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呪われし料理音痴イレイナの挑戦  作者: 雨足怜


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34錬金術

 どこか厳粛な雰囲気が漂っていた狂薬の魔女の店。薬の調合を行うための実験室には現在、むせ返るような悪臭が立ち込めていた。

 原因はテーブルの上に並べられている無数の料理。イレイナが作成したそれを味見した魔女は顔を土気色に染めて椅子に体を投げ出していた。しわが寄った白衣の裾がだらりと垂れさがる様子は、どこか死者を思わせるものがあった。虚空を見上げ、何やら宇宙言語のような未知の言葉を呪詛のように呟き続ける。

 止めたのに、とベルコットは祖母の醜態を見て首を横に振る。その横で、ネストもまたひきつったような笑みを浮かべて、無言でたたずんでいた。

 時刻はもう深夜近い。とっぷりと夜が更けたにも関わらず帰ってこないイレイナを探すネストは、食材の追加を手に入れようと深夜でも営業している奇特な商店に向かうベルコットと出会い、魔女の店を訪ねていた。

 イレイナの料理の強烈な洗礼を浴びた魔女は、しばらくしてようやく我を取り戻した。緩慢な動きで椅子の上で身だしなみを整えて恐々とした様子でイレイナへと視線を向ける。

「……凶器だね」

「狂気?正気よ」

「そうではないわ。これはもはや兵器だ。……ここまで異常な味になるというのはおかしくないか?」

 料理が視界に入らないようにうつむきがちになった魔女は、あごに手を当てて思索にふける。魔女の言葉に何かを考えていたネストが声を上げる。

「そういえば、昔のイレイナの料理はもう少し……かなり普通だったよね。味は今と大差ないけれど、料理がことごとく炭になるとか、なぜか動き出すとか、そういったことはなかったかな」

「つまり、料理を悪化させる能力が上昇しておるわけか。……魔力の増強かの」

「ああ、魔物の討伐によって魔力も増えて、そのせいで料理への魔力作用が大きくなったってことね」

「……だから竜神の肉さえ不味くなったのか」

 イレイナがわずかに頬を引きつらせる。自分で言いながら、イレイナは己の失策を悟った。それはつまり、魔物を倒して強くなるほどにイレイナの料理の腕は悪化していくということになる。不器用が増し、おかしな反応を引き起こし、料理とはいいがたいものが誕生する。

 協力になった魔力作用は、神の名を関する竜神の肉さえもひどく不味い物体に変えて見せた。遠い目でつぶやくネストの舌に、竜神の肉の味がよみがえった。幸い、胃の中は空に近く、吐き気がこみ上げる程度で済んだ。

「つまり、私はもうどうやっても美味しい料理を作れない?」

「……こうして考えてみると、意外と錬金術に似ているのかもしれんな」

 イレイナの絶望を肯定も否定もせず、魔女はおもむろに立ち上がって机へと向かう。直視すれば全身に鳥肌が立ち、体が小さく震えた。口の中に広がる苦味とえぐみと酸味と最悪の食感を思い出しながら、魔女は机の上にあった器の一つを手に取る。でろりとした緑色の液体が揺れる。ウボァ、と気泡が破裂するとともに恐ろしい声が響く。

 サッと目をそらした魔女は、毒草スープの器から手を放し、咳払いして気をとなりなおして話を続ける。

「例えばこの毒草のスープ。一口食べるだけで致死性の毒を含む薬草を使って居るが、これを食べてもわしは死んではおらん。つまり、毒草の成分が変わっておる。あるいは、毒草の成分が、何かに使われたのかもしれん」

「成分を使う?味を悪化させるのに?」

「ところで少し話は変わるが、魔女がどうして特異な存在であると思う?在野の研究者もまた者によっては狂気をその身に宿して研究をしているが、彼らも魔女と自らを区別しておる。なぜなら、両者の間には決して埋められない溝があるのだ」

「……人間にとって害のあるものを作ることにためらいがないこと?」

「それは研究者であっても変わらないんじゃないかな。僕は、研究に魔法を……魔力を問い入れることをいとわない点だと思うよ」

「ふむ、青年の答えが近いの。魔女は、その名の通り魔法を使って未知の解明に奮闘する女性のことを指すのだ。では、わしらが使う魔法とは、奇跡とは何か?それは、魔力を介して行う等価交換にある」

「等価交換?」

「その表現で理解しにくければ、代償と言い換えても構わんよ。魔女とは自然法則さえ捻じ曲げて己の求道をまい進する者。望むものを生み出すためであれば、自然に唾を吐き、世の理の外へ飛び出すのだ。代償を支払うことによって望む効果を手に入れる。それこそが魔女の魔法であり、わしらが錬金術と呼んでおるものでもある。そうして行われる求道は、基本的にその魔女以外には大して役に立たん。何しろ、代償による変換は感覚的なものであり、再現性が著しく低いのだ」

「ああ、それは研究者との相性が悪そうだ。でも魔女ではない錬金術師もいるよね」

「それは儲かるからだ。特に魔法の効果を封じ込めた道具、魔法具の開発は儲かる。昔は魔法具の作製は魔女の専売特許であったが、その状況は多くの者の欲望を刺激した。魔法具の製造方法の入手をもくろむ者たちによって始まった魔女狩りへの対策として、わしらは広く錬金術という文化を流布し、魔法具と魔女のつながりを切り離したのだ」

 魔女狩り。それは魔王が人類へと侵攻を始めるより前に行われていた、狂気の行為だ。毒薬や凶悪な武器の開発、恐ろしい人体実験などをしていると思われていた――一部は実際にそのような研究をしていた――魔女たちのあぶり出し。その中の一つに、魔法具作製の秘儀を求めた金の亡者たちの執心があった。

 そんな魔女狩りは、魔女による錬金術の流布と、魔王軍という人類の外の外敵の出現によって終息した。一丸となって魔王軍に対抗する必要性が生じた人類は、その内輪もめを終わらせたのだ。

「……それで、魔女の錬金術と私の料理に何か関係があるの?」

「この毒草スープの毒成分が消えたのは、わしらと同じ錬金術を発動しているようなものではないかと考えたのだ。つまり、イレイナの魔力は、料理の旨味や甘味、強力な薬効成分を『不味さ』や『仮初の命』に変換する性質を持っているのではないか?」

「もしその仮説が正しいとすれば、うまくいけば変換方法を変えることができるかもしれないね」

「ッ!つまり、魔力による変化に指向性を持たせることができれば、料理をおいしい方向にもっていくことができるかもしれない!」

「……どうだろうね」

 光明を見たイレイナだが、ネストの反応はいまいちだった。何しろ、この場で最もイレイナの料理について詳しく、その凶悪さを身をもって体験してきたから。ネストは、その程度でイレイナの呪いのような料理音痴が改善するようには思えなかった。

「まあ、ひとまずは挑戦してみるといい。……最初はやはり特殊な成分が多いほうがやりやすいかの。とりわけ猛毒を持つ素材やマンドラゴラを使った場合に、仮の命が宿ることが多いようだ」

 テーブルに並ぶ料理の実に三割ほどは、器や皿の中で動き、あるいは呪詛のような声を上げていた。その料理に共通する事実を確認し、魔女は秘蔵の毒物を取り出してイレイナに手渡した。

 その一つ一つが、数ミリグラムも摂取すれば人間などころりと死んでしまうようなもので、わずかとはいえ魔女の指導を受けていたベルコットは、部屋の端で一人ダラダラと冷や汗を流していた。


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