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呪われし料理音痴イレイナの挑戦  作者: 雨足怜


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幕間5血濡れの勇者

 勇者レオニードは不満だった。

 レオニードは勇者である己を誇りに思っている。自分はすべての人間に称えられるべき者だと思っている。気づけば怪物と呼べるまでに肥大化していた自己愛あるいは自己顕示欲求は、時折人々が自分に向けてくる部別の視線が許せなかった。

 己はもっと称えられるべきだ。もっと称賛されるべきだ。俺は勇者だ。人類を救う最強の男だ。なのにどうしてそんな顔をする?もっと褒めたたえろ、俺に傅け――

 日に日に不満を強くしていくレオニードにとって、森で出会った悪魔のささやきは思わず飛びつくほどのものだった。

 勇者レオニードに足りなかったのはドラマだった。もっと劇的で、ぎりぎりで、人々の心を大きく揺さぶるような戦いが必要だった。これまでのように魔物たちが跋扈する最前線でだけ剣を振るうようではいけない。それで、人々は勇者に感謝しない。

 人の認識能力などたかが知れている。自分が見ていないところで戦っている勇者の活躍など、人々には想像するのが難しい。ましてや、戦闘経験のないものであればなおさらだ。

 だからレオニードは魔物との戦いを、ドラマを見せる必要があった。いかに魔物が危険な存在で、そんな魔物を鎧袖一触で切り払う勇者の偉大さを突きつけなければならなかった。


 だからレオニードは、魔物に攻められる街を前にして、森に潜伏してタイミングを計っていた。

 視界の先では、街の前に広がる平野を埋め尽くすほどの数の魔物の姿があった。種類も大きさも様々な魔物たちは、統率のかけらもなくただ目の前にぶら下がる街という獲物めがけて行進する。味方であるはずの魔物を踏みつぶし、あちこちで殺しあいながらも魔物たちは止まらない。

 血臭と獣臭に包まれた戦場を前に、ティルメニアはその美しい桃色の髪を揺らしながらレオニードと魔物たちの間で視線を行き来させる。

 その目には強い困惑の光があった。

「まだ出ないのですか?」

「ああ、まだだ。もっと苦戦してもらわないといけない。今向かったところで、俺の活躍を実感するものは少ない。せいぜい防衛にあたっている者だけだろ?それじゃあダメなんだよ」

 もっと、もっとと告げるレオニードの目には、言いようのない狂気の光があった。ねばつくような激しい感情にあてられたティルメニアは、ひきつる口元を隠すように魔物たちの軍勢へと目を向ける。

 当初の依頼では、ここまで大規模な魔物に侵攻されるという話はなかった。それが気づけば各地から魔物が集まり、この街を取り囲むようにして集まっていた。

 どこからともなく増え続ける魔物が平野でうごめくさまは、ティルメニアに強い恐怖と嫌悪を抱かせる。

「……まだ出ないのか?そろそろいいんじゃない?」

 鯉口を切っては戻してと、カチカチと音を鳴らすヒストリカに、何を言っているのだとティルメニアは異常者を見るような目を向ける。

 狂戦士の職業についている者たちは、たいていどこか頭のねじが外れている。ヒストリカもその例に洩れず頭のねじが一本や二本は外れていた。もともと魔物との血湧き肉躍るような戦いを求める戦狂いではあったが、これほど状況を理解できないような狂った人間ではないはずだった。

 滅びの危機にある街を見て、ヒストリカは舌なめずりをする。あるいは彼女には無数に群がる獲物(魔物)しか見えていないのかもしれなかった。

 自分がおかしいのかと、ティルメニアはもう一人の仲間へと目を向ける。治癒師のアーリシアは長い杖に体を預け、無機質な瞳で魔物たちのことをじっと見つめていた。

 実のところ、ティルメニアが最も恐れているのがこのアーリシアという女性だった。教会に所属し、魔物を滅ぼすことで人々を救うことが己の人生の理由だと告げる女は、治癒師でありながらひどく暴力的で言動がよくない。言い寄ってきた男や、村一番の娘を一目見た瞬間に杖で殴り掛かるような異常性を秘めている。そのくせ、人々を救うという使命感だけは本物なのだから手に負えない。

