63アダマンゴーレム戦
山を背負ったアダマンタイトの怪物。大質量から繰り出される踏みつぶしは確かに脅威で、けれどアダマンゴーレムには、木人形の精霊のような小回りが利かなかった。
足や体に踏みつぶされないように気を付けながら、イレイナはアダマンゴーレムを挑発する。ただ煙を立てることだけをイメージして、手持ちの料理を刻んでいく。
吹き出す極彩色の煙を見て、イレイナこそがアダマンゴーレムが暮らす大地を汚染してた元凶だと理解したゴーレムは、彼女を親の仇のようににらんで攻撃を始めた。
巨大な頭蓋を地面に叩きつける。尖った頭頂部を地面に突き刺し、救い上げるように抉り取った大地をイレイナに向かってばらまく。
降り注ぐ土砂の雨の中、イレイナは素早く走り回ってアダマンゴーレムへと近づく。
毒性を帯びた霧を、ゴーレムは吸い込んだはずで。けれど、それが効いている様子はなかった。
何しろアダマンゴーレムは体が鉱石からなる仮初の生物だから。およそ生命に有用な毒や薬はアダマンゴーレムには通用しない。
これ以上岩をばらまかれては側面から迫るネストたちの邪魔になりかねないと考えたイレイナは、さらに生み出す煙を増やす。
毒々しい紫の煙が空へと立ち上る。とはいえそれは、実は無害な霧でしかない。ネストたちが攻撃しようとしているのに、味方が戦えない状況を作るわけにはいかない。
けれど、その煙を先ほどと同じものだと判断したゴーレムは、一層怒りを燃やしてイレイナへと攻撃を続ける。
太い前足で地団駄を踏み、イレイナを転ばそうとする。一度転倒すれば最後、即座に迫るゴーレムの巨大な頭部に押しつぶされることは明らかで。
イレイナはハエのようにうっとうしくゴーレムの目の前を走り回りながら挑発を続ける。
そんな中、側面から回り込んだネストとベルコット、アレインとスラシャのグループは、それぞれに攻撃を始める。
ネストは竜滅剣を叩きつけてオリハルコンを砕く。衝撃に腕がしびれるが、確かにアダマンゴーレムの体の一部が砕けた。それは、全体のコンマ一パーセントにも満たないごく少量。けれど、それを積み重ねた先に勝利がある。
その様子を見ていたベルコットは、打撃に効果があると判断して、ゴーレムの体に爆薬を投げる。丸底フラスコに入った透明な液体は、祖母の魔女が調合したもの。祖母の力に頼り切りなことを恥じながらも、ベルコットは体のあちこちを爆破させ、あるいは武器替わりの鍛冶用巨大ハンマーでゴーレムの体を叩いていく。
「……シッ」
ネストたちとは反対側では、アレインが抜刀し、アダマンゴーレムを切り刻んでいた。祖父の縁で手に入れた相棒の刀はアダマンタイトをモノともしない。バターのように金属を切り裂きながらも、アレインの表情は芳しくない。
イレイナへの攻撃によって大地は激しく振動し、さらには時折、思い出したように攻撃が迫る。体を伏せて踏みつぶそうとしてくる攻撃を避けながら、アレインは右側面で戦いを続ける。
スラシャは、その背中を見守ることしかできなかった。
そんな三人をよそに、イレイナの挑発は続く。余裕を見せるために目の前で料理を行い、爆発物を生み出す。
イレイナにとって、食材を刻むこと自体が料理だ。だから、ポケットに入れていた木の実にナイフを突き刺すだけで、イレイナがそう意識している時点でそれは料理という行為になる。
投げられたナイフは突き刺さった木の実ごとまっすぐ飛んで、ゴーレムの右目に直撃、その瞬間激しい爆発が起こった。
『オオオオオオ―――ッ!?』
大きく口を開いたアダマンゴーレムの真っ暗な口内から放たれるそれは、洞窟に吹き込む空気が奏でる重低音。――つまり、アダマンゴーレムは空気を吸っている。
では、吸った空気はどこへ行くか。
