41毒キノコ狩り
イレイナの料理の才能は壊滅的だ。それはひとえに、彼女の魔力が有する特性によるものである。
その魔力は、持ち主に壊滅的な料理センスを与えるもの。
料理をしようと思えば途端に極度の不器用と化し、触れた食材皆味が壊滅的になり、料理によって食材及びその成分が未知の変化を起こして悪臭を生み、場合によっては意味不明な動く物体が生まれる。
イレイナはまっとうな料理を目指していた。別に、万人がおいしいと呼ぶような料理が作れるようになることを望んでいるわけではない。
彼女の心に引っかかっているのは、かつての仲間の声。
『料理の一つもできない――』
足手纏いと言われたことには、困惑と諦観を感じた。それは、当時のイレイナは魔物を殺すことによる能力上昇がほとんど得られておらず、こと戦闘においては置物でしかなかったから。それでも斥候の腕は確かで、それによって勇者パーティに貢献している自負があっただけに、イレイナは自分のことを仲間とも思っていなかったらしい勇者パーティの面々に呆れ、あるいは絶望した。
進む先を見失ったイレイナは、絶望の中で仲間の嘲笑を拾い上げた。行くあてもない人生に、とりあえずの指針を求めた。
それが、料理を上手くなるということ。料理の腕を磨けばまた勇者パーティの一員として貢献できるかもしれないという、淡い期待もあったかもしれない。
だから、ただ料理の腕を磨くことを求めた。料理上手になることを目指した。そのために、斥候の職業を捨てて料理人に転職までした。
そうしてわかったのは、イレイナという人間は絶望的に料理に“適していない”ということだった。
だから、あきらめるのか。
これまでの頑張りによってたどり着けたのは、物理的にも魔力的にも食材に接触せず、狂っていると評価せざるを得ない火力をオリハルコンによって阻むことによって適度な加熱をしてかろうじて食べらえる料理を作るというもの。
自分の手ではまともな料理にはならない。このまま模索を続けても、まっとうな料理を作れる可能性は高くない。
――だからイレイナは、料理人から錬金術師に転職を果たした。
錬金術師。それはかつて魔女が研鑽と英知を積み重ねた秘奥。
物質の反応によって、魔力による加工によって目的のものを作り出すその力は、方針によっては疑似生命体を作ることすら可能であった。
それはまるで、イレイナが料理によって生み出した物体Xのように。
イレイナには料理のセンスはなかった。才能が、適性がなかった。
イレイナには錬金術のセンスがあった。才能はともかく、少なくとも適性はあった。
だからイレイナは、錬金術師として料理を――食べられるものを作るという道を選んだ。
ここで「料理」ではなく「食べられるもの」というところがミソである。
つまりイレイナは、もはや料理という枠組みにこだわってはいなかった。
錬金術の真価は、通常では考えられない効果を有する物質の創造にある。魔法の同じような現象を引き起こせる魔法具という不思議な品の創造や、能力を一時出来に引き上げる増強薬など。
そしてイレイナは己の魔力に宿る「料理をしようとすれば素材の性質が捻じ曲がる」という特性を利用して、成分を優秀な効果へと変えることを模索していた。
「……それで、どうして山に来ることになるんですか?」
息も絶え絶えに告げるのはベルコット。もはや組合の受付嬢に戻ることはできないだろうと定職から離れてしまった己の運命を嘆く彼女は、その実、今のところ世界で唯一にして至高の鍛冶師である。オリハルコンの加工に至った不死鳥の加護を宿した彼女は、その加護とイレイナの成長ボーナス付きの料理――という名の劇物――によって他の鍛冶師たちに先んじてオリハルコンの加工を行えるようになった。
そんなベルコットだが、今は至高の鍛冶師としての在り方など見る影もない。汗ばんだ額はテカっていて、荒い呼吸を繰り返しながら近くの木の幹に手をついて体を支えている。膝が笑っていて、足はもう鉛のように重い。
鍛冶で足腰が鍛えられたといっても、それは鍛冶のための筋力と体力。戦闘による能力上昇こそ行ったもののそれほど山道の散策には慣れていないベルコットは、前を行くイレイナについていくのがやっとだった。
ぐしゃりと髪をかき上げて額の汗をぬぐったベルコットが。木の根元付近でしゃがんでいるイレイナをにらむ。
先を行くイレイナはと言えば、手袋をした手で丁寧に木の根から生えるキノコの採取に集中していた。
明らかに危険だとわかる毒々しい鮮やかな赤色をしたキノコは、ニトロマッシュと呼ばれる爆発性のもの。摩擦によるわずかな熱で爆発するそのキノコは爆破薬の材料になり、鉱山や開拓現場、あるいは魔物との戦闘で使われる。
その採取には細心の注意が必要であり、斥候関係のことに関しては天才的な能力を見せるイレイナをしても他ごとをしながら採取することはできなかった。