 魔物嫌いの狂信者アーリシアからそっと目をそらし、ティルメニアは握る杖の存在を確かめるように手に力を籠める。

 その時、レオニードがわずかに息をのむ気配がした。視線は、戦場へとくぎ付けになっている。

「……どうなってんだよ」

 空を見上げながらつぶやくレオニードの視界に映っているのは、天を覆い隠すほどに巨大な魔方陣。その陣に込められた膨大な魔力はまさに人知を超えたもの。魔物、あるいは魔族による超大規模魔法――そう理解して、レオニードは瞬時に街を見捨てる決断をした。

 この場に勇者レオニードは初めからいなかった。勇者は間に合わずに街が一つ滅びた。そんなシナリオとも呼べない話を頭の中で組み立て、レオニードは逃げる算段をしてふと己の思考を振り返る。

「……勇者であるこの俺が、逃げるだと……っ!?」

 たかが魔族に気圧されたという事実に、レオニードは怒りをむき出しにする。銀のオリハルコン合金の聖剣を引き抜き、怒りに歯ぎしりしながら森の外へと一歩を踏み出す。

「行くぞ、この俺にふさわしい、活躍を未来永劫語り継がれるだろう最高の舞台になッ」

 踏み出したレオニードが、聖剣片手に魔物へと躍りかかる。

 その瞬間、魔方陣によって構築されていた魔法が発動し、次の瞬間、レオニードは強烈な浮遊感に目を瞬かせた。

「な、んだ!?」

 素早く状況を確認して驚愕に唇を振るわせる。レオニードは、まだ遠いはずだった街、その上空十メートルほどのところから落下していた。視界には、空から落ちる無数の魔物の姿。空に浮かんでいた魔方陣が空間魔法のものだと理解したところで、近づいてくる大地を感じて我に返る。

「舐めるなァッ」

 聖剣を振りぬく。強烈な突風が巻き起こり、レオニードの落下速度が落ちる。

 レオニードの聖剣は、特殊な魔力回路を刻まれた逸品だった。振りぬくと同時に、大気中に存在する魔力に干渉して風を巻き起こす。それは時に風の壁となり、時に不可視の刃となる。

 風の一撃が、レオニードの落下地点にあった家屋を吹き飛ばす。貧民街に降り立ったレオニードの耳に、無数の悲鳴と咆哮が届く。

「チッ、魔物どもが俺から逃げられると思うなよッ」

 次々と空から降ってくる魔物を皆殺しにすべく、レオニードは近くにいた魔物へと全力で聖剣を振りぬいた。


 戦いは順調だった。魔物の数こそ多かったものの、連携を取らず、目の前に存在する逃げ惑う人間に夢中な魔物など、レオニードたち勇者パーティの人間にとっては敵ではなかった。

 最も攻撃能力が低いアーリシアも、確実に一体、また一体と魔物を倒していた。だが、特に貧民街に降り立ったレオニードの活躍は、まさに彼が望んだ鎧袖一触という表現そのものだった。

 レオニードが剣を振るうたびに魔物は四肢を切り落とされ、首を刎ねられ、風の刃に体表をずたずたに切り裂かれた。怒り狂う魔物たちの咆哮を浴びながら、レオニードは獰猛に笑う。

 ここに俺がいると、レオニードは全身で叫ぶ。ここで勇者が戦っているぞ。俺こそが勇者だ。俺の力を見ろ。俺を褒めたたえろ。人類最強の男の活躍を語り継げ――ッ!

 風によって吹き飛ばされた魔物が数棟の民家を押しつぶす。弾丸のように地面を蹴って飛び出したレオニードが、魔物を縦に両断する。放たれた巨大な風の刃は、勢い余って魔物の奥の建物を切り裂いた。

 魔物の血肉をまき散らしながらレオニードは笑う。この戦いを乗り越えれば、俺は少なくともこの街で英雄として語り継がれるだろうと。

 彼は、気づいていなかった。逃げ惑う住民が、息をひそめて隠れる住民が、自分へと向ける感情の正体を。

 恐怖、あるいは嫌悪。住民を救うわけではなく、ただ笑って魔物を殺し、住民を巻き込んでも気にしないレオニードは、彼らの目には怪物に映った。

 レオニードは戦い続ける。家屋を壊し、そこにいた人を殺し、笑いながら魔物を殺す。

 血を浴びて歓喜するその悪魔じみた姿は、人々の脳裏に鮮烈に刻まれた。


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