39オリハルコンホイル
ベルコットはそれまで伸び悩んでいたことが嘘のように力をつけていった。
その動きはさえわたり、動体視力が上がり、筋力が増し、魔力が増加した。鎚をふるう力はこれまで以上に力強く、打たれた金属がすがすがしい音を響かせる。
一目見て追加された燃料が炉の中で燃え盛る炎をわずかに強くする。最適な温度を維持される炎が突き刺された金属を熱していく。
まるで粘土でもこねているように自然に形成されていく金属はやがて一つの刃となった。
「……よし」
にやりと笑い、額ににじむ汗を袖で拭う。最高の出来となった刃を覚ましながら、ベルコットはすぐに柄と鞘を作り始める。木材片手に動くナイフはまるで踊るように木を削りだしていき、瞬く間に鞘となる。
つなぎ合わせ、完成した新たなナイフを手に、ベルコットは数度振り、鍛冶場の外に出る。
試し用に立てられている藁の案山子を切り裂き、その感覚を確かめる。会心の出来だった。
「いいですね」
「そうか!いやぁ、すげぇな。もう完全に技量でぬかちまったよ」
ベルコットについて鍛冶場から出てきていた男が、切断面を確認しながらうめく。
どこかくやしさをにじませながら巨漢の男が告げる。師匠である鍛冶師にどう返したらいいかわからず、ベルコットはただあいまいに笑うにとどめた。
「なぁ、ちなみにどうやって壁を乗り越えたか聞いてもいいか?」
「別にいいですけど……無茶ぶりですよ?」
「無茶ってぇと、またイレイナの嬢ちゃんか?」
無茶の代名詞、イレイナ。すでにオリハルコン関連の関係者である者たちにとって、イレイナの異常性は周知のものだった。何しろ神授の武具とうたわれるオリハルコンの加工を計画し、あまつさえ伝説に語られる剣をホイルに加工しようという気違いじみたことを考えているのだ。これが異常でなくてなんだと言うのか。
汗で張り付いた胸元の衣服をぱたぱたと動かして服との間に体を送るベルコットには淑女としてのたしなみはない。だが、この場にいるのは鍛冶に人生をささげた妻の尻に敷かれる男だけ。注意する者がいない中、ベルコットは確実に野郎たちに染まりつつあった。
「イレイナの料理……劇物ですよ。なんでも魔物を倒した際の成長度合いを向上させる効果を持たせることに成功したそうで、一瞬にして壁を越えられました」
晴れやかに告げるベルコットを見る男の目には驚愕と呆れがあった。
「染まっちまったな」
「……え?」
「いや、何、俺らはこうして効果を理解しても嬢ちゃんの料理を食べる気にはならないからな。最近ではもう一切文句を言うことなく食べてるだろう?」
「秘訣は無心になることですよ。悟りです、悟り。その境地に達すればどれほどのまずさであってもそよ風のように受け流せますよ」
男は知っている。イレイナの料理を口に運ぶとき、ベルコットの魂とでも呼ぶべきものが肉体から飛び出していることを。その目は虚空を見つめ、口からはひとりでに呪詛のようなつぶやきが漏れる。そんな光景を目にしていれば、たとえ鍛冶の腕を上げることができるとしてもイレイナの料理を食べる気にはならなかった。
「もはや生物兵器のようだよな。動くスライムみたいなもんをよく空気になれるな」
「だから悟りですよ」
ナイフを鞘に納め、ベルコットはぐるぐると腕を回しながら鍛冶場へと戻る。太陽はまだ天高い。この調子ならまだまだ続けられそうだった。
そうしてベルコットの鍛錬は続き、その中でネストともに戦闘能力も向上させつつ、ついにその日がやってきた。
すでにベルコットは不死鳥の炎を制御下に置いており、投入した金属が蒸発するようなことはなくなっていた。燃え盛る炎はベルコットの意思一つでその温度を自在に変化させ、金属にとっての最適な熱を放つ。赤から青、白と移り変わる炎は幻想的で、一つの芸術のようでさえあった。
見守る視線を背中に感じながら、ベルコットはイレイナより預かった剣をアダマンタイト合金の中に入れて不死鳥の炎の火力を変化させる。ラーヴぁゴーレムをはじめとする様々な耐火素材を加えた合金の器は不死鳥の最高温度でも全く溶ける気配を見せない逸品である。
その中に入れられたオリハルコンの剣は少しずつとろりとした黄金の光を強くしていく。
