53覚悟
エルフの国での出来事をすべて聞き終えたベルコットは、もう何度目かもわからないため息とともに天井を仰いだ。
この場にいるのはネスト一人。ほかの三人は旅の準備のために街に出ている。
「魔王の討伐依頼……勇者パーティから追放されたのに、どうしてネストさんたちが危険な戦いに繰り出さないといけないんですか?」
「そうだね。うん、正直なところ勇者に全部任せておけばいいんじゃないかとは思っていたんだ」
「だったら――」
「でも最近うわさで耳にする限り、戦況は芳しくないみたいなんだ。情報が錯綜しているから正確なところはわからないけれど、なんでもレオニードの行方の分からないらしい」
「勇者が行方不明……ってまずくないですか?」
「まずいよ。かなり微妙な状況。魔王軍がこの事実を知っている場合、一気に攻勢に出る可能性だって十分に考えられる。レオニードの能力は確かだったからね」
魔物や魔族に対して特攻レベルの力を発揮する勇者の存在は、人類を守る最強の矛であり盾だった。
勇者がいるから個体数の少ない魔族はあまり戦場に出てこず、勇者の存在があるからこそ人類は希望を胸に魔物と戦ってきた。
そんな勇者の行方不明あるいは死亡の情報は、戦線の瓦解を引き起こしかねないものだった。
「エルフィード様……エルフの国の精霊様が木々を経由して集めた情報だから確実ではないけれど、それでも北の戦線に勇者らしき人物はいないらしいんだ」
「精霊様が見つけられないとなると、本当に勇者が死んでいる可能性があるってことですか……だったら後任の勇者が生まれるんですか?」
「かもしれない。そもそも勇者の代替わりについてはわかっていないことも多いんだ。二人存在することもあれば、後任が勇者になることで先代が勇者の職業を失うことで世代交代することもある。場合によっては勇者が死んでから数年たってようやく次の勇者が誕生した例もあるらしいよ。あとは、勇者になりうる人物が先代勇者に教えを乞うことで勇者になることもある。レオニードがこの例だね」
「つまり、今の勇者は先代勇者様から勇者の職業を受け継いだということですか」
「そういうことになるね。レオニードが勇者になったのは、キグナス師匠が使っていた聖剣を譲り受けた瞬間だったよ」
自分の知らない勇者の情報にわずかに目を輝かせるベルコットだが、今はそれどころではないと咳払いして意識を切り替える。
「それで、ネストさんたちが戦いに行くんですか」
「そう。昔の僕だったら絶対に拒否していただろうけれど、今のイレイナを見ているとできるじゃないかって気になるんだ」
「確かにイレイナさんの能力は異常ですからね。成長ボーナスってどうなってるんですか?簡単に壁を突破して、気づいたら私も一端の戦士レベルですよ」
「駆け引きや見極めなんかはまだまだだけれどね。さすがにそのあたりは戦闘経験がものをいうし」
「わかってますよ。私がおんぶに抱っこで強くなったことくらい。でも、私も強いんですよ。だから連れて行ってください」
まっすぐ、言い逃れも拒否も許さないと、覚悟を宿した瞳を向ける。そのことを予想していたネストは、すぐに首を横に振る。
「だめだよ。戦えない人間を連れてはいけない」
「私も戦えます!」
「確実に守れるなんて保証はできないんだよ!」
「自分の身くらい自分で守ります!」
「ダメ!」
「ダメじゃないです!」
「だからダメなんだよ!戦えない人が一人いるだけで、戦線がたやすく崩壊するんだ。無力な人が襲われたことに気を取られれば、簡単に勝てるような相手に不覚を取る可能性だって十分に考えられるんだよ。そんな危険は冒したくないんだ。何より、友人を守れないなんて御免だ」
「私の怪我も死も私の責任です。もしどうしても気乗りしないっていうなら、おばあちゃんにも許可を取ってきますよ。『どうして守ってくれなかった』って、そう思われるのが怖いってことですよね?」
「違う!」
「違いませんよ!もし私が死んだとしたら、十分な力がないのに戦いに出た私が悪いんですよ!それに、私には戦闘能力以外の『力』があるんです。鍛冶の腕があります。その場で研ぎなおしたり、修繕したりできます。予備の武器だって無限に持っていけるわけじゃないんですから、整備できる人間がいるに越したことはないですよね?」
「それでもダメだ」
「どうして!?」
「ダメなものは――」
「二人とも落ち着いて」
ドゴ、ととても手刀によるものとは思えない重い一撃が白熱するベルコットとネストの頭に落ちる。
