24聖剣
バァン、と冒険者組合の建物の扉が開かれる。現れたのは長い赤髪を揺らす勝気な女性と、彼女に担がれた茶髪茶眼の痩身の男だった。
大陸中央、かつて竜神と勇者が争った土地ドラゴニスから拠点としている街に帰還したイレイナは、休息をとることもなく一直線に冒険者組合へと向かった。
「ベルコット!」
珍しいイレイナの満面の笑みを見て、イレイナのことを知る冒険者が、あるいは彼女に呼ばれた受付嬢のベルコットは目を大きく見開いていた。
一体何があったのか――詳細を問う視線が突き刺さるのを感じるネストだが、爆走するイレイナの肩の上で激しい振動を浴びていて完全にダウンしていた。顔を真っ青にしたネストはイレイナの肩から降りるなりふらふらとおぼつかない様子で数歩歩き、そのまま地面に倒れこんだ。
「……地面だ……っ」
感極まって組合の建物の床に頬をこすりつけるネストを見て、ベルコットはあんぐりと口を開いた。好青年、けれどイレイナのことになると苦労性の世話焼きかつ常識人であると思っていたネストの異常に、ベルコットは思わず受付カウンターから飛び出してイレイナの肩につかみかかった。
「何があったのですか!?」
「聞いてベルコット!」
「ひゃわ!?」
目を輝かせたイレイナがベルコットを抱きしめる。万力のような強烈なハグに、ベルコットは一瞬、亡くなった祖父のことを思い出していた。優しく、けれどネストと同じで妻である祖母に連れまわされていつも胃を痛くしていた苦労性の祖父。彼が笑みを浮かべながら手を振るさまを見て――
「ちょ、ちょっとイレイナ!ベルコットさんが泡を吹いているから!」
少しだけ吐き気が収まったネストの視界には、顔を蒼白に染め、白目をむいてピクピクと痙攣するベルコットの姿が映った。慌ててイレイナをベルコットから引きはがす。キレイ系なベルコットは見る影もなくなっていた。
「そんな……死んじゃ駄目よ、ベルコット師匠!」
「勝手に人を殺さないでください!」
イレイナの声に突っ込みを入れることで生還を果たしたベルコットは、痛む胸部に顔をしかめながらベルコットとネストの間で視線を行き来させる。そうしてようやく、二人が帰ってきたのだという強い実感があふれ、目元がカァッと熱くなった。
泣いてたまるかと、そう思いつつも痛みに目を潤ませつつ、ベルコットは心からの笑みを浮かべて。
「ネストさん、イレイナ、お帰りなさい!」
「ただいま」
「ただいま、帰ってきたよ」
相変わらずテンションが天元突破しているイレイナと疲労をにじませるネストは、ベルコットとの再会に日常へと戻ってきたことを強く実感した。
まだ仕事中だからと受付に戻ったベルコットがイレイナとネストの家に向かう頃には、すでに空が赤く染まり始めていた。
一日の終わりに向かってどこか疲労をにじませる労働者たちの姿を見ながら、ベルコットは街を歩く。ふと目についた今が旬の果実を手に取り、数個購入する。
親しき中にも礼儀あり。こうしたところで点数を稼ぐことでネストの心をつかみゆくゆくは――
「っていうのが無理だってわかってはいるんだけどね」
嘆息しながらも、それでもあきらめきれない恋多き女ベルコットは、少しだけ重い体を引きずって、覚悟を胸に、イレイナたちの拠点の前に立って。
ボン、と。まるでベルコットの来訪を歓迎するように家の一角で小さな破裂音が響き、黙々と白煙が立ち上る。庭から上がる煙を前に、イレイナはすぐさま門をくぐって駆けだしていた。
今度は何をやりやがったあの料理音痴は――ッ、と内心で罵声をまき散らすベルコットが見たのは、地面に横たわり、両手を広げて茫然と空を見ているイレイナと、あきれたように首を振るネストの姿だった。
「ええと……どういう状況ですか?」
「ああ、あれだよ」