「ッ、まず――」
『ガアアアアアアアアアアアッ』
開かれた口内。そこから、細かい粒子とともに強烈な風が吹く。爆風のごとき風が飛ばすのは微細なアダマンタイト。それはイレイナをすりおろさんと迫る。
イレイナは瞬時に行動を決定、全力で前に向かって走る。体勢は低く、地面をなめるように滑って。
その背中を、金属交じりの風が吹き抜ける。一瞬で背中の服と皮膚を奪われ、けれどイレイナはかろうじて攻撃を回避する。
背中に激しい痛みを感じながら、ゴーレムの頭部の下へと滑り込む。
即座に飛び上がったイレイナはゴーレムの首元にナイフを突き刺し、両手に握るナイフを交互に使って上へと昇る。
「お返しよ」
ゴーレムの首の上、イレイナは全力でナイフを振り続ける。まるで掘削機のように削っていくイレイナを脅威に思って、ゴーレムはイレイナを吹き飛ばすべく体を動かす。
巨体が大きく揺れる。ネストたちが慌てて回避する。そんな中、イレイナは必死に首にしがみつき、動きが止まった一瞬を狙って攻撃を繰り返す。
一撃、岩をも穿つ刺突が大きな亀裂を走らせる。
二撃、ナイフが大破するのをいとわずに振るわれた攻撃がその傷を広げる。
そして、三撃目。両手に逆手に握るナイフは、深々とゴーレムの首に刺さり、その衝撃をもって亀裂を首の下まで広げた。
バキバキと嫌な音が響く。自重によって、ゴーレムの首が落ちていく。落下した巨大な首、そこにある隻眼がぎょろりとうごめく。
動きを停止させた巨体の足が折れ曲がり、体が地面に倒れこむ。
激しい衝撃が遅い、イレイナは大地へと投げ出された。
せめてイレイナだけでも倒して見せると、アダマンゴーレムの首は口元に魔力を収束させるが、その行動は少しばかり遅すぎた。
「させないよ」
「やらせません!」
ネストの竜滅剣が、ベルコットの薬が、巨大なアダマンゴーレムを襲う。
かしいだ首は、奥の手であったブレスもどきを発動することはかなわなかった。首にある吸引袋を用いて金属砂を吐き出して生物を削る攻撃、それは空に向かって走る。
そこへ、腰をかがめたアレインが刀を振るう。目にもとまらぬ抜刀術で振るわれたのは実に五回。その斬撃はアダマンゴーレムの頭部を切り刻む。
そうして、アダマンゴーレムはあっけなく倒された。
そこに、イレイナの料理の活躍があったことを彼らは知らない。最初にゴーレムが吸い込んだ「魔王を倒せるイメージをした失敗作」がもたらす滅びの風は、確かにゴーレム内部に致命的な影響を及ぼしていた。
タールのような液体が、切り落とされたゴーレムの首からあふれていた。それは、金属の体をゴーレムが制御できなくなっていた証。地面から起きたイレイナはアダマンゴーレムの沈黙を確認するとともに、その液体を見て首をひねる。
何かが、引っかかった気がした。
必死に思い出そうと首をひねり、その先にベルコットの姿を見て。
「……ゴーレム料理」
引っかかっていることを思い出した。
狂薬の魔女は言っていた。ゴーレムは、きちんと加工すれば食べることができると。そして、そのレシピをすでにイレイナは知っていた。
「確か、一度薬液で溶かして液体に変えてから、もう一度固体に戻すことで食用可能になるんだっけ?」
もう一度、視線を向ける。そこには、液化したゴーレムの体だった鉱物。
ゴーレムは魔女の秘術によって疑似生命化しているため、生物として加熱加工することで食べることはできる。ただ、そのまま食べたところでろくに味がしないし、何よりその成分は鉱物のままだ。
そこで、一度溶かしてから例えば小麦粉などを加えてこねることで食べることが可能になる。
魔女に教わったレシピを思い返しながら、イレイナは袖をまくって意気込み十分で料理を開始する。




