17オリハルコンへの手がかり
翌朝。
ネストは異臭騒ぎで目を覚ました。響き渡る悲鳴のような声と、鎧窓から漂ってくるツンとした刺激臭。
「……はぁ」
眠気はすぐに飛び、ネストは頭を抱えた。
またイレイナが料理をしている。盛大な溜息を洩らしたネストは、すぐにイレイナを止めるべく宿の一室から飛び出した。
追い出されるようにして宿を出たネストは、ふてくされたような顔で横を歩くイレイナに声をかける。
「もう……どうして我慢できなかったの?街から出てしまえばそれほどほかの人に迷惑をかけることもなく料理の練習ができるのに」
「ねぇ、私の料理のことをなんだと思っているの?」
「テロか毒物調合、もしくは狂気の実験かな?」
思わず漏らしたネストの本音を聞いて、イレイナは盛大に顔をしかめる。その体からゆらりと上る闘気あるいは殺意に気づいた鳥たちがあわただしく羽ばたく。すぐそばを通りがかった冒険者は動きを止め、ただじっと息をひそめて怪物が通り過ぎるのを待った。
つい口に出てしまった本音にイレイナがひどく不機嫌になったことに気づいたネストは、あたふたと手を振りながら言いつくろう。けれどイレイナを納得させる言い訳が思いつくはずもなく、やがてがっくりとうなだれた。
「……ごめん、言い過ぎたね」
「まあ、いいわよ」
完全に尻に敷かれた様子のネストを見て、道のわきで屋台を開く女性店主がにやりと笑う。頑張りな――そんな口の動きを見て、ネストは再び肩を落とす。
体から力が抜けたおかげが、ネストの歩みが遅くなり、イレイナは数歩先を行ったところで振り返る。
「いつまで落ち込んでいるのよ」
「別に、落ち込んでいないよ」
ふてくされた様子のネストを見て、イレイナはわずかに視線を泳がせた後、がしがしと髪を掻き、それから真剣な目でネストの瞳を覗き込んだ。
「……いい。私はもう気にしていないの。もともと、私が料理をせずにはいられなかったのが悪いもの。さすがに宿を追い出されて、さらに迷惑料を払うことになったのはやりすぎだったわ」
「……僕こそごめん。イレイナが料理上手になればいいなと思って、あんまり強く料理をするなって言えなくてさ」
本当のところ、ネストはこれ以上イレイナに料理をしてほしくなかった。試作品はほぼ確実にネストの胃腸に重大なダメージを与える。イレイナの料理という付加価値こそあれど、劇物を食べ続けて無事でいられるほどネストの内臓は強くない。
とはいえイレイナの思いも頑張りも知っているだけに、料理上手になるのはあきらめろとは言えなかった。そこには、美味しいイレイナの料理を食べたいという夢があることも追記しておく。
朝早くから街を出ていく冒険者たち。その中には昨日のネストと金髪冒険者ゴードンの戦いを見学していた者もいて、彼らは強面な外見からは想像もつかぬほど気さくにイレイナとネストに挨拶をする。
そんなむさくるしい男たちに手を振って別れ、ネストはイレイナを追って門を出て歩き出した。
「それで、どこへ行こうとしているの?」
「……アンデッド?」
「アンデッド?それがどうしたの?……ああ、昨日の歌に出てきた女性騎士のこと?彼女を見つけて救ってあげたいとか?」
悲しい話だったよね、とうなずいて見せるネストに、イレイナは「そうじゃない」と告げて鞄の中に入れておいた簡易地図を開く。それは地図とも呼べないような、ずさんな手書きの一品。目印となる大きな岩や樹木、巨大なクレーターの位置などが大まかに示された地図におけるある一点を、イレイナは指示して見せる。
それは無数に存在する巨大なクレーターの一つ。けれどイレイナが指さしているのは、クレーターではなくその場所自体。
「……このクレーターに、何かあるの?」
「通常、ただ死者が倒れているだけでは、アンデッドにはならない」
ネストの疑問を無視して、イレイナは独り言のように話し始める。考え事を始めたからか遅くなったイレイナの足取りに合わせるように、ネストもまた歩幅を狭めて半歩先を歩く。
「人の死体がアンデッドになるためには、特別な条件が必要でしょう?」
「ああ、大規模な魔力、特に無数の死者から漏れたよどんだ魔力だね」
強い負の感情などを帯びた魔力。それがたくさん存在する場所にアンデッドは存在する。それは例えば無数の者が死んでいった戦場や、拷問部屋など。
普通の森や山では、そこで行き倒れた人間がいてもアンデッドにはならない。肉や骨を食らって遺体の処理をする狼などの有無はともかく、アンデッドの誕生のためには負の感情のこもった魔力が必要なのだ。
「……でも、ここはドラゴニスだよ?死んだ竜神がばらまいた怨嗟の魔力が大地に宿っていれば、アンデッドになってもおかしくないでしょ。何しろ、あの女性騎士はアンデッドになる前、変化ぎりぎりまで竜神の力に侵されていたんだから」
女性騎士の話を創作と断じながら、ネストはイレイナとの議論を続ける。イレイナがやけに真剣な顔をしていることが気になりながら。
「確かに、竜神の力で死後アンデッドへと変化した可能性もあるわ。でも、だとすればもっとアンデッドが生まれていてもおかしくないでしょ?そんな話は、冒険者たちの話題にはなかったわ」
昨夜、少しばかり高級な宿に泊まったネストたちは、席を共にした冒険者たちと情報交換に励んでいた。その際、ドラゴニスにアンデッドが多いという話はなかった。
冒険者たちが隠しているという可能性は低い。つまり、竜神の力はアンデッドの誕生には直接影響はしない可能性が高い。