世界を救った歴代最高の勇者ゴールディーの愛剣が少しずつその形を失っていく。溶け始めた聖剣はやがて揺らめく流体となり、合金の器の中で揺れる。煙となって立ち上るのは、オリハルコン以外の素材。金属、あるいは魔法的な効果を及ぼすための触媒のようなものが聖剣の中から失われていく。その変化が進むほどに、オリハルコンは純度を高め、その輝きを増していく。
溶けたオリハルコンをインゴット成型用の器に流し込んで冷やす。とろりとした黄金の液体を前に、誰もが一言も発することなくその行く末を見守っていた。
型から取り出されたオリハルコンインゴットの一つが再び炉に入れられる。
青白い炎がオリハルコンを包み込み、その黄金の輝きを強める。赤く染まることはないものの、ベルコットはその色の変化によってその温度を敏感に感じ取っていた。
取り出されたインゴットに鎚が振るわれる。澄んだ音が鍛冶場に響き渡る。それは金の音のような澄んだ音。吸音効果のある鍛冶場の壁にわずかに反響する音は重なり、まるで組み鐘のように歌を奏でる。
響くそれは、鍛冶の歌。神に祝福された金属への讃美歌。
歌を奏でるベルコットは、一心不乱にオリハルコンのすべての把握に努めていた。極限の集中はその肌のすべてでオリハルコンの状態を感じ取り、目は飛び散るわずかな火花でさえも見逃さない。
額を伝う汗が目に入るも、それにベルコットが反応することはない。腕をむき出しにした作業着に汗がにじみ、服がべっとりと肌に張り付いて扇情的に見えようと、そんな自分をネストが見守っていることも意識の中から消え去り、ベルコットはオリハルコンとの対話を続けていた。
高貴で気難しく、けれどどこまでも一本筋な金属。それが、対話によってベルコットが感覚的に理解したオリハルコンという金属だった。
やがてインゴットはその面積を広げ、板になり、さらに薄くなる。
マイクロメートルオーダーになっても止まらず、どこまでも薄いホイルが完成する。
とろけるような黄金の輝きを秘めた、純粋なオリハルコンのホイル。
完成したそれを前にして、ベルコットは力尽きたように膝から崩れ落ちた。休憩もなしでぶっ通しでの鍛冶に肉体が音を上げていた。
息は荒く、腕はもう全く動かない。倒れていく体がやさしく支えられる。
「お疲れ様」
「はい……ありがとうございます」
背中に添えられたネストの手の熱を感じながら、ベルコットは振り向くことなくオリハルコンをホイルを眺める。
次第に強まっていく達成感に頬が緩み、じわじわと全身に衝動が走る。
「やった、んですよね」
「うん、できたね」
「完成ね」
ベルコットの横に並んだイレイナがじっとオリハルコンホイルを見つめる。
それ以上の言葉はいらなかった。無茶苦茶な計画だと思っていた。不可能だと考えられていた。けれどイレイナという常識知らずの麒麟児が、逃げることなく鍛錬を続けたベルコットが、支えたネストが、そして炉の作製をはじめとする協力をなしたすべての者によって、人類はとうとう神の金属、オリハルコンの加工に成功した。
緩慢な動きで立ち上がったベルコットが、冷えたオリハルコンホイルに手を伸ばす。
万感をもってつかんだそれを、そっと持ち上げて――
「ん?」
わずかな予感に頬を引きつらせながら、ベルコットはおもむろに両腕に渾身の力を込めてオリハルコンホイルを潰しにかかる。
だが、わずか数マイクロメートルの厚さになってなお、オリハルコンは曲がることもぐしゃぐしゃに丸まることもなく、ただの板として存在し続けていた。
呆然と、イレイナを見る。オリハルコンホイルを受け取ったイレイナがその鋭利な側面で手を切り裂かないように気を付けながらオリハルコンホイルを捻じ曲げにかかる。
「……ッ、んんッ」
顔を赤くして力を籠めるも、オリハルコンホイルはわずか数ミリほどたわむばかり。手を離せば、すぐに元の板状に戻ってしまう。
イレイナとベルコットの最終目標は、オリハルコンホイルによるホイル焼きだ。つまり、食材を包む必要がある。今となってはオリハルコンを用いたところで成功しないだろうとわかっていても、一度挑戦してこれだけの人を巻き込んだ以上最後までやり遂げなければならないという使命感が二人にはあった。
だが、届かない。オリハルコンの頑丈さは、たとえ数マイクロメートルの厚さとなっても変わらない。
全く変形しないオリハルコンを手に、イレイナとベルコットは途方に暮れていた。




