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呪われし料理音痴イレイナの挑戦  作者: 雨足怜


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40オリハルコンホイル焼き

 おそらくは人類初となるオリハルコンの加工が行われてから半年の月日が経った。

 その感、ベルコットたちが作ったオリハルコン合金は三千種に上る。加えた物質の量だけを変えたものもあるが、その執念は狂気じみたものだった。

 気が狂いそうになりながらも、ベルコットは挑戦し続けた。思いつくありとあらゆる素材を試し、最適なホイルの作製にいそしんだ。

 そして、とうとうそれは完成した。

 アルミホイルと同等の変形性と、不死鳥の炎でも燃え尽きることのない耐火性。

 アダマンタイトにヒヒイロカネ、ラーヴァゴーレムのコアに火竜の心臓、マンドラゴラの亜種であるレッドマンドラゴラの灰。

 最適な量を加えられたオリハルコンはその輝きにわずかに赤みを含んでいた。

 赤金色のホイルを手にしたイレイナとベルコットは、さっそく調理を始めた。それはあるいは、完全に失敗に終わるものだと思っていた。

 もともと、ベルコットはオリハルコンであればイレイナが食材を炭にすることはないだろうという軽い考えからオリハルコンホイルを提案した。だが、知れば知るほどイレイナの料理のセンスのなさはベルコットの予想の上を行った。常識をぶち破った不器用さと魔力によって引き起こされるおかしな反応は、オリハルコンであっても止められないと思っていた。

 誰もが、料理の失敗を悟っていた。けれどこの計画の初めの一歩を、たとえ失敗するとわかっていても避けて通ることはできなかった。

 多くの観衆に見守られながら、イレイナとベルコットは青空の下で料理を始める。

 採取してきた新鮮なキノコをさっと洗い、鹿肉と合わせてホイルの上に乗せる。そこにバターと味噌、香草を加えてホイルを閉じる。

 くしゃりと丸まるオリハルコンホイルに感動を覚えるベルコットの目じりに涙がにじむ。鼻をすすり、目元を乱雑に袖で拭ったベルコットは、隣で悪戦苦闘するイレイナを見つめる。

 なぜか手の中から吹き飛んだ食材が空を舞う。落とさないようにと飛び上がったイレイナが調理台の上を飛び越えて宙を舞う。

 キノコのすべてを回収して着地。達人の技に観衆が盛大な拍手を送る。

 どこかまんざらでもなさそうに小鼻を膨らませたイレイナが料理に戻り、途端に不器用を取り戻す。ただ乗せればいいだけの食材を握りつぶし、あるいはぐちゃぐちゃにしながらもホイルで包む。ホイルの口から飛び出した肉がやけにグロテスクに映ったが誰も気にすることはなかった。

「それじゃあ、行くわよ」

 ホイルで包んだキノコを炭火の上に通した金網に乗せる。瞬間、イレイナの料理音痴が発動し、炭は一瞬にして灼熱のごとき赤に染まり、火柱が空へと立ち上った。

 とっさに炎の上から体をずらしたイレイナだが、その毛先が少しだけ燃えてしまい、わずかな異臭が香った。

 イレイナの料理音痴の異常さをあまり理解していなかったこの街の領主が驚愕に言葉を失っている中、イレイナの料理は続いていく。天を焦がすほどの異常な炎がどうしてただの炭から生じているのかは誰にも分らない。わかるのは一つ、この灼熱の炎の中でもオリハルコンホイルはその形を失っていないということだった。

 極限の耐火性を有するオリハルコンホイルは、炭が燃え尽きて消えた炎の向こうでも変わらずにそこにあった。ホイルの口から飛び出していた肉片は、もはやその炭さえ見当たらない。

 誰もが固唾をのんで見守る中、イレイナはゆっくりと包みを開いていき、大きくを目を見張った。

「……焦げてない」

 一切の熱を通さないだろうオリハルコンのホイルに包んでなお中身が程よく湯気を立てている。オリハルコンを突き抜ける熱量に呆れるべきか、あるいは中身を燃え尽きさせなかったオリハルコンホイルに賛辞を贈るべきか。

