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呪われし料理音痴イレイナの挑戦  作者: 雨足怜


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54アーミーホーネットの刺身

 燻製によって広範囲に怪しげな煙をばらまき、なおかつ延命措置ではあったとはいえ人を煙でいぶすなどという危険なことをして、さらにはアレインを呪いのような状態に陥らせたことから、ベルコットはイレイナに火気厳禁令を下した。

 火が使えないというのは、日持ちを重視する料理をするうえで問題である。菌を殺す加熱という手段が使えない中、イレイナが目を付けたのは漬物。

「……漬物って、本当に大丈夫ですよね?」

 ベルコットに若干引かれながらも、イレイナはわずかな自信をにじませてうなずく。

 恐怖に顔をゆがめるベルコットだが、今のイレイナに火を扱わせるよりはよほどましだと判断し、要望通り加熱殺菌したガラス瓶をいくつか用意した。

 それをもって、さっそくイレイナは森へと向かう。

 木漏れ日差し込む午後の森は生命の活力に満ちていた。木々はできるだけ日光を浴びようと全力で葉を広げ、求愛の歌を奏でる野鳥の声が高らかに響き渡る。

 虫のさざめきと葉擦れの音が旋律を奏で、遠くで獣が咆哮を上げる。

 そんな中、イレイナは久しぶりにマンドラゴラが生えている森の奥まで足を進めていた。

 巨木が立ち並ぶようになり、地面から顔をのぞかせる木の根のせいで足場は悪い。常世の春を謳歌する虫たちを手で払い、立ちはだかる蜘蛛の巣を枝で落とし、ぽっかりと開けた森の中の空白地帯に出る。

 そこは、イレイナとマンドラゴラの戦闘によって木々がなぎ倒されて生まれた空間。神聖な気配を漂わせた場所に突如として現れた破壊の痕跡は、けれど大自然の変化のただなかにあった。

 倒木は雨風によって朽ち、わずかに苔むした幹からはそれを栄養に新たな新芽が伸びていた。広場には草が背丈を伸ばして茂り、イレイナの腰の高さほどまで担っていた。

 額の汗をぬぐい、イレイナは周囲を見回してマンドラゴラの姿を探す。

 けれど乱獲を続けたせいか、あるいは天敵(イレイナ)の接近に感づいたのか、マンドラゴラの姿は周囲にはなかった。

 けれど、そんなことであきらめるわけがない。イリエナは本来斥候職。隠れ潜む敵を見つけ出すのは彼女の得意分野だった。

 わずかな風の音、におい、気配の濃淡、動物や魔物の分布、葉擦れの音に紛れる異音。

 様々な情報を集め、瞬時に取捨選択し、イレイナは周囲を探る。

 す、と物音ひとつなく動いたイリエナが森の奥へとナイフを投げる。

 風を切り裂いて飛んだそれはそろりそろりとイレイナから逃げようとしていたマンドラゴラの足部分に突き刺さって転倒させる。

 自らの足で逃走を試みていたマンドラゴラは、すでに地面から出てしまっている以上、抜かれるときだけに使える天災の叫びが発動できない。

(大丈夫、これは戦闘、これは狩り――ッ)

 料理ではないと、強く心に言い聞かせながらナイフを振るう。

 マンドラゴラは生きたまま一瞬でイレイナによって解体され、宙を舞う半透明の根がイレイナの手に触れることなくガラス瓶へと納まる。

 ちなみに、イレイナの持つガラス瓶は表面がオリハルコンのホイルで包まれている。ガラスを貫通してイレイナの魔力が中の食材に影響を及ぼさないようイレイナは必死に工夫していた。

「……よし」

 満足げにうなずいたイレイナは瓶の蓋を閉めてカバンに入れると、次の獲物を求めて森の中を疾走する。


 今回イレイナが作るのに欠かせないのが、酢と砂糖あるいはハチミツ。目的の大根(マンドラゴラ)ラペのためには、食材が欠かせず、そしてそれらを戦闘によって手に入れる必要があった。

 次の標的は、意外と早く見つかった。

 木の枝からぶら下がる、巨大ウツボカズラのような魔物。毒々しい赤色をしたそれは、風に揺れているように見せかけた蔓で獲物をからめとって酸性の口の中へと入れて消化・吸収する食肉の魔物。成長した個体は数メートルになり、動物を一飲みにするほどの凶暴性を有するようになる。その名はキラーネペンテス。

 イリエナの前にいるネペンテスは大きさ三メートルほどの成熟した個体。そして、その影に隠れるように巨体から株分けするように伸びるまだまだ未熟な個体。

 二体のネペンテスを前に、イレイナは成熟個体をナイフの一振りで両断する。溶けかけの狼と思しき死体がどしゃりと地面に落ちるが、すでにイレイナの意識はそちらには向いていない。

 イレイナの目的は生まれたばかりのキラーネペンテス。誕生間もない個体は獲物を溶かす酸が弱く、なおかつまだ何も食べていないような個体であればその酸を薄めることで食材として用いることも可能だった。最も、生後間もないキラーネペンテスを見つけ、近くにいる親個体を倒したうえで大した価値もない子株を採取するようなもの好きなどほとんどいないのだが。

