55不尽のザワークラウト
食材を集め終えたイレイナは、わずかに倦怠感の残る体に鞭打って街へと帰還した。ちなみに、アーミーホーネットを虐殺したため、これ幸いとイレイナはアーミーホットの巣から熟成された蜂蜜を回収していた。
アーミーホーネットの蜂蜜は非常に栄養価が高く滋養強壮によい食材だった。
帰還したイレイナは、自分の魔力が食材に影響を及ぼさないように細心の注意を払いながら食材を混ぜていく。
使用するのはアーミーホーネットの蜂蜜、キラーネペンテスの酸、マンドラゴラ、這い寄る根瘤蔓という魔物を絞って得た油、ソルトゴーレムの体の一部の塩。
戦闘だという意識をしながら集めたそれらの食材を混ぜ合わせ、調理は完了。
とろみのある黄金の液体に漬けられたマンドラゴラを見つめていたイレイナは、次の料理を始める。みじん切りにしたフォレストイーターと塩を合わせ、オリハルコンホイルを手にはめて軽く揉んで発行させればザワークラウトの完成。
あっという間に出来上がった二つの料理は、少なくとも見た目だけはまっとうな食事だった。
驚愕に瞳を揺らしながらその完成品を見ていたネストに、イレイナは無言で頬を膨らませて抗議の意を示した。
それから二日。準備が終わったその日、さっそく出発しようとしたところで、街の領主がネストたちのところに飛び込んできた。
「ゆ、ゆゆゆゆゆぅぅ~~~~ッ」
驚愕の事態に動揺しきりな領主は下をもつれさせ、思うように言葉を継げない。荒い息からここまで走ってきたことは明らかで、準備を終わらせて飛び立つ寸前だったイレイナたちは不思議そうにしながらも領主が落ち着くのを待った。
彼が落ち着いて詳細を話すよりも早く、その招かれざる客がイレイナたちの前に姿を現す。
イレイナたちに影が落ちる。力強く羽ばたく翼の音。
ス、とイレイナが目を細める。驚愕に目を見開いたネストが唇を戦慄かせる。
逆光の中、黄金を溶かしたような髪が太陽の光を反射してきらめく。
「レオニード!?」
怒りと殺気をばらまく勇者にしてイレイナとネストの幼馴染であるレオニードが、リトルワイバーンの背に乗って街に現れた。
その顔にはわずかに疲労がにじんでいた。目の下には濃い隈ができており、どことなく防具もくすんでいるように見える。
レオニードは仲間の二人をリトルワイバーンの背に残し、一人地上へと飛び降りる。
わずかに土煙を巻き上げながら静かに着地したレオニードは、その目でイレイナを見つめてにやりと笑い、けれど立ちはだかるように前に出たネストの姿に顔をゆがめた。
「そうか、お前の入れ知恵かネストッ」
驚愕に瞳を揺らすレオニードは、憤怒と憎悪を込めて剣を抜き放って叫んだ。
素早く抜き放たれた剣が、数打ちの刃とぶつかって激しい火花を散らす。
突然の事態に誰もが思考停止に陥る中、ネストが目の前にあるその顔を見据えながらレオニードに叫ぶ。
「どうしてイレイナを攻撃するんだ!」
「どうして、どうしてだと!?」
そんなこともわからないのかと、激昂するレオニードは剣をたたきつけるように振るいながら叫ぶ。
血走ったその目にある狂気に、幼馴染の無事を喜ぶネストの気持ちは一瞬でしぼんでいった。
「俺の聖剣をどこにやった!?」
「聖剣?」
「レオニードの聖剣……そこにあるでしょ」
レオニードの腰に下げられた剣を見てイレイナは首を傾げる。華美な装飾の施された黄金の柄を握りしめ、怒りとともに引き抜く。
現れた銀の刃は、オリハルコン合金でできたもの。オリハルコンの含有率が低いためにわずかに黄色がかって見えなくもないその刃は、けれど半ばほどで折れてしまっていた。
こんなものはゴミだと、折れた聖剣を投げ捨てたレオニードがネストをにらむ。
「俺の剣の代わりがいるんだ。俺の聖剣が、必要なんだ。なぁ、わかるだろ。聖剣は、勇者の俺にこそ使われるべきものなんだ。だからさっさと聖剣を出せ。わかってるんだよ。お前らが聖剣を手に入れたことくらいはなぁ」