 オリハルコンホイルの口から熱が入り込む余地はあったのだから、今回に限ってはそれでも燃えなかった中身に注目すべきだった。

 ふわりと芳醇な香りを立ち上らせるホイルの中身は無事だった。ベルコットが包んだと思しきそれは溶けたバターが肉やキノコに絡まり、つややかな色合いを出していた。

「ネスト!」

「うん、わかってる」

 覚悟を、わずかな期待を込めてネストがフォークを伸ばす。ホイルの中、湯気を立てる肉をとり、震える手で口に運ぶ。

 目を見張る。動きが止まって――

「お、おいしい」

 瞬間、大気を震わせるような歓声が巻き起こった。惜しみない拍手が送られ、感動に心震わせるベルコットが涙を流す。イレイナとネスト、ベルコットの三人は固く抱き合い、ようやくたどり着いた成功とその達成感を分かち合った。


 ややあって、オリハルコンホイルの完成と、オリハルコン加工技術の確立を祝う催事へと移る。そんな中、イレイナはほかのホイルの口を開き、自分が一から作ったオリハルコンホイル焼きを確認して動きを止めた。

「どうしたの……っ!」

 背後からイレイナの手元を覗き込んだネストが声にならない悲鳴を漏らす。イレイナが持つオリハルコンホイルの中では、黒紫色のゲルがうごめいていた。

 しばらく動きを止めていたイレイナは、緩慢な動きで次のホイルへと手を伸ばす。包みの閉じ方から察するにこちらもイレイナの料理。

 それはひどく軽く、触れたところのホイルがつぶれた。恐る恐る確認した先、ホイルの中には何も残っていなかった。わずかな煤が、そこに何かが入っていて、それがすべて燃え尽きたことを示していた。

 無事だったオリハルコンホイル焼きは四つ。それはすべてベルコットが包んだものだった。対してイレイナが包んだホイル焼きは、ゲル化したものが一つ、焼失したものが一つ、悪臭を放つマーブル模様の粘性になったものが一つ、よくわからない青色のぼそぼそとした粒になったものが一つ。成功作はただの一つもなかった。

「……どういうこと?」

「ふぅむ、もしかするとイレイナが触れた際に魔力が食材に移ってしまったのかもしれんな。それに対して孫娘の作ったものはイレイナの魔力が含まれていなかったことで加熱段階でおかしな反応をすることがなかったということかの」

「燃え尽きたのは口の閉じ方が悪かったからかな」

「うむ。オリハルコンはイレイナの魔力を遮断することで魔力による奇天烈な反応を防いだということになる。ひょっとするとオリハルコン製の手袋でもつけて調理をすればまっとうな料理が作れるようになるかもしれんぞ」

 がばりとイレイナが首をひねる。その先、師匠である鍛冶師と祝杯を交わしていたベルコットは、聞こえてきた祖母である魔女の言葉と、底なしの闇を孕んだイレイナの視線に顔を引きつらせていた。

「……終わり、オリハルコンの加工は終わり!」

「いや、少なくとも後進が育たんとその立場からは解放されんだろうな。それに技術の流出を防ぐためにもベルコットはこの街に永久就職することになるんじゃないか?」

 え?と師匠の言葉の正否を問うように視線をめぐらす。その目の先で、領主の男が真剣な顔でうなずいて返す。地獄耳な男の肯定をもって、ベルコットはへろへろと地面に崩れ落ちた。

「大丈夫ベルコット……って、ちょ!?」

「ネストさぁん。責任を取って私をもらってくださいよぉ。このままだと領主様に取り込まれるか、むさくるしい師匠たちの中で一生を過ごすことになりそうです~」

 本気の泣きが入ったベルコットにしがみつかれ、ネストは目を回す。とん、と肩に手を置かれて振り向けば、そこには満面の笑みを浮かべる魔女の姿があった。

「両手に花だねぇ。……孫娘を傷物にしたのなら、責任を取ってもらわないといけないねぇ」

「傷物になんてしてないし、ベルコットを巻き込んだのも無茶ぶりをしたのもイレイナだよ!?」

 止めなかったのだから同罪だと魔女は告げる。その流れは周囲に広がっていき、ネストがベルコットを娶る流れが生まれ始める。

 助けを求めるように視線を向けた先では、オリハルコンホイルを手に巻き付けて料理しようと悪戦苦闘する、どこまでも我が道を行くイレイナの姿があって。

「………………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 天を仰ぎ、ネストは盛大な溜息を洩らした。

 どこまでも澄み渡った空の青さが、ひどく目に染みた。


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