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呪われし料理音痴イレイナの挑戦  作者: 雨足怜


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26朝の一幕

 チチチ、と小鳥が囀る。

 窓から差し込む朝日が部屋に舞う埃を照らし出す。留守中に積もった汚れをまだ掃除されていない部屋は埃っぽく、けれどそんなことを気にせずにベッドで眠るものが一人――

「ああああああああああ!」

 突如奇声を上げて、ベルコットはベッドの上でゴロゴロと左右に転がる。羞恥に身もだえするベルコットは昨日の己の醜態を思い出して顔を手で覆った。

「やっちゃった……」

 ベルコットは酒に弱かった。それはもう、副業で薬師をしている祖母が、お前にこの仕事はできないと断言するほどに。薬効抽出の際に用いるアルコールのにおいでさえ酔っぱらってしまうほどなのだから。

 料理に使うくらいだったら、これまで酔うことはなかった。きちんと加熱してアルコールが飛んでしまえば、気にすることなく食べられるのだから。

 ただ、ベルコットは油断していた。動揺していたし、舞い上がってもいた。

 無事に帰ってきたネストたちを見て、思わず泣きそうになった。ネストとイレイナの距離が近くなっていて、旅先で何やら進展があったのかとやきもきした。聖剣と格闘するイレイナを見て顎が外れる思いだった。イレイナの奇行を無視してネストと二人で焚火を前に料理に舌鼓を打つ時間は、これまでの人生の中でもっとも幸福な時間の一つだった。

「……ネストさんだってイレイナに料理下手だって言えないじゃないですか……」

 ネストのおかげで生焼け肉を食べ、それによってしなだれかかるなどの醜態をさらしたベルコットは、口にしようとした言葉を思い出して顔を真っ赤にして頭を抱える。

 ――私のことは見てくれないんですか?

 口に出かかった秘めた思いがネストに伝わらなかったことを喜ぶべきか、勢いに任せて告白しなかったことを後悔すべきか。

 ぐるんぐるんと身をよじらせるベルコットは、そのまま枕に顔をうずめてくぐもったうめき声をあげて。

 何やら、嗅ぎなれないにおいがした。ふと顔を上げる。見知らぬ部屋でベルコットは眠っていた。

 簡素な部屋だった。最低限の家具だけが備え付けられた、がらんどうの部屋。とはいえわずかな生活感から、誰かが住んでいる部屋ではあった。

「……ひょっとして、ネストさんの部屋かな?」

 言いながら、ベルコットはちらと布団を見る。ここにいつも、ネストが寝ている。先ほど香ったのは、ネストの匂い――

 ベルコットの頭の中で悪魔がささやく。こんな機会二度とないかもしれないよ?ネストさんの香りに包まれながら二度寝をしよう。

 天使が悪魔をいさめる。駄目だよ。ネストさんなしの状態で満足していたら!ここはネストさんを部屋に呼んで、二人並んで、ネストさんの胸筋に顔を埋めて眠るのが最高だよ!――いさめてはいなかった。

 天使と悪魔に誘惑されるまま、ベルコットは枕に顔を埋める。大きく息をする。少しだけほこりっぽい匂いに交じって、他人の香りがした。

「こ、これがネストさんのベッド、ネストさんのにおい……」

 スハスハと呼吸を繰り返すベルコットは、天上の心地で恍惚の表情を浮かべ。

「ベルコット?まだ寝ているの?」

 がちゃ、と。ノックもなしに開いた扉の先、イレイナがベルコットの醜態を捉える。しばらく部屋の中を見回し、それから改めてベッドの上で何やら寝具の香りを堪能しているベルコットを見て、イレイナは少しだけ頬を赤く染める。

「……そんなに私の布団っていい匂いがする?」

「そんなことだと思いましたよッ」

 逆切れしたベルコットが投げつけた枕を華麗に受け止めたイレイナは、そそくさと部屋から出て行こうとして。

「あ、もうかなりいい時間だけど、仕事は大丈夫?」

「……今日は休みですよ」

 ささ、と入り口近くの棚に枕を仮置きしたイレイナは、改めてうるんだ視線をうつむきがちにしながら部屋を後にした。

「………ぁぁぁぁぁあああああああああ」

 布団に顔を埋めたベルコットのくぐもった悲鳴が、イレイナの部屋に響いた。


 鍛錬をしていたのか、肩にかけたタオルで汗を拭くネストはダイニングに入ってくるなり不思議そうに首をひねる。

「おはよう……どうしたの?なんか変な雰囲気だけど」

「おはよう」

「おはようございます。なんでもありませんよ。……なんでもありませんよね?」

 言うなと、ベルコットの鋭い視線を受けて、イレイナは気圧されたようにこくこくとうなずく。女性同士、何やら男性には言えないことでも話していたのだろうかと考え、ネストは何も言わずに席に着く。

