効果をもたらすイレイナの「料理」は、味をさらに壊滅的にすることで強い効果をもたらすこともできる。もともとの素材の薬効などの効果が足りなくても味を一段階悪くすることで強い回復効果が得られるが、その味に果たしてスラシャが耐えられるか――

「まあ、死ぬよりはましね」

 言いながら、イレイナはアレインからマンドラゴラ製の大根ラペを一つ受け取り、そのひと切れに全力で魔力を流し込んだ。

 途端に透き通るほどに真っ白だったラペは紫に染まり、イレイナのフォークの中で生きたスライムのように体をよじらせ始まる。その動きとともに、強烈な腐臭が漂ってきて、思わずネストは片手で鼻を押さえる。

「……それを、食べさせるの?」

「もちろん……えいっ」

 有無を言わせずスラシャの口の中にラペをねじ込む。瞬間、スラシャの体がびくりと跳ねる。それは先ほど、カースゴーレムの呪いを受けたときのそれに似ていた。

「泡を吹いているが大丈夫なのか!?」

 流石に危険じゃないかと焦るアレインをよそに、ベルコットはやネストは乾いた笑みを浮かべるばかり。二人はすでに、イレイナの料理に規格外さを嫌というほど知っている。

 だから、スラシャに憐憫の視線を向け、アレインに「こちら側へようこそ」と新たないけにえを見るような視線を向ける。

 二人の生温かい視線の理由が理解できずに狼狽するアレインだが、ビクンビクンと痙攣を繰り返すスラシャの顔色がよくなっていることに気づいてほっと胸をなでおろした。

 口の端からこぼれる泡をハンカチで軽くふいてやり、ついでにその顔についた泥などをふき取る。全身に血がにじむ包帯を巻いた痛々しい姿をしているが、その下にはもう傷らしき傷はない。

「……大丈夫そうね」

「………とても大丈夫には見ないですけれどね。さて、料理ができましたよ」


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