51転職
新パーティ「精霊の矛」。
料理人のイレイナをリーダーに、狂竜戦士のネスト、侍のアレイン、回復役のスラシャ。リーダー以外はまともな人材がそろった四人を見えt、精霊エルフィードは思いついたようにぽんと手のひらを叩いた。
「よし、転職するのじゃ」
「あ゛?」
ドスの利いたイレイナの声に、思わずエルフィードは背筋を伸ばす。暗い双眸から逃れるように距離をとる。
「お、落ち着くのじゃ。そもそもおぬしが料理人などという戦いに全く関係ない職業についているのが異常なのじゃぞ」
「料理人の職業は今の私にとって最も大事なことなの。料理人じゃない私なんて私じゃない」
「意味が分からん……そもそもなぜそこまで料理に固執する?我の干渉を阻むような力があれば何でもできるであろう?」
「なんでもって、料理はできないでしょ」
「それはあきらめよ」
「嫌」
何とか言ってくれとばかりにネストを見るエルフィード。だが、悟りきったような笑みが返ってくるばかりだった。
「……料理人、か。戦においては料理の腕は重要ではあるな」
アレインは言外にイレイナの料理以外は、という言葉を含ませる。なぜだかイレイナの料理を前にすると、体が痙攣するのだ。拒絶反応見せるように手足が震え、顔から血の気が引き、汗が止まらなくなる。
すべてを忘れた新生アレインは、イレイナによって燻された過去も忘れていた。ただし、その体は確かにイレイナによる暴行を記憶していたが。
理由不明な恐怖に困惑するアレインをじっと見つめていたスラシャが首をひねる。
「イレイナ様が料理人であるということがそれほど問題なのですか?」
「うむ。十中八九精霊を取り込んだ魔王とやらは強い。それこそ、職業による恩恵が戦いの趨勢を決めてしまうようなこともあるだろう。そういう時、最高戦力の娘が料理人などでは勝てる戦いにも勝てぬであろうな」
「うるさい。料理人は私のアイデンティティなのよ」
言いながら、イレイナはエルフィードの髪を触り、勝手に編み込んでいく。長いみつあみを作って満足してしたイレイナはみつあみの先でエルフィードの鼻下をこする。
「止めんか!……ええい、こうなったら強制的に転職させてやろう」
エルフィードが伸ばした手が空を切る。瞬時に飛びのいたイレイナは木の壁を足場に狭い空間を縦横無尽にかける。壁を走り、天井を駆り、大地を跳ねる。触れることが転職のきっかけになりそうだと判断したイレイナはエルフィードのことを避けつつも嫌がらせを仕掛けていた。
具体的には、触れかけた瞬間に近くにいたエルフを割り込ませ、別の相手を誤って転職させようとしたり、物を投げつけて怪我や転倒を狙う。
エルフたちの多くにはイレイナの姿は見えず、吹き荒れる風だけが二人の戦いを伝えてくる。
長く終わるかと思われた鬼ごっこは、けれど唐突に決着がつくことになった。
「我を見くびったことの意味、しかとその胸に刻むがよいッ」
そう叫び、エルフィードが本気でイレイナを追い始める。
踏み込みの一歩で足元が砕け、振りぬいた腕が樹木の壁が吹き飛ばす。
破壊することをいとわなくなったエルフィードに楽し気な笑みを返したイレイナもまたその速度を上げる。
大樹の根を破壊しながら、その戦いは長く続いて行って。
「痛いしうるさい!」
突如として樹木の壁から現れた腕がイレイナとエルフィードの二人をつかみ、足場に縫いつつけた。
とっさの変化に耐え切れず。イレイナは一瞬硬直する。
その隙を逃すまいと足の拘束を砕いて飛び出したエルフィードは、けれど小さくとも莫大な質量を秘めたこぶしをその体に受けて、大樹の根の一部を吹き飛ばして吹き飛ぶ。
精霊であるエルフィードを殴り飛ばすという快挙を成して見せたのは、いつからそこにいたのか不明な一人の少女。
緑の簡単なワンピースを身に着けた子どもは、エルフィードそっくりの黄金の髪につけたリーフをモチーフにした髪飾りを触る。
その少女の出現と同時に、エルフたちは先ほど以上に洗練された動きで彼女に向って恭しく首を垂れた。それは、女王であろうと変わらない。
倍に膨れ上がったプレッシャーに、ネストはごくりと唾をのむ。イレイナの無事を確かめたい。けれどそれ以上にこの怪物の正体を知ることを優先した。
「……精霊が、もう一体?」
「わたしは精霊じゃないよ?大樹の精……ドライアドだね」
