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呪われし料理音痴イレイナの挑戦  作者: 雨足怜


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64ゴーレムと魔族

 まずは薬液の調合。ゴーレムを食材に変えるためには、錬金術――魔女の秘術で作る薬が必要だった。

 早速荷物をひっくり返したイレイナだが、当然素材がすべて都合よくそろっているなどということはない。もとよりこの場へは魔王討伐のために来たのだ。そのような余計なものを持ってくる余裕などなかった。

 それでも、せっかく目の前に最高クラスのゴーレムがあるのに指をくわえて見ているだけなどできない。

 イレイナは一人、素材集めのためにその場から走り去った。


「…………ええ?」

 走り去っていくイレイナを呆然と見送って、ベルコットは間の抜けた声を上げた。はっと我に返って、自分に向くネストの視線に気づいて頬を赤く染める。

 あら、と手を口元にあてたスラシャが二人の間で視線を行き来させる。

「イレイナがいない状況で強敵に遭遇すると危険だから、とりあえず身を潜めようか」

「ここを離れるんですか?万が一イレイナと合流できなかったら……」

「大丈夫。イレイナの斥候の腕はすごいからね。簡単に僕たちの場所を見つけると思うよ。一応アダマンゴーレムの体をある程度回収して……ん?」

 ふと、アレインの姿が見えないことに気づいたネストは、慌てて周囲を見回した。もしやゴーレムの体につぶされていやしないか――焦りとともにアダマンゴーレムを見れば、そこには黒々としたゴーレムの体に頬ずりをする刀使いの姿があった。

「……アレインさん?」

 呆然と呼びかけるも、返事はない。距離があるし、そもそも今のアレインにはゴーレム以外は認識できていなかった。

「ああ、そういえばアダマンタイトは刀の材料に用いるのに非常に優秀な金属だと聞いたことがありますね」

 アダマンタイト――アダマンゴーレムの体を構成する黒色の金属は、鉄を上回る硬さや靭性を誇るという。特にアダマンタイトを用いた合金の有用性は計り知れない。オリハルコンを除けば刀に最も適した金属といえるアダマンタイトだが、その産出量は少ない。何しろ、アダマンタイトとは一部の魔物が生み出す、本来は自然界には存在しない金属なのだから。

 そんなアダマンタイトが山になるほど存在する状況で、刀を愛用する――刀狂いと表現しても過言ではない――アレインが正気でいられるはずがなかった。

 何度呼びかけても返事はない。ただぴったりと張り付いたまま動かないアレインを前に、スラシャは自分の中にあるアレインの英雄像がガラガラと音を立てて崩れていくのを聞いていた。

「アレイン様……」

 呆然と名前を呼べば、今度はアレインの耳に入ったらしく、つややかな青髪が大きく揺れる。

 振り返ったアレインはバツが悪そうな顔でうつむく。もにょもにょと口を動かし、左右の人差し指を合わせながら「仕方がないんだ」などと言い訳を始める。

「はいはい。とりあえず回収して移動しようか。戦いの音を聞きつけて魔物がやってくる可能性はゼロじゃないからね。それに、特にこのタイミングで魔族と連戦なんていうのはごめんだよ」

 そういいながら、ネストはゴーレムの体を砕き、破片を集めていく。金属の塊であるそれは、こぶしサイズでもひどく重い。鞄の紐がちぎれそうなほどに回収したネストは、巨大な塊を両手に抱えようとするアレインを見て天を仰いだ。

 狂人(イレイナ)がもう一人――そんなことを心の中でつぶやいた。


 イレイナの行動は迅速だった。

 森を抜けながら、採取すべき素材を集め、けれどそれでは足りずに、一度魔王軍が支配している領域を出た。

 近くの町を訪ね、そこで不足している残りの素材を購入。何に使うのかわからないそのラインナップに目を白黒させる薬屋の老爺に見送られながら、イレイナは来た道を引き返す。

 森を出て荒野へと向かう。視線の先には、その存在を主張する巨大な黒山がある。まっすぐゴーレムの体のほうへと走るも、その巨体はなかなか大きくならない。遠近感が狂いそうになるような巨体のゴーレムによく勝てたものだと思いながら、イレイナは岩を飛び越え、荒れ地を踏み砕いて走る。