 ここで、イレイナ以外に誰もいないわけではないあたりに、人類の食へのあくなき探求精神が表れている。

 ゆっくりと動き出した子どものネペンテスが細い蔓が伸ばす。緩慢な動きを見せるそれを軽く切り落としたイレイナは、ネペンテスの中にある液体を確認、まだ虫の一体も含まれていないことを確認して両断した子どものキラーネペンテスからあふれる酸液を瓶に回収した。

 これで残る食材はハチミツのみ――そう気を抜いた瞬間、イリエナは殺気を感じて全力でその場から飛びのいた。

 次の瞬間、ネペンテスの足元がめくれ上がり、イリエナがいた場所を包み込む。

 まるでつぼみのようになった球体は、キラーネペンテスと同じ植物系の魔物。赤茶の葉が何枚も重なったようなそれはフォレストイーター。一言でいえば、不味そうな紫キャベツだ。口を広げた状態で地面を同化し、体の上に乗った獲物を無数の毒のある棘付きの葉で包み込んで閉じ込める。そうして獲物をゆっくりと溶かして栄養を吸い取る。

 一度大地に同化すると数年食事をとらずとも生きることが可能であり、上から土が降り積もってしまえば見つけ出すのは困難な非常に奇襲能力に優れた魔物である。

 とはいえ危険度はあまり高くない。フォレストイーターが針に持つ麻痺毒こそ強いものの、獲物を溶かす酸は非常に弱い。そのため捕まってもよほど心臓が弱いような者でない限り死なずに救出が可能である。もっとも、複数名で行動している場合に限り、イレイナのように単独行動をしている者にとっては非常に厄介な魔物だが。

 とはいえ回避に成功したイレイナの敵ではない。

 素早くみじん切りにされた紫キャベツもどきが宙を舞う。はらりと舞い落ちるそれを見ながら、イレイナはわずかな逡巡ののち、それを袋に回収した。

 そうしてイレイナは他にもいくつかの魔物素材を確保しつつ目的の魔物の巣に向かった。


 ブーンという羽音が無数に重なり、波打つように周囲に音を広げる。

 飛び交う蜂は体長二メートル近い個体。物理法則を無視したような飛翔を見せるそれらは自分の体ほどもある重い獣の死体を運び、巣へと持っていく。

 アーミーホーネット。橙と黒の縞模様が特徴な、凶悪な魔物。非常に交戦的で、臀部の太い針で獲物を刺し、毒殺した肉を回収してむさぼり食らう。その巨体を維持するためには、花の蜜や普通の虫などでは足りなかった。

 とはいえアーミーホーネットは子どもを育てるために自らの体で蜜を分泌するようにできており、岩場に作られた高さ百数十メートルの巨大な巣からは濃密な甘い香りが漂ってきている。

 巣の形状は岩肌に張り付いたアリ塚のようなもので、赤茶の砂と分泌液から作られた巣が灰色の岩肌を覆いつくすように広がっていた。

 ぎちぎちと顎を鳴らす防衛個体が巣の上を歩き回り、触角を動かして外敵の接近を確認する。飛び交う兵士個体は次々と大小さまざまな獲物を捕らえては帰還する。

 そんな中、イレイナは遠く、巣から百メートルは離れた木の上でじっとその動きを見つめていた。

 想定を上回る規模のアーミーホーネットの巣にまっすぐ向かうことは選べなかった。いくら強くなっても数は常に脅威である。ただし、アーミーホーネットは毒を噴霧することができないため、毒の脅威度は低い。

 無数のアーミーホーネットを前にイレイナはいくつもの戦闘方法及び蜜の採取方法を検討し、けれど最終的に巣の襲撃を諦めた。

 アーミーホーネットは胴体にある器官で蜜を作り出す。それは全く熟成されていない甘いだけの液体であり、アーミーホーネットのハチミツに比べれば価値は非常に低い。とはいえ今回の料理においてはどちらでも構わない程度の差だった。

 素早く、けれど気配を悟られることなく木の下のほうまで下りたイレイナは、木の幹に足を引っかけつつ、じっとその時を待つ。

 獲物を求めて低空飛行をしているアーミーホーネットは、気配を消して森と同化していたイレイナに気づくことはできなかった。

 膝裏で木の枝に引っ掛かり、左右反転したイレイナは真下を通り過ぎようとしたアーミーホーネットの胴体を切断、切り裂かれた体から舞う蜜を体液からより分けて瓶へと回収する。

 アーミーホーネットの死体が地面に墜落するころには、イレイナは蜜を回収した瓶を固く蓋をして、次の個体の盗伐のためにその場を移動していた。

 合計五回。少量の蜜も積み重なればそれなりの量になり、イレイナが撤退を検討したその時、ガチガチと顎を打ち鳴らす音が一斉に響き始めた。

 一撃必殺で殺していったものの、個体の一つが死の間際、仲間に危機を知らせるためにフェロモンを放出していた。さすがのイレイナも、嗅覚はさほどではない。危機を知ったアーミーホーネットは厳戒態勢に入り、巣で幼虫の面倒を見ていた個体でさえも巣の外に出て空へと飛び立つ。