地面に顔からたたきつけられた二人は鼻先を赤くし、涙目になりながら手加減ができていないイレイナを睨む。
「どう、少しは冷静になった?」
「あ、うん」
「……はい」
言いながら互いを見たベルコットとネストは「ふん」と鼻を鳴らしてそっぽを見る。
ため息をついたイレイナが諭すような目でネストを見て口を開く。
「ネスト、私たちがどうして旅に出たか覚えてる?」
「……レオニードと一緒に苦しむ人を守ろうと思ったから」
「そう。でも当時の私たちは、今のベルコットよりも力がなかった。それでもこうして今も生きてる」
「それは結果論だよ。何より、レオニードがいたからぎりぎり助かった場面だった多かったでしょ!」
「でも現に私たちは生きてる。それをレオニード一人の存在を理由に語れるわけがない」
「それでも――」
「それでも、確かにベルコットが魔王との戦いに向かうのは蛮勇が過ぎるかもしれない。レオニードが殺されるような相手が待っている可能性がある以上、楽観視はできない。でも、戦いに向かうかどうか選択するのはベルコット自身。少なくとも私たちには、留守を強制する権利はない。……旅立ちの前日、お父さんたち皆泣いていたから。皆を泣かせて危険な旅に出た私とネストは、ベルコットに何も言えない」
知らなかった両親の話を出され、ネストは苦悩しながらも口を閉ざす。
イレイナは知っている。あの日、勇者たちの出立を歓迎一色で送り出した家族が、陰で子どもの運命を嘆き、生きて帰ってくるかもしれないその旅立ちに泣いていたことを。
飛び出した側であるイレイナやネストには、飛び出そうとする者を止める権利はない。すべてはベルコット次第。
「ベルコットも、本当に覚悟はできてる?死を見る覚悟も、相手を殺される覚悟も、殺す覚悟も、できてるよね?」
「っ、できてますよ!」
殺す覚悟はあった。けれど「殺される覚悟」という言葉に少しだけ息をのんだ。もし、自分が足手纏いになって味方の足を引っ張ったとき、己の命一つで仲間を守るという決意、それを問うているのだとベルコットは考えた。
考えで、けれど結論などとっくに出ていた。ベルコットが旅についていこうとしているのは、ひとえにイレイナやネストを守るため。この騒がしくも温かい日常を守るために、ベルコットは覚悟を胸に燃やしているのだ。
たとえこの命尽きようとも、友人を逃がして見せる。
瞳に燃える決意に、ネストは深いため息を漏らした。
パン、とイレイナが手のひらを打ち鳴らす。
「そうと決まったら準備ね。なるべく早く出発できるようにね」
「うん……うん。よし、それじゃあ さっさと準備を終わらせようか。ところで、進んでいないのは何?」
「……保存食?」
「よしわかったそれは僕たちが用意するよ」
「私も用意するわ。なるべく日持ちして、味が悪くとも栄養を摂取できるものを」
「イレイナはしばらく火気厳禁です」
「……え?」
ベルコットの言葉にイレイナは動きを止める。なぜ、と視線で問う。
「なぜありませんよね!?話を聞く限り、アレインさんを呪いのような状態にしたんですよね。これ以上はどんな危険が起こるか分かったものじゃありませんし、しばらくは火を使うのは師匠として許しません!」
師匠として――そういわれてしまえばイレイナは黙るしかない。料理師匠としてベルコットに師事することを決めたのはイレイナ自身なのだ。
ベルコットのおかげでオリハルコンのホイル焼きという一応の成果を出している以上、師匠を解任するというのもためらわれた。
「……火を使わなければいいんでしょ」
ふてくされたように頬を膨らませたイレイナが勢いよく家から出ていく。
「ネストさん、今『イレイナがかわいい』って思ったでしょ」
「え、あ、いや……その、あの頬っぺたをつついてみたいな、って」
恥ずかしそうに後頭部を掻きながら告げるネストを見て、ベルコットはもう一度深いため息を漏らした。
(思ったよりこたえるなぁ)
イレイナとネストがくっつくことはわかっていた。その間に割り込むことはできなくとも、ネストの二番目に大切な人になろうともがいてきた。それでも「友人」と断言されれば悲しくなる。
何より、多幸感を全身に出しているネストを見ているとひどくいらだった。
「……はぁ」
もう一度、今度はネストに聞こえないくらいのため息を漏らし、両手で頬を張って気持ちを切り替えたベルコットは魔王討伐の旅のための準備を始めた。




