27鍛冶師を探して
オリハルコンを加工できる鍛冶屋を捜索するために、ネストは王都へと足を運んでいた。大陸北部、反魔王軍大連盟に所属する国の一つ。ネストたちが拠点を構える街を含めた中規模の領土を有する王国の中心ともなれば優秀な鍛冶師の一人や二人いるだろうというのがネストの考えだった。
入場のための長い列に並びながら、ネストは先に見える巨大な壁に感嘆の息を漏らす。ネストがいるのはわずかに標高の高い丘の上あたり。そこから眺めることのできる王都は、無数の壁によって強固な防壁を築いていた。魔物の侵入を食い止めるための防波堤、街を取り囲む外壁は外側に行くほど大きく重厚な物になっていく。
拡張を続ける街の規模に合わせて増築されていった外壁は全部で五つ。外側に行くほど新しく、技術力の向上もあってより強固かつ巨大な壁となっている。たとえ壁の一つが砕けたとしても、その内側の壁が王都の民を守る。最も内側には巨大な邸宅、美しい装飾で彩られた王都の象徴である城が存在した。
王城と貴族街を中央にバームクーヘンのように広がる街は遠くから眺めるだけでその変遷を感じることができ、大変興味深いものだった。
「すごいね、イレイナ」
そう、同意を求めて口にして。返ってこない返事にさて何をしているのかと隣を見て思い出す。捜索の手を伸ばすために、今日は別行動をしていた。
ネストは近くの王都へ、イレイナは王国の外へと足を延ばして鍛冶師の捜索に出向いている。
ドラゴニスまで出向くための旅に出ていたからか、イレイナが隣にいることがネストの中で当たり前になっていた。
背中にいぶかしむような視線を、あるいは生温かい視線を感じて、ネストは身を縮こませてうつむいた。
誰もいないところへ話しかけるところを見られた羞恥と、自分の中でイレイナの存在がそれほど大きくなっていることへの驚愕、そして隣に誰もいないことへのわずかな寂しさを覚えて。
ずっと、イレイナに隣を歩いてほしい。
声にすることのない思いを胸に、ネストは気を改めて王都の外壁をにらむ。
イレイナの役に立てる男であると示すためには、ぜひとも自分の手で鍛冶師を見つけたい。
意気込み新たに、ネストは王都へと入場を果たした。
街を行く人の姿はネストたちが拠点を構えている街の比ではない。あわただしく行きかう馬車は途切れることなく、大通りに並ぶ店舗はその多くがガラス張りで、自慢の商品を道行く者に突き付ける。通りを歩く人もまた洗練されており、やぼったい服装に身を包む者はいない。最も、ネストのような冒険者や騎士などのややいかつい恰好の者もいるが。
元気な子どもの声が響く。子どもの顔が明るいことは平和の象徴だ。多くの土地を旅した経験のあるネストは、苦労の影のない子どもたちを見て笑みを浮かべる。
道中見かけた暗鬱とした顔の子ども、途方に暮れた顔をした子どもの姿が脳裏をよぎる。平和な世になるために、どうかさっさと魔王を倒してくれ――
袂を分かった幼馴染(勇者)に心の中でエールを送って、ネストは鍛冶場が集まる一角へと足を運んだ。
鍛冶のためには大量の鉱石や燃料が必要となる。そのため、鍛冶場街は意外と交通の弁のいいところにあった。
騒音対策として一か所にまとめられた鍛冶屋が乱立する通りはどこか煙たく、そしてひどくうるさい。店のあちこちから金床を打つ鋭い音が響く。営業など知ったことかという職人たちが多そうだった。
道行く者たちの姿も大通りとは異なり、あまり見かけなかった冒険者風の者や旅装束に身を包んだ者が多かった。一部、非番の騎士と思しきかっちりとした身なりの男もいた。その多くが乱立する鍛冶屋に用があることは明らかだった。
早速手近な店へと入ったネストは、壁に立てかけられた剣を見て回る。窃盗など知ったことかというように、店内には従業員の人影はなく、ネストは自由に剣を確認していった。ちなみに、ネストの目利きでは剣か、せいぜいナイフの評価しかできない。
だが、視界に映る得物はネストが求める技量からもはるか遠いできの剣ばかり。数打ちの廉価品であったとしても、この程度の技量ではオリハルコンの加工など夢のまた夢である。
店を出て、次の店へと向かう。今度は武器ではなく日用品を主に扱う鍛冶屋で、ネストは入ってすぐに店を出た。
それから何度も店を出入りするが、求める技量の鍛冶師は見つからない。
疲労感だけが積み重なっていって、そこでネストはひとまず休憩をはさむべく大通りから続く広場へと向かった。
