表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪われし料理音痴イレイナの挑戦  作者: 雨足怜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/127

14ロックシェルの姿焼き

 街を出てから八日。道中、料理の練習をできないことにいら立ったイレイナが異臭騒ぎや爆発を引き起こしつつ、旅は順調に続いた。

 寝食もそこそこに森を抜け山を越え川を渡り、魔物の存在を気にすることなく一直線に走ることで、ようやくイレイナたちは大陸中央部へとたどりついていた。

 吹き抜ける風が頬を撫で、イレイナの長髪を背後へとなびかせる。揺れる髪を片手で抑えるイレイナは、眼下に広がる光景をただじっと見つめていた。

 イレイナたちがいるのは大陸中央を一望できる霊峰。かつてはさらに巨大な山だったというその岩山は、けれど勇者と竜神の戦いによって崩れ、半分がごっそりとえぐり取られたような形をしている。切り立った崖のようになったその頂上にて見つめるイレイナの視線の先には、無数のクレーターができた大地が広がっていた。

 少しずつ緑に飲まれているとはいえ、遠近感がおかしくなりそうな窪地が点在し、文字通り大地が割れたことでできた深い谷があり、吹き飛んだ岩石が積み上がった岩場があった。

 壮大なスケールで示されたかつての戦いの跡を前に、ネストはごくりと喉を鳴らした。その頭の中では、天を覆い尽くすような巨大なドラゴンが爪を振りぬき、ブレスを吐いて大地を破壊する様が繰り広げられていた。爆風の中、勇者が決死の様子で竜神と戦う。

 けれどネスト程度の思考では、眼前に広がる痕跡がどのようにしてできたか、ほとんどイメージできなかった。神話に語られるような戦い。それを思えば、ぞくりと背中に何かが走り抜けた。

 それは、幼い頃に勇者の英雄譚を聞いた際の感覚に似ていた。とてつもないエネルギーが体の中で渦巻き、いつか自分もそんな高みに昇ってやると、そう意気込んだ。

「……これが、歴代最高の勇者が至った頂なのね」

 吹きすさぶ風に紛れて聞こえたイレイナの声に無言で同意しつつ、ネストは強く拳を握った。

 いつか、この頂に辿りついてみたいと。

 何より、隣にいるイレイナはすでにその頂に足を掛けているかもしれないから。


 わざわざ寄り道をして霊峰に登ったのは、勇者の戦いの跡を見たかったという理由だけではなかった。

 当然だが、魔王との最前線や故郷からほど遠い大陸中央部について、ネストやイレイナはあまりにも知らなさすぎる。大陸の広さこそぼんやりと理解はしていたが、いざこうして直面してみると、これだけ広い戦闘跡地からオリハルコンを探すというのは不可能に思えた。

 情報が必要だった。この戦闘跡地のどこかに眠るという、かつての勇者が使っていたオリハルコンの剣の所在に繋がるような情報が。

 そのことを理解した二人は、霊峰から遠くに見える街を確認し、その方向へと爆走し始めた。

 周囲の全てを把握する。木々の枝葉や岩、大地の形はもちろん、魔物の有無を把握しながら、最適なルートを演算。走りながら瞬時に道筋を選び取って、足場を踏みしめて跳躍する。

 岩を蹴り、巨木の幹を蹴り、進路を阻む巨躯の魔物の頭部まで跳び上がって首にナイフを一振り。

 首を斬り落とされた魔物が絶命するより早く、イレイナとネストはその死体を跳びこえて前へと駆ける。

 驚異的な動きを見せるイレイナに必死についていきつつ、けれどネストは自分の体がやけに軽いことに気づいていた。

 体が軽くなる。一週間走り続けるだけでこれほどの効果が出るだろうかと考え、ふとネストは横から迫った蝙蝠の魔物を叩き落し、その思考に気づきを得る。

 道中、道を阻む魔物たちを、イレイナとネストは斃し、あるいは回避しながら進んで来た。その中には、現在のネストでは太刀打ちできない魔物も存在した。

 魔物の討伐において、経験値を得るのは魔物を斃したものだけである。戦闘参加でも微量ながら経験値を得ることができるという考えもあるが、それが正しくても微量。道中の魔物との戦闘あるいは瞬殺が、イレイナとの共闘扱いになったのだろうかとネストは考えた。

「……共闘?」

 だが、ネストにはその考えが納得できかねた。彼の中では、道中の戦いの多くは、イレイナ個人で行われたものだった。ゆえに、ネストに経験値が入るはずがない。こんな方法で急速に強くなれるのであれば、強者が見習い戦士を戦いに随伴するだけで、驚異的な戦闘能力を持った若者を育成できることになる。だが、現にそんなことは起きていない。

