36毒草サラダ~成長ボーナス付き~
ネスト同様、激しい不味さをした料理によって気絶したベルコットが目を覚ました時には、すでに日は高く昇っていた。
イレイナとネストが拠点用に使っている家だが、現在では客間の一つが完全にベルコット専用のものになっている。力尽きるまで鍛冶の鍛錬を行う日も数知れず、全身筋肉痛で動くこともままならないベルコットを気遣ってイレイナが用意した。その部屋に運ばれていたベルコットは窓から差し込む強い日差しによって目を覚まし、ゆっくりと体を起こした。
「………んん」
大きく伸びをしたベルコットは珍しくすぐに体の眠気が消えたなと思いながらベッドに腰かけ、自分が寝間着ではなくしっかりと服を身に着けていることに気づいて首をひねる。
部屋の中を見回してイレイナたちの家にある自室であると気づいて、ようやく自分が倒れたことを理解した。
その瞬間に込み上げてくると思われた吐き気だが、けれど胃腸もまたいつになく落ち着いているように感じた。最近、鍛冶の鍛錬でずっと火の元にいることも多く、ややばて気味だったにも関わらず体が活力に満ちていた。
不思議に思いながらひとしきり体をひねって痛みがないことを確認してほっと溜息をもらす。幸いにも意識を失った際にどこかをひどく打ち付けた様子はなかった。
服のしわを伸ばし、部屋を出る。新築のにおいが残る廊下を進み、一階に降りる。
「ええと……おはようございます?」
「おはよう、ベルコット」
「おはよう。大丈夫だった?」
気づかわしげなネストと視線で言葉かわす二人にどこかむっとした様子でイレイナが頬を膨らませる。
ベルコットは椅子に座り、対面の席にいるイレイナの顔をじっと見つめる。
「どうかしましたか?」
「…………何が?」
きょとんとした様子のイレイナが何度も目を瞬かせる。その瞳には、心からの困惑の光があった。
「いえ、なんだかふてくされているようでしたけれど。こう、放置された子どもみたいな」
「……そんな顔はしてないわよ」
「してましたって、ねぇ、ネストさん?」
「え……そんな顔してたの?イレイナが?本当に?」
嘘だと、そんな思いが透けて見せる声音で告げるネストとイレイナの間で視線を行き来させるベルコットは、「だめだこの恋愛遭難者たち」と天を仰いだ。自分が遭難しつつあるかもしれないことにベルコットは気づかない。
「まあいいです。それよりやけに体調がいいんですけれど、何かしましたか?」
「何かって?」
「ええと、回復薬を飲ませたとか、マッサージをしたとか?」
「気を失ったからベッドに運んだけだよ。二人とも、気絶するほど不味かったの?演技じゃなくて?」
「あー、たぶん寝不足気味だったこともあってショックが強かったのかな」
「私はネストさんと違ってそれほど耐性がありませんから」
「いや、イレイナの料理に耐性なんてつかないって」
「でも慣れみたいなものはあるんじゃないですか?」
「……そんなに不味いんだ」
「あ、いや、決して飲み込むこともできないほどの不味さじゃないんだよ!?ただこう、口に運ぶまではにおいも強烈に異様な気配もしないから、そのギャップがひどくてさ――」
椅子の上で膝を抱え始めたイレイナに、言い訳ともつかないことをネストがまくしたてる。両ひざの上に顎を乗せたイレイナがじっと見つめる。その視線を前に頬を次第に赤く染めていったネストがあらぬほうを見る。
「ネストさん、ちょろすぎじゃないですか?」
「え、僕ってちょろいの?」
「それはもう」
絶望を背負ったネストはうじうじと机の上を指でなぞる。
「それで、イレイナ。私の体調の良さはどういうことですか?」
「体調がいいの?どんな風に?」
「え?ええと、こう、いつもだったらもう少し眠気が残るのにすっきり目覚めることができて、ここ最近体に残っていた疲れがなくなっていて、心なしか肩も軽い気がしますね」
「……そう。イレイナとネストに食べてもらったあの料理だけれど、魔女と一緒に試行錯誤した成果なの。魔物を倒した時の成長にボーナスを付けられないかっていうイメージで、代わりに味が不味くなるのを許容したような感じ?」
「ああ、そういえば錬金術の知見を加えるみたいなことを話していたね。できたんだ?」
「だからにおいがしなかったはずなのに口に入れると腐臭が爆発するような異常な料理だったんですね。……成長にボーナス?」
聞き捨てならないことを拾い上げて首をひねるベルコットを見て、イレイナが待っていましたとばかりに頬を吊り上げ、机に両手を付けてずいと身を乗り出す。
「そう!最近鍛冶で伸び悩んでいたでしょ?だから魔物を倒して急激な成長をもたらすための料理が作れないか研究したのよ。その成果がさっきの料理……だったはずなんだけど、体調がよくなったってことは望む効果が出てない、かも?」
「そもそも、魔物を倒した際に成長しやすくするなんてことができるの?そんなことができるならとっくに魔王が倒されてないとおかしくないかな?」
「……前例がいるんじゃないかって話になったの」
「前例?勇者ゴールディーとか?」
「……もしかして、イレイナ?」
「そう。魔女との話題に上ったのだけれど、やっぱり私のここ最近の成長速度は異常だって話になったわ。その理由について考えた結果、強くなりたいと思って料理をしていた際、その料理に成長ボーナスを与える効果が微弱ながらついていたんじゃないかって話になったの」
「……ああ、なるほど」
勇者パーティを追放されてからの、特にネストと出会ってからのイレイナはそれはもう異常な速度で強くなっていた。普通の戦士が十年以上かけてたどり着く境地を一か月と経たずに飛び越えていくのだから、いかにイレイナが異常かわかるというものだ。しかも、戦闘能力の向上に補正のかからない「料理人」という職業で、だ。
「ひょっとしたら、職業もまたそのボーナスを生み出すのに貢献しているのかもね。ほら、一流の料理人が作った料理ってさ、最良のコンディションを維持する効果があったりするでしょ?」
「あれって本当なんですか?」
「うん。少なくとも実感経験はあるよ」
ネストは勇者パーティの一員として旅をしていた中、宮廷料理人渾身の力作を食べた翌日、異様に力が満ち満ちていた経験があった。その日は戦闘を続けても万全な体調がしばらく続くという絶好調ぶりだった。その理由について、前日に食べたドラゴンテールのレアステーキが理由だったのではないかと当時のネストは結論付けた。大量の魔力を含むドラゴンの肉、しかも非常に新鮮でわずかに甘さを感じる血に濡れた肉は非常に精のつくものだった。
ほぇえ、とネストの話をどこか別世界のようにベルコットは聞いていた。ドラゴンステーキなど平民が食べられる料理ではない高位の魔物は、相応の料理の腕がないと調理することさえ不可能なのだ。例えば包丁が通らず、たとえ切れたとしても噛み切れない固い肉が出来上がるばかりだ。その理由は、素材が含む膨大な魔力にあるのではないかとされている。
そう考えると、イレイナはそういった高位の魔物の調理自体はできるのだから、料理の腕そのものが上がっている可能性はあった。もっともそれで味が悪くなっていては本末転倒だが。
「ひとまず魔物の討伐に行ってみない?それで明らかに成長速度が増していると実感できたなら成功しているといえるんじゃないかな」
たぶん実感はできないと思うけれど――そんな本心がありありとにじむネストの言葉に誰も否定せず、三人は魔物討伐に出かけることにした。




