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3ロックゴーレムの炙り

 イレイナとネストは冒険者だ。魔物との討伐をする冒険者の日常は、朝、冒険者組合に向かうところから始まる。

 冒険者たちで混雑した組合の中、イレイナとネストは依頼掲示板の方へと向かい、めぼしい魔物の討伐依頼を探す。

 魔王によって魔物が溢れた世界には、魔物の数だけ命や日常が脅かされる人々が存在する。彼らは冒険者組合に依頼をして、それを冒険者が受けることで、市民はいち早く魔物による危険から逃れることができ、冒険者は討伐対象の魔物を探してさまよい歩く必要がなくなり、なおかつ依頼報酬金を貰うことができる。

 当然、依頼主によって難易度と報酬金が異なり、より安全で簡単な依頼を好む冒険者たちは、朝一で貼り出される新規の依頼を求めて組合をたずねることになる。

「……これなんかどうかな?」

 ネストがイレイナに見せたのは、ロックゴーレムの討伐依頼。古の魔法使いが生み出したとされる使い魔、ロックゴーレム。岩からなる人工生命体は、命令が書き込まれる心臓部であるコアに異常をきたした際に暴走する。

 そんなロックゴーレムだが、体である岩石の強度によって強さが決まり、依頼で討伐が求められている個体は最上級クラスだった。とはいえ劣化した命令情報を元に暴れるだけのゴーレムは、鍛えたネストにとって大した敵ではない。一方、斥候であり物理的な攻撃能力の低いイレイナにとって、ゴーレムは強敵となる。

 イレイナにいい所を見せる――そんな思惑は、けれど当のイレイナ自身によって瓦解することとなる。

「こっちにしない?」

 そう言ってイレイナが示すのは、コカトリスの討伐依頼書。石化の力を持つコカトリスは、あまり好んで討伐される魔物ではない。そのため、誰も見向きする様子はなかった。

「……どうしてそれを選ぶの?ゴーレムの方が状態異常にかかる心配はないし、依頼料もいいよ?」

「じゃあそっちでもいいけど……ロックゴーレムをどう調理しよう?」

 さぁ、とネストの顔が悪くなる。どう調理するか――それがどう斃すかという意味ならいい。だが今のイレイナの言葉は、ネストの耳には文字通り、ロックゴーレムをどう食べるかという話に聞こえた。

 嫌な予感のせいか額に冷や汗がにじむのを感じる。冒険者組合内の喧騒を遠くに聞きながら、ネストはごくりと喉を鳴らした。

「……まさか、食べるつもりじゃないよね?」

「え?もちろん食べるけど?だって食材を手に入れに行くんだから」

 料理人イレイナは、もはや料理のことしか頭になかった。だから冒険者でありながら、彼女は依頼によっていかに食材を手に入れるかだけを考えていた。

 だから、イレイナは、ネストの言をロックゴーレムを食材にしようと提案しているように勘違いし、戦々恐々とした面持ちをしていた。

「いや、食べないよ!?というか岩だよ!?」

「でも食べるんでしょ?大丈夫、しっかり調理するから。神様が与えてくださる職業は、きっとロックゴーレムだって美味しく調理できるようにしてくれるはずだから」

 さあ行こうすぐ行こう、とイレイナはネストを急き立て、背中を押して歩き出す。そんなイレイナに、ネストは悲鳴のように声を張り上げながら、「ロックゴーレムは食べものじゃないからね!」と叫ぶ。

「いや、ネストが食材として提案したんでしょ」

「討伐依頼としてだよ!」

 そんなコントを繰り広げる二人を、勤勉な冒険者たちは化け物を見るような面持ちで見送った。


 イレイナは斥候である。筋力値こそ低いが、こと敏捷性にかけてはかつて所属していた勇者パーティにおいても随一であった。当然、戦士職のネストではおいていかれないようにするだけで必死だった。

 訂正もむなしく、イレイナは食料を求めて森を進む。

 立ち止まっていたイレイナに追いついたネストは、肩で息をしながら目的地を睨んだ。

 森の中、ぽっかりと開けた一帯に建てられた洋館。その周りを、灰色のロックゴーレムが大きな足音を響かせながらぐるぐると回っていた。高さは二メートルほど。頭部には怪しい光を帯びた真っ赤な球体が埋め込まれており、胴体は他のゴーレムよりスマート、球状の関節はやわらかかつ複雑な動きを可能にしていた。

 伝説に語られる吸血鬼のアジトを思わせる趣ある洋館は、古代の遺跡を改築したもの。その見張りには、朽ちることなく存在した門番であるロックゴーレムをあてており、危険な森の中における冒険者や狩人の避難所として利用されていた。

