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呪われし料理音痴イレイナの挑戦  作者: 雨足怜


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29空の旅

 気づけばイレイナとネストの拠点の隣にあった建物数棟が解体され、瞬く間に巨大な建造物が造られつつあった。オリハルコン加工のための巨大な炉。ラーヴァゴーレムの岩石を中心とするいくつもの最高級の材料を用いての建造が進む。それはもはや祭りじみていた。いつの間にか街を挙げる規模の話に拡大していることに、ネストは冷や汗を流さずにはいられなかった。

「ねぇ、ちょっと話が大きくなりすぎじゃない?」

「居住者の移転とかの面倒ごとを考えれば必要じゃない?何より、建造してさあオリハルコンを加工しよう、っていうところで土地ごと奪われたらたまったものじゃないでしょ」

 この世界において、領主である貴族の力は大きい。その気になれば領民から無償で土地を回収することも可能である。つまり、完成したオリハルコンを加工可能な炉を奪われる可能性もあったのだ。怪物として名を知られているイレイナに手を出すような頭の悪い領主であれば、だが。

 それを危惧していたイレイナは、いっそのことこの計画に領主を巻き込んでしまえと冒険者組合経由で連絡を取っていた。

 領主としても街を発展させうる目玉が懐を痛める必要なく生まれるというのは大歓迎だった。伝説に語られるオリハルコン製の武器はイレイナが所有する聖剣一つというわけではない。大国や英雄の子孫が保有している武器の中には、所有者の手になじまない得物もあった。それらの英雄に足を運ばせうる炉の完成を、領主は両手を挙げて喜んだ。

 それに、別にオリハルコンだけに加工を絞る必要はない。頑強さで知られるアダマンティウムや魔力との親和性の高さで知られるヒヒイロカネなどの加工だって可能になる。

 恐るべき速度で開発が進んでいく炉を前に最も恐れ戦いているのはベルコットだった。領主が参戦し、さらには冒険者組合もまたイレイナの計画に協力する姿勢を見せる中、ベルコットはとうとう冒険者組合からイレイナのもとへと出向命令を下された。つまり、オリハルコンを加工できる腕を身に着けるまで受付嬢に戻るなという命令である。

 ベルコットは泣いた。苦労して手に入れた定職が泡沫として消えかけない状況に、彼女は枕を濡らした。

 両肩にのしかかる重圧に吐きそうで、その顔色はひどく悪い。

 大丈夫かと、心配げに顔を覗き込んでくるネストにも、今は恨めしい視線を送るばかりだった。

「何とか、頑張ります……」

 どうしてこんなことになったのだか、とぼやくベルコットは、自分をじっと見つめる視線に気づいて動きを止める。

 はたと何かに気づいた様子のイレイナを見て、どっと冷や汗があふれる。

「……何かついていますか?」

「そういえばベルコットを連れて行かないといけないところがあったのを思い出して」

「どこへ?」

「不死鳥のところへ」

 端的なその質問がもたらした答えに、ベルコットは頭を抱えた。

 幻獣の中でもさらに特異な存在、幻獣の中の幻獣、あるいは神獣として知られる炎の鳥・不死鳥。火山に身を投げることで新たな命を手に入れて限りない生を生きる理外の存在に会うなど、焼身自殺をするようなものだった。

 火山――そういえばイレイナはラーヴァゴーレムを狩りにそこへ向かっていたと、いまさらながらに思考がつながった。

「行ってらっしゃい」

 自分はまきこまれたくないとそう手を振るネストをキッとにらみ、ベルコットはイレイナに腕を引かれて引きずられる。進む先にいるのは、庭先でまどろんでいる幻獣グリフォン。つややかな白い羽毛を陽光にきらめかせる鷲と獅子のキメラは、近づいてくる存在に気づいて黄金の瞳をわずかに開いた。

 両脇に手を入れられて体を持ち上げられ、グリフォンの背中へと乗せられようとするベルコット。すでに思考停止していたベルコットだが、グリフォンの突然の激しいうなり声に小さな悲鳴を上げた。

「……ダメ?」

『グルァッ』

「そう?じゃあ仕方ない」

 グリフォンと言葉が通じているらしいイレイナはベルコットを地面におろし、背負っていた巨大な鞄から鎖を取り出す。ラーヴァゴーレムを運搬する際に用いた鎖でベルコットをぐるぐると縛り、その先端をグリフォンの足につなぐ。

 ぎょっと目を見開いたベルコットは自分の体を見下ろし、グリフォンの足を見て、つながる鎖の先をたどる。

「……え?」

「ごめんね。グリフォンが気に入った相手意外は背中に乗せないっていうから」

「じゃあ別に歩いてでも……」

「鍛錬の時間が惜しいでしょ?」

「ア、ハイ」

 助けて、と視線を向けるも、ネストはあいまいな笑みに諦観をにじませて小さく手を振る。頑張って、とその励ましは今のベルコットにとっては追い打ちに等しかった。せっかく現実から目をそらすことができていたというのに、ネストの言葉によってベルコットは己の現状と未来を直視してしまって。

 ひらりとグリフォンの背中に飛び乗ったイレイナがそのつややかな毛をつかむ。立ち上がったグリフォンが咆哮し、大地を蹴って飛び上がる。

 巨大な純白の翼が開き、風をつかむ。魔法を併用して急上昇するグリフォンに引っ張られ、ベルコットもまた空へと飛び立った。

「あああぁぁぁぁぁあああああぁぁああああああああああッ!?」

 そんな絶叫と共に。


 グリフォンは風の使い手だ。そもそも、「幻獣」とは超常の力を手にした獣を定義する言葉である。人間を見るなり襲い掛かってくる魔物とは違い、幻獣には高い知性と理性がある。神に近い能力を有した幻獣は総じて誇り高く、それ故に格下と触れ合うことを良しとしない。多くが孤高の存在であり、それは孤高でいられるほどに強いということである。

 翼で風をつかみ、鋭いかぎ爪のついた足で大気を踏みしめる。空を走るようにして飛ぶグリフォンの飛翔速度は、その体格からは想像もつかないほど速い。グリフォンが纏う風の檻のおかげで風圧にさらされることはなくても、たなびく旗のように激しく上下に振り回されるベルコットはすでに顔を土気色に染めていた。

 ようやく休憩のために地面に降り立つ。鎖から解放されたベルコットは、大地を愛おしむように頬を地面にこすりつけた。

 生きているという実感に泣きそうだった。何度、このまま二度と地面を歩くことなく死ぬのだと思ったことか。

「……そろそろ行くわよ」

「まだ、まだもう少し……ッ」

 イレイナが向けてくるあきれた視線をはねのけて、ベルコットは地面に寝そべる。だが、イレイナは時間のロスを許さない。岩にしがみついて抵抗するベルコットだが、怪力の持ち主であるイレイナに引っぺがされ、瞬く間に鎖のミノムシにされた。

「いったいその腕のどこにあんな怪力があるのですか!?」

「さぁ?ベルコットも強くなればこれくらいになるんじゃないの?」

 そんな怪力女になりたくないという言葉を飲み込む。けれど、強くなっても筋肉でムキムキにならないというのは朗報だった。ベルコットは何も女を捨てているわけではないのだ。家事修行には余念がないし、いい男を見つけるための審美眼だって鍛えている。ただ、いい男にはすでに意中の女性がいることが多くて想いが結ぶことがないだけなのだ。

「うぁぁああああああぁぁぁぁあぁぁああああああ!」

 鎖に引っ張られて再び空へと飛び立つ。加重に白目をむいたその顔は、残念ながら乙女が浮かべていい顔ではなかった。


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