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呪われし料理音痴イレイナの挑戦  作者: 雨足怜


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23料理狂いイレイナ

 夢を見ていた。それはおそらくは、走馬灯。

 幼いイレイナが、目の前を駆けていた。まだ村で過ごしていた、今よりずっと前のこと。レオニードとイレイナと僕。仲のいい三人で、いつだって一緒にいた。

 いろいろなことをした。入ってはいけないといわれていた森に忍び込んで魔物に追われて逃げ惑ったことも、泥遊びも、魚とりも、雑草でジュースを作っておままごとも、木の枝でチャンバラも。楽しい日々の中、いつだってイレイナはまるで心配など無いように笑っていた。その笑顔は、けれど勇者パーティの一員として活動するようになってから消えた。

 恐怖にひきつった顔。痛みをこらえる顔。苦しみを隠す顔。気づけばまるで感情のない人形のようになっていた。

 違う、イレイナはこんな子じゃない。もっと元気な笑顔が似合う子なんだ――

 そう叫び、必死でイレイナを守ろうとした。けれど、僕には力が足りなかった。

 必死に訓練して、戦闘を重ねて、その果てに、僕は壊れた。レオニードのせいだと心の中で叫びながら、僕は彼とたもとを分かった。

 イレイナのことを必死に忘れようとしながら日々を生きた。故郷に帰る気にもならず、戦う気力はなくて、けれど僕は戦う以外の生き方を知らなかった。だから冒険者としてあちこちをさ迷い歩いた。生きる理由もなく、屍のようにただ淡々と日々を生きた。

 そうして僕はイレイナと再会した。どこか壊れた、けれど吹っ切れたようなイレイナと。

 そこからは怒涛の日々だった。何度まずい料理に悶絶したかわからない。とんでもない速度で強くなったイレイナに嫉妬して、狂いそうな時もあった。けれど僕は、イレイナに並びたかった。イレイナと一緒にいたかった。イレイナと二人並んで、どこまでも歩いていきたかった。

 けれど、僕の道はここで終わりだ。さすがにもう、動ける気がしない。助かるとも思えない。

 もう、あれほど感じていた痛みもなかった。自分の肉体の感覚が、溶けるように消えて行っていた。瞼の裏に映っていた、イレイナの像もぼやけていた。

 ああ、これで、終わりだ。でも、十分だった。最後に、イレイナを救えた。決して並べないと思っていたイレイナに、力を貸すことができた。その頂に足を掛けることができた。

 それで、十分だろう?十分なはずだよね?

 でも、まだこの心には、激情が渦巻いていた。まだ足りない。やり残したことが無数にある。第一、僕の望みはイレイナと生きていくことであって、イレイナと戦うことじゃない――そう、心が叫んでいた。

 でも、もう終わり。絶望の中、僕の意識は闇に飲まれていく。

 これで、本当に終わり。ぼく、は、死、ん……で、――


 何かが、僕に手を伸ばした。それはどろりとした、恐ろしいものだった。

 僕の魂か何かを蹂躙するそれは、ひどい吐き気を僕にもたらした。強烈な刺激臭。でろりとした最悪の舌触り。ブクブクとはじける気泡。

 口内を蹂躙するこの感触は――

「ぐぇっ、げほ、ごほ……おえええええええ」

 飛び上がり、口の中を蹂躙する劇物を吐き出す。涙で視界がにじんだ。吐けども吐けども口の中はすっきりしなかった。それどころかこみ上げる胃酸のせいでさらに口内がひどいことになっていた。

 苦しくて、気持ち悪くて――そこで、ふと、僕は自分の状況に意識が向いた。

「……え?」

 体を動かす。手の感触があった。足が動いていた。目をこする。視界に、血に濡れた、けれど傷のない両腕が映る。ブレスによって肉をそがれた腕は、きれいに治っていた。

 痛みはなかった。ただ、口の中だけが劇物に蹂躙されていて、吐き出したそれが地面に青い水たまりを作っていた。

 涙で歪む視界の中、僕をじっと見る彼女の姿があった。どこか泣きそうな顔の、イレイナがそこにいた。

「……イレイナ?」

 恐る恐る、イレイナが手を伸ばす。その手が僕の頬に触れる。

 温かかった。生きていた。僕も、イレイナも。

「ネスト!」

 熱に包まれた。柔らかな感触が僕を飲み込んだ。血と、わずかな甘い香りが鼻腔をくすぐった。女性の、香り。

 僕は、イレイナに抱きしめられていた。

「……え?」

 状況に思考が追い付かなかった。これは夢だ、僕は都合のいい夢を見ているんだ――そう思った。だって、あのイレイナが僕に抱き着くなんて、そんなことがあるはずがない。

 けれど、口内に残る最悪の感触が、味が、これが現実であることを僕に突き付けてくる。最悪だ。なんでこんなことで現実感を得なければいけないんだろうか。

「……ねぇイレイナ。僕に何を食べさせたの?」

「え?」

 震える声で、僕は尋ねた。たぶん相当上ずっていたと思う。仕方ないんだ。イレイナに抱きしめられている状態で、まともに話せただけで十分なんだ。

 目の前、少し体を離したイレイナは不思議そうに僕を見ていた。一瞬、その目が足元に向かったのは、言うのをためらったからだろうか。視線の先には、岩の積み重なった荒れた大地が広がるばかりだった。

