50エルフの郷土料理
エルフィードがガツガツとむさぼるように料理を口に放り込む。ボフン、とその口の中で炸裂音が響き、エルフィードの口から黒煙が立ち上る。
驚愕の目で一連の行動を見ていたネストは遠い目をして天を見上げた。
エルフィードの前に並ぶ料理は、すべてイレイナが用意したもの。テーブルの上に並べられたものは、けれど料理と呼べるようなものではない。
強烈な悪臭を放つ黒い塊があった。
傾向ピンクの光を放つゲル状の何かがあった。
砂のようなつむじ風が皿の中で吹き荒んでいた。
ウボァと声を上げる肉塊があった。
冷たいはずなのにぼこぼこと気泡を生む鮮やかな青色のスープがあった。
それらすべてを堪能するエルフィードの顔には笑みがあった。
エルフィードは精霊である。その五感は、当然人間のそれとは異なっている。
エルフィードには味覚や嗅覚はない。人類の体を模倣しているために食事こそ可能だが、味を楽しむ能力はない。
だが、エルフィードにとってイレイナが作り上げた料理は非常に珍しい、あるいは見たこともない変わったものばかりだった。
口に入れれば粘着き、炸裂し、爆発し、酸味が口の中を蹂躙し、煙が口から噴き出した。
そのすべてを、エルフィードは呵々大笑しながら受け入れた。
平然と食事を勧めるエルフィードに向けられるエルフたちの視線は、先ほどまでとは違いもはや畏敬はすっかり消えていた。代わりに、精霊様にこんなものを食べさせるじゃない、という責める視線がイレイナに集まる。
当のイレイナはといえば、ひとしきり料理を作りそれらが上手くできなかったことに軽く絶望してもそもそとエルフが用意した食事を口に運んでいた。
エルフは自然とともに生きる人類である。森の恵みを口にする彼らの料理は素朴で、野性味にあふれている。
鹿肉のローストや香草のスープ、キノコ炒めや蒸した野草とほぐしたカニのサラダ。だが、中にはイレイナが見たことのない珍しい料理もあった。
つるんとした丸い物体をイレイナがスプーンでつつく。ころりと転がったそれが、ぎょろりとした瞳をイレイナに向ける。
百目鬼と呼ばれる森にすむ牛の魔物。体に無数の眼を持つ死角のない怪物の眼球。外見そのまま、蒸しただけのそれが葉に包まれてテーブルに並んでいた。
その隣には蛇の姿揚げや蝙蝠の翼膜の味噌焼きなどが並ぶ。要はゲテモノコーナーだった。
ネストなどはその一角には見向きもしない。けれどイレイナは興味深く思いながら料理をとりわける。魔物や動物の体であれば、戦闘と言い訳して相手を焼くことも可能だ。そうすれば以前のマンドラゴンのように食べられるものが作る可能性はゼロではなかった。
もっとも、今のイレイナではたとえ戦闘だと己に暗示をかけたところで生半可な相手ではたやすく魔力によって味を変質させてしまいそうだったが。
さっそく百目鬼の眼球を口に含む。つるりとした感触。噛めばグミのようにぐみゃりと曲がる。割れた眼球の奥からは、旨味とわずかな苦みのある液体があふれる。
「……んー、まあ面白い、かな?」
味覚がくるっているイレイナに美味しいという評価はない。ネストなどが一緒に食べていれば美味しかどうかを判断することはできるが、イレイナ自身が美味か否か判断を下すことはない。
次に口をつけた蝙蝠の翼を焼いたものはパリッとした触感が楽しかった。油を塗って焼き、さらに味噌を塗って香ばしく焼いたそれは恐る恐る口をつけたネストをうなずくくらいには美味しいものだった。
蛇の姿揚げの方は小骨が固く、さらに肉はゴムのように無駄に弾力があってイレイナが気に入ることはなかった。
「……よく食べられるよね」
「別に普通じゃない?ネストだって旅の間はなんでも食べていたでしょ」
