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呪われし料理音痴イレイナの挑戦  作者: 雨足怜


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12オリハルコンを探せ

「こんにちは~」

 ノックもそこそこに蹴破るように扉を開いたベルコットが新築の一室に踏み入る。

 きょろきょろと室内を見回したベルコットが目にしたのは、朴葉で何かを包んでいるイレイナの姿だった。その手の中、大きな葉に包まれるものは、ベルコットの目にはどうしても食べもののようには見えなかった。

 昨日の蛍光グリーンのそれとは違い、その茶色い何かはぱっと見は食べものに見えなくもなかった。葉の隙間から、毒々しい紫の煙が勢いよく噴き出していなければ。

「……ええと、イレイナ。それは何?」

「何って、先日あなたが作っていた……何だったかしら?」

「ああ、朴葉焼きです……って絶対違うですよねそれ!?」

 そんな悲鳴を上げたベルコットだが、その程度でイレイナの“凶行”は止まらない。

 朴葉の包みはそのままフライパンの上に載り――フライパンが溶けた。

「ちょ!?」

 噴き出す煙は部屋を埋め尽くす勢いで。ベルコットはとっさに窓を開けて換気につとめた。果たして恐ろしい紫の煙を街の空気に混ぜるのがよかったのかどうか。

 ベルコットはキッチンから飛び出して新鮮な空気を吸いながらへたり込んだ。

「……どうなってるんですかほんと」

 壁にもたれて、天井を見上げながらつぶやく。その声をかき消すように、背後のキッチンから爆音が響き、イレイナの咳き込む声が聞こえていた。


「……うん。つまりまたキッチンが使えなくなったってことだね」

 遠い目をしてつぶやくネストをベルコットはぎろりと睨む。管理不行き届きだと。

「朴葉が私の火力に耐えられないのが悪いのよ」

「あの魔法具でそんな火力は出ません!第一、また家が壊れたんですよ!?少しは反省してくださいよ!」

 目尻を吊り上げて叫ぶベルコットを見ながら、イレイナは無言で肩を竦めてみせる。

「……はぁ。もういいですよ。それで、今回は何がどうなって失敗したんですか?」

 そう何度も小火――全く小火ではなかったというツッコミはさておき――騒ぎを起こしていては近所付き合いもできないと、しばらくイレイナは料理を行っていなかった。

 新築が立ち、意気揚々と料理を始めたイレイナを止めるものはいなかったのだ。

 新しいキッチンに高揚していたベルコットだが、イレイナが引き起こした惨状によって気分は急転直下し、額を強くテーブルに打ち付けながら唸る。

「どうって……焼いたら爆発した?」

 キッチンの惨状を思い出すイレイナは流石に少しばかり罪悪感があるのか、わずかに額に汗をにじませていた。その声音にほんの少しの反省の色を見たベルコットは、さてどこからツッコミを入れるべきかと、お腹に力を込め、覚悟と共に顔を上げた。

「料理は爆発するものではありません」

「けれど爆発したもの」

 壁が吹き飛び、魔法具のコンロはもちろん、その他いくつもの道具が駄目になった現状を思い出しながらベルコットは頭を抱える。駄目だこりゃ、と。

 その視線は、流れるようにイレイナの隣に座るネストへと向かう。その彼はと言えば、ベルコットを見ながら目を輝かせていた。すなわち、ようやく僕と心同じくしてツッコミを入れる人が現れた――と。

「……あの、ネストさんももう少し何か言ってあげてください。新築を壊すなとか、料理をするなとか」

「向上心があることはいいことだよ。何より、修理代はイレイナが全額払っているわけだしね。あまり強く言うつもりはないよ」

 これが惚れた弱み。あるいは幼馴染としての許容範囲の広さ。

 ネストが援軍にならないことなど、既にベルコットは身に染みていた。

「んんっ、ネストさん。先ほどからのイレイナの弁明はどう受け取ればいいんですか?」

「ん?ああ、イレイナが料理をすると、こう魔法というか、奇術というか、不器用とは表現しがたい不思議現象もおきるんだよ。例えば、食材がおかしな反応をして毒物になったり、ゴーレムのごとく料理が動いたり声を発したり、あとは勝手に火力が跳ね上がったり」

