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呪われし料理音痴イレイナの挑戦  作者: 雨足怜


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42キノコ祭り

 ベルコットはイレイナに担がれて、モノの数分で森を出た。失踪するイレイナは木々の間を風が駆け抜ける如く走った。流れるような疾走であったおかげで振動こそ軽微だったものの、自分には出しえない超速で流れている景色を前にベルコットは顔を青ざめさせるばかりだった。

 森を抜けた先、広がる平地で降ろされたベルコットはひどく大地をありがたく思った。前にもこんな感覚を覚えた気がする――そうして思い至ったのは、グリフォンに運ばれた時の記憶だった。

 幻獣として名高いグリフォンは、基本的に矮小な人間をその背に乗せない。グリフォンに乗ることができるのは友誼を結んだ特殊な相手――グリフォンを相手にして戦いで勝利できるような超人に限られる。

 イレイナはそれを成した。ただの凡人だったベルコットはグリフォンの足に鎖でつながれて運ばれた。

 風によって大きく揺れるあの恐怖は、今でも時々夢に見るほどだった。

「……あの時のことを思えば些細な、そう、気にするほどのものでもないのよ。しっかりするのよ、ベルコット」

 ぶつぶつと己に言い聞かせているベルコットをよそに、イレイナはさっそく即興で竈をこしらえてキノコを焼ける状況を作り出す。竈を作るのには、イレイナの不器用は発現しなかった。

 ベルコットが己の世界から戻ってきたときには、イレイナはすでに毒キノコのいくつかを切り、あるいは触れて念を送ってから加熱を始めていた。

 香ってくる異臭に眉がゆがむ。

「イレイナ、竈は二つ作ってくださいよ」

「……一つじゃダメなの?」

「イレイナの魔力によって毒キノコの毒がすべてなくなるとは限りませんよね。食べられるキノコをそこで一緒に焼きたくはありません」

 本心のところでは、ベルコットはイレイナにキノコを焼かせたくないと思っていた。イレイナの手にかかればすべてが不味い物体へと変わる。キノコであればまず確実に炭に、下手したら灰になるのではないかと考えている。

 事実、すでにイレイナの前にある竈では二メートルほどの高さの火柱が立ち上っていた。空へと伸びる煙は、なぜだかうっすら紫色をしている。

 その火力を見てスルー出来るあたり、ベルコットはすっかりイレイナに染まっていた。

「……これでいい?」

「ありがとうございます」

 素早く石を組んで竈をもう一つ作り上げたイレイナにお礼を言って、ベルコットは自分が採取してきたキノコを焼き始める。

 パチリとはぜる火の粉の音を聞きながら、熱によって小さくなっていくキノコをひっくり返す。森のかなり深いところに入ったからか、高級キノコが多く見つかった。ベルコットは冒険者組合の受付嬢として、キノコをはじめとする素材に関して一定の知識があった。

 冒険者組合の受付嬢という定職は高給取りなのだ。超人的、攻撃されたらただでは済まないような血の気の多い冒険者たちに立ち向かう受付嬢たちには、愛嬌や美しさだけではなく豊富な知識が求められる。その知識のおかげでベルコットはキノコの選別にも困らなかった。

 あるいはそれは、幼いころに祖母である魔女によって叩き込まれた素材の鑑定の目があったからだったかもしれない。

 採取したキノコの中にはかなり貴重な回復薬の原料にもなるものがあったが、イレイナと関わっていればその手の珍しい素材に出会う可能性は低くないので、気兼ねなく食べてしまうことにした。