「そりゃあ飢え死には御免だったからね。それでも普通の食事があるのにわざわざ冒険をしようという気にはならないよ」
かつて勇者パーティとして活動していた時、食糧不足で魔物や動物を狩り、野草を食べて飢えをしのぐ苦行の時には何でも食べた。虫もカエルも蛇もトカゲも、気色の悪い魔物も。とりわけ荒野を歩く中、魔物の襲撃によって食糧が壊滅した時には襲ってきたサソリを解体し、泣きながら食らったものだった。
――焼いた大きなサソリは、大味なれどカニの身に近くて意外と美味しくて、それがなぜだか無性に悲しかった。
イレイナの料理をさらえたエルフィードはお腹をさすりながらイレイナたちの話に割って入る。
「ふむ、各地を渡り歩けば郷土の面白い料理にであることもあるだろうな」
「そうでもありませんよ。特に魔王の侵攻がひどかった地域では食べるのがやっとなところばかりでしたし、村全体で外から来た人間を襲って食糧を強奪しようとしてくるようなところもありましたね」
「それは……なんとも悲しいものじゃの。優れた知性と理性を獲得した人類が聞いてあきれるわ」
「精霊にとっても人類は優れているの?」
「む?精霊は大自然、あるいはこの星そのものじゃからの。世界を生きる人は我が子のようなもの。慈しみ目出る存在であるな」
だからぬしらのことも愛そう、とエルフィードは上から目線に告げる。
苦笑を返すネストはエルフ特性果実ジュースでのどを潤す。
「エルフィード様は他の精霊にあったことはあるんですか?」
「ふむ、かつては顔を合わせたこともあるが、眠る前も久しくあっておらんな。我は人を愛する変わり者故、あまり精霊との関わりが多くないのじゃ」
「ああ、不死鳥はなかなかの人嫌いだったわ」
不死鳥。それは幻獣に位置付けられているが、正確な分類においては精霊に属する存在である。炎と熱の化身。それこそが神獣とも呼ばれる不死鳥の特異性の理由でもある。
「む、あの唐変木にあったのか。あやつは今も人間を毛嫌いしておるのかの?」
「……そうでもないかな。私の知り合いに祝福を授けていたし」
大きく目を開いたエルフィードがテーブルを叩いて勢い良く立ち上がる。
何事かというエルフたちの視線が、イレイナたち三人が座る席へと集まる。
「なんと!あの鳥が人に祝福を……天変地異の前触れかの?ああいや、魔王とやらのせいかもしれぬな」
「そういえばエルフィード様が眠る前にはまだ魔王はいなかったんだっけ?」
「うむ。魔族というのもいなかったな。魔物はいたが、今ほど強いものでもなかった。……魔物が強くなったのは、おそらくは神が魔物を人類が乗り越えるべき『試練』に定めたからかもしれぬな」
「その神というのは、竜神とかの『神』と同じなの?」
「竜神?なんだそれは。神というのは創造神以外におらんだろう。この星を作り出した唯一無二の存在のことじゃ」
星を、世界を作った創造神。エルフィードが口にした強大な存在にイレイナたちは息をのむ。神への信仰心が全くないというわけではない。けれど宗教というものは自分では抱えきれないものを吐き出すための仕組み程度にしか思っていなかった。
心壊れてしまいそうな堪え切れない責任を、重圧を、罪を、擦り付ける相手。一方的に殴ってもやり返されることのない相手。それが、神、あるいは宗教の役割だった。
「……創造神、様とは会ったことはあるの?」
「うむ、誕生の際に一度きりだが会ったの。祝福の言葉を頂いたのを今でも覚えておる。もう遥か昔のことじゃな。……それより魔王のことじゃ。魔王とは、何ぞや?」
「さぁ?」
「“魔”王というくらいですから、魔物を支配する魔族のトップということではないのですか?」
