57致命の大根ラペ
滅多打ちされて意識を失ったレオニードの状態はひどいものだった。
四肢は折れてあらぬ方へと曲がり、片腕からは骨が突き出していた。肋骨は軒並み砕け、臓器にもダメージが入っていて、口からはどす黒い血が漏れていた。息をするのも困難なのか、ヒュー、ヒューとかすれるような呼吸音がかろうじて響いていた。
防具の下には全身青あざだらけで、顔も盛大に腫れあがっていた。頭蓋骨にもひびが入っていて、脳が揺さぶられてようで強烈な吐き気がレオニードを襲っていた。
ゴポリ、と胃がひっくり返ったように吐しゃ物をまき散らす。少しだけ意識を取り戻したレオニードは、恐怖が宿った目でイレイナを見上げる。
「……少しやりすぎなじゃない?」
「家屋の損傷度合い程度に収めたけど?」
いわれて、ネストは背後を見て納得する。轟音を立てて崩れ落ちていた建物は、もう修繕が必要などというレベルではない。倒壊した二階部分に一階は押しつぶされ、二階の方もレオニードがやたらめったら振り回した剣によって切りされて大破していた。
イレイナとの日常の証であった建物が壊れてしまったことをいまさらながらに真正面から受け止めて、ネストは激しい憎悪を瞳に燃やしてレオニードを見る。
「……どう、して……そんな――」
――強くなったのか。
レオニードの質問を予想して、ネストは困ったような笑みを浮かべてイレイナを見る。そのイレイナはといえば、レオニードの質問の意図が理解できなかったようで、小首をかしげながらレオニードを見つめていた。
「……やっぱり、殺さないとダメかな」
虚空へと投げかけられた言葉に、ネストがぎょっと目を見開く。レオニードもまた、見開いた瞳を恐怖に揺らす。
イレイナは遠くにいるエルフィードと話を進めつつ、納得したようにうなずいてレオニードに背を向ける。
向かった先、旅のために用意していた荷物の中から、瓶の一つを取り出す。
「……イレイナ、またザワークラウトの瓶を開けるのはやめてよ?」
「大丈夫。これは違うから」
尽きる気配を見せず、狂ったように瓶からあふれ出したザワークラウト。しかも発酵しきったにしても異様なにおいや味を思いだし、ネストはごくりと生唾を飲み込んだ。
ザワークラウトとは違うとしても、イレイナが作った料理が全うなはずがない。最初は保存食を作っていたはずなのに、このタイミングで取り出すということは明らかに保存食以外の目的をもって作られたものだった。
オリハルコンホイルで包まれた瓶は、ザワークラウトのそれよりも大きい。それは、イレイナが当初より保存食用に採取を進めていたもの。
マンドラゴラのラペの蓋を開けたイレイナは、中身に外見上は特に何も問題がないことを確認して満足そうにうなずいた。
「……イレイナ。それは?」
「これ?スラシャの回復が間に合わないような重傷を負った時のためのもの」
アレインの一件で思いついた救命のための料理だと、どこか誇らしげに告げる。その言葉に、これまで遠くから戦いの行く末を見守っていたスラシャたちが近づいていく。
「もしかして、アレインさんのように延命を行う薬ということでしょうか」
「薬じゃなくて料理」
「……?その効果だともう薬ですよね?」
イレイナが救いを求めるようにネストを見るも、ネストは視線を合わせようとしない。ベルコットも、アレインも、イレイナと目が合わない。
イレイナはため息とともに「料理をしようと意識して作ったから料理」だという自論を述べた。少なくとも、これが本当に薬としての効果を有していればイレイナの魔力が作用したということであり、それはイレイナが料理を行ったということを意味する。
「アレインの時には偶然深い眠りにつかせることで延命に成功したけれど、これはそういう対価を自動で定めるようにした」
戦場で死を免れたとして、それで眠りに落ちていては世話がない。イレイナが考えたのは、その傷に最適な対価を払う代わりに回復効果をもたらす料理。
それは間違いなく、料理というよりは禁忌とか禁断とか邪法とかいうたぐいの薬だった。
「……対価がわからないって怖くない?」