 五体ほどが集団になり、しらみつぶしにフェロモンが漂う付近を飛び回る。

 一体がイレイナの存在に気づき、同時にイレイナがその体を両断した。

「ッ!」

 同行していた四体が仲間の死に、そしてイレイナという敵の存在に気づき、一斉に彼女へと襲い掛かる。

 腕の太さほどもある真っ黒な針を臀部から伸ばし、凶悪な顎をカチカチと言わせながら襲い掛かってくる巨体は驚異の一言。遠くから一斉に羽音が近づいてきているのを感じながら、イレイナは強く大地を踏みしめて飛び上がる。

 木の幹を蹴ってアーミーホーネットの一体にとびかかり、その頭蓋を踏みつぶしながら跳躍する。

 投げたナイフが二体の頭蓋を貫き、残る一体はナイフで首を切り落とされる。

 素早く着地したイレイナは、蜜の回収をすることもなく全力の逃走を始めた。

 木々をかき分け、背後から襲いかかるアーミーホーネットを躱し、あるいは倒しながら走る。茂みや幹を使うことで距離を稼ぐも、怒り狂うアーミーホーネットはその数を増やすばかりだった。

 優に三桁に上る個体の羽音は衝撃波のごとく周囲の枝葉を揺らす。死を恐れずにとびかかるアーミーホーネットが地面に激突して外殻をへしゃげさせる。

 このままだと引きはがせないと判断したイレイナは即座に反転してアーミーホーネットへと襲い掛かる。

 両手に握ったナイフで、攻撃をかわしながら敵の関節部分へと刃を叩き込む。抵抗なく切り裂かれていくアーミーホーネットたちが次々と地面に沈む。

 飛び上がったイレイナが、巨体を足場にして空中を走る。軽やかに、舞うように跳び続けるイレイナをアーミーホーネットたちはとらえきれない。

 けれど彼らとて兵士。一斉に羽音を鳴らしたアーミーホーネットたちは、その音を増幅させ、イレイナの脳を揺さぶりにかかる。

 音魔法とでもいうべき統率の取れた行動による攻撃。それに顔をしかめたイレイナは大きく跳躍して後方の木の幹へと対比する。

 巨大な蜂が木々の間を飛び交い、背後から、下方からイレイナへと襲い掛かる。

 ミツバチの戦法、熱殺蜂球。それに限りなく近しい攻撃が試みられる。

 四方八方から一斉に襲い掛かったアーミーホーネットを前に、イレイナは両手に握るナイフで撃退を続ける。だが、次から次へと襲い掛かるアーミーホーネットは、その頑丈な外殻に身を包んだ同胞の死体を盾にしてイレイナへと接近を続ける。旋風を巻き起こすような連撃も、大質量の突撃には抵抗しきれなかった。

 百匹を超えるアーミーホーネットが球を作る。己の質量と熱によって敵を確実に殺すその戦法の成功にわずかに気が緩んだ次の瞬間、吹き抜ける風がアーミーホーネットの戦陣の一角を切り崩す。

 降りぬかれたナイフから飛ぶ斬撃はその進路にいたアーミーホーネットを切り飛ばし、その死体の海をかき分けるようにしてイレイナは殺陣から脱出することに成功する。

 素早く繰り出された殺意のこもった刃が次々とアーミーホーネットを切り殺す。

 本気になったイレイナを前に、アーミーホーネットは十分と立たず殲滅されることになった。


 青い顔をしながらイレイナは蜂の一体にナイフを突き立てる。

 最後の個体が死んだことを確認するよりも早く、イレイナはがっくりとその場に倒れこむ。

 熱殺蜂球は確かにイレイナにその切っ先を届かせていた。

 アーミーホーネットによる熱殺蜂球は、熱と質量による押しつぶし、そして針による攻撃という三つの側面を持つ。

 圧迫された中心部のアーミーホーネットの遺体、その針がイレイナの肌をうがち、その体を毒で犯していた。

 体はひどく冷たく、けれど心臓だけが軋むように鼓動を続けていた。頭は重く、体は言うことをきかない。

 膝から崩れ落ちたイレイナは、それでも止まることなくアーミーホーネットの頭部を切り裂く。抉り出した肉をスライスする。緑がかった肉。アーミーホーネットの刺身を作りながら、イレイナは心の中で解毒効果を願う。

 魔力による食材の変質。それを試みるイレイナは、けれどとうとう震える腕が上がらなくなり、それでも倒れこみながら刺身を口に含む。

 咀嚼することもできずそのまま飲み込む。

 のどに引っ掛かって涙がにじむ。けれど、その効果は劇的だった。

 強烈な臭気と濃縮されたような生臭さが胃の中に広がり、吸収された解毒成分がイレイナの全身に広がっていく。

 体の回復を感じながら、イレイナは寝返りをうって仰向けになって頭上を見上げる。

 危ないところだった――未熟さをかみしめつつ、枝葉の隙間から降り注ぐ陽光に目を細めた。


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