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呪われし料理音痴イレイナの挑戦  作者: 雨足怜


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35毒草サラダ~錬金術操作付き~

 魔女とイレイナの料理研究は続いた。ハイテンションで止まることを知らなかった二人はそのまま一夜を明かし、けれどさすがに体力が追い付かなかった魔女は日の出とともに力尽きた。

 安楽椅子にその身を沈めた魔女をよそに、イレイナは完成した料理を様々な覚悟から見つめていた。

 禍々しいマーブル模様をしたゼリー状の物体。その素材を知ればどうしてそうなったのかと突っ込みを入れずにはいられないものだが、この場に突っ込み要員は不在だった。とっくにネストとベルコットは帰宅していた。

 ややあって、イレイナは覚悟に震える匙を皿に浸す。ゆっくりと、かみしめるようにゼリーを口に運ぶ。イレイナは味音痴だ。そして触感などにも大した嫌悪感を見せない。だがそのイレイナでさえ思わず吐き出しそうな悪臭が口の中を蹂躙し、口内の粘膜に張り付いてとれる様子のない粘性に水分を求める。

 口の中をゆすいで一息ついたイレイナは、目を閉じて己の体に意識を向ける。鼓動に意識を重ね、全身を伝う熱に注目する。それはあるいは魔力。その熱は通常はポンプである心臓部分に最も集まっているが、イレイナの感覚はそれ以上に高まった組織があることを認識していた。胃壁に感じる熱の正体は、先ほどイレイナが飲み干した劇物がもたらしたもの。

 魔女はイレイナの力を、錬金術に似たところがあるのではないかと評した。すなわち、等価交換。方向性をもって魔力による料理の変質を操作すれば、その味や味覚を代償にする形で臨む力を料理に与えることができるのではないか――そんな考えから始まった研究が早くも一つの成果を手にしようとしていた。

 目を開き、見下ろした手の平を開閉する。特に力が強まったような感覚はない――というよりは、その手の副作用はないほうがいい。

 望む効果が料理に宿ったかどうかはまだわからず、けれどこれが成功していれば停滞したオリハルコン加工計画も大きく進む。

 完成品がよそわれた器を手に、イレイナはさっそくベルコットとネストにその劇物を食べさせるべく目を爛々と輝かせながら魔女の薬屋を後にした。


「……うん、ひとまず寝てきたら。深夜テンションはろくなことにならないんじゃないかな」

 早速食べてくれと料理を突き出したイレイナだったが、ネストの反応は芳しくなかった。それもそのはず、これまで何度もひどい目にあっているネストは、その危機感によって目の前にある皿がこれまでの劇物たちに匹敵しうるものだと見抜いていた。

 イレイナがこれだけ強く勧めるのだからわけがあるかもしれないが、だからと言って覚悟もなしに手を付けられるほどネストはキマっていなかった。

「ほら、目の下の隈がすごいよ?一度休んでからでも遅くないでしょ?」

「それは、まあ……」

 一日や二日の遅れが大きな問題となることはなかった。ただ、高ぶったイレイナの精神は、結果を知るまで鎮静化しそうになくて。

 少しだけ逡巡を見せたイレイナだが、すぐにネストの両肩をわしづかみ、どこか座った目でネストの瞳をのぞき込んだ。

「な、なに!?」

「お願い、食べて」

「もうちょっと、少しだけ覚悟をね、させてくれてもいいんじゃないかって思うんだけど」

「結果がわからないと眠れそうにないの……ダメ?」

 どこか目を潤ませつつ首をかしげるイレイナの一撃がネストの心に突き刺さった。膝を屈しそうになるネストは辛くも倒れるのをこらえ、あきらめに満ちたため息を漏らした。

「わかったよ。飲めばいいんだよね、飲めば」

 顔の熱さをごまかすように勢いよくまくしたてるネストは、机の上に仮置きしてあった皿へと匙を伸ばす。するりと突き刺さった匙の感触は悪くはない。これまでのコールタールのようなひどい粘性は感じられず、またこの状態でもむせ返るような臭気は感じられなかった。

