31暗礁
イレイナによるベルコット育成計画が始まってから早四か月。順調に思われていたオリハルコンの加工計画は暗礁に乗り上げていた。
ボン、と爆ぜる音が工房に響く。巨大な棟のような姿をした炉の中で煌々と燃えていた炎が炉の中に入っている金属を燃やし尽くした音だった。
ラーヴァゴーレムをはじめとする高い耐熱性を誇る素材によって作られた炉は不死鳥の炎に燃やし尽くされることはなかった。炉の中で燃え上がる炎はあらゆる金属を溶かしうる最高の炎――だからこそ、そこに問題があった。
不死鳥の炎は、金属すら焼いた。一瞬にして気化する金属は激しい熱風となって炉の伝口から、あるいは炉の中を上へ上へと駆け上がり、次の瞬間には何も残らない。吹き飛ばされて死を予感したベルコットだが、その前に踏み出したイレイナが熱風を切り払うことで事なきを得ていた。
「……不死鳥の炎を扱うなんてやっぱり無理ですよ」
尻もちをついて泣き言を言うベルコットに返事はない。今までは弱音を吐くなと叱咤激励していたイレイナも、策が思い浮かぶことはなかった。
神獣・不死鳥。神の名を冠するだけあってその能力は恐るべきものであり、それを制御する方法は思い浮かばなかった。何しろ不死鳥の炎は空気がなくとも燃え上がり、気化熱で温度が下がることもなく、ただ轟々と渦を巻いて炉を温め続けているのだから。
最高の金属として知られるオリハルコンであれば問題なく加工できる可能性はある。けれど希少なオリハルコンを失敗覚悟で使うというのはいただけない。気化して消し飛んでしまう可能性がある以上、まずは鉄などで炎の火力を調整できるようになる必要がある。
「……どうしたものかな」
はぁ、とため息を吐いたイレイナはナイフを鞘に納め、炉の中で揺らめく炎をにらんだ。
「鍛冶師の技量……能力不足ってことはない?」
「能力、ですか?」
わざわざ「技量」を「能力」に言い換えたネストの言葉にベルコットは目を瞬かせる。どちらも同じ言葉に聞こえるが、彼がわざわざ表現を変えたのだから当然意味合いは異なってくる。
ここで技量とは「鍛冶の技量」であり、能力というのは身体に備わった基本的能力のことである。つまり、魔物を倒すことで引き上げることができる能力のことだ。
「僕は不死鳥を見たことがないからわからないけれど、幻獣なんだからそれはもう誇り高い存在なんだよね?だとすれば、能力不足、つまり自分の炎を扱うに足る力を手にしていない人には炎を扱わせないんじゃないかなって。だから、どれだけ練習しても一向に不死鳥の炎の火力を調節できないんじゃないかな」
「つまり、不死鳥から切り離されてなおこの炎は不死鳥とつながっている?」
「そう。イレイナの話を聞いていて思ったんだけど、不死鳥はその体そのものが炎でできているんだよね。だから、炎がある限り復活できる。それなら、ここにある炎が不死鳥の体であるといってもおかしくはないと思うんだ」
それはまさに目から鱗が落ちるような考えだった。不死鳥は神と崇められる鳥だ。であれば、その在り方が、その不死鳥が与えた炎が、ただ火力が強いだけの炎であるはずがない。
「要は、神の炎を扱いたいのであればその頂に足を掛けろ、ってこと」
「……祝福を授かった私が駄目なわけですから、無理じゃないですか?」
火力調節に苦戦していたベルコットは、気分転換的な意味もかねて魔物の討伐による能力上昇を精力的に行っていた。それでもベルコットの能力はあまり上がっていなかった。成長限界と呼ばれる壁にぶち当たったらしいベルコットの歩みは遅々として進まず、いら立ちばかりが募る。
工房の重厚な扉が開かれる。差し込む陽光を背中に浴びるネストは、少し気分を変えるべきだと二人に提案した。
イレイナたちの拠点。芝生が敷かれた広い庭の一角にベルコットはごろりと寝そべっていた。平日の昼下がり、昼休憩というわけでもない時間に寝そべってまどろむなどという背徳的な行為に身を浸す。冒険者組合の受付嬢として勤めている間には考えられないことだった。
今も冒険者組合の受付嬢ではあるのだが、この出向がいつ終わるかもわからない。オリハルコン加工計画が暗礁に乗り上げた今、すぐにでも受付嬢に戻ることになるかもしれないし、計画を完遂するまで職場に帰ることが許されないかもしれない。
(あるいは、計画が成功してもオリハルコンを加工できる鍛冶師として、何より不死鳥の祝福を手にした鍛冶師として、計画から離れることができないのかもしれないのですよね……)
陽光にぽかぽかと体を温めてひと心地ついていたベルコットは、これまで見て見ぬふりをしていた未来を考え始める。受付嬢という定職は素晴らしい限りだった。たとえ魔王が倒されたとしても大陸各地にあふれる魔物が全滅する限りはおそらく冒険者組合という組織はなくならない。そもそも、魔王が倒せる気配がない。