 どこか覚悟が決まった視線で僕をまっすぐ見たイレイナが、柔らかな唇を動かす。それは、血がにじんだように――というか血のせいで真っ赤に染まっていた。

「竜神の肉を料理したものだけど?」

「……僕の耳がおかしくなったのかな?今、竜神の肉って聞こえた気がするけど」

「うん、その肉。さっきまで、私たちが戦っていたあの大きな蛇みたいな竜の肉……肉?」

 こてんと首をかしげるイレイナは可愛かった。困ったように目をしばたたかせて、長いまつげがはかなげに揺れる。肉という点に疑問を抱いているのは、たぶん竜神の肉が肉と呼べるようなものではないからだろう。ブレスの瞬間、竜神の肉は元の流水に戻っていたのだ。それでも最初に肉といったからには、もとは肉のような外見をした何かだったのだろう――って大事なのはそこじゃない。

「どうしてそんなものを食べさせるの?」

「だって、竜神を踊り食いしたら傷が治ったから。ネストも食べれば死なないんじゃないかなと思って……」

 イレイナが目を合わせようとしない。僕が次に言いたいことが分かっているからだろう。ここは言わせてもらおう。だって困っているイレイナも可愛いから。

「ねぇイレイナ。それって、料理する必要はあったの?」

「……」

「ねぇイレイナ。僕を回復させようと竜神の肉?を食べさせてくれたことにはお礼を言うよ。おかげで助かったよ。でも、料理する必要はなかったよね?」

「……そこに肉があったら、料理をするでしょ?」

「いや、普通はしないよ」

 何その「山があるから登った」みたいなセリフは。おかしいでしょ。絶対に料理しなくてよかったよね。こんな、泣くほどまずいものを食べる必要なんてなかったよね。

「……美味しくなかったの?」

「……いや、まあ……」

 おかしい。やけにイレイナがしおらしい。わずかにうつむき、瞳を潤ませて上目遣いに尋ねてくるイレイナがものすごく輝いて見える。だから仕方がないんだ。思わず怒る気力がうせてしまっても、仕方がないことなんだ。

 水気を帯びた一陣の風が僕とイレイナの間を吹き抜ける。イレイナの真っ赤な髪が小さく揺れる。水を吸ったその毛は、けれど水気を帯びることでますますつやを帯び、炎のようなきらめきを帯びていた。

 紅潮した頬、潤んだ瞳、揺れるまつ毛、さまよう空色の視線。

 もう一度、今度は僕からイレイナを抱きしめる。その存在を確かめるために。

 ああ、イレイナがいる。この腕の中に、イレイナがいる。

 体に熱が広がる。心臓が早鐘を打つ。いとおしさがこみ上げる。ああ、僕はこんなにも――

「――好きだよ、イレイナ」

 耳元で囁けば、小さくイレイナが体を震わせた。逃げるように身をよじらせるけれど、そこには大した力はこもっていない。

「好きだよ。イレイナ、僕は君が好きだ」

 もう一度囁けば、今度は動きを止めた。恐る恐る顔を覗き込んだ。もし嫌悪あるいは拒絶の表情を浮かべていたらどうしよう――そんな思いで見た先、イレイナは僕と視線を合わせるのを避けるようにうつむいた。

「……イレイナ?」

「……ねぇ、ネスト。好きって、どんなもの?」

「そうだね。隣にいたくて、一緒にたくさんのことをしたいと思える相手で、こうして抱き合っているだけで心があったかくなる……そんな感じかな?」

 我ながらこっぱずかしいことを言っていると思う。けれど、どこまでも真剣なイレイナの視線が、僕を射抜いて離さなかった。逃げることは許さないとその目が告げていた。

「私は、わからないわ。好きとか、愛しているとか、そんなこと、わからない」

 それは、僕の予想した回答の一つだった。イレイナは僕に対する恋愛感情を抱いていない。告白は失敗する。だから僕は、思いを告げられずにいた。けれど、耳の奥に残る声が、僕の名前を呼ぶ焦燥のにじむイレイナの声が、ぐずぐずしている僕を蹴飛ばしたんだ。

「今すぐ答えを出さなくてもいいよ。だから――」

「一緒に、いたい」

 イレイナの言葉が、僕の鼓動を跳ねさせる。

「ネストと一緒にいたい。ネストといるのは楽しいから」

 告げられるその言葉が、僕の心を歓喜で満たす。今すぐに叫びだしたかった。手足を大きく動かして喜びを発露させたかった。イレイナのぬくもりを手放すのも嫌で、けれど破裂しそうなほど早く動く心臓の音が聞こえていなければいいなと思いながら、再び衝動のままにイレイナを抱きしめて。

「――だって、ネストは私の料理を何度も食べてくれるから」

 背筋に寒気が走り抜けた。膝から崩れ落ちそうになりながら、僕はイレイナを抱きしめてため息を漏らした。

「え、ダメだった?もう二度と食べてくれないの?」

「……まあ、考えておくよ」

「駄目よ。必ず食べて」

「え、ああ、まあ、そのうちに、ね」

 追及から逃れるように、僕はただただイレイナの体を抱きしめた。イレイナが、僕が、この場所にいて、生きていることを確かめるように。

 強く、強く、いつまでも僕は、僕たちは、互いを抱きしめ、そのぬくもりを感じていた。


これで一章終了になります。

勇者たちの幕間をしてから二章に入ると思います。

少し更新まで日が空くかもしれませんが、のんびりお待ちください。

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