 テーブルの上に並ぶのは、実に食欲をそそる料理。時刻は遅めの朝といったところ。量的にブランチだろうかと考えながら、ネストは漂う香りに笑みを浮かべる。

「すごくおいしそうだね?」

「ありがとうございます。イレイナって食品の目利きはいいんですね。おいしそうな食材を買ってきてくれていましたから腕を振るわせてもらいました」

 席に着いた三人は、さっそくベルコット手製の料理に舌鼓を打つ。イレイナの料理とは違うまっとうな食事に、ネストは目頭が熱くなった。鼻の奥がつんとする。

「……私だって少しは成長したはず」

「…………わかったから、そんなものを見せないで。食欲がなくなるから」

 イレイナがずいと突き出すのは、木製の器に入った透明なスープ。確かに、悪臭はしていないし、嫌な気泡が生まれていることも、毒々しい見た目をしていることもない。ただ、まるで意思を持ったように動く液体など、進んで食べたいものではない。ベルコットの料理を前にしてどちらを選ぶかなど検討するまでもない。

 肩を落として器を皿に置いたイレイナを見て、ベルコットが胸を張る。

「ふふん、まだまだですね……ってちょっと、近づけないでくださいよ!?」

 ベルコットの言葉に反応したように、イレイナの料理がベルコットへと迫る。文字通り、透明なゲル状の物体がひとりでに皿から飛び出し、ベルコットめがけてずりずりとテーブルの上を這い始めた。

 匂いや見た目はましになっていても、むしろ料理としては悪化していた。動き出す粘体(リビング・ジャム)を前にベルコットは涙目になって壁のほうへと避難する。

「めっ、まったく、どうして勝手に動くの?」

「……いや、どうして命令できるの?明らかに言葉が通じてるよね?」

 イレイナの命令を受けて動きを止めた粘体は、あきらめたように項垂れて――体を低くして、ずりずりと器に這い戻った。

「なんか、命令できる気がしたから?」

 ちゃぽん、と器に収まった粘体はそのまま静かになる。物言わぬゲルを眺めながら、ベルコットは大きく息を吐き、警戒しながらも席に戻る。

「こうして見ていると、ゴーレムなんかに似ている気がしますね」

「ゴーレム?あの、魔女が作ったという?」

「はい、そうです。古の魔女ほどではありませんけれど、今も魔女たちは無機物にかりそめの生命を与えて動かす秘術を有しているんです。その技に、その物体は似ているような、似ていないような……」

「断言しないということは、かなり違うところがあるんだよね?」

「魔女の秘術では、液体に疑似生命を与えることはできないんです。砂や石、金属、木材、人形なんかに魔力を注いで秘術を発動して、忠実な下僕を作り出すんです。なんでも、流動性を帯びた液体だと、魔力が体にとどまることなく霧散してしまうらしいです。でもイレイナの場合は液体が普通に動いていますから同じ術とは言えないですかね」

「詳しいんだね?知り合いに魔女がいるとか?」

「はい。祖母が魔女ですよ。あ、でも、別に悪い人じゃないんですよ?ただ悪乗りが過ぎるというか、意図的に物語に出てくる怪しい魔女みたいなそぶりをして人をだまくらかすのが趣味なんです。善良というか、まっとうな品しか作って…売っていないですよ」

 慌てて言い直した。おかしな薬でも作っているんだなとネストは苦笑する。

「魔女、か。ひょっとして、イレイナには魔女の適性があるのかな?」

「どうでしょう?魔女は器用でないと務まりませんからイレイナは……」

「イレイナは器用だよ?」

「どこがです?」

 食事を進めるイレイナを、ベルコットは上から下へと観察する。なるほど、どこか気品を感じさせるカトラリー操作には目を見張るものがある。川魚の骨をきれいに取り除くその動きには不器用さは見えない。

「……これでどうして料理の際にはああなるのですか」

「イレイナは料理センスに呪いを受けているんだよ、きっと」

「料理になると不器用になる呪い、ですか。……まあその存在を疑わずにはいられませんよね」

 今のところ、イレイナが壊滅的な料理しか作れないのはその魔力の性質によるものであるとネストは考えていた。人によって魔力には個人差があり、その中には特定のことに対して強い効果を発揮したり、あるいは逆に特定の動作に関して致命的な能力をもたらしたりする魔力が存在する。例えば、回復魔法に愛されたような優秀な回復魔法使いは、魔力そのものが回復系に絶大な親和性を持っていたりする。その逆で、イレイナのように魔力が不器用をもたらすこともある。

