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呪われし料理音痴イレイナの挑戦  作者: 雨足怜


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15ちょい足し

 竜神と最強の勇者が戦った大陸中央部ドラゴニス。

 そこには今もなお竜神が流した血と魔力が大地にこびりついており、そこに住むものは竜神の呪いに侵されるという。

 竜神の力はその土地の水を飲み、作物を食らい、獣を食すことで生物の体内に入り込み、その者に竜の力を与える。竜神に呪われた存在はその精神構造から肉体までが竜の力によってゆがめられる。好戦的になり、同族である竜種以外を見下すようになる。その体には鱗ができ、頭部には角が生える。

 そうして生まれる竜の力を宿した人類はまさしく、かつて存在した竜人そのものだった。

 竜神に尽くし、その先兵として人類と戦った者たち。そんな人類の仇敵が同胞のうちから誕生したことで、一度は戦闘跡地ドラゴニスに生まれた街は解体され、竜人化した者は処分された。

 顔見知りが竜のしもべに変えられる呪いが大地に残っていることへの恐怖と、死してなお他者に影響を与える竜神の強大な力への畏怖を込めて、ドラゴニスには竜神の魂が眠っているとされる。

 広い大地は使い物にならず、けれどドラゴニスにだけ存在する竜神の力によって変質した魔物たちは、有用な素材として重宝された。

 鉄の剣を軽くはじく鱗や皮、鋼鉄を貫く角。

 あるいは竜鉄鋼と呼ばれる特殊な金属も採掘された。

 さらに研究の結果、少量であれば竜神の力が宿ったものを取り込んでも呪われないことが判明する。ドラゴニスに生える、竜神の力を宿した特殊な植物もまた人類にとっては有用なものだった。

 そのため、ドラゴニスからわずかに距離をとった地点に、新たな街が作られることになった。

 ドラゴニスの前、そこに跋扈する竜神の力の残滓を宿す魔物たちから人類を守る防波堤の役割を果たす城塞都市――ドラゴニア。

 分厚い壁には大量にとれる竜鱗が貼られ、魔物の突進程度ではびくともしない堅牢な防壁が出来上がった。

 城塞都市ドラゴニアは竜神の眠る土地ドラゴニスへと向かう冒険者たちの滞在場所として発展を続け、今日も繁栄の道を歩んでいた。


 城塞都市ドラゴニアに訪れるのは、ドラゴニスの魔物の討伐と金稼ぎをもくろむ冒険者と、竜鱗などの素材を求める商人などが中心である。

 そのせいか街の雰囲気はどこか粗野であり、怒号が聞こえることは珍しくない。

 血の気が多い冒険者たちが集まれば喧嘩が絶えることもなく、特に目につく新人が街にやってくれば腕試しと称して上下関係を示すことが多い。

 城塞都市ドラゴニアを訪ねたネストは、当然のように街に拠点を構えていた冒険者に絡まれることとなった。

 少ない女性冒険者、しかもややきつい見た目とはいえ十人が十人とも美人と称するだろうイレイナと二人きりで行動するネストに冒険者たちが嫉妬しないわけがなかった。

 ある者は力を示すことでネストの立場を奪うことをもくろみ、またある者は単純に女性冒険者とともにいるネストに八つ当たりをしようとしていた。

 そんなわけであっという間に冒険者たちの集団に絡まれたネストは、屈強な男たちに腕をひかれ、広場へと引きずられていった。

 ひきつった笑みを浮かべるネストを横目に、イレイナは我関せずといった様子で広場に拠点を構える屋台を見回し、スパイシーな香りを漂わせる屋台に目をつける。

 禿頭の大男。額に大きな古傷の残る彼は、じろりとイレイナを見て、それからニィと笑って料理を準備し始める。

「……ウサギ肉の煮込みを一つ」

「あいよ。ねえちゃん、見ねぇ顔だな。よそもんか?」

「今日この街に来たわ」

「その恰好ってこたぁ冒険者だろ。ドラゴニアはロマンあふれる街だからな」

「……ロマン?」

「なんだ、その手の話に興味ないクチか?まあ女だとそんなもんか」

 やれやれこれだから女は、とどこか呆れと諦観をにじませて首を振った店主の男は、木の器によそった料理を手渡しながらスッと目を細める。

「いいか、竜神と勇者様は、ドラゴニスで相打ちになった。で、竜神の遺体は国が徴収したものの、勇者様の亡骸は今になっても見つかってねぇんだ」

「つまり、彼の装備が今も残っている可能性がある」

「その通り。……まあ、とはいえこれだけ大勢の冒険者がドラゴニスに入って探索しているのに見つからねぇってことは、たぶんすでに誰かが見つけたか、戦いの中で壊れちまったんだろうな」

 それでも夢があるだろ、と男は目を輝かせて語る。それからもイレイナはおそらくは元冒険者らしい店主に少しばかり話を聞き、広場に並べられているベンチに腰を下ろした。

 広場中央。広いスペースには冒険者が集まり、その中心で二人の男がこぶしを握って対峙している。一方はネスト、もう一方は金髪の美丈夫だった。時折ちらちらとイレイナを目で追っているあたり、その心情は明らかだった。