将来安泰だったはずだった。ネストに好意を寄せ、イレイナの料理の師匠になり、二人に巻き込まれ始めてから、ベルコットの人生は少しずつ狂い始めた。
けれどこんな現状を、ベルコットはそれほど悪いものだとは思っていなかった。苦難の連続とはいえ、これまで想像もできなかった世界に触れることができることにわくわくしていた。怖かったけれど、不死鳥に祝福をもらって非常にうれしかった。流れるようにイレイナの料理に突っ込みを入れる日常が愛おしく感じるようになっている、かもしれなかった。
さすがにイレイナの料理に関しては苦笑を浮かべるばかりだった。
ひきつったような笑みを浮かべるベルコットの耳に草が揺れる音が届く。吹き抜ける風が、上気した肌の熱を奪っていく。
心地よい昼下がりのまどろみに身を浸していたベルコットだったが、突如頭の中で鳴り響く警鐘に勢いよく目を見開いた。
「っ!」
少しだけ驚いたように目を見張るイレイナがすぐそばにいるのを目にとめて、ベルコットは顔をしかめる。また料理か――そう思いながら、イレイナの手元を見る。そこには確かに皿がある。けれど、悪臭がするわけではなかった。
今日のイレイナは一味違うのかもしれない。そんな思いを込めて、ベルコットは立ち上がる。
「今日は何を作って――え?」
視界に入った皿の上の物体に目が点になる。それは物体だった。今回ばかりは、たとえネストであってもそれを料理とは呼ばないだろう。
何しろ、イレイナが皿の上にのせていたのは、どこからどう見ても石だったから。
「ええと、それは?」
「ラーヴァゴーレムの脚ね。以前、ゴーレムは食べることができると聞いたから加熱してみたわ。死ぬと、ラーヴァゴーレムは本当にすごく熱耐性が高くなるのね。いくらやっても燃え尽きなかったわ」
不死鳥の炎でも燃え尽きないラーヴァゴーレムが焼失しなかったことに喜ぶイレイナに突っ込みを入れる者はいない。いつもであればここで一つや二つ叫ぶベルコットだが、今日はなぜだか非常に苦々しい顔をしていた。
「ゴーレムを料理ですか。まるで私の祖母みたいなことを言うんですね」
「ベルコットのおばあさん……確か魔女だっけ?」
「そうですよ。魔女とっても、それぞれ専門があるらしいです。例えば鉱物学、薬草学、錬金術、風水術なんかですね。魔女はその一つ以上を納めた女性が、師匠から認められて初めて魔女と名乗れるそうです」
「へぇ……ゴーレム料理はどの分野なの?」
「料理という分野はないわけですし、体内に取り込むものを扱う薬草学か、錬金術ですかね。祖母は薬草に精通した魔女ですし、そちらの可能性が高そうですよ」
「それはつまり、ベルコットのおばあさんはゴーレムの調理方法を知っているってこと?」
「そうですよ。昔食べさせられたこともありますし」
「っ!詳しく!」
皿を放り出し、ガッとベルコットの両肩をつかむ。恐るべき怪力によってミシミシと軋む肩の痛みに顔をしかめながら、ベルコットは唇が触れてしまいそうな距離にあるイレイナの顔から必死に距離を取ろうとする。
「少し落ち着いてくださいよ!」
「落ち着けないわ。ほら、早くゴーレム料理について教えて。どうやって作るの?味は?見た目は?」
「味は……こう、非常に硬いクッキーを食べているような感じですかね。保存食のイメージです。わずかな、本当にわずかな酸っぱさがあって、こう、ただ腹にたまるといいますか、粘土でも食べているような感じでしたね」
「粘土……食べることはできるのよね?」
「多分、ですが。食べても特に異常はありませんでしたが、食べ物かと聞かれてはいそうですとは言い難いといった感じですかね」
人体に害がなければ食べられるというのであれば、ゴーレムは食べられる。だが、ほとんど味のしない、まさに固めた泥を食べているような感覚のものなど食べ物と呼んでいいのかベルコットは甚だ疑問だった。そこまでして食べる必要もないのに、魔女というものは恐ろしい。あるいはそれは、人間という種族に宿った食への飽くなき探求心がもたらしたものかもしれない。
「ねぇ、ベルコットのおばあさんに会うことはできる?ラーヴァゴーレムなら問題なく料理できる気がするわ」
「……まあ、連絡を取るくらいならいいですけど」
「やった。ありがとう」
イレイナと祖母の顔を脳裏に並べたベルコットは、承諾してから激しい後悔に襲われた。料理狂いと薬草狂い。妙な化学反応を引き起こしそうだった。端的に言えば、意気投合して恐ろしいものを作りそうという意味で。
とはいえ珍しく顔に喜色を浮かべて全力で喜んでいるイレイナを前に、今更やっぱり駄目ですということはできなかった。
「それじゃあさっそく行かない?」
「え?今からですか?まあ店に行くくらいでしたら……でも忙しいかもしれませんよ」
「それでもいいわ。顔つなぎができるだけでも十分よ」
気分転換の休憩時間だったはずのベルコットの昼下がりの時間には暗雲が立ち込め始めていた。