目を細めるネストの視線の先、レオニードの背後でリトルワイバーンが地上に降り立ち、その背から勇者パーティの仲間であるヒストリカとアーリシアが降り立つ。
獰猛に笑うヒストリカが得物の柄を握る。アーリシアは感情渦巻く暗い目でイレイナをにらみながら音がするほどに杖を握りしめる。
「久しぶり、足手纏いのイレイナ。勇者様から追放されて、今度は昔の仲間にすがって生きているのね」
「やはりあなたは勇者パーティにはふさわしくありませんでしたか。落第者は落第者同士で行動すべきですわね。お似合いだわ」
「……早く聖剣を、ドラゴニスに隠されていた聖剣をよこせ」
レオニードは、歴代最高の勇者ゴールディーの遺品である聖剣を求めて大陸中央部まで旅をした。けれどいくら探しても聖剣は見つからなかった。近くの街で情報を集めれば、少し前にドラゴニスでは地殻変動のような大規模な地震があり、そして竜神を思わせる巨大な怪物が姿を見せていたという。
竜神が復活したのかとおびえる中、けれどその怪物は周囲の街を襲うこともなく、ドラゴニスは沈黙を貫いている。
それらの情報から、レオニードは何者かがドラゴニスに踏み入り、はるか遠くからでも目視できるほどの強力な魔法を使って何か――聖剣を守る門番のようなものを倒し、不当に聖剣を奪取した人物がいると考えた。
そんな強者が聖剣を手に入れて目立たないはずがない。
大陸各地を飛び回って情報収集を続けていたレオニードは、オリハルコンの加工に成功した街の話を入手した。聖剣の窃盗と、聖剣に使われる最高の金属オリハルコン。タイムリーな話題にレオニードが二つを結びつけるのは自然なことだった。
「聖剣を渡す気になったか?」
並び立つ三人を前に、ネストは侮蔑の視線を向ける。勇者が恫喝などあってはならないと、聖剣を手に入れるまでの苦労を鼻で笑うようなその在り方に、激しい憤りを覚える。
一方、イレイナは無言でアーリシアを見つめ、それから背負っていたカバンの中身をあさり始める。
「どうしてレオニードたちに僕たちの成果をタダで譲るような話になるのかさっぱりだよ」
「そんなもの、俺が勇者だからに決まっているだろ」
「だとしたら僕たちは精霊の騎士かな。世界を守ることを求められているという意味では、僕たちはもう対等だよ」
精霊の、騎士?といぶかしみながらレオニードはネストの言葉を繰り返す。
精霊。レオニードさえ一度も会ったことのない自然の化身。その騎士を自称するネストを鼻で笑う。
「はっ、俺に嫉妬してついに狂言に走ったか」
「狂言だと思うのなら好きに思っていればいいよ。僕たちは確かに精霊に世界を救うように頼まれた。そして僕は、勇者だからとその地位を盾に人にいいように聞かせる相手を仲間として歓迎はしないよ」
「仲間なぁ……まて、お前、スラシャ・ライオネスか?よくも俺から逃げてくれたなァ?」
仲間――そう考えながらネストの背後にいる女性陣を見回して、レオニードはそのうちの一人に見覚えがあり目を見開く。
下種な笑みを浮かべてスラシャの全身を嘗め回すように見て、レオニードは厭らしい笑みを浮かべる。真っ赤な唇を舌なめずりするその姿は、とてもではないが勇者とは思えなかった。
スラシャは、本来はレオニードの“もの”になるはずの女だった。街を救う対価としてささげられるはずだった彼女は、けれど数奇な運命の果てにイレイナに救われここにいた。
「……何者だ?」
おびえるスラシャを守るように立ちはだかるアレインの問いに、自分を知らないという事実への少しの怒りと、それ以上にアレインの美しさに歓喜しながらレオニードは胸を張って告げる。
「俺は勇者。当代勇者レオニード、世界を救う最高であり最強の男だ」
「最強?それはイレイナ殿が誇るべきものだろう?何しろ彼女は“神”殺しなのだからな」