 足を止めたイレイナは、瞬時に岩に体を隠す。ゴーレムの体のそばで動く姿――ネストたちに呼びかけようとしたイレイナは、言葉にできない違和感に従って様子をそっと観察した。

 細めた目で先をにらむ。ゴーレムを前にする集団は、明らかに四人よりも多かった。小さな人影――それには気のせいでなければ蝙蝠のような羽が生えていた。

 悪魔――魔王に使える魔族の一種が、複数そこに存在した。

 悪魔は個体によって能力の差が激しい。そこらにいるような十把一絡げの戦闘能力しかもたない悪魔がいるかと思えば、勇者でさえ一ひねりに殺して見せるような怪物もいる。何より、種族全体で非常に狡猾な魔族は、あの手この手で人類を惑わし、たとえ強者が相手で会っても心の隙をついて倒してしまう。

 そんな危険な悪魔たちが複数見えるという事態に、イレイナは警戒を強める。

 これまで、イレイナは複数の悪魔と同時に遭遇した経験はなかった。師匠である剣聖曰く、悪魔は我が強いせいか同族であっても本気の戦闘になるほど対立することがあり、そのために単独行動をしていることが多いという。意地が悪い悪魔が、同属相手でも仲良くできるはずがなかった。

 そもそも、悪魔の在り方が仲間割れを許容する。悪魔は人を惑わし一人に取り入ることができる存在であり、悪魔にとっては単独行動こそが最も有効だということからも、悪魔には同胞との関係を構築する必要がなかった。

 悪魔にとって人は家畜か無聊を慰めるための獲物に過ぎない。そんな獲物を奪っていく同属は敵。

 彼らが魔王軍として団結して行動しているのは、魔王の存在あってこそなのではないか――そう剣聖は、魔王の危険度の一端を「統率力の高さ」として評価していた。

「……悪魔が集団行動。魔王の命令?」

 かつての師匠の言葉を思い出しながら、イレイナは悪魔たちをにらむ。

 集団行動する悪魔たちという異様さ、悪魔たちが同じ魔王の支配下にあるゴーレムの遺骸の前にいるということ。

 これまでの戦闘経験によって培われた直観が、イレイナの頭の中で警鐘を鳴らしていた。

「■■■■――」

 風に乗って声が聞こえた。その声に、ぞわりと鳥肌が立つ。背筋に寒気が走る。

 魔族が、魔法を放とうとしていた。いや、魔法を発動しようとしているのは、魔族一体ではなかった。

 イレイナの目に見える限り全員、ゴーレムを取り囲むようにして立っている魔族たちは、同じ魔法の呪文を紡いでいた。

 その言葉は、イレイナには理解できない。魔族の言語か、ただ異界の言語のひとつか。

 けれどその魔法を止めないといけないということだけは確かだった。

 荷物を捨て置き、全力で岩の前から飛び出す。

 大地を、一陣の風となって疾駆する。

 前に、前に。魔法が発動されるより早く、前へ――

「■、ァ?」

 一体、目の前にいた魔族の首をはねる。灰色の皮を断ち、骨の隙間に刃をくぐらせる。

 その感覚は、人のそれとは変わらない。似ていること自体が、異様だった。

 悪魔は人間とは違う。

 昔から、魔族は魔物の数の増加とともに世界に現れた。魔物同士が殺しあい、食らいあい、その果てに魔族という個体が生れ落ちるのだ。

 そして、魔族の多くは人に近しい姿をしていた。まるで、人間を模倣するように、人間になり替わろうとするように。

 生れ落ちた魔族の中には、今魔王軍の一員として人類に牙をむいている悪魔とよく似た存在もいた。当時はまだ、悪魔などとは呼ばれていなかったが、狡猾に人の心に入り込む危険な存在であるとされていた。

