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呪われし料理音痴イレイナの挑戦  作者: 雨足怜


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65カースゴーレム

 その咆哮は、アダマンゴーレムから離れたネストたちの耳にも届いた。

 ネストたちがいるのは、荒野の一角にぽっかりと口をのぞかせる小さな洞窟の中。ちょうど岩の影になるように存在しており、近づかないと洞窟を見つけることも困難だった。

 偶然目についたその洞窟は、天然らしく地面は平らとは程遠かったし、ひどくすなっぽかった。それでもいつ魔王軍に目撃されるかわからない状況で移動を続けていた彼らにとっては絶好の環境だった。

 めいめいに腰を下ろし、水分補給や軽い食事をして座り込む。料理をするような気力も残ってはいなかった。ただ四肢を大地に投げ出し、体を、精神を休める。

 無言の時が過ぎていた。黙ったまま。静かに眠る者もいた。

 そんな一時の安息は、けれど長くは続かなかった。

 大気をふるわせる激しい咆哮。身の毛がよだつようなその声がアダマンゴーレムの体が残っていた場所から聞こえてきたという事実に、いやな予感は膨らむばかりだった。

「……何が起きているんですか?」

「わからない。でも、たぶんあのゴーレムに関係があると思う。……イレイナはまだ、あそこにはいないよね?」

 安心したいがために問いかけるも、答えが返ってくることはない。ネスト自身も、イレイナがあの場にいない可能性を否定しきれなかった。

 おかしな現象あるところにイレイナあり。特にイレイナの料理のことを思えば、先ほどの一件がイレイナの手によるものであったとしても違和感はなかった。

「……イレイナが、あそこにいる?」

 思考を言葉にして、瞬間、ネストは膝を叩くようにして勢いよく立ち上がる。

「どこへ行くんですか!?」

「あの場所にイレイナがいるかもしれないんだ!」

「落ち着いてくださいよ!もしイレイナがいなかったらどうするんですか!?敵だけがいて、ネストさん一人でどうにかするって、そう言うんですか!?」

「……それでも、イレイナがいるかもしれないなら」

 自分に抱き着いていかせまいと踏ん張るベルコットを見下ろし、それからアレインやスラシャへと目を向ける。全員、万全とは程遠かった。怪我こそ軽度だが、アダマンゴーレムという怪物に立ち向かったことによる気力の消耗は軽く見られるようなものではない。あれほどアダマンタイトに歓喜していたアレインも、ひと心地ついたところで動くこともままならなくなった。それほどに誰もが疲れていた。

「行かせません、絶対にネストさん一人では行かせません。もうすぐ、イレイナが来るはずなんです。だから、それまでだけでも待ってくださいよ」

「でも、今行かないと手遅れになるかもしれない。イレイナが、死んでしまうかもしれない」

「ッ、それでも、ですよ!それでも、無策で飛び出していい状況じゃないですよね!?ここは魔王軍の支配域ですよ!?短期間で人類から三分の一ほどの土地を奪い取った魔王のおひざ元ですよ!?」

 涙を浮かべてベルコットがにらむ。その視線を、ネストもまっすぐ睨み返す。

 焦りばかりが募っていく。あの場所にイレイナがいるかもしれないのなら、こんなところで時間を浪費しているわけにはいかない。

 考えているうちに、遠くから岩を砕くような激しい音が聞こえ始める。何かが――先ほどのゴーレムレベルの怪物と誰かが、戦っている。

 誰か――

「……ッ、行かないと」

「だからッ」

「あの!」

 二人の話に割り込んだスラシャが手を挙げる。

「行くにしても行かないにしても、まずは何が起きているかを想定しませんか?そのほうが幾分か有効でしょう?」

 少しだけ落ち着きを取り戻した二人が顔を見合わせる。ネストに抱き着いていることに今更気づいたベルコットが顔を赤くして飛びのく。

「……そうだね。でも、ほとんど確定してない?たぶんあのゴーレムがまた動き出したんだよね。倒せていなかった、のかな?」

「倒せていたと思いますよ。死んだふりをするなら、私たちが油断していた時に攻撃してくるはずですから。あるいは、瀕死の状況で回復を、再生を続けていた、とかですかね?」

