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呪われし料理音痴イレイナの挑戦  作者: 雨足怜


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28イレイナの外出

 ベルコット鍛冶師育成計画が始まった。

 イレイナ主導で行われるそれは、オリハルコンを加工できる鍛冶師がいないのであれば一から育ててしまえばいいという無理難題。それを強制されたベルコットは、冒険者組合の受付嬢と二足の草鞋を履いてひいひいと泣き言を叫びながら魔物討伐に明け暮れていた。

 鍛冶師として優れた存在になるためには、当然ながら鍛冶の経験を積むことが必要だ。だが、普通に鍛冶師として訓練をしていては、伝説に語られるオリハルコンを加工する技量には至らない。何しろ、そうして腕を磨いてきた鍛冶師は誰もオリハルコンを加工できないのだから。

 だから、魔物を倒すことによる能力値の増加を目指す。鍛え上げられた肉体や動体視力をもって、同じ鍛錬で最高効率を引き出し、最速でオリハルコンの加工にいそしむ。

 それは、間違いなく無理難題だった。けれど、イレイナは本気だった。

 凶悪な魔物討伐によって得られる莫大な金銭をもって家の隣に鍛冶のための施設を建造した。優秀な鍛冶師を雇用してベルコットの指導に当たらせ、失敗をためらうなと大量の鉱石を買い集め、最高級の道具をそろえた。

 それは鍛冶師にとっての垂涎の状況。あるいは古風な親方であればそんなおんぶにだっこな状況でまっとうな成長ができるはずがない、もっときちんと下積み経験を積むべきだ~などと苦言を呈したかもしれない。

 イレイナ邸宅の隣、広々とした庭にわずか半月で建造されたのは、防音に重きを置いたかまくらのような外見の建造物だった。半球のドーム状の一部に煙突が突き出し、そこから黒々とした煙が立ち上る。だが、鎚をふるう音は聞こえない。

 煙突に設置された魔法具は建物内で響く音を外部に漏らさないよう真空の壁を作っている。その魔法具の使用にかかる費用もかなりのものだ。大量の魔力を――燃料となる魔力を含んだ魔石を消費する防音魔法具はまさに金食い虫。

 一日の鍛錬で吹き飛ぶ金額を聞いて真っ青になったベルコットが倒れたのは記憶に新しい。

 ベルコットは師匠である壮年の鍛冶師に指導を受けながら、休日の半日を鍛冶に費やしていた。

 防音が完璧な建物は音を外部に漏らさない。だが、かといって建物内で音が乱反射するというわけでもない。特殊な壁が、鎚が打ち鳴らす甲高い音を吸い込む。

 汗をぬぐうベルコットは、灼熱に染まった鉄のインゴットに鎚をたたきつける。

 カァン、カァン、と連続した打撃音がベルコットの耳朶を揺らす。燃え盛る炉から放たれる高熱に汗が止まらず、衣服がべっとりと体に張り付いて扇情的な姿をさらしていた。

 だが、ベルコットは止まらない。降り続ける鎚は少しずつインゴットの形を変えていき、武骨なナイフの刃へと生まれ変わっていく。

 その達成感にわずかに高揚したベルコットの鎚が振り下ろされて――

「またずれたぞ!」

 師匠の男の怒声が飛ぶ。刃を曲げるような不適格な一振りが、刃の品質を下げる。

 気を引き締め、未完成の刃をにらむ。叩くべきところに、最適な力を加える。ベルコットのまなざしは、もう一端の鍛冶師にふさわしいものだった。

 そんなベルコットを見ながら、師匠である男は内心で激しく動揺していた。たった半月。それも、実際に鎚を振り始めてからの期間など一週間かそこら。わずかそれだけの期間で、ベルコットは見違えるほどに成長していた。

 簡単な釘などの作成に始まり、ベルコットの快進撃は止まらない。何より、日に日に向上していく洞察力に男は静かに息をのんでいた。

 これが、魔物を殺すことで得られる基礎能力の向上なのかと、男は真剣に自分も魔物討伐に臨むべきか考えていた。

 それから二時間、ベルコットは刃を研ぎ終え、粗削りながら一本のナイフを鍛錬し終えた。


「あぁあ~~」

 およそ女性が出していいものではないくたびれた声を上げ、ベルコットはどさりとソファにうつぶせに倒れこむ。

 苦笑を浮かべながらその様を見ていたネストが、冷蔵の魔法具から取り出した果実水をグラスによそって手渡す。いつの間にか、拠点に高価な魔道具があふれていたが、もう誰も突っ込みを入れはしなかった。

