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呪われし料理音痴イレイナの挑戦  作者: 雨足怜


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66精霊の祝福

 強大な怪物。アダマンゴーレムの時とは比較にならない威圧感と殺意を前に、イレイナはギリギリのところで耐えていた。

 カースゴーレムになった魔王軍四天王のゴーレムは、それまでとは比較にならない能力を有していた。特に周囲にばらまく呪いの霧は、対抗策なしにはあらゆる存在をゆがめ、撃破する可能性を秘めていた。幸い、同種の力を有する、あるいはその力のルーツであるイレイナには効かなかったが。

 アダマンゴーレムの時には、それは自らの四肢と体による踏みつぶし、砂を含む暴風によって相手を研磨することくらいしか攻撃の手札がなかった。それでもイレイナたちにとってはギリギリの戦いとなったが、小回りと速度を有するイレイナの攻撃を防ぐことができないという点がゴーレムにとっては致命的だった。

 だが、カースゴーレムになったそれは、新たな攻撃手段を有していた。

 無数の血を浴びてきたその巨体は、それ全体が呪いに侵されていた。体の上に積み重なった土砂はもちろん、その背に生える植物もカースゴーレムの一部となった。

 呪いによって異形とかした背中の植物を使うことで、カースゴーレムは強力な力を発揮した。

 枝から触手へと変貌した樹木を伸ばして大地を打ち、弾丸のように射出される硬質な種がイレイナを狙う。麻痺毒を含む鱗粉をばらまく植物が咲いていたかと思えば、巨大な靭カズラのような――キラーネペンテスを数倍にしたような植物が瓶状の体の中から酸を霧状にして吐き出す。

 残しておくと危険な植物のいくつかは、すでにイレイナのナイフによって切り落とされていた。それでも、体の上に広がる山一つ分の異形の植物たちをすべて刈り取るような余裕はなかった。

 相変わらずカースゴーレムはその太い足でイレイナを踏みつぶそうとする。さらに厄介だったのは、呪いの霧で異形とかした周囲の植物や昆虫などだった。

 狂気にとらわれたそれらは付近へと攻撃を繰り返し、当然ながらその攻撃はイレイナをも襲った。

 上からカースゴーレムの足と植物、地上からは異形の怪物たちの攻撃。

 精神をすり減らしながらも、イレイナは一人孤独な闘いを続けていた。

 逃げはしなかった。逃げられなかった。イレイナの斥候としての優れた情報収集能力は、カースゴーレムが向かう先にネストたちがいることを導いていた。この巨体が移動するだけで周囲一帯は呪いに侵され、追いつかれればネストたちとて無事では済まない。

 自分だけが対抗できる――だから、イレイナは逃げることもできず、ちょこまかとカースゴーレムの周囲を飛び回っていた。

 けれど、それももう限界が近づいてきていた。

 吸い込んでしまったいくらかの毒などが体を犯し、積み重なる疲労に膝が悲鳴を上げていた。

 あと少し――見えてきた死を前に、それでもイレイナは獲物を振りぬく。


 ネストがかき集めてきた薪や朽ちた樹木、そこで揺れる小さな炎を前に、ベルコットは目を閉じ、祈りをささげていた。

 地面に膝をつき、真摯に祈る。炎に祈る。希う。

「……不死鳥様、どうか私に力をお貸しください。原初の炎を宿した御身の力の一端を、どうか今、この場にお授けください」

 遠く、火山の火口にて。じっと空を見上げる炎の化身が、小さく吐息を漏らす。

 ――同時に、ベルコットの目の前、薪を燃やす小さな炎が揺らめく。

 橙の炎が白くなり、青くなり、燃料のすべてに燃え広がる。

 防火手袋を身に着けたベルコットは、炎に向かって魔力を流し込んで火力をさらに引き上げる。揺らめく白色の炎がきらめく。舞い散る火花は、まるで夜空を切り裂く流星のようだった。