 何か、不思議な現象が起きている――そう思いながらネストはイレイナの背中を見る。

 不思議といえば、イレイナの成長速度も異様だった。勇者パーティに参加していた頃にはあまり魔物を斃すことがなかったから成長速度が遅かったイレイナだが、こうして勇者パーティを抜けてから、もはや超人という言葉さえ生ぬるいほどに強くなっている。

 もとよりイレイナに戦闘の才能があったのか。それとも何か、ネストの知らない法則が働いたのか。答えはわからず、けれどネストにとって最も大切なのは今後もイレイナは強くなり続けるだろうということだった。

 回避可能な魔物が進路上に現れる。ロックシェルという岩を溶解液でくり抜いて背負うヤドカリの魔物。そんな群れを前に、イレイナは木の枝に飛び乗ってすべての個体を無視するように疾走を続ける。

 けれど、全身鎧ほど重装備ではないとはいえ、身軽なイレイナよりは装備も体そのものも重いネストには細い枝の上を進むという手段はとれない。

 幸いロックシェルは動きが遅く、その殻を足場に走れば戦闘を回避できる――が、強くなることを求めるネストは戦闘を選択した。

 ロックシェルは背負う岩こそ頑丈だが、本体自体はそこらにいるバッタなどと変わらない柔らかさをしている。腰から引き抜いた長剣を、走りざまに振りぬく。

 地面を撫でるように振るわれた剣はロックシェルを的確に斃し、自らの経験値に変えていく。

 そんなネストをどこか不思議そうに見ていたイレイナだったが、きらりと目を輝かせる。ネストの走る速度に合わせていたイレイナは、暇だった。何倍もの速度で進める中、ただ本気を出さずに走り続ける日々が続いたことでストレスがたまっていた。ゆえにそのストレスを発散するように、喜色満面の笑みで自らもまた側にいたロックシェルの一体をナイフで軽やかに絶命させ、背負っているリュックから取り出した火の魔法具で焼き始める。

 そんなイレイナの姿に気づけなかったネストは暴風のような勢いで剣を振りながら疾走し、ロックシェルたちを討伐していった。


 荒い息を吐きながら、ネストはロックシェルの群生地を突破する。無駄な戦闘で体力を消費したとはいえ、走るペースを下げるわけにはいかない。何しろ、暇を持て余しているイレイナにこれ以上自分が足手纏いだとは思われたくないから。

 だが、当のイレイナはと言えば、ロックシェルの群生地から出てすぐに足を止めて、その両手に抱いた黒い塊をじっと見ていた。

「……イレイナ?」

 その白魚のような腕の中にある黒い塊に言いようのない気配を感じて、ネストもまた足を止めた。戦闘モードでイレイナの腕の中にあるものをじっと見つめる。それは、見間違いでなければロックシェルだった。

 黒いのは焦げているからか。リュックから先端が見えている杖状の火の魔法具を目にして、イレイナが走りながら料理をしたことを察したネストは、さらに自身の警戒レベルを引き上げる。

 果たして、ただの炭かと思われたそれは、けれどネストが一定距離に近づいた瞬間、まるでその脚で踏み込んだようにイレイナの腕の中からひとりでに飛び出し、ネストへと襲い掛かった。

 咄嗟に長剣が振りぬかれるが、その黒い塊はロックシェルとは思えない俊敏さをもって、剣に前脚のハサミを絡めてくるりと回って攻撃を躱し、ネストの顔面へと襲い掛かって――

「うぷ!?」

 死すら感じたネストの口へと、黒いロックシェルが体をねじ込む。無理矢理開かれたネストの口の中が、炭の味で侵される。じゃりじゃりとした触感が舌の上を撫で、カシャカシャと動く足が唇や舌、喉を蹂躙する。

 こみ上げる嘔吐感に涙目になりながら、ネストは剣を放り出して口の中に入って来るロックシェルをつかもうとするも、少しばかり遅かった。

 自らの体をバキバキと折りたたむように破壊しつつ、黒いロックシェルはネストの食道を走り、胃の中へと納まった。

「……何だ、今の」

 吐きたくても出てこない。えづいて口からよだれを垂らすネストが、恐怖をにじませながらイレイナを見る。

 イレイナはといえば、自らの手の中からネストの口へと消えていったロックシェルの姿を呆然と見つめていた。

「…………ロックシェルの姿焼き?」

「嘘だ!今のはもっとこう、傀儡というかアンデッドというか、悍ましい怪物だったぞ!?」

 未だに口の中に残る炭と砂の味。それから胃に感じる痙攣するような動きにほろりと涙を流しつつ、ネストは絶叫した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