噴水広場を中心に、木と芝生の緑が目に優しい憩いの場は子どもたちや夫婦、恋人たちで大変にぎわっていた。そんな者たちをターゲットにしているのか、円形の広場の周囲にはぐるりと屋台が乱立していて、ネストはそのうちの一つへと足を運び、つみれのスープを注文する。
「……おお」
その街の発展度合いは屋台の料理の味でわかる。ネストの経験則だが、食料に困っているような辺境の村ではそもそも屋台なんてものは生まれず、小規模の街では食料の質が落ちる。民度が低い街では味はもちろん使用される食材の質や量が少なく、値段が高い。これが大きな街となると、使われている食材が増え、文化レベルの向上に伴って味も向上する。
さすがは王都だと一息ついたネストは料理の器を屋台に返しながら、ふと脳裏に電撃が走ったように気づきを得た。
たくさんの鍛冶屋を一つ一つ見て回っていたら日が暮れる。どこかの鍛冶屋で鍛冶師にこの街で最も優秀な鍛冶屋を、オリハルコンを加工できる存在について聞けばよかったのだとようやく思い至った。
慌てて鍛冶屋に向かえば、ネストは鍛冶師に鼻で笑われる。
すなわち、オリハルコンを加工できる鍛冶師なんぞいるわけがないと。
呆然と立ち尽くすネストだが、考えてみれば当然のことだった。オリハルコン自体が伝説に語られるような金属なのだ。あらゆるものを切り裂ける、竜の爪に匹敵する強靭さと鋭利さを持つ刃を生み出す金属。そんなものを加工できる者など、それこそ伝説となってネストの耳に入るだろう。
ここにきてようやく、ネストは自分が霞を追い求めていることに気づいた。
完全な徒労に終わることを予想しながらそれからも数日かけていくつかの街で聞き込みをするが、答えは同様だった。
オリハルコンの加工は不可能――そんな結論を抱えて、ネストは疲労に肩を落として帰路を進んで。
街へと続く街道の脇、そこに知った人物の、イレイナの気配を感じてネストは足を止める。こんな森で何をしているのかといぶかしむ。
街道を人間が使っていることを知っている魔物は、基本的に道には近づかない。時折血の気が多い魔物が街道へと現れることはあるが、騎士や冒険者が街道沿いを巡回していることもあり、街道付近は比較的安全だった。
そんな森の中にいるイレイナのもとへとネストは進んで。
「やあ!」
どこか初心者らしい掛け声と共にナイフをふるう人物の姿を見て、ネストは動きを止める。
「……ええと、どういうこと?」
「見ての通り、訓練中」
ネストの接近を感知していたイレイナが振り返ることもせずに告げる。
二人の視線の先では、最弱の魔物とうたわれるゴブリンを相手に武器をふるうベルコットの姿があった。へっぴり腰でナイフをふるうベルコット相手に、ゴブリンは格下であると判断して悪趣味な笑みを浮かべて棍棒をふるう。すぐそばで見守っている怪物を意識していないあたりにゴブリンの知能の低さがうかがえる。
振るわれた棍棒がナイフを叩き、しびれたベルコットの手の中からナイフが零れ落ちる。勢いのまま、ゴブリンがベルコットの頭上へと棍棒を振り下ろす。
動くこともできないベルコットは引きつった顔で目を閉じて――
ザシュ、と。棍棒を切り裂く勢いのまま頭部に突き刺さったナイフがゴブリンを絶命させ、その体を後方へとはじく。
へたり込むベルコットは荒い呼吸を繰り返しながら物言わぬ骸となったゴブリンを見つめる。一歩間違えばこうして死んでいたのは自分だったと。
ベルコットの呼吸が落ち付いたところで歩み寄ったネストの足音に、ベルコットは肩を震わせる。恐る恐る振り向いた先にイレイナ(鬼教官)ではなくネストがいたことで、ベルコットはほっと安堵の息を漏らした。
ベルコットへと手を伸ばし、立ち上がらせながらネストは現状を問う。
「それで、何をしているの?」
「……特訓です。言ったからには責任を取れと」
「ええと?」
「オリハルコンを探して来いといった責任を取れと言われました」
要領を得ないベルコットの言葉にネストは首をひねる。確かに、オリハルコンを探すことになった最終的な理由は、ベルコットがオリハルコンホイルを所望したからだった。それがあればイレイナの料理師匠から解放されるかもしれないと、当時はそんな希望を持っていたのだ。
だが、いざオリハルコンを手に入れても、それを加工できなかった。剣を折り曲げるかへし折るくらいならばイレイナでも不可能ではなかったが、薄い箔にするというのは困難だった。
それで、オリハルコンの件とベルコットの特訓がどうつながるのか。瞳からハイライトを消したベルコットは、吐き捨てるように告げた。
すなわち、
「……私を世界最高の鍛冶師にするそうです」
と。