イレイナたちにとって、魔王とはある日突然人類へ侵攻を開始した、魔物を操る魔族たちの旗頭である。倒すべき敵得あり、魔王とは何かを考える必要などなかった。
けれどエルフィードは違う。自然の化身として世界を守る使命を課せられている彼女は、魔王という未知の存在がどうしてこの世界に存在しているのか、その理由を突き止める必要があった。
ほかの精霊が設けた仕組みなのか、幻獣かないかが魔物の頂点に君臨して遊んでいるのか、神が定めた新たな世界のルールなのか、あるいは世界の異分子なのか。
それによって精霊エルフィードのとるべき対応も変わってくる。
場合によっては自らが戦場に出ることも考えなければならんな、などと考えつつ、エルフィードは目を閉じて世界と意識をつなげる。
自然を経由して情報を拾ったエルフィードは、険しい顔であごに手を当てつぶやく。
「これは……精霊、か?いや、少し違う……ッ」
息をのんだエルフィードが勢いよく立ち上がる。転がるようにイレイナの方へと倒れこんだエルフィードがその襟元をつかんで叫ぶ。
「精霊だ、精霊が魔物に取り込まれておる。おそらくは我と同じように、魔物との間で己の子を作ろうとした精霊が、失敗して魔物に取り込まれたのだろう」
魔王が、精霊の力を宿した存在である。それは絶望的な情報だった。
ただでさえ魔物というのは常識が通用しない。普通の生物とは違って、寿命があるのかどうかも定かではない。
そんな怪物が、しかも精霊という自然の化身の力を手に入れた。そんな相手を、勇者が倒せるとは思えなかった。
「やつは本気で世界を滅ぼすつもりだ。魔物によって人類を侵攻しているのはただの時間稼ぎ。魔力を集めて、世界を砕くだけの力が溜まるのを待っておるようだ。いかん、これはいかんぞ。だが、下手に我が出て同じように魔物に取り込まれては話にならんな……」
世界に滅亡が迫っている。エルフィードによって改めて突き付けられたその事実をかみしめながら、イレイナはじっとエルフィードと視線をぶつける。
エルフィードの雰囲気が変わる。どこか好々爺とした様子から厳かな気配へと変え、エルフィードは静かに告げる。
「娘……イレイナよ。魔王を倒すのだ。そうしてエルフを、人類を、世界を救うのだ」
ひどく嫌そうな顔をしたイレイナだが、即座に文句を言うことはなかった。
魔王は怪物だ。精霊を取り込んだ魔物など、イレイナの知る勇者レオニードに勝利できるとは思えなかった。世界の終わりを知りながら戦わずにいるのか、また戦場に戻る決断を下すのか。
わずかな嘆息とともに心に残る落胆を押し殺し、イレイナはまっすぐエルフィードへと視線を向ける。
「わかった。私が、私たちが魔王を倒すわ」
おお、とエルフたちの間にどよめきが走る。彼らにとってその言葉は、元勇者にして英雄、剣聖キグナス・リシェントの後を継ぐという宣言でもあった。
すでにエルフたちは、イレイナとネストがキグナスの弟子であるということも知っている。そして、アレインがリシェントの孫であることも知っている。
英雄の孫娘と、英雄の弟子。三人が集まったのは偶然とは思えなかった。
「イレイナ殿は魔王を倒すための戦いに出るのか。であれば私も助力しよう」
イレイナのもとまでやってきたアレインが恭しく告げる。
「わ、私も一緒に行きましょう。戦う力はありませんが、調合と魔法はお任せください」
スラシャもまた声を上げる。
少しだけ悩んでから、イレイナは二人よりもまず声をかけるべき相手へと視線を向ける。
困ったように笑うネストは頬を軽くたたき、覚悟を胸に抱いてうなずいた。
「僕たちでやろう。魔王を倒して世界を救うんだ」
こうして、精霊に守られたエルフたちの国・エアリアル国で、人類を救うためのパーティが結成された。