「いくぞオラァッ」

 イレイナに自らの力を示すとともに、ネストのふがいなさをあらわにする――そんな熱い思いを胸に、男はネストに殴りかかる。

 思ったよりも素早い男の動きに、ネストは一瞬驚いたように目を見張る。けれど軽いフットワークで拳を躱し、がら空きのボディにカウンターを叩き込む。

 狂竜戦士としての膂力の乗った強烈な一撃がみぞおちに沈み、男の意識が一瞬飛ぶ。

 ふむふむ、とイレイナはネストの動きを見ながらフォークに刺した肉を口にして目を見張る。

「……やわらかい」

 だが、何かが足りない気がした。何かもう少し、刺激を――

 悩むイレイナの視界の端、地面に膝をついた男は、けれどそこでようやく覚醒し、続くネストの蹴りをぎりぎりのところで躱した。

「おいおいゴードン、なさけねぇぞ!」

「うっせぇ!」

 野次を飛ばされながら、金髪の男ゴードンは何とか立ち上がってネストに向かい合う。強くこぶしを握ってファイティングポーズをとるも、その腕は先ほどの一撃のせいでひどく震えていた。

「女に尻を振ってるような奴に、負けてたまるかよ!」

 再びゴードンがネストめがけて走りだす。腰をかがめたゴードンが振りぬいた拳は、けれど途中で止まる。

 体をひねって、蹴りを放つ。足に手を添え、軽く押すことでネストはゴードンの動きの流れをゆがめる。

 体が傾く。このまま倒れて終わる――そんな勝負終了を予感したゴードンは、全身全霊を込めて悪あがきの一撃を繰り出す。

「うっらやましいんだよぉぉぉぉぉぉ!」

 魂の叫びを放ちながら、ゴードンはネストに向かってこぶしを振り。その手のひらに握られていた砂が、ネストの目元に襲い掛かる。

「なぁ!?」

 神聖――かどうかはさておき、決闘の場で狡い手を使われたことにネストは激しく動揺する。行動は遅れ、砂が目に入って痛む。

 視界を封じられたネストへと、ゴードンがつかみかかる。

「うおおおおおおおお!」

「やっちまえ、ゴードン」

「新入り!その卑怯者をのしちまえ!」

 裂帛の声とともにゴードンがネストを押し倒しにかかる。目が見えないながら、ネストはゴードンの腕をつかみ、握りつぶす勢いで力を籠める。

 狂竜戦士としての力を遺憾なく発揮するネストによって、ゴードンの腕は真っ赤になり、青ざめる。痛みに顔をしかめ、激しく悲鳴を上げながらもゴードンはネストを押し倒す。

 馬乗りになったゴードンが息を荒らげながらも笑う。

 地面にしたたかに後頭部を打ち付けたネストは、痛みに顔をゆがめながらも痛む目でゴードンをにらむ。

「オラァ!」

「ぐ、あぁ!」

 降り降ろされたこぶしを、ギリギリのところでネストがつかむ。反対の手もつかみ、ネストはゴードンを自分の上から振り下ろそうとあがく。

「おおおおおおおお!」

「このおおおおおお!」

「……うん、塩が足りないかな」

 ネストとゴードンの咆哮を聞きながら、イレイナは自分のひらめきを試すべく、道中の野営食づくりのために用意して結局活躍しなかった塩の容器を鞄から取り出す。

 筒状の木の容器を軽く回し、蓋に現れた小さな穴から香草の香りが立ち昇るウサギ肉へと塩を振りかけて。

 ――ボンッ

 イレイナの手元で、ウサギ肉の煮込みが破裂音を響かせた。木の器からは突如としてもくもくと白煙が立ち昇り、周囲へと広がっていく。

「な、なんだこれ!?」

「くっせぇ!毒か!?」

 強烈な悪臭と、刺激に涙がにじむ。途端に広場は阿鼻叫喚の地獄絵図へと変貌し、悲鳴を上げて逃げ出す者たちが続出する。

 そんな中、爆心地にいたイレイナはその白煙をもろに顔に浴び、目への刺激に涙が止まらなかった。

「ゴホ、ケホッ」

 せき込み、涙をにじませるイレイナが煙立ち昇る料理が乗ったテーブルから退避したころ、騒動を聞きつけた衛兵が広場に到着した。


 衛兵たちに詰所へと連れていかれ、弁明すること三時間。

 イレイナとネストが釈放される頃には空はすっかり暗くなっていて、夜の冷気を帯びた乾いた風にネストは体を抱いた。

「……ねぇ、イレイナ。なんかさ、料理を改造する腕が上がってない?」

「…………気のせいじゃない?」

 これまでであれば調理済みの料理に塩を多少振りかけたところでせいぜい塩辛い料理になる程度だった。けれど今回、塩を振っただけで料理はもはや食べ物とは言いがたい劇物に変貌を遂げた。

 イレイナの弁明を聞いていたネストは、脳裏によぎった予感に冷や汗を流していた。再びふるりと体を震わせたネストは、宿が立ち並ぶ街の一角を目指して歩きながら、自身の仮説を披露する。

「……ひょっとするとさ、料理人の職業の恩恵もあってイレイナは確かに急速に料理の腕が上がっていて、そのせいで一層危険物を作る可能性が増したんじゃないかな?」

 イレイナは料理を作れない。それは魔力に由来する呪いとでも呼べる固有の力だった。

 料理を作る際はほかのどんな作業でも見られない不器用さを発揮し、あるいはもはや不器用とは呼べない不思議現象を起こす。その不思議現象が、仮に料理の腕が増したことで引き起こされるものであったとしたら。

 イレイナは料理を練習するほどに、作る料理がただ不器用な料理から劇物へと変化していくのではないかとネストは考えた。

 果たして、イレイナはネストの仮説に返事をすることなく、街路を照らす魔法具の明かりを見上げながら夜の街を歩いた。


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