38ギョブリンのチーズ炙り
丁寧にスライスされたギョブリンの肉が溶岩の上でジュウと音を立てる。
イレイナが火山から拾ってきた黒々とした溶岩は魔法具によって加熱され、その上にきれいにギョブリン肉が並べられていた。
火の通りを見て素早く肉を裏返すネストの手元をイレイナはじっと見つめていた。ギョブリンの肉は水分が多い。そのため、焼くとふわっとした仕上がりになる。
「……この辺りはいいよ」
その言葉と同時にイレイナとベルコットがカトラリーを伸ばして肉を取る。ツナイというわずかな苦みが特徴的な栄養価の高い野草の葉で肉をくるんで口に運ぶ。
ふわっとした身とみずみずしいツナイの触感が口の中でハーモニーを奏でる。噛むほどにあふれる水気がふわりとした少しだけ甘い油を口内に広げる。
「……やっぱりいいですよねぇ、ギョブリン。おいしいですし、それに安いですし」
ギョブリンは川は泉の中でも比較的水がきれいな場所に住む。それは水が濁った場所にはたいてい天敵であるジャイアントクレイフィッシュという名前そのまま巨大なザリガニの見た目をした魔物が住んでいるからである。
ジャイアントクレイフィッシュがいない水場は必然的に水が澄んでいて、そのためギョブリンの肉には臭みが少ない。さらにギョブリンは草食であり、藻や野草、果実を食べて生活するため、特に果実が豊富な場所では肉にほのかな甘いがあるのだ。
そして何より、ギョブリンはゴブリン種でもあるのでそれなりの繁殖能力を有していて数が増えやすいため、肉として手に入ることが多く、それなりに市場に出回る。
ゆえに市民の口にも入るおいしい魔物として知られている魔物でもあった。
見た目が二足歩行の魚であるという点に目を瞑れば非常においしい。
焼き奉行を続けるネストは額ににじむ汗をぬぐうこともなくギョブリンの焼き肉の生産を続ける。そんなネストを、ベルコットは不思議そうに小首をかしげながら見つめていた。
「ネストさんは食べないのですか?」
「ああ、ネストはもう少ししたら食べると思うわ」
「ギョブリン肉が嫌い、というわけでもないんですよね?」
「逆ね。ネストの親が無類のギョブリン肉好きで、祝い事の席にはいつもギョブリン肉を出していたの。そのせいかギョブリン肉は祝祭で食べる貴重なものっていう価値観が染みついていて、ギョブリン肉を雑に焼いたりするとうるさいのよ」
だから放っておいていいわと言いながら、イレイナは追加で焼きあがった肉を口に運ぶ。ネストはイリエナの話に肯定も否定も返さず、トングを手にギョブリン肉をにらむ。
「確かに値段にしてはおいしいとは思いますけれど、それほどですかね?」
「まあ個人の趣味趣向によるんじゃない?実際、ネストだってそこまでギョブリン肉が好きってわけでもないし……そろそろね」
何が――そう言おうとしたベルコットの目の前で、ネストはおもむろに荷物からチーズを取り出し、素早くナイフでそぎ落としていく。肉の上にひらひらと乗るチーズが過熱されてトロリと垂れる。その上にさっと黒コショウをまぶしたところで、ネストはふうと息を吐いて額の汗をぬぐった。
「食べないの?」
「もう食べるよ……うん、いい出来だね」
ギョブリンのチーズ炙り。懐かしい故郷の、あるいは母の味をかみしめるように食べる。イレイナもまた濃厚なチーズの味とコショウの刺激、それからわずかに香る甘味と香草の香りを感じながら、真っ青な空を見上げる。
「……故郷、ですか。イリエナとネストさんの故郷ってどんなところだったんですか?」「ん?何もないありふれた村だよ。どちらかといえば辺境でね。最寄りの街から一週間も荷馬車を引いて山を越えないといけないから外から人が来ることもほとんどなかったよ」
「ん?でも幼馴染が勇者に選ばれたんですよね?」
「ああ。なんでも占術によって勇者を見出したらしいよ。詳しい話は知らないけれど」
当時、めったに外の人間が出入りすることのない村に王国の一団が足やってきてそれはもう大きな騒ぎになった。しかも、あろうことかこの街に未来の勇者がいるという話で、村人たちはただ自分たちの許容値を超える壮大な話に目を白黒とさせていた。
そんな中勇者に選ばれたレオニードは、当時仲が良かったイリエナとネストとともに魔王を倒すための旅に出る決断をし、それから二年後、師匠のもとで訓練を積んだ三人は故郷の村を旅立った。
「へぇ、てっきり蛮勇のままに『俺は勇者だ!魔王なんて敵じゃない』みたいな感じて村を飛び出したのかと思っていました」
ネストやほかの者から伝え聞いた話からは想像もつかない現勇者の旅立つにベルコットは目を見張る。そのフォークから落ちた肉を空中でイレイナが受け取って皿に戻す。
鋭い目で審議をしていたネストは、ギョブリンの肉が無駄にならなかったことに内心でセーフ判定を下した。
「そういえば、師匠は元気かしら」
「師匠というと、村で戦闘技能を叩き込んでもらったっていう、王国から派遣された?」
「そうだね。当時すでに一戦を退いていた勇者様直々に教えを乞うことになったんだけど……まあすごかったよ。イレイナ、今なら勝てると思う?」
「無理じゃない?」
イレイナをして勝てないと言わしめる先代勇者。剣聖、あるいは人類種族の旗頭として名をはせていた英雄である。対立していた種族を剣一本でまとめあげた彼の伝説は今も多くの物語に語り継がれている。
壮年になって初めて勇者に認定され、それから老いによって最前線から退くまで、彼はただの一度も重傷を負うことはなかった。そういう、ある意味でイレイナを超える超人だった。
「……そういえばとんと噂を聞かないね?」
「エルフとかの村で療養しているんじゃないの?当時エルフのお姫様からのアプローチがすごかったわよね」
「何ですかそれ詳しく!」
突如として降ってわいたロマンスの気配に目を輝かせるベルコットに、イレイナたちは顔を見合わせて苦笑を浮かべる。
それから、かつて故郷の村にエルフの王女が押しかけた話を語り始めた。
王女の渾身のアプローチにすでに老年だったら剣聖はなびかず、代わりに目をハートマークにしたレオニードが告白するも一言で両断された。
話ははずみ、イレイナとネストは久しく思い返すことのなかった故郷の出来事に話の花を咲かせた。
その経験を共有できないことを少し寂しく思いながらも、ベルコットは時に度肝を抜く剣聖の行いに目を見張り、時に王女の渾身のアプローチに頬を赤く染めた。
そうして、ギョブリン殲滅地から少し遠く。泉のほとりにて三人は森のささやきに包まれながら話をつづけた。