 魔力が料理に悪影響を及ぼしておかしな反応を生み出して料理を不味くするというのは、まだ理解できた。理解したくなくても、理解せざるを得なかった。けれど、料理が動き出したり、あるいは調理時に不器用になったりするのが本当に魔力のせいなのか、ネストはいまだにはかりかねていた。

「……斥候としては最高峰の腕を持っているわけだし、不器用ってわけじゃないんだよね」

「そう聞きますけれど、私はイレイナの斥候としての技量を知らないんですよね」

「うーん、大陸でも有数の腕かな?僕では決して気づけないような罠とかに気づくし、勇者パーティにいたころは誰よりも早く敵の接近に気づいていたよ。あとは悪意とか敵意にもすごく敏感だね」

「流石は元勇者パーティメンバーですね。でも、イレイナやネストさんが出て行って、勇者パーティは大丈夫なんですか?」

「大丈夫なんじゃない?イレイナの後釜が入ったって話は聞かないけれど、ダンジョンに向かうわけでもない以上、罠とかに対してそれほど神経質になる必要はないだろうからね……いや」

「何か懸念でもあるんですか?」

「ああ、魔王軍に属する魔族は厄介かなって。あいつら、すごく悪知恵が働くんだよ。勇者パーティに斥候がいないことに気づかれたら面倒なことになるかもなって思ってさ」

 そういいつつも、ネストはすぐに懸念を棚に上げる。何しろ今のネストは、勇者パーティには何も関係がない一般人なのだ。以前はイレイナが無事かどうか、情報を集めて検討をしていたが今はその必要もない。

 魔王軍との戦いはレオニードが何とかするだろうと、ネストは少しずつ狂っていった幼馴染を思って小さく息を吐いた。

 ネストの中にある並みならぬ思いを感じて、ベルコットはちらりとイレイナをうかがう。だが、イレイナのほうはといえば話題に上った勇者パーティなど何も気にしていないように香草のサラダに舌鼓を打っていた。

「……勇者パーティにいた時のお二人は、さぞ活躍していたんでしょうね」

「そうでもないよ。僕はアタッカー兼ディフェンダー。基本的に勇者パーティのタンクを担当していたよ。イレイナは斥候だけど、戦闘能力はそれほどでもなかったからね。戦いにはあまり関わっていなかったよ」

「え?……イレイナが弱かった?そりゃあ誰しも弱かった時期はあると思いますけど」

 弱いイレイナというのが全く想像がつかず、ベルコットは首をかしげる。

 ベルコットが知るイレイナは、単身で危険地帯に乗り込んで平然と大量の魔物を討伐して帰ってくる変人(超人)だ。そんなイレイナに「弱い」という単語ほどふさわしくない言葉はありそうになかった。

「まあ今では想像もつかないよね。……本当に、どうしてこんな急激に強くなれたんだか」

「……料理人になったから?」

「いやまあ斥候よりは戦闘向きな職業……じゃないよね。明らかに非戦闘職だよ」

 職業による成長恩恵があっても、非戦闘職である料理人で急激に強くなれるとは考えにくい。イレイナはイレイナという理不尽だと、そう考えることでネストは自分の中で広がるもやもやを整理しようとする。

「そんなことより、鍛冶師が必要」

「鍛冶師?……ああ、聖剣の件だね」

 突然切り替わった話題に一瞬戸惑うも、食事を終えたイレイナがテーブルに載せた剣を見て納得する。

 オリハルコン製の聖剣。それを金属ホイルにして料理に使おうとするイレイナのぶっ飛んだ発想に突っ込みを入れたいベルコットだったが、その始まりが自分の言葉にあることを理解しているだけに何も言えずに口ごもる。

 苦笑を浮かべるネストは、美しい輝きを帯びる聖剣を見て首をひねる。

「……今の時代に、オリハルコンの加工ができるような人がいるのかな?しかもすごく薄い紙のような状態にするんだよね?……そもそも、すごく頑丈なオリハルコンを薄く加工したところで、金属箔として包みに使えるのかな?」

「合金にすれば大丈夫じゃないかな?」

「まあ何にせよ鍛冶師だね」

 どこかあきらめの空気を漂わせる聖剣に憐憫の視線を送りながら、ネストはつながりのある鍛冶屋の顔と腕を思い浮かべる。だた、伝説に語られるオリハルコンという金属を加工できそうな人物は思い浮かばなかった。

「それじゃあ、しばらくは鍛冶師探しかな?」

 こくりとうなずくイレイナを見て、しばらく料理指導から解放されると、ベルコットは心の中で歓声を上げて。

「……ホイルの完成までに料理をできるようになるわ」

 続くイレイナの言葉に、急転直下、その顔をひどい絶望に染めて項垂れた。


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