「あの。先ほどのゴーレムが何かをしているというのは確定なのですか?」

 顔を見合わせたネストとベルコットは、互いの考えが共通していることを確認してうなずいた。

「これだけ大地を震動させるような存在は、あの巨体以外ではないと思うよ」

「さっきの声も似ていましたし、間違いないんじゃないですかね」

「それでは仮にあのゴーレムが動いているとして……一度倒れたゴーレムが動き出す理由はわかりませんか?」

「ゴーレムが動き出す、ねぇ……」

 洞窟の天井を仰ぐネストは力なく首を振る。それからやや縋るようにベルコットを見る。

 そこには、真剣な、ともすれば青ざめたベルコットの姿があった。薄暗い洞窟の中にあってもはっきりわかるほどに、ベルコットは何かをひどく恐れていた。

「ベルコット?」

「……今の魔女は、強力なゴーレムは作りません。なぜだと思いますか?」

 心当たりの代わりに聞こえてきたのはそんな問いかけで。ネストとスラシャ、そして話をじっと聞いていた三人はそれぞれ首をひねる。

「材料が高価だからか?」

「今ではそのような強力なゴーレムを作る製法が失われてしまった、とかでしょうか?」

「強いゴーレムを必要としなくなったから、か?」

 三人とも自信なさげなのは、その答えが今この場でベルコットが聞いてきた理由になりえないからだ。

 強く、洞窟に風が吹き込む。不吉な音が四人の耳朶に響く。

 静かに首を横に振ったベルコットは、片手の手首を反対の手で強く握り、震えを抑えながら口を開く。

「ゴーレムが、魔女の手を離れてしまう可能性があるからです。疑似生命でしかないゴーレムですが、時として不思議な成長を遂げることがあります。その中には自我らしいものを獲得して、生き物として自己を確立する個体もありました。特に、魔女が身を守るために用いていた戦闘用ゴーレムなどに多く生まれました」

 戦闘用ゴーレム――そこから、ネストたちはアダマンゴーレムを想像する。あれもまた、戦っていた。

 ゴーレムは自我を持ちうる。自我を持てばどうなるか。魔女の命令を聞かなくなる、あるいは自らの理念をもとに独自の行動をする。

「魔女を守り、人の血で体をどす黒く染めあげたゴーレムは、自我を獲得してすぐ、魔女を殺したそうです。人の血と、魔女の血、それらが合わさったとき、ゴーレムはまた別の存在へと飛躍する――赤黒い体を脈動させ、生命体のようになったそれを、カースゴーレムというそうです」

「“カース”ゴーレムと呼ばれているということは、呪い、でしょうか?」

 呪い。それは魔法が存在するこの世界においてもオカルトとして語られるものだ。(のろ)い、あるいは(まじな)い。遠く離れた土地にいる人を、触れることなく殺し、土地を腐らせ、生き物の在り方をゆがめ、不幸にする。あるいはその人の未来を詳細に読み取ったりする。

 そんな超常の力が、けれど存在することをネストたちは知っている。何より、イレイナの魔力が、それによってもたらされる「料理音痴」あるいは「性質変化」は、精霊をして呪いと評するような効果を生み出す。

 そんな呪い。たくさんの血を浴び来たゴーレムの成れの果て。それがカースゴーレム。

 アダマンゴーレムもまた、無数の血をその体に浴びている。人類を、動物を、あるいは魔物を、殺してきた。

 アダマンゴーレムは死んだはずだった。けれど呪いだというのなら。超常の力を受けたというのなら。

 山と見まがうようなアダマンゴーレムが復活を遂げていても、何の不思議もなかった。

 遠く、あるいはすぐ近くだと錯覚するほどの轟音を聞きながら、ネストは顔を青くする。心なし、その振動は少しずつ近づいていた。

 もしアダマンゴーレムが生前(?)記憶を有していたのだとすれば、己を殺したネストたちを追ってきていてもおかしくはない。

 かなり移動したはずだった。けれどもう、ゴーレムはすぐそこまで来ているように思えてならなかった。

 重い体を引きずり、洞窟の外へと顔を出す。巨岩の向こう、青い空を黒々とした岩山が隠しているということはない――今は、まだ。

「……どう、すればいい?」

 震える声で、無意識のうちにささやく。

「もしカースゴーレムであるというのならば、呪い対策が効きませんか?」

「呪い対策……聖水、か?」

「はい。教会で販売している聖水です。邪気を払うというあれが大量にあれば、呪いに抵抗できる可能性はありますよね」

「……大量に、用意できればね」

 ここから近くの町まで一体どれだけかかるか定かではない。ここにはグリフォンはいないし、グリフォンに命令できるイレイナもいない。何より、たとえ町にたどり着けたところで、あのゴーレムに対抗できるための聖水を用意するなどできるはずもなかった。

「……あ、もう一つある、かも」

 ポンと手を打ったベルコットが、大きく膨らんだ鞄の中身をあさる。そうして取り出したのは、布に包まれた十字のもの。

 布をはぎとられて姿を現したそれを見て、ネストはわずかな希望を抱いた。

 そこにあったのは、レオニードが使っていた、折れた抜き身の聖剣だった。

 魔物に対して特攻的な力を発揮する聖剣であれば、呪いなどというおかしなものに対抗できる可能性もあった。

「これから、どうにかしてこの剣を修繕します。ネストさんは燃料の調達を、スラシャさんは必要になる薬の調合を、アレインさんスラシャさんの手伝いをお願いします」

 覚悟を胸に告げるベルコットにすべてを託す決断をして、ネストたちは言われるままに行動を始めた。


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