ゆえに、先ほどまでの話を中断し、ベルコットの質問を聞き流し、ただ無心で、そっとニトロマッシュを木の根から外す。
イレイナが身に着けている手袋は、ギョブリンの皮でできたもの。清らかな水源に適応したギョブリンの皮は死後も適度な水気を帯びていて、こうした爆発性のある材料の採取に適していた。
手に持ったキノコを水が入れられたガラス瓶の中へ静かに入れる。ニトロマッシュは衝撃そのものには強い。
蓋をして、爆発しないことを確認したイレイナは深い吐息を漏らし、んん、と喉をならしながら体を伸ばした。
「……それで、どこまで話したっけ?」
「どうして私たちはこんな山奥で危険なキノコ狩りをしているのか、という話ですよ」
少しだけ疲労が回復したベルコットがキャンキャンと吠える。静かに突き出された手と深い理性を感じさせる視線を受けて、はっと息をのんで口ごもる。
ここは街から少し離れた森の奥。動物だけではなく魔物だって普通に存在する危険な場所なのだ。
慌てて周囲へと視線を向ける。
日照権を奪い合うように枝葉を広げて競い合う大きな木と、光届かぬ中で精いっぱい葉を茂らせるまだ小さな陰樹。魔物の戦いによって倒れた木が積み重なり、それが養分となって新たな芽が伸びる。
大自然の命の流れの一部になったような感覚を覚えながら、ベルコットは魔物の姿が見えなかったことに安堵の息を漏らす。
「で、ここへ来た理由を教えて下さいよ」
「……ああ、魔力の性質のせいで、料理をしようとすれば素材の効果を捻じ曲げることができるの。それは、素材の効果が高いほど大きくなる。例えば霊薬の素材にもなる大根……じゃなかった、マンドラゴラなんかだと意識しなくても勝手に動いたり鳴いたりするスライムみたいな疑似生命体が発生するわ」
「それで、毒キノコなんですか」
「そうよ。素材の成分を捻じ曲げるのなら、元が良性でも悪性でも関係ないはず。だったら、成分を変えるための研鑽のためには大量に量が手に入って、なおかつ種類も豊富な毒キノコがいいだろう、ってことになったのよ」
言いながら、イレイナは茂みをそっとかき分けて、姿の見えなかったキノコを見つけ出す。まるで第六感によってキノコを探し出しているようなイレイナの超人的な感覚を前に、ベルコットは引いた。それは別に、イレイナが怪物のように見えるだけではない。
イレイナの能力は、ひとえに斥候としてのものに特化している。そして斥候において、無害な雑草などというものは無視する対象――意識には上らない。
ではどうしてイレイナは見えていなかったキノコの存在に気づけたのか――それが、斥候として見つけ出さなければならないようなものだったからである。
すなわち、劇物キノコ。
じりじりと距離をとるベルコットの視線の先では、イレイナはカバンから取り出した霧吹きでキノコを濡らしている。顔の下半分を布で隠したイレイナの目はひどく真剣だ。
見つけたのは、傘に親指の第一関節ほどの黄色い半球が浮かぶキノコ。その名は、笑い茸。衝撃によって散る胞子を吸い込めば三日三晩笑い転げるという最悪の毒キノコだ。止まらぬ笑いのせいで水分補給すらままならず、腹筋は死に絶え、心肺機能の弱い者であれば死ぬ可能性もある。しかもこんな魔物が跋扈するような土地で笑い転げていればどうなるかなど子どもでもわかる。
霧によって濡らすことで胞子が空気に乗って飛び散ることを防いだイレイナは素早く採取を終えて額の汗をぬぐう。
「……いい実りね。ベルコットは見つけた?」
「食用のキノコはいくつか採取してますけど、毒キノコなんて目にも入れたくありませんよ」
先ほどから、少しだけしびれたり味覚が数時間麻痺したりといった軽度の毒をもつキノコは見つけていた。けれどベルコットはそっと目をそらした。イレイナが採取しようとしなかったのは、成分が弱いからと捨て置いたからだ。その中に混ざっていた食用のキノコを拾い集めたおかげで、ベルコットの手の中にある袋はかなり大きく膨らんでいた。
「せっかく来たんですし食用のキノコも採取しましょうよ。まあキノコだけに限らなくていいんですけれど」
「……そうね。じゃあベルコットは普通のキノコの採取を続けて。私は毒キノコの採取を続けるから」
明確な役割分担を終えた二人は、再び道なき山道を歩き続ける。
魔物の戦いによって倒れた倒木、湧いた泉、死骸。あちこちに生えるキノコの採取を続けていれば気づけば日は高く上っており、枝葉の隙間から陽光が森の中を照らす。
求愛の声を上げる鳥の鳴き声、虫のささやきが聞こえてくる。サワサワと揺れる枝葉の音は心地よい音色を奏でる。
きゅう、と小さくベルコットのお腹が鳴る。頬を紅潮させ、腕でお腹を隠したベルコットはキッとイレイナをにらむ。
「……どうしたの?」
「イレイナが朝食も摂っていない私を引っ張ってきたせいですよ!」
朝一番に「キノコ狩りに行く」と告げられて森まで運ばれたベルコットの怒りの声が穏やかな昼の森に響き渡った。