「……あ゛あ?」
だみ声を上げるレオニードがイレイナを見て、小ばかにするように鼻を鳴らす。その振る舞いに怒り、スラシャはおびえながらもアレインの背中から顔をのぞかせる。
「イレイナ様は私を助けてくださった英雄です。恩人に対するそのような言動は許せません。謝罪を要求します」
「恩人?イレイナが?ハッ、魔物の一体も倒せないような無能が英雄とか、笑わせるんじゃねぇよ」
「そんなことはありません。鎧袖一触でサキュバスを倒されたイレイナ様は確かに英雄と呼びたたえられるのにふさわしいお方です。少なくとも街を救う対価に私の体をお求めになるような下種な男性よりもよほど英雄にふさわしいです」
ブチリ、と何かが切れる音が響く。一気に氷点下になったと錯覚するほどの濃密な殺意にスラシャが激しく体を震わせる。異様な空気を感じ取ったアレインが得物に手を添える。
そんな中、イレイナは我が道を行き、厳重に梱包していたガラス瓶を開封する。
袋の中からのぞいた黄金の瓶――オリハルコンホイルで包まれた瓶を見て、激情に駆られていたレオニードの思考が止まる。
「……なんだ、それは」
その輝きに、魅せられた。視線が吸い寄せられて離せなかった。魂が、その輝きへと手を伸ばす。それがオリハルコンであると、レオニードは直感的に理解した。
歩き出したイレイナはネストの横を通り、レオニードの前に出て――レオニードすらも通り過ぎ、その背後に控えるアーリシアの前に立つ。
「私だって、やれば料理の一つくらい作れるわ」
そういいながら、イレイナは瓶の蓋を捻って。
次の瞬間、たった数日で異様な発酵に至ったらしいザワークラウトが瓶の中からあふれてアーリシアたちに襲い掛かった。
強烈な酸味。鼻に刺さるような刺激臭。目に入った液体は強烈な痛みをもたらし、どろりとした粘り気を帯びた液が服にしみこむ。
「な、ぁ……!?」
「何をするのよ!?」
「……あれ?」
成功したとばかり思っていたザワークラウトの津波に、イレイナは首をかしげる。
そうしている間にも、ザワークラウトの流出は止まらない。明らかに瓶の体積を超えた淡い赤茶の物体があふれ、津波となって勇者たち三人とイレイナを飲み込む。
その光景を見ながら、反射的に避難していたネストは達観しきった顔をしていた。
「……うわぁ」
「あれって、ザワークラウトでしたよね?」
「保存食の?どう見ても別物ですけれど……」
「ふむ、わずかな酸味ととろりとしたキャベツが意外と癖になるのだったな」
ベルコット、スラシャ、アレインが口々につぶやく。そんな中、ザワークラウトは未だに底を尽きず、次々と瓶の中からあふれては大地を染めていく。
レオニードが鼻をつまみながら涙目で悲鳴を上げる。
「な、なんだよこれは!?」
「イレイナ!とりあえず蓋を閉めて!」
ネストに言われるまま、イレイナは思い出したように蓋を閉じる。そうすれば、あれほどあふれ出していたザワークラウトはぴたりと止まった。
それでも大地を埋め尽くす発酵キャベツの山はどこかへ行くことはない。
グルルァ、と悪臭にリトルワイバーンが悲しげに泣いた。
わずかな興味と恐怖をないまぜにしながら、ベルコットは服にシミを作るイレイナへと恐る恐る近づき、瓶を見ながら口を開く。
「イレイナ、それって何を考えながら作ったんですか?」
「何って、旅の間ずっと尽きることなく食べ続けられる保存食になるように作ったけれど?」
「……ああ、尽きることない保存食、あえて呼ぶなら『不尽のザワークラウト』ですか」
イレイナによる料理の変質の方向誘導は確かに成功していた。けれど出来上がったそれは、尽きることのない生物兵器だった。
おそらくは瓶ごと一つの料理として成立したが故の異常性なのだろうと考えて。
ベルコットは遠い目をしながら理解を放棄した。