「ほら、飲まないと倒れるよ」

「ありがとうございます……」

 ごろり、とソファの上で転がって、グラスに口をつける。

 冷たく甘い果実水がベルコットの口内に、そして全身に染みわたっていく。一息に飲み干したベルコットは、次を求めるように空のグラスをネストに突きつける。

 かいがいしく二杯目をよそいに向かうネストの後姿を見ながら、ベルコットはリビングを見回す。

「……イレイナはどこですか?」

「出かけてるよ。やっぱりあの炉では火力が足りないだろうって」

「ああ、だとすると素材集めですか。……何を集めてくるんでしょうね?」

 伝説に語られるオリハルコンを加工するための炉など、現在この世には存在しない。必要と考えられる火力は、現在ベルコットが使っている炉では出しえない高温だった。それほどの加工しにくく頑丈なオリハルコンをホイルにしたところでまっとうに使えるとは考えにくかったが、もはや動き始めた計画にこのタイミングで否を唱える気力もなく、ベルコットは片腕をソファの外に投げ出して天井を仰ぎ見る。

 天井の木板は、わずかに溶けたような肌をさらしていた。おそらくは、イレイナの料理による被害だと思われた。

 脳裏をよぎる懸念は、イレイナがとんでもない素材を炉の材料として採取してくる可能性。街の鍛冶師たちと何やら綿密な話し合いをしていたイレイナの姿を見ていたネストは、イレイナと鍛冶師たちが相乗効果を発揮してどんどん無茶を重ねていくのではないかと考えていた。何しろ、イレイナの話を聞く鍛冶師たちは、これでもかと瞳を輝かせていたから。

「……炉の素材というと、やっぱり火山の岩石とかそのあたりに生息する魔物かな」

「どうでしょうね。そもそも活火山なんて近くにありませんよ?」

「それはほら、イレイナのことだからたった数日で大陸を横断して火山まで行って帰ってくるかな、って。あ、でも素材の運搬を考えると現実的じゃないか」

「そうですよ。……イレイナさんなら何往復もして素材を集めてしまいそうですけれど」

「やりそうだね」

 二杯目の果実水を飲み終えたベルコットが大酒飲みのごとく吐息を漏らす。視線を合わせた二人は、懸念を確認しあって微苦笑を漏らす。

 イレイナならやりかねない――こと料理に関する理解不能なイレイナの情熱を知っている二人は、彼女がこれからしでかす出来事の規模を完全にはかりかねていた。

 カラン、とグラスの中の氷が音を立てる。我に返ったベルコットは、自分の身だしなみのことを思い出し、胸元を隠すように腕を引き寄せ、ソファの上でうつぶせになる。

「……見ました?」

「いいや?」

 汗でべったりと衣服が張り付いたベルコットの胸元など、ネストは見ていなかった。何しろ、イレイナの行動に対する懸念がネストの脳を占めていたから。

 見られるのは恥ずかしくて、けれど自分ばかりが意識しているということに思うところがあるベルコットは、覚悟を決めて今の汗だくな自分をネストの視界に突きつけてしまえと体を起こそうとして――

 ――きゃあああああああああああ!

 絹をつんざくような悲鳴が二人の耳に届いた。顔を見合わせたベルコットとネストは、即座に玄関に向かって走る。

 悲鳴は近かった。そして何より、時間を経るごとにその声が大きくなり、悲鳴の数が増えていった。

 多くの老若男女が響かせる叫び声には、恐怖と驚愕、そしてどこか感嘆が混じっていて。

 玄関扉をくぐったネストは、悲鳴の元凶を探そうとして――

 視界に影が落ちる。顔を上げたネストの視界に移るのは、空に浮かぶ巨大な岩のような塊。

「ッ!?」

 とっさに腰を落として迎撃態勢に入ったネストの少し前に、上空から巨大な塊が落下した。

 それは、ぱっと見たところ黒々とした岩の塊だった。非常に重厚そうな外見をした岩は、けれどよく見れば胴体と手足らしき形が確認できた。頭部と思しき部分は巨大すぎてネストの位置からは見えず、けれど首あたりがひどく損壊していることから頭が無事であるとは思えなかった。

 ばさりと、翼がはためく音が響く。

 巨大な岩石――火山地帯に生息するラーヴァゴーレムの遺体を運んできたのは、幻獣と呼ばれる至高の生物の一つ、グリフォンだった。

 筋骨隆々とした獅子の胴体に、鋭いくちばしと爪と怜悧な瞳、何より純白の羽毛に覆われた巨大な翼が特徴的な鷲の体を有した幻獣。それがゆっくりとラーヴァゴーレムの隣に着地し、その背に乗っていた女性が軽やかな動きで地面に降り立つ。

 赤い長髪をたなびかせるその女性を見て、ネストは無意識のうちに乾いた笑い声を漏らしていた。

「ただいま」

 気難しいことで知られる幻獣の背中に乗り、さらに荷馬車のごとく扱うという偉業を成し遂げたイレイナは、なんてことない様子でネストとベルコットに帰還を知らせた。


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