 丸々とした白色のキノコの表面に軽く焼き色がつく。網の上でひっくり返し、じっと焼ける瞬間を待つ。

 焼きあがったそれをすぐにとり、少しだけ息を吹いて冷ましてから口に運ぶ。

「熱っ」

 熱く、けれど口の中に入れた瞬間にふわりとした芳醇な香りが口内いっぱいに広がる。かみしめれば旨味成分があふれ、口の中が幸福一色になる。

 空腹というスパイスがあったおかげか、ベルコットの手は止まることはない。次々と取り立てのキノコを食べていく。

「イレイナも食べます……って、え!?」

 意識的に視界に入れいないようにしていたイレイナへと視線を向けたベルコットは盛大に頬をひきつらせた。

 視界の中、恐ろしいほどの火力の炎は消えていた。代わりに、くすぶる燃料あるいはキノコから強烈な煙が立ち上っていた。

 紫・黄・赤・緑・黒。どうしてそんな色になったと言わざるを得ないような煙が黙々と竈から吹き出し、風に運ばれて森のほうへと流れていく。

「……どうやったらそんなことになるの?」

「んー、成分を変えるのに失敗した?安眠を意識してみたのだけど」

 安眠ってそれ永眠の間違いじゃないですか――口に出かかった言葉を飲み込み、視線を向けた先。

 怒りに顔を染めて森から飛び出してきたゴブリンが迫る。立ち込める煙には催涙性があるのか、血走ったその目からは涙がぽろぽろとこぼれていた。

「ゴギャッ」

 ひと鳴きしたゴブリン手に持っていた石を投げつけるために振りかぶって――何もないところで転んで顔面から地面を滑った。

「…………ええ?」

 倒れたゴブリンはピクリとも動き出さない。こわごわと、けれど確認しないわけにはいかないだろうと、ベルコットは近くに転がっていた小石をゴブリンに向けて投げる。

 後頭部にクリーンヒット。ゴブリンはピクリとも動かない。

「……寝ているわね」

「…………」

 静寂を破るように寝息が二人の耳に聞こえてくる。ガ、ゴギャ、グググァ、とおかしな音を立てるゴブリンは目を覚ます気配を見せない。

「眠りの効果は出てるみたい?」

「出ていそうですね。でもこれ、すごく危険じゃないですか?相手を容易く昏倒させられるなんて、こんなもの絶対に広がってほしくないですよ」

 煙を吸わせるだけで相手を深い眠りにつかせる物体。こんなものが悪人の手に渡ればどんな悲劇が引き起こされるか分かったものではなかった。

 秘密にしておくこと、と強い視線で訴えるベルコットに、イレイナは真剣な顔でうなずいた。

 ベルコットは知っている。普通の人が魔女に対して向ける感情を、目を。毒物を扱うことも多い魔女を恐れ、時に襲撃する人間の在り方を知っている。

 だから、この煙の話は隠さないといけなかった。

 最も、この煙には目立ちすぎるという問題もある。もくもくと終わる気配を見せずに吹き出し続ける煙は色鮮やかだ。そしてひょっとしたら、イレイナが料理をしている状態でないと眠りの効果が出ないという可能性もある。

「……ちなみに、どんな安眠効果をイメージして成分を変えようと思ったんですか?」

「こう、食べるとスッと眠りに落ちる感じ?」

 煙以上に危険なものを作ろうとしていたと告げるイレイナの言葉に頭痛がした。食べるとすぐに眠る――そんなの危険以外の何物でもない。

 むしろこの煙程度で収まってよかったと考え、さてどうにかしてイレイナに「安眠」から方向性を変えてもらわないといけないとベルコットは思考を働かせる。

「……そもそもどうして『安眠』なんですか?」

「最近ネストが眠れていないみたいなの。まあ、この時期はいつもだけれど」

 そういえばここの所あまり体調がよさそうではなかったと、ベルコットは記憶からネストの顔を引っ張り出す。

 何を隠そう、ベルコットは恋する乙女だ。ネストという強いけれどその力をひけらかさない優男で適度に依頼を受けるうえに金の使い方が荒くない冒険者という優良物件に引き寄せられた虫だ。

 ただ玉の輿的な感覚だったはずなのに、気づけばベルコットはずぶずぶにネストに――ネストとイレイナに飲み込まれていた。

 イレイナとネストはもはや二人で一人だ。相棒(バディ)と言えるほどに意気投合した二人を前に嫉妬することもあった。横から割り込んできた盗人狐が、とイレイナを恨めしく思ったこともある。

 けれど今のベルコットは、少しだけイレイナとネストの身内の枠の中に入れている気がしていた。このままなし崩しにネストのゴールインを――そこまで考えて、熱を帯びた顔に手で風を送って冷やす。

 私、ネストさんのことを見すぎじゃない?と意識に上る多くのネストの姿を思いながら、けれど今はそんなことを考えている場合じゃないと頬を軽く張る。

「……眠れないって、何か理由があるんですか?」

「んー、まあベルコットならいいか。後悔よ。助けられなかった後悔。まあ、勇者パーティとして戦っているとそんなこともあるから」

 細めた目で遠くを見ながら、イレイナは昔のことを思い出す。


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