 だがロックゴーレムが暴走し、避難所の中にはゴーレムを討伐するほどの能力のない狩人が取り残されていた。その緊急性も加味しての高額な依頼料であった。

「……こうしてみると他のゴーレムに比べて俊敏な動きね」

「そうだね。しかも魔法付与性の高い火山岩に魔法的な強化を施してあるせいで、相当頑丈だよね」

「攻撃はネスト中心でいいよね?私がおとりになってゴーレムの意識を集めるから」

「ちょ……ああもう!」

 返事も聞かずに走り出したイレイナを追って、ネストもまた意識を戦闘モードへと切り替える。大地に向かって片手を伸ばし、叫ぶ。

「顕現せよ、竜滅剣!」

 ネストの職業は狂竜戦士。竜の血を浴びた狂戦士であり、その真価は、かつてのドラゴンスレイヤーが竜を斃した際に使ったとされる召喚剣、竜滅剣にあった。

 大地から生えるように現れたのは、柄から矛先まで真っ赤な剣。血の塊のようなそれをつかんだネストの口元が狂気にゆがむ。

 強烈な光を帯びた目が、ゴーレムを捉える。

 狂いそうになる呪いの核である亡き竜の意志から己を守りながら、ネストは全力で走り出し、上段からロックゴーレムへと剣を叩き込む。

 たった一撃で関節を砕かれたことにより、ロックゴーレムの意識がネストへと向かう。だが、それを許すほどイレイナは無力ではない。

 イレイナによって投げられたナイフはロックゴーレムの頭部、一つ目のように存在する赤い球体へと傷をつけ、ロックゴーレムの意識は再びイレイナへと向かう。

 腰だめにした剣を、ネストが全力で振りぬく。

「はああああああ!」

 横に、縦に、斜めに、嵐のように乱雑に振りぬかれた剣が、ロックゴーレムの頑丈な体をバターのように切り裂いていく。

 その様は、文字通り狂戦士。狂気の笑みを浮かべて狂ったように武器を振り回すその様は、間違いなく勇者と崇められる存在からは程遠い所にあった。ゆえに勇者はネストを追放し、ネストもまたそれを当然のこととして受け入れた。

 万能感がネストを満たす。竜滅剣という力に酔いしれる。

 その結果は、みじん切りにされるロックゴーレムに現れた。

 ゴーレムが機能を停止して、けれどそれでもまだネストは止まらない。止められない。

「ネスト」

 殺された竜の怒りに心を完全に囚われそうになるネストに声がかかる。瞬間、ネストはぴたりと動きを止め、その手に握られた血染めの剣が矛先から砂のように溶けて虚空に消えていく。

「……ごめんね、イレイナ。やっぱり怖いよね」

「いや、そんなことはないけど……調理のためにももう少し形を残してほしかったな」

 地面に積み上がったロックゴーレムの残骸を見ながら悲しそうに告げるイレイナを見て、ネストは内心、自分のファインプレーに歓喜して――

「けれどまあ、刻む手間が省けたのだからいいか」

 続くイレイナの言葉に今度こそ顔を蒼白に染めた。


 イレイナは職業を過信していた。かつてシーフの職を授かった時、イレイナは大きく視界が開けたような感覚を得た。それはまるで、自分という存在が殻を破って真に生まれたような感覚だった。

 だから職業「料理人」になったことで完璧な料理の腕を身に着けることができたと、そう盛大な勘違いをしていた。

 職業に絶大な恩恵があるのは間違いない。それこそ、職業を授かれば素人が一瞬にしてその道の一角の人間に化けるような例もある。ただそれは、職業とその人物の適性が大きくかみ合ってこその話だ。例えば、選択の意志なく神によってシーフの職になったイレイナのように。

 だが、イレイナに料理のセンスはない。腕もない。まともな経験値もない。それなのに料理人になったから料理ができるなどありえない。

 第一、人間には食べられないものを料理しようとしている時点で、イレイナはイカレているといってもおかしくなかった。

「ええと、イレイナ……これは?」

 青い顔のネストは、イレイナから手渡された木の器の中を睨みながら震える声で尋ねた。彼の視界にあるもの――それは一言で言えば「岩」だった。わずかに表面が黒ずんだそれは、ロックゴーレムを焼いたもの。それを器によそわれ、フォークとともに差し出されたネストは、まさか本当に食べるつもりなのかと、愕然とした面持ちでイレイナを見ていた。

「何って、ロックゴーレムの炙りでしょ。ほら、私が調理するとどうしてか焦げることが多いでしょ?」

「焦げるというか、炭になってるよね」

「だから今回は焦げないものを食材に選んでくれたんだよね。流石はネスト、憎らしいほどのサポートだね」

 焦げないのも当然である。だって岩だから。ロックゴーレムは食べものじゃない――そんな言葉は、もうイレイナに通用するようには思えなかった。

 感想を期待するイレイナの視線が痛かった。震える手で、ネストは岩にフォークを伸ばす。

 当然、フォークは食事に突き刺さらない。だって岩だから。

 期待に満ちたイレイナを横目に、ネストは虚無を顔に張り付けて岩を口に含み――ガリッ。

「……ごめん、これは無理」

 職業「料理人」になっても岩は食べられない。それをイレイナが理解したのは、ネストに言われてからも諦めずに味見をして、口の中が岩と少しの煤の味に満ちた時だった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。 ゆっくり読ませていただきます。 料理ネタは好きなので、嬉しいです。
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