ドライアド、それは木に住む精霊として語られる存在。だが、彼ら彼女らは精霊ではない。木に宿ることでしか生きていけないドライアドは、自立的な活動を可能とする精霊とは似ているようで大きく異なる。
そもそも、ドライアドは精霊のように集団を作らない。作る必要がない。なぜなら自然発生するから。何らかの力が樹木にかかることで、ドライアドはこの世に生を受ける。
一応は子供を産んで命を紡ぐこともできる世界の化身たる精霊と、樹木の化身のようなものであるドライアドの違いは大きい。だが、多くの者は違いを説明されても理解できない。基本的に精霊もドライアドも人にとっては強大なのだ。例外はアンタッチャブルにも積極的に踏み込んでいくような会怪物性を秘めた者だけ。
足をつかんだ木の根を引きちぎりつつ、イレイナは話題の中心にるドライアドへと視線を向ける。その横にはいつのまにかエルフィードが立っていて、ぽん、とイレイナの肩を叩く。
「……ドライアド、ねぇ?」
「うむ。ドライアドであり我の娘のような存在だ。まあそれはともかく、これで転職は成功だ」
ドライアドが湧いて出たせいでなぜ逃げていたのかをすっかり忘れていたイレイナは、エルフィードから流れ込んできた黄金の光の奔流に本気で驚いた。
「……これが、転職?」
かつてからは考えられないほどの力が体に満ちていた。今なら何でもできる――そんな全能感すら覚える。
「そうじゃ。全く、手間をかけさせおって。……エアリー。外へ案内してくれるか?」
「もう。エルは面倒くさがりなんだから」
頬を膨らませて文句を言っていたはずのドライアド・エアリーは楽しそうに体を左右にゆらしながら 指をはじく。
瞬間、イレイナたちは先ほどエルフの女王に謁見していた場に戻ってきた。
「……瞬間移動?」
「正確には連結接続瞬動だったか?樹木でつないだ相手あれば確実に送り込めるぞ?」
「それより職業への説明は?あとはそのドライアドとの関係とか?」
「そうじゃった。……職業の名は『守護者』。文字通り、この世界を守護するに足る者に与えられる。守護するものが多いほどに力が増すのじゃ。ゆえに世界を脅かす魔王と戦うときにはすべての人類、あるいは精霊や動植物を守るために莫大な力が宿るものを思っておくがよい」
「……恐ろしい力ね」
「ふむ、強い力を恐ろしいか頼もしいかはその使い方次第じゃろ?せいぜいうまく使うのだな」
話すことは話したと、エルフィードはどこかけだるげな姿であくびをする。
「それで、このドライアドとの関係は?」
「もうずいぶんと昔、我がこの木を仮の拠点に構えて生活を始めたら、我の影響を受けて生まれたのがこのドライアドじゃ。おかげで今もエルフたちを守るような巨木へと成長している」
そして何を隠そう、このドライアドの存在が、エアリアル国の統治者が女王である理由だった。この国には王と呼ぶべき最高位の存在であるドライアドのエアリーが存在する。ゆえに、女王はエアリーの意思を受けて行動する補助者、あるいは信託を授かってそれをもとにエルフを統治する聖職者のようなものだった。
「面白いね。樹木の化身か。どちらかといえば幻獣が近いのかな?」
「うむ。童よ、確かにあえて分類するのであればドライアドは幻獣に当てはまるであろう。けれどドライアドの多くはもっと幼く、赤子のような存在であるのだぞ。樹木に及ぶ影響力がよほど大きくなければこうも高い知性を持った個体は生まれぬ」
「それは自分が知性あふれた賢人だということ?」
「うむ。否定はせぬ。長きを生き、かつて滅びた古代文明などにも通じている我は、少なくとも現代を生きる者にとっては賢人に違いはない」
「気になる話題だったけれど、まあいいや。何はともあれイレイナ、守護者への転職おめでとう」
「…………ありがと」
盛大に顔をしかめて吐き捨てるように告げたイレイナはがっくりと肩を落とす。別に、臨めばいつでも料理人に戻ることはできるのだ。けれど魔王を倒すまでという短い時間。たったそれだけ料理人としての能力上昇補正が受け入れられないのは絶望的だった。最近は少し、ほんの少し料理中の不器用がましになった気がしていただけに。
完全に悪化している――イレイナの思考を読み、そのうえで心の中でネストはツッコミを入れた。
それから、エルフィーの久しぶりの顕現とイレイナが守護者になったことを祝う酒宴が開かれ、イレイナたちはエルフに絡まれ続けた。