「でも、そうすることで別の効果も表れると思ったの。例えば、私がこれを意図的に敵対者に食べさせれば、それだけで相手を無力化させられるかもしれない」
「……なるほど」
とうとう自分の料理を生物兵器だと認めたかと、ほとりと涙を流しながらネストは納得の声を上げる。その賛同に少しばかり不満そうにしながら、イレイナはいつくしむように瓶を撫でつつその中身をフォークで取り出す。
「……これを満身創痍のレオニードに食べさせれば、たぶん私が望むようになる」
「レオニードを回復させる代わりに、レオニードの心を白紙に戻す?」
「そう、できたらいいなと思ってる」
そういいながら、イレイナは大根ラペに意識して魔力を触れさせる。魔力によって大根ラペの在り方がゆがめられ、白かったはずのその身が一瞬で紫に染まる。ぽこぽこと泡立ち、赤い気体がマンドラゴラから立ち上る。
おぞましい料理、そして記憶を奪うなどという狂った発言。それらに顔を青ざめさせるレオニードは、それを食いたくないと必死に逃げようとする。
けれど今のレオニードはすでに指一本動かせるような状態ではなく、そしてがっしりと頭をつかむイレイナの手からは逃げられない。
「……じゃあね」
困ったように笑みを浮かべたレオニードの口に大根ラペが入れられて。
瞬間、レオニードの背筋を電撃が走り抜けた。
ビクン、ビクンと痙攣するレオニードを、イレイナとネストは何とも入れない顔で、ベルコットたちはわずかな恐怖を浮かべて見ていた。最も、その恐怖は兵器レベルに至っているイレイナの料理に対してのものと、白目をむいて泡を吹きながら気持ち悪い痙攣を繰り返すレオニードへの恐怖が半々だった。
しばらくしてぴくぴくと痙攣を続けていたレオニードは、そのまま力尽きたように動きを止めた。
「どうなったのかな?」
「……たぶん、記憶を失った?……あ、違うんだ」
虚空と言葉を交わすイレイナ。ネストたちは張り詰めたような空気でレオニードをじっと見下ろす。果たしてどんな症状が発生したのか――告げられる言葉をじっと待つ。
「……レオニード、勇者じゃなくなったって」
「………は?」
「だから、転職したって。性格には職を失った、かな。今のレオニードは無色だってエルフィードが言っているわ」
その言葉に、驚愕が広がる。職業は、神が人類に与えてくれる恩恵だ。そして、その恩恵は人間にどうこうできるものではない。原則望む職業を選ぶことができるが、例外的に勇者のような特殊な職業は、神の干渉なくしてはやめることができない。ゆえに、基本的に一度でも職業に就けば、無職に戻るということはないはずだった。
「……神の力に干渉したのですか?」
「んー?」
スラシャの言葉に、イレイナは答えを求めてエルフィードに問いかける。
その行為――精神接続による意思交換とて、通常は身を守るための防御システムを用意したうえでなければは精神が崩れるようなものだ。人間と精霊ではその力が違いすぎる。ゆえに、精霊の言葉を受け取ろうものなら、人類は一瞬で己の限界を超えてしまい、発狂するはずだった。
そんな精霊と言葉を交わして平然としていることの異常性を、残念ながらこの場にいる誰もが理解していない。
「……なるほど。神に干渉したわけではないみたい」
「じゃあどういうこと?」
「私の料理が、職業を失っても自然だと判断できるものだったから、これ幸いと神がレオニードから料理を奪ったってエルフィードが言っているわ」
エルフィードの観測と推測では、イレイナの料理が直接神の力に干渉したわけではなかった。ただあの一瞬、そこに神が力を伸ばしていた。
つまり、イレイナの料理は神がレオニードに干渉するきっかけになるほどには強烈だったという話で。
「……さすがイレイナ」
開いた口がふさがらないベルコットが呆然とつぶやいた。
ちなみに、大根ラペはレオニードと同じく悪魔に歪められていたというアーリシアとヒストリカにも使用され、そのガチャのようなランダム性の危険性が判明することとなった。
アーリシアは記憶のほとんどを失い、ヒストリカはなぜか体が幼児化した。
そうして、イレイナの大根ラペは封印される異なり、持ち物が一つ減った。
結局、イレイナが旅の保存食の用意で貢献できることはなかった。