いわれるままベルコットが見た先には、立ち上る白煙。その発生地点には、何やら心惹かれる黄金の輝きが垣間見えた。
「金塊、ですか?」
「ううん、オリハルコンだよ」
「オリ……ッ!?」
伝説にうたわれる金属だとさらりと告げられて、ベルコットは思考を停止。再起動ののち、驚愕に目を開き、痛むほどに首を勢いよくひねってネストへと視線を戻した。
「はは、まあ普通はそういう反応になるよね」
「え、あ、いや、だってオリハルコンって、あの伝説の金属の!」
「うん、伝説なんだよね」
いかにオリハルコンという存在が偉大であるか同意を求めようとするベルコットだが、ネストの反応は芳しくない。いったいどうしたというのかと視線で詳細を求めるベルコットを手で制して、ネストは視線を黄金の輝き――地面に突き刺さった一本の剣に向けた。
「あれ、勇者様の聖剣なんだけどね」
「オリハルコンの聖剣……ってもしや、歴代最高の勇者様であるゴールディー様の愛剣でしょうか?」
「そうらしいね。ドラゴニスにあったオリハルコン製の剣だから、多分それだよ」
「……なんか、反応が薄くないですか?伝説の剣ですよ?寝物語に一度は必ず聞くような英雄譚に出てくる剣ですよ?女の子だって目を輝かせて聞き入るような物語に登場する伝説の剣、ましてや男の子であるネストさんならもっと興奮してしかるべきじゃないですか?特に冒険者の皆さんはそういう伝説が大好きなイメージなのですが」
「うん。僕も実際に聖剣を見たときには感動したよ。地下にぽっかりと空いた空間の中心につきたてられた剣に、天井の隙間から降り注ぐ陽光が照らして、美しくきらめいていたんだ。うん、確かにすごく感動したよ」
そう告げるネストの様子は芳しくない。その後の怒涛の展開が衝撃すぎたということもある。ロマンスを胸に抱いたアンデッドナイトとの闘い、竜神の復活と討伐、イレイナへの告白。
連続して起きた出来事を前に聖剣への憧れはすっかり沈静化した――わけではない。
ネストがあきらめをもって聖剣を見るようになったのは、この街に帰ってきてからのことである。
「……ええと、何やらすごく嫌な予感がするのですが。その、まったく聞きたくないけれど聞かずにはいられないといいますか……」
「うん。ここは仲間(生贄)を増やすところだよね」
いい笑顔で告げるネストの顔には言いようのない暗さがあって。必死に首を振ってネストを止めにかかるベルコットだが、同胞を求めるネストは止まらない。
「え、ちょ、いやです聞きたくないです話さないで――」
「さっきからずっと、イレイナが聖剣と喧嘩をしてるんだよ」
聖剣と喧嘩――伝説に語られる神授の剣が、一人間と喧嘩。その言葉は、ベルコットの中にあった聖剣への崇拝を粉々に砕きにかかった。
むくりと立ち上がったイレイナは、再び聖剣へと歩み寄る。
どこか緩慢とした動きなのは、聖剣から放たれる不可視の力がイレイナを拒んでいるから。常人であれば動くこともままならないような圧の中、イレイナは止まることなく聖剣へと手を伸ばし、その柄を掴んで。
「――私のためにホイルになりなさい!」
瞬間、聖剣から黄金の輝きがほとばしる。それは魔を滅する聖剣の奥義。可視化された神授の剣の力が爆発を伴ってイレイナを吹き飛ばす。
ボン、という音とともにイレイナは数メートル吹き飛び、再び地面に背中から倒れこむ。
「聖剣よりオリハルコンホイルのほうが絶対に役立つのに……」
神聖なる剣を金属ホイルの材料にしようとのたまうイレイナと聖剣の葛藤を前に、ベルコットはギギギ、とさび付いた戸板のような動きでネストを見る。
「うん。もうずっとあれをやっているよ」
瞳からハイライトを消したベルコットの言葉にならぬ悲鳴が夕暮れの街に消えた。




