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呪われし料理音痴イレイナの挑戦  作者: 雨足怜


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幕間2ティルメニアの苦悩

大変申し訳ありませんが、登場人物の名前を盛大に間違えていました。

勇者パーティの魔法使いはティルメニアです。

 むせかえるような酒精の香りが森に漂う。無数に並ぶ天幕の片隅、最も巨大な天幕の中で勇者レオニードは酒瓶を片手に陽気な声を上げていた。

 レオニードの肩にしなだれかかっているのは桃色髪のローブ姿の女性、ティルメニア。勇者パーティの回復役を務める彼女は、機嫌のいいレオニードの手から空になった酒瓶をそっと取り、新しく高級ワインをグラスに注いで渡す。

 最初のころは慣れない手つきをしていたティルメニアだが今では手慣れたもので、熟練のバーテンダーのような美しい動きでグラスにワインを流し込む。その動きだけ見てティルメニアが高位貴族の令嬢であるなど誰にもわからないだろう。

 勇者レオニードの活躍によって勢力の増強をもくろんだティルメニアの父は、妾腹のティルメニアをただの魔法使いの少女ティルメニアとして勇者パーティに送り込んだ。そのこと自体には、ティルメニアは歓迎するばかりだった。

 飼い殺しの日々。当主の気持ち次第で二回りは年が上の老齢の男性の後妻になる可能性や、変態貴族に飼われる可能性もあったのだ。実家という牢獄から抜け出して勇者の女性という立場になれたことはティルメニアにとって誇らしいことだった。

 一度手にした栄光の立場を失うことを、ティルメニアは極度に恐れた。自分と同じようにレオニードに取り入るためにパーティに参入した女性たちとしのぎを削りながらも、ティルメニアたち三人はとある協定に臨んだ。

 それは、レオニードがひときわ強く執着を見せていた女性、イレイナをパーティから追放し、レオニードの寵愛が与えられるのを阻止することだった。

 計画はうまくいった。雨の中に投げ出された子犬のようにすがる目をして地面を転がるイレイナを見て、この上ない歓喜を覚えていた。これでレオニードの寵愛がイレイナに向かうことはなくなり、あとは三人でその立場を取り合うだけだと、そう思っていた。

 けれどレオニードは強欲な男だった。勇者として勇名をとどろかせるのではなく、人知れず悪名を広めていた。

 女性食らいレオニードと。美しい女性には声をかけ、自分になびかぬ者は脅してでも己の色に染める。レオニードの中では、勇者に好意をよせない女などいないという理論が本気で展開されていて、行く先々でレオニードは新たな女性にうつつを抜かした。

 イレイナという目の上のたんこぶが消えて、ティルメニアはようやく悟ったのだ。レオニードにとっての唯一には、誰もなることはできないと。もしそんな奇跡的なことが起こりえるのだとすれば、それはレオニードが勇者ではなくなり、多くの女性が彼に見向きもしなくなったとき。だがその時、ティルメニアを含めた三人はきっと、レオニードに見向きもしない。

 勇者でないレオニードに価値などないから。

 だらしのない笑みを浮かべたレオニードが無造作な動きでティルメニアを抱き寄せる。魔物の討伐を続けて強くなったレオニードに対して、ティルメニアは抗うすべがない。回復役としてあまり魔物を討伐してこなかったティルメニアの身体能力は高くない。だからたとえ拒絶したくとも、レオニードの腕の中から逃れるすべはない。

 ――拒絶するつもりは、なかったのだ。

「痛っ!?」

 小さな悲鳴を上げる。

 ただ、レオニードは勇者としての活躍で力が増し、その一方でティルメニアは力はもちろん、肉体の強度もほとんど上がっていなかった。だからレオニードが無造作につかんだその動きに、ティルメニアの肩が悲鳴を上げた。折れこそしなかったものの、筋肉は悲鳴を上げ、骨が軽く軋んだ。

 逃げようとするように身をよじるティルメニアの声に、レオニードの動きが止まる。これまでその顔に浮かべていた喜色は消え去り、そこには底なしの悪意があった。強欲であり傲慢。自分から逃げようとしたティルメニアの動きが、レオニードの気に障った。

 何より、レオニードは虫の居所が悪かった。先ほどまでの機嫌のよさは、ティルメニアによる酌がもたらしたかりそめのものにすぎなかった。

「……どうしたんだ、ティルメニア?俺から逃げるのか?俺を拒絶するのか?」

 ハイライトの消えた瞳がティルメニアを映す。完全に酔っぱらったレオニードは加減を知らない。自制心をどこかに置き忘れたレオニードは心のままにふるまう。それはまるで、癇癪を起した子どものごとく。

 かつて、酔っぱらったレオニードの機嫌を損ねた弱小貴族が受けた暴行を思い出した。全身を打撲し、骨が折れ、血の海に沈んだ男を前に、レオニードは楽しそうに笑っていた。

 その笑い声が、ティルメニアの耳の奥で警告音のように響いていた。

 ティルメニアは肩を小さくしてうつむき、レオニードにも気づかれないくらいに小刻みに震えていた。

 怖かった。レオニードが怖くて仕方がなかった。特に今の、一つ間違えれば爆発しそうなレオニードには正直近づきたくなかった。だからほかの二人は、ティルメニアを置いて逃げた。

 絶望に目を潤ませたティルメニアは、必死で恐怖を飲み込んでレオニードの胸にしなだれかかる。上目遣いに見上げる。自慢の容姿でレオニードの理性を奪いにかかる。

 掴みかかったレオニードの強烈な力を、歯を食いしばって耐えながら、ティルメニアは心の中で呪詛をまき散らした。

(絶対に許しませんよ、スラシャ・ライオネスッ!)

 スラシャ・ライオネス。それはレオニードが求めた美しい女性。だが、彼女はほかの女性とは違い、レオニードになびくことはなかった。貴族らしく本心のわからない仮面を張り付けた彼女は、統治者の顔をしていた。

 スラシャは、勇者レオニードの毒牙にかかるのを避けるために姿を消した。ライオネス侯爵は、スラシャは行方不明などと言葉を濁していたが、ティルメニアは彼が娘を逃がしたと考えていた。

 真実のほどはともかく、せっかく魔王軍を撃退したにも関わらずスラシャと甘い時間を過ごせなかったことにレオニードは内心で怒り狂っていた。

 自分は勇者だ。自分は人類で最も優れた存在だ。自分は望むものすべてを手に入れることができる存在だ――

 欲を膨らませていたレオニードを止めるものは誰もいなかった。

 ただ嬌声ばかりが夜の森の中、巨大な天幕の中で響いていた。


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