 だが油断はできない。味の一つが壊滅的なだけでも十分な破壊力なのだから。

 ちらとイレイナに視線を送る。頑張るから、イレイナの料理を味見し続けられるのは僕だけだから――そんなネストの思いはイレイナに伝わらない。

 女々しくも何度かちらちらとイレイナを見ていたネストだが、やがて覚悟を決めて匙を咥えて――

「んぐぇッ!?」

 背中に電撃が走るほどの強烈な臭気と不味さと粘性。口の中どころか鼻孔と食道、そして胃を侵略する最悪の奔流は、寝不足の体をこれでもかと苛め抜いた。

 必死に耐えるネストだったが、その勢いに飲まれて膝を屈する。

「う、ぁ……」

 ばたりと倒れたネストは床で軽く痙攣し、そのまま白目をむいて動かなくなった。カラン、と匙が床に落ちて音を立てる。

 たらりと、口の端から緑を基調とするマーブル模様の液体が流れ落ちる。

「……えぇ?」

 どこか引いた様子でネストを見つめていたイレイナだったが、失敗を悟って気分は急転直下し、同時に強烈な眠気が込み上げてきた。

 ふぁ、とあくびをしたイレイナはひとまずはネストの言葉通り眠ろうと踵を返して。

「ネストさんを放置していくんですか!?」

 鬼――そんな副音声が聞こえてきそうなベルコットの絶叫が拠点にほとばしる。今日も今日とて化粧を含めて完全防備でやってきたベルコットは、渡されている合鍵でイレイナたちの拠点に入り、献身の果てに倒れたネストを捨て置くイレイナに義憤を燃やしながら叫んだ。

「うるさいわ」

「痛っ!?ちょ、ちょっとイレイナ、本当にネストさんはこのまま放置するんですか!?」

「……前に倒れたネストを運ぼうとしたら身をよじって激しく抵抗されたもの」

「ええと、ちなみに、どうやって運ぼうとしたんですか?」

「横抱きだけど?」

 それの何が問題なのかと心から不思議そうなイレイナを見ながら、ベルコットはネストの内心を理解して肩を落とした。

 ネストはイレイナが好きだ。ベルコットをはじめとしたネストと深いかかわりのある者にとって、この話は周知のものだ。何しろ反応がわかりやすすぎる。イレイナと話す時だけ声が半オクターブほど高くなるし、頬はわずかに赤みが差し、全身からほとばしらんばかりに顔に喜色が満ちる。

 そんなイレイナに、男性であるネストが横抱き――俗にいうお姫様抱っこをされるというのは屈辱的で、あるいは非常に恥ずかしいものだった。

 顔が近くて、イレイナの体温や胸元の柔らかさを時間で感じて、なおかつ男性である自分が抱き上げられていてさらに周囲から生暖かい視線が集まるという構図は、その幸福感以上に羞恥にネストを悶えさせるものだった。

 以来、ネストはイレイナに横抱きにされることを拒んでいる。俵担ぎしてもいいけれど、と思いながら、なんとなくネストを運ぶのをためらうイレイナの瞳を見ながら、ベルコットは少しだけ頬を引きつらせる。

(……まさか、意識しているの?)

 イレイナは恋愛感情に疎い。だが、恋愛を知らないだけで人としてのまっとうな感性は備えている。すでにネストはイレイナに告白しており、イレイナが返事を保留している状況なのだ。ここで身体的な接触をイレイナが意識してしまう可能性はゼロではない。

「コホン。イレイナ、さすがにここで倒れた状態にしておくというのはネストさんがかわいそうなのでベッドにでも運んであげてください」

 恋敵の進展に内心で激しく動揺するベルコットは、咳払いをして思考を吹きとばし、腰に手を当ててイレイナに命令する。

「……わかったわ」

 しぶしぶ引き受けたイレイナを見送ってから、ベルコットは意図的に意識しないようにしていたすべての現況を見て天を仰ぐ。

「私も食べる必要は……ないよね?」

 そんなベルコットの望みは、戻ってきたイレイナが開口一番口にした言葉によって閉ざされた。


 何しろ、イレイナはこの料理をベルコットのために作ったのだから。


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