「……そのせいで家が炭になるような事態がおきる、と」

「そうだね。普通に料理をしている時には二回に一回は料理が炭になって、残りの半分は未知の物体が出来上がるからね。家が燃えるほど火力が高まったのはレアケースだよ」

「今回の場合は……?」

「おかしな反応をした料理が爆発性の物だったんじゃないかな。いやぁ、驚いたよ。自室で休んでいたら突然爆音がするんだから」

 それを驚いた程度で済ますのが、もはやネストがネストである所以だった。

「……ネストが朴葉焼きを美味しいって言っていたでしょ?だから、その、私にも作れないかと思ったのよ」

「イレイナ、僕のためにそこまで……」

 目を潤ませて感動に震えるネストがイレイナの手を握る。なにやらロマンスの気配を察したベルコットは、その空気を吹き飛ばすようにテーブルを両手で叩き、立ち上がった。

「あれは初心者にはレベルが高すぎます!」

「でも、作りたいものから挑戦するというのはありじゃないかな。こう、モチベーション的な意味でもさ」

「……はぁ。そこまで言うのなら私も考えなくはないですけど」

 そう告げたベルコットに期待の視線が集まる。

 頬を引きつらせるベルコットは、視線を彷徨わせながら必死に作戦を立てる。イレイナが満足する料理を作れる方法を――

「火力が、強すぎる?」

「そうだね。だから二回に一回は炭になるんだよ」

「それですよ!」

 瞳に希望の光を灯したベルコットが叫ぶ。

 ずい、と身を乗り出したベルコットは、イレイナの目の前に指を突き付けて、料理のためとは思えないおかしなことを叫ぶ。すなわち、

「いいですか、イレイナ。今すぐオリハルコンを手に入れて来て下さい!」

と。


 オリハルコン。

 それはこの世で最も優れた魔法金属として知られる。膨大な魔力を含んだそれは、延性展性に秀でた加工性の高いもので、さらには断熱性、防食性に優れ、靭性に富み、武器としても防具としても超一流の材料として知られる。内包魔力は装備者の体調を整え、自己治癒能力をはね上げ、魔法威力を引き上げる。さらに合金によってはオリハルコンはとてつもない多様性を発揮する。

 まさに神が世界にもたらした金属といえる最高の金属――オリハルコン。

 それを持ってこいと言われたイレイナは、言われるままに家を飛び出した。

 向かうのは行きつけの武具店。イレイナが装備しているナイフなどを購入している店であり、この街においては三指に入る鍛冶の腕の持ち主が経営する店だった。

「オリハルコンはある?」

 入店して早々告げられた無茶ぶりに、今日はカウンターにいた店主の男が顔をゆがませる。

「…………んなもんあるわけないだろ」

「だよね。イレイナ、諦めよう?ね?」

 オリハルコンは希少である。万能金属として知られるそんなものが、一介の街の武具店に一グラムとあるはずがなかった。伝説の剣――例えば勇者が所有する聖剣などに使われているというオリハルコンは、高価どころかもはやどれだけ金を積んだところで手に入れるのが難しい代物だった。

「……勇者の聖剣を鋳つぶせば手に入るかしら」

「おいおい、滅多なことを言うなよ。そもそもオリハルコン、それも合金を溶かすなんてうちみたいな店の炉じゃ不可能だっつうの」

「つまり、純オリハルコンなら加工できる?」

「あー、まあ、多分可能だな」

 ひげもじゃの店主は、蓄えた立派なひげを撫でつつ、嫌そうに告げる。そんな高価なものなんて、一秒と店に置いておきたくないと。ここで鍛冶冥利に尽きるといってオリハルコンの加工を大手を振って受け入れないあたりが、彼が王都のような大都市ではなく地方の街に店を構えているゆえんなのだろう。

「……それじゃあ、手に入れてくるわ」

「え、ちょ、イレイナ!?」

 飛び出したイレイナを追って、ネストもまた会釈もそこそこに店を後にする。

「はん、完全に尻に敷かれてやがる、のか?」

「ちょっとあんた、いつまで無駄口叩いてんだい!?」

 店の奥から響いた妻の声に肩を震わせた男は、慌てて休憩を止めて鍛冶の仕事に戻った。


「イレイナ、オリハルコンを手に入れるって言っていたけれど、何か心当たりがあるの?」

 伝説に語られるオリハルコンなど、早々見つかるものではない。そもそも、オリハルコンは鉱石の状態で発見されることもない特殊な金属である。

 現在発見されているオリハルコンは全て、ダンジョンにて見つかったものである。剣などの装備品として社会にもたらされるだけであることも、オリハルコンの神性を強めている。

「以前……ネストが勇者パーティを脱退して少ししたころに、あるダンジョンでオリハルコンの情報を手に入れたことがあるわ。結局そのダンジョンに向かうことはなかったのだけれど、あの情報が正しくて、まだ誰もそこにたどり着いていなければ可能性はあると思うの」

「あの業突く張りレオニードがオリハルコンを手に入れに行かなかったって?」

 焦点がおかしいネストの言葉に、イレイナは肩を竦めてみせる。それだけで当時の勇者レオニードが何を考えていたか、ネストにはなんとなくわかる気がした。

(多分誰か美女を追っかけていたんだろうな。僕が脱退してすぐのタイミングだとしたら、新しく勇者パーティの仲間になったというヒストリカに集中していたのかな。まあ、レオニードらしいっちゃらしいし、むしろ彼が美女の尻を追っかけるばかりだったことに感謝するよ)

 おかげでイレイナが毒牙にかからなかったし――そう思いながら、ネストはちらりと横を行くイレイナの顔を見る。優秀な斥候であるイレイナを無用呼ばわりして追放した勇者パーティには思うところはあったが、それよりも今こうして一緒に居られるだけでネストは十分だった。

 けれどイレイナはネストを意識せず、その関心は料理にしかない。

 もし料理が上手になったら、イレイナは自分に振り向いてくれるんじゃないか――臆病者ネストは、今日もそんな後ろ向きの理由でイレイナに協力するのだった。


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