 火箸でつかんだ剣を、炎の中に入れる。剣身が半ばほどで折れたそれは、勇者レオニードが使っていた聖剣。気絶した彼からイレイナが回収していたそれは、不死鳥より与えられた炎によって熱を帯び、神々しい光に包まれていく。

 銀の刃につやのある黄金の光が混じる。それは、含有されるオリハルコンの輝き。

「ふっ」

 アダマンタイト合金製の金床の上。振り上げたハンマーを刃にたたきつける。折れた刃を作り直す。

 長剣ぶんの長さはない。けれど、そもそも長剣である必要もない。

 何度も何度も、ハンマーがオリハルコン合金の刃をたたく。そのたびに響く澄んだ音に、カースゴーレムが強い反応を示す。彼の視線は、蜃気楼のごとく揺らめく黄金の光に集中していた。

 今や、目の前を飛び回るイレイナはカースゴーレムの意識には上っていなかった。

 オリハルコン――それは大地を、金属を食らうゴーレムの疑似魂魄にさえも強烈な輝きに映っていた。

「行かせないッ」

 縦横無尽に駆けるイレイナがカースゴーレムの前足を連続で切り裂く。太いその足を切り落とすには至らない。けれど、そのバランスがわずかに崩れる。

 ゴーレムが大気を吸い込む。焦燥をあらわに、イレイナは鞄から料理を入れた瓶を取り出して、大気が吸い込まれていく穴へと投げ込む。

 ドォォォォン――カースゴーレムの体内で強烈な爆発音が響く。切り落とされた首の付け根にある穴から、紫と橙の混じった炎が噴き出す。

 その炎をひっくるめて、カースゴーレムが吸気を排出する。

 呪いに、炎に、熱に、砂が乗った息吹。それはイレイナをして回避を選ばせる必滅の一撃。

 けれど、その先で鍛冶を続けているベルコットは動けない。今、動くわけにはいかなかった。魔力をさらに炎に流し込み、暴風で消し飛びそうになる不死鳥の火種を維持する。

 それでも、風は防げても呪いや砂は防御できない。

 けれど、ここにいるのはベルコットだけではない。

「切り裂け――風嵐」

 刀に魔力を流し込んだアレインが抜刀する。

 その刃は大気を切り裂き、斬撃となって飛翔する。

 カースゴーレムの突風が、左右に分かれる。それでも、まだ足りない。

「竜滅剣――はああああああッ」

 虚空より相棒の剣を召還したネストが、アレインの前に躍り出る。盾にするように剣を地面に突き刺してベルコットたち三人を守る。

 その剣の向こうにスラシャが爆発物を投げる。

 大地に落下した爆薬が、爆風をもってわずかにカースゴーレムのブレスを弱める。飛翔する礫はネストの竜滅剣によって阻まれる。

 だが、呪いの霧は止まらない。

 カースゴーレムの呪いが、ネストを犯す。全身に蟻走感を感じた。同時に、肌が焼けるように痛み、血が煮えたぎるように全身が熱くなる。

「ぐ、ううううぅぅぅぅぅッ」

 強く歯を食いしばって痛みをこらえる。ガンガンと剣の腹を打つ礫の振動がネストの体に響く。すでに体の感覚はおかしくなっていて、それでも背後に攻撃を届かせるものかとネストはあがく。ベルコットとアレイン、スラシャを守るために。

 呪いは、ネストだけではなくアレインたち三人をも襲った。発狂するほどに痛みにスラシャは気を失い、けれど激痛が意識を失ったままでいさせない。

 全身の骨が砕け、皮膚が燃えるような感覚に、スラシャはのけぞって泡を吹く。地面に刀を差したアレインもまた、少しも動くことなどできず、杖代わりの刀の柄に体重を預けるばかりだった。

 ――ネストたち三人が人の形を失わずに済んでいるのは、イレイナの料理によって多少なりとも呪いに耐性がついているからで。けれど、わずかな耐性があったところで、カースゴーレムの呪いを前にすれば動くこともままならない――はずで。

