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7天に召す毒草サラダ

 イレイナは呪われている。彼女の魔力の性質は、イレイナに料理をさせない。料理をしようとすれば途端に不器用になり、作るものはみな最悪な味や触感、匂いを放ち、さらには毒性まで有してしまう。

 そんなイレイナの料理を食べ続けたネストだが、いくら惚れた弱みとはいえ毒物を食べ続けて無事でいられるはずがない。

 その日、ネストは高熱を出して寝込んだ――はずだった。


 ネストの休肝日ならぬ胃腸を休める日、彼はイレイナの目を盗んで久しぶりのシャバを堪能していた。

「美味い、美味すぎるっ!」

 そんな絶叫を上げながら、ネストは街の外れ、ひっそりとたたずむ食事処で料理を貪っていた。ありふれた家庭料理にやや手が入った程度の市民の味。けれどそれは、今のネストにとって何よりも得難いものだった。

 涙さえにじませながら猛然とかっくらうネストを、店主の男は「大げさだな」と言いつつも、まんざらでもなさそうに鼻の下をこすった。

「おかわり!」

「おう。だが本当に食えるのか?もうかなり食べてるだろ」

「う……あー、いや、そうだね。それじゃあナッツでももらえるかな?」

「まああるが……」

 顔なじみの店主はそれでもまだ食べるのかとやや呆れをにじませながら厨房の方へと引っ込んだ。

 時刻はすでに昼をだいぶ過ぎており、辺鄙な食事処にはネスト以外の客はいなかった。

「で?欠食児童のように貪るってなると、よほどキツイ依頼をこなしてきたのか?」

 それにしちゃあ身ぎれいだが、とどこか疲れをにじませるネストを観察してから店主は首をひねる。元冒険者にしてネストの先輩的立場にある彼の視線にさらされ、ネストは遠くを眺めた。

「いや、まあ……色々あった、かな」

「そうか。いや、別に詮索はしねぇけどな。何かあったら言えよ。片手間くらいになら協力してやるから」

「その時は頼むよ」

 言いながら、ネストはぽりぽりとナッツをつまむ。ただのナッツ。けれどそこには仄かな甘みと旨味、カリッとした触感と、口内に広がる香り高い風味。これまで食べたどんなナッツよりも、それは美味しく感じられた。

「……まあ疲れてるんだろ?さっさと休んどけよ」

 ネストの体調不良はしっかりと把握していた店主は、金を受け取りながらつぶやく。ぶっきら棒な口調とは裏腹に、彼はそっぽを向き、その頬はうっすらと赤く染まっている。気遣いの言葉に気恥ずかしくなっているらしい店主に礼を言い、ネストはイレイナが帰って来る前に宿へと戻ることにした。


 一方イレイナは冒険者として今日も一人街の外に出ていた。

 短期間で異常なほど強くなったとはいえ、一角の強者にはまだ遠いイレイナには、ソロで遠くまで出向くのは困難だった。何しろ夜の警戒ができない。不寝番などしたものなら動きは確実に悪くなるし、寝ながら警戒するような器用なことはイレイナにもできない。

 なし崩しにパーティを組んでいるネストなしでは、イレイナには日帰りの依頼しか行えなかった。

 街から一時間ほど歩けば着く森に分け入ったイレイナの目的は納品物となる魔物の素材と薬草の採取だった。後者は言うまでもなくネストのため。

 これでも冒険者として活動していく上で必須である知識の収集を欠かすことのなかったイレイナ。一目で雑草の中から薬草を見抜いて素早く集めていった。

 持ってきた袋一杯に薬草が詰まる頃には森の奥まで来ており、イレイナは目的地を前に気配を消した。

 今回の目的は、森の奥にある清らかな泉、そこに暮らすフォレストタートルの討伐だった。漢方として名高いフォレストタートルの甲羅だが、とりわけ日光浴直後の個体の薬効が高く、タイミングが重要だった。

 茂みの中、かがんでじっと時を伺うイレイナの視線の先には、岩の上でのんびりと日に当たっている亀の存在があった。

 全長五十センチほど。緑色の個体で、特徴は尾の先端が赤いこと。そんな個体がざっと十体ほど。水から顔だけ覗かせるものもいれば、日光浴にはげむものもおり、さらには完全に潜って魚を食べている個体もいた。

 イレイナが目を付けたのは、こちら側の岸辺に伏せている個体。他のフォレストタートルよりも一回り大きい驚異の七十センチオーバー。大きければ薬効が高いという話はないが、どうせ狙うなら大物の方がいい――そんな考えから、イレイナはじっと狙いを定めた。

 木々が揺れ、ざわめくように梢が鳴る。温かな陽だまりはいつしか枝に遮られており、亀たちは満足したように泉へと入っていこうとして――

 気配を殺したイレイナが、地を這うように走り出してフォレストタートルへと近づく。対岸の個体がイレイナの姿を捉え、口をパクパクと動かす。音は出ず、けれどにゅっと上に伸びたその首が、見定めるべき敵の存在を告げていた。