「……女性騎士が竜神に対して激しい恨みを持っていたからっているのはどう?もしくはまだ勇者ゴールディーを見つけられていなかったのが心残りだったとか。現世に未練があるとアンデッドとして復活しやすいっているのは知られた話でしょ。冤罪で処刑された者が決まってアンデッドになるとかさ」
「でも、自殺よ?憎き竜神の力に飲まれるのが我慢ならくて、それを乗り越えるために自決した。……つまり、女性騎士にとっての次善の望みは達成された。竜神の手足にならないという望みは」
「……なるほど。確かにそういわれると、満足して死んでいったということにもなりそうだね。それで、イレイナはどう考えているの?」
何からこんな話になったんだっけ、と首をひねりながらネストは尋ねる。そんなネストに勢いよく指を突き出したイレイナは、どこかいたずらめいた顔でにやりと笑って告げる。
「よどんだ魔力といえば、ダンジョン。人類と魔物が殺し殺されるそこは、負の感情に満ち満ちた場所でしょ?……そして、ここに昔ダンジョンがあったわ」
「……そこに、ダンジョンが?」
再び、イレイナは先ほどの落書きのような手書きの地図の一か所を指し示す。クレーターの中央から少しそれたあたり。歩きながら指さされたそこは、ネストの勘違いでなければ今まっすぐ進んでいる方向だった。
足を止めたネストへと、イレイナがいぶかしそうな視線を向ける。小さく首をひねっていたネストは、顔を上げ、まっすぐイレイナを見ながら問いかける。
「……ねぇ、一つ聞いてもいい?」
「何?」
「イレイナはさ、昨日の話が本当のことだと思うの?」
「実話そのものかどうかはわからないわ。ただ、ヒントではあると思うの」
「ヒント?」
「そう。そもそも、荒野を探し回っても勇者ゴールディーの剣……初代聖剣は見つかっていない。だとすれば、見つけられない場所にある。ただ土に埋まってしまっているか、それともまだ探していない地下にあるか」
「聖剣……オリハルコン?」
もともとドラゴニスに何を求めてきたか、それを思い出したネストは、はっと目を見開いてイレイナに問う。正解、とどこか楽しそうに告げたイレイナは、道をふさぐ光差す枝をよけ、林の向こうへと出る。
その先、まばらな低木と草が生える大地はある一点から視界に映らない。その場所へとまっすぐ歩いて行った二人の視界に、やがて消えた大地が映り始める。
えぐり取られたように窪地になった大地。それはまるで巨大な隕石が落ちたようで。
ネストはピリピリと肌がひりつくのを感じていた。それは竜神と勇者の戦いの激しさを突き付けられたことに対する動揺か、あるいは今もこの場所に残っているだろう竜神の強い残滓を感じてのことか。
「私が勇者パーティに所属していた際に手に入れたオリハルコンの情報は、とあるダンジョンを守る守護者についての話だった」
そのダンジョンには凶悪なアンデッドが存在しており、最奥の間を守るように立ちはだかっていた。剣を持つ異形のアンデッドは竜のような鱗に覆われ、その左頭頂部から捻じれた角が伸びていた。
それは竜神とともに滅びた竜人のようで。
そして、そのアンデッドが守る広場の最奥に、わずかに輝く黄金の光があったのを冒険者は見た。
「……その光が、オリハルコンだってこと?」
「その話をしていた冒険者の審美眼が確かなら、ね」
そろそろ走ろう、と言うや否やイレイナは巨大な窪地へと飛び降りる。一直線に目的地へと向かって走り始めたイレイナを追って、ネストもまた竜神の破壊跡へと飛び出した。
三つのクレーターを超え、一つの大地の割れ目を飛び越え、立ちはだかる無数の魔物を撃破して走り続けること三日。イレイナとネストは目的地のクレーターへとたどり着き、息をのんだ。
岩盤が破壊されたからか、あるいは元からか、そのクレーターは中央から水が噴き出し、底に湖を作っていた。
透き通った潤沢な水があるからか、その周囲の傾斜には色鮮やかな花々が咲き誇っていた。
「……竜泉華」
それは、ドラゴンの命を栄養として咲く花。赤や白、紫や黄色、オレンジ。鮮やかな花々が風に揺られ、甘い香りがネストのところにまで漂ってくる。
貴重な霊草の絨毯を前に、ネストは言葉が出なかった。竜神の強さ、あるいは大地の広大さを知らしめる巨大なクレーター。一度はほろんだ大地に、けれど竜神の力の残滓のおかげで、新たな命が芽吹いていた。
舞い上がった花弁を追うように空を見上げる。鮮やかな青を背景に、白い花弁は蝶のようにどこまでも飛んでいく。
神聖さすら感じるこの場に踏み込むのはためらわれ、ネストはただじっと、窪地の端にたたずんでいた。
けれどネストと同じ様に感動していたイレイナはもう花畑へと踏み入っていた。
ひざ丈の花々の中、イレイナは時折頭一つ飛び出した竜泉華にいつくしむように触れ、ふわりと顔をほころばせる。揺れる花畑の中にいるイレイナは、まるで天使のようにネストの目に映った。
「……ネスト?」
「あ、うん。今行く」
いぶかしげなイレイナの視線にさらされ、ネストは慌てて花畑へと飛びだした。
二人でぐるぐるとクレーターの中を回り、ダンジョンの入り口と思しきものを探す。花畑に覆われた広大な斜面での捜索は困難かと思われたが、優秀な斥候であるイレイナはその存在を短時間で見つけ出した。
花々に隠れるようにぽっかりと開いた空洞。足元のがれきをどければ、そこには人工的な石畳が現れた。
顔を見合わせたネストとイレイナは、火をつけたたいまつを手に、真っ暗なダンジョンンへと踏み込んだ。