 そんな呪いの霧の中、ベルコットはがむしゃらに鎚をふるっていた。全身が痛みに悲鳴を上げても、腕の骨がクッキーのように砕けても、ざっくりと割れた額からあふれる血で片目の視界が真っ赤に染まっても、ベルコットは鎚をふるい続ける。

 竜滅剣が砕ける。虚空より召還していた剣が光となって消える。

 再び呼び出せば問題なく使える。けれど、そんな余裕はない。

 だから、ネストは両手を広げ、己の背中でベルコットたちを守る。

 呪いの中、不死鳥の炎はかき消されることなく燃え続ける。青白い炎は、聖剣を熱し続ける。その刃は、瞬く間に形を変えていく。

 長く、鋭く。

 伸びていくそれは、研磨もいらぬほどに研ぎ澄まされた黄金の光を帯びる。鋭い刃は、見るものに恐怖を抱かせるほど。

 ベルコットの頬を、腕を、足を、わき腹を礫が掠める。それでも、ベルコットは止まらない。これまでのすべてを込めるように、鎚を全力で振り下ろす。

 ――永遠にも等しい濃密な時間が過ぎ、カースゴーレムのブレスが止まって。

「でき、た……」

 倒れそうになりながらも、必死に踏ん張って立ち上がる。握りしめる新生聖剣を、ベルコットは全力で投げる。高く、高く、風を切り裂いて飛ぶそれは一筋の星となって飛んでいく。

 それを使うべき、戦士(イレイナ)のもとへ。

「イレイナァァァッ」

 その声に、そこに込められた魂の叫びに。イレイナは全力を超えて動き出す。

 すでに体には極度の疲労が蓄積していて、膝はがくがくと震えていた。

 それでも、走る。足がもつれて地面を転がり、すりむいて体のあちこちに血をにじませ、それでも前に、前へと走る。

 カースゴーレムもまた、その黄金の輝き(オリハルコン)に魅せられて、大きな一歩を踏み出す。体の上に伸びる異形の植物たちが聖剣を目指す。

「ッ、はあああああああああああッ」

 カースゴーレムの足の下を走り抜け、全力で跳躍したイレイナが空中で聖剣をつかむ。

 長く、細くなった刃は、アレインが好む刀の形をしている。肉厚な西洋剣から刀へと姿を変えたそれは、当然ながら新たに刃を打ち直されただけではない。

 最適な火力で加熱され、金属の一部が帰化することで合金の配合の変わった刃は、オリハルコンの含有率が増したことはもちろん、ベルコットが知るこの場で最適な強靭さを誇る組成に至っている。

 その、刃を。両手で握りしめる。不死鳥の炎に祝福をされた刃の煌めきが強くなる。

 カースゴーレムの背中の植物が放った種の弾丸がイレイナの頬をかすめる。一筋、頬から血を流しながら、イレイナは獰猛に笑い、剣を空へと振り上げる。

 それは魔を滅する神聖の輝き。高く、高く、空へと延びるそれはすべてを切り裂く至高の一振り。

 ――ブレイブ・ブレイド。

 黄金の輝き。勇者の、聖剣の奥義。

 振りぬかれた神聖の刃は、カースゴーレムの体を両断し、その身に宿っていた呪いを切り裂いた。

『オオオオオオオオオオ――――』

 カースゴーレムの体から、風が洞窟を吹き抜けるような音が響く。縦に真っ二つにされたゴーレムは、その体から赤黒い煙を噴き出す。その煙は、けれど大気中にきらめく黄金の光に触れた途端に消失していく。

 虚空をきらめく黄金の破片は、砕けた聖剣の刃の欠片。一振りにすべてを費やした聖剣は今度こそその役目を終え、けれど最後に巨悪を断ち切った。

 激しく大地を揺らしながら、カースゴーレムだった金属塊が大地に沈む。

 イレイナたちは舞い上がる土煙に吹き飛ばされた。

 土煙が収まったころ。脈打っていたカースゴーレムの体からすべての力が消え、今度こそその肉体は動くことのない非生物へと戻った。


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