 慌てて動き出したフォレストタートルだが、イレイナとの距離はもう三メートルほど。

 大きな一歩を踏み出したイレイナは、急ブレーキと共に亀の頭部にナイフを叩き込もうとして。

「っ!」

 慌てて急停止して横っ飛びに回避すれば、イレイナが踏み出そうとしていた地面から勢いよく蔓が伸びた。植物を操るフォレストタートルの攻撃がイレイナに迫る。鞭のようにしなる蔓や木の枝、弾丸のように飛ぶ種。それらを素早いステップで回避したイレイナは、流れるようにナイフを投擲する。

 銀の切っ先はまるで吸い込まれるようにして討伐対象に見定めた亀の頭に突き刺さり絶命させる。

 慌てたフォレストタートルたちはいっせいに泉に飛び込み、身をひそめる。

 ブクブクと泡立つ水面を見ながら、イレイナは亀の死体を回収し、素早く泉から離れた。


「ねぇイレイナ。それをどういうつもりで採取してきたのか聞いてもいい?」

 多少回復したネストは、水分補給にキッチンへと向かったところで、イレイナと遭遇した。帰って来るなりイレイナがテーブルに並べ始めた植物を見ていたネストだが、すぐにその顔が青ざめている。

 並ぶのは薬草。より正確に言えば毒草の類だった。

「私が呪い?で料理が不味くなるってネストたちは言ったでしょう?だとしたら、ひょっとすると本来は美味しくできるはずの料理がどうしようもない出来になってしまう……つまり味や効果が呪いによって反転してしまうんじゃないかって思ったの」

「…………ツッコミ所は多い気がするけどまあいいや。それで?」

「だから毒草なのよ」

「あー、つまり、毒草をイレイナが料理すれば効果が反転して薬になるかもしれないってこと?」

「その通りね」

「毒見はせめて体調が万全の時にしたいんだけどなぁ」

「それじゃあ意味がないでしょ。ネストの体調を回復させるために料理をするんだもの」

 だからネストは休んでいて、とイレイナはネストをキッチンから追い出し、毒草たちを前に袖を捲る。

 並ぶのはいかにも毒物ですとわかる紫や赤のキノコから、茎が紫の特徴のない植物、小さな白い花がきれいなもの、長いひげ根や球根を持つものなどさまざまである。それらを洗い、籠手で手を守りながら刻み、混ぜる。

 ネストから火気厳禁を厳命されているイレイナは本来は過熱が必要な毒草もそれ以上触ることなく、ガスガスと包丁で切っていく。何度も籠手に包丁が触れるのはご愛敬だろう。塩を入れ、なんとなく油を足し、唐辛子をぶち込む。

 そうして出来上がったのは、深緑のペーストだった。

 それを見ながら、イレイナは首を傾げる。自分はサラダを作っていたつもりだったのだが、と。

 途中、料理をしているのか薬を作っているのかわからなくなりながらも、イレイナは出来上がったそれを器に入れ、ネストが横になる寝室へと持って行った。

「食べれる?」

「あー、え、と、まあ、食べれる……かな?」

 臭いだけで嫌な予感がする苦みとえぐみと渋みのオンパレードであろう薬草たち。正確には毒草。ペースト状になったそれを前に、ネストは覚悟を決めた。

 しばらくはベッドの住人になるという覚悟を。

 ええいままよ、とネストは毒草サラダを掬い、口へと放り込み――

「★※♪◇?%#!!!!」

 埒外の奇声をあげたネストは、勢いよくベッドに倒れこみ、意識を失った。


 毒草サラダは、それはもう不味かったが、毒はなかった。美味しくなるものを反転させて不味くする呪いというイレイナの仮説とは異なり、イレイナの体質はあくまでも料理を産廃に作り替えるというもの。対して手を加えずともイレイナが調理を試みれば食材はおかしな方へと変化してしまう。そのおかげで毒もまた消え去ったが、代わりに含まれていたキノコのうまみ成分なども変質してしまって表現の困難な劇物が出来上がっていた。

「……はっ!?」

 翌日。

 目を覚ましたネストはひどく体が軽いのを自覚しながら、不思議そうに体を動かしていた。

「……あれ?昨日って……うっ!?」

頭に靄がかかったような感覚を覚えたネストは昨日の記憶を探ろうとして激しい頭痛にうめいた。

 頭部を押さえて身もだえするネストに気づいたイレイナはそっと扉の前から遠ざかり、キッチンに立ち、悩んだ末にネストを待つことにした。

 苦節二週間ほど。ネストの教えにより、イレイナはようやく一人では調理せずにネストという監督者を待つということを覚えていた。

 昨日は例外として。

 流石にネストに申し訳ないと思いながらも、イレイナは肝心なことを気づいていない。すなわち、自分の料理がどれほど不味いかをだ。

 産まれてからこの方自分の壊滅的な料理を食べることも多かったイレイナは、既に味覚が狂っている。自作の料理も「まあこんなものか」という軽い感想で受け入れてしまうこともあり、そのハードルは非常に低い。

 自分の味覚が変わっているということに気づいたことで、イレイナは少しだけ成長したのだった。


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