 悪魔もまた、魔物に等しい存在だ。そんな存在が人間の姿をとっている。そのことに、イレイナは言いようのない恐怖と憤怒を感じていた。

 二撃、風を切り裂いて一直線にとんだナイフが悪魔の頭蓋に突き刺さり、倒れる。

 走りながら、イレイナは悪魔たちを殺していく。悪魔たちは抵抗しなかった。自分の命を犠牲にしてもこの魔法を完成させてやる――そんな狂気じみた執念がそこにあった。それほどに危険な魔法が、発動されようとしていた。

 空に、どす黒い色の魔法陣が生まれる。鼓動するように暗褐色の光を放つそれは、次第に拡大し、複雑怪奇な模様を描く。

 焦燥に背中を押されてイレイナは荒野を走る。あと数体――拾い上げた小石を全力で投擲する。

 吸い込まれるように眼窩を小石という弾丸に襲われた悪魔たちが倒れる。

「四、天王……万歳」

 そんな言葉を残して、最後の一体がこと切れる。

 すべての悪魔が倒れて、けれどイレイナは間に合わなかった。

 空に発生した魔法陣は消えない。それどころかますますその明滅を早くさせ、ゆっくりと回り始める。魔法陣は、アダマンゴーレムに作用するように、その巨体の真上で回転していた。

 幾何学模様が完成する。構築された魔法陣が強烈に輝く。

 ぞわり――全身の毛が逆立つような感覚に体を震わせたイレイナは、呆然とその光景を見ていた。

 殺したはずのアダマンゴーレムが、ゆっくりと動き出していた。

 ドクン、ドクンと体表に生まれた欠陥のような管を脈動させながら、赤黒く染まったゴーレムが動いていく。

「……カースゴーレム」

 ぽつりと、無意識のうちにつぶやく。

 かつて、魔女たちはたくさんのゴーレムを動かした。その中には、魔女狩りをしようとする同胞を殺すために生み出されたゴーレムも存在した。

 それらのゴーレムはその体を血で染めながら人を殺し続け、その果てに同じ人である製作者の魔女を殺すことで「儀式」を完成させた。

 無数の人間の血から命という情報を集めたゴーレムは、そうして呪われ、新たな存在として世界に生れ落ちる。

 それこそがカースゴーレム。呪いに祝福された、ゴーレムを超えたゴーレムだった。

 巨体がゆっくりと立ち上がる。その体に頭部はない。イレイナたちが落とした首が再生することはなかった。けれど逆に、それはどこが弱点であるかわからないということでもあった。

『ゴオオオオオオオオオオオオオオ―――』

 カースゴーレムが大気を吸い込む。切り落とされた首に空いた穴の奥へと、大気が吸い込まれていく。

 突風が生じ、イレイナの髪が大きくはためく。

 膨らんで少し丸みを帯びたゴーレムの全身に突起が生じ、その中央に穴が開く。それはまるで、何かが飛び出す噴出孔のようで。

『ガアアアアアアアアアアアアアッ』

 カースゴーレムの咆哮とともに、赤い霧が体にある無数の噴出孔から放たれる。その霧が触れた先から、大地にわずかに残っていた植物が枯れ、あるいは異形へと生まれ変わる。茎が異常に成長し、毒々しい紫へと変わり、葉はなじれ、刃物のように鋭利になる。咲き誇っていた花はその花弁を散らし、代わりに人の手を模した花弁のようなナニカが生える。

 口を持った植物が生まれた。植物とは程遠いゲル化した謎の物質が生まれる。霧に侵された虫が巨大化し、形をゆがませ、体のあちこちから触手をはやしてイソギンチャクのようになる。

 小動物の一体は体から無数の頭が生え始め、ふくらみ、多数の頭部からなる巨大な肉球体へと変貌する。無数の顔が表面でカチカチと歯を鳴らし、血走った眼を動かすその姿は、おぞましいの一言だった。

 呪い――それも、見覚えがなくもない呪いだった。

 自分の、料理をゆがめる魔力の性質がそこにあると、イレイナはぼんやりと思った。

 カースゴーレム化する瞬間にイレイナの魔力を解析してその性質を手に入れたそのゴーレム、元魔王軍四天王が一体、元アダマンゴーレムにして新カースゴーレムは、そうして最強